最終話:クレナの未来
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件名:主人がクイタランに殺されて1年が過ぎました。
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いきなりのメール失礼します。
ヒサミツ・サヤカ、29歳の未亡人です。
お互いのニーズに合致しそうだと思い、連絡してみました。
自分のことを少し語ります。
昨年の夏、わけあって主人を亡くしました。
自分は…主人のことを…死ぬまで何も理解していなかったのが
とても悔やまれます。
主人はイッシュに頻繁に旅行に向っていたのですが、
それは遊びの為の旅行ではなかったのです。
収入を得るために、私に内緒であんな危険な出稼ぎをしていたなんて。
一年が経過して、ようやく主人の死から立ち直ってきました。
ですが、お恥ずかしい話ですが、毎日の孤独な夜に、
身体の火照りが止まらなくなる時間も増えてきました。
主人の残した財産は莫大な額です。
つまり、謝礼は幾らでも出きますので、
私の性欲を満たして欲しいのです。
お返事を頂けましたら、もっと詳しい話をしたいと
考えています。連絡、待っていますね。
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「またこのスパムメール?」
中学生の少女であるクレナは、携帯端末から迷惑メールを削除して机上を見る。
シールコーデで飾られた六つのモンスターボール、そして、ポケモンリーグ・スーパーボール杯の入賞トロフィーが、光に照らされて煌めいていた。
「クレナー。朝ご飯だから、降りてきなさい」
「今行くよ」
母親に呼ばれ、自室から出たクレナは階段を降り、朝食が並べられた食卓に向かう。
「…………」
食卓の傍のテレビでは、今年のポケモンリーグを制した各地方代表トレーナー達による、ガラルスタジアム特別杯のハイライトが再放送されている。
"出たぁ、ガラルスタジアム名物、ダイマックス! シロガネ山のごとく巨大化したナマコブシ、内臓で挑発しております!"
"だが、ハクボ選手の切り札、ウルトラビースト・アクジキングは怯まない! スタジアムを踏み割りながら巨大ナマコブシに迫ります!"
「凄い迫力のポケモンを使っているわね、このホウエン代表の人」
「うん。本当に強いんだよ。この人のアクジキング……」
クレナは思い返す。
ポケモンリーグ・スーパーボール杯本戦の準決勝で、クレナはこのアクジキング使いのトレーナーに敗れたのだ。
―ゲームセット! スコア4-6! WINNER、ハクメイ・ハクボ!―
―クイタランとアクジキング! 「食い足りぬ」ポケモン対決は、竜のウルトラビーストが制しました!―
消えた、電光掲示板の最後の一枠。
最後の一体であるクイタランをアクジキングに倒され、彼をボールに収納した時。
汗まみれの握りこぶしを解いて、スタジアムの天井を見上げた時。
クレナは、不思議と涙が出なかった。
それは、持てる戦術の全てを出し切ったせいか。
それとも、大舞台が終わってしまった寂しさが、悔しさを上回ったためなのか……
"ハクボ選手! 特別杯優勝への意気込みを!"
"食いしん坊くんはおじいちゃんだけど、とにかく食べるんだ。家計が苦しいもんで、ここはしっかり賞金を手に入れたいね"
テレビでは試合映像に続き、勝利選手へのインタビューが流れており、クレナの母親はアクジキング使いの言葉に頷いた。
「そうよね。あのポケモンの大きなお口。カビゴン以上に食べそうだものね……」
「あのスケールだと、くい太が少食だと勘違いしそう」
ミルクの入ったカップを手に、クレナの母親もまた席に着く。
テレビの電源を切った母親は、それにしても、と息をついた。
「旅に出るのを渋っていたクレナが、まさかトレーナー修行期間の数ヵ月で、お父さんの実績を超えちゃうなんてね」
「ポケモンリーグスーパーボール・ベスト4。我ながらびっくり」
「お父さんが見ていたら、泣いちゃうかもよ?」
「それは、どういう意味で?」
「それは勿論……」
クレナの母親は、回答を濁しながら苦笑いをする。
「そう言えば、クレナ。今日、レモーちゃんと出かけるんだっけ?」
「うん。レモーはそろそろ授業免除期間が終わるからね。締めの思い出に、私と一緒にバトルフロンティアに行きたいって誘われたの。それで、今日は挑戦前の準備なんだ」
ポケモンバトル専門施設・バトルフロンティア。
それはトップトレーナーに向けて造られた、世界でも最高峰のポケモンバトル施設であり、その利用料金は高額である。だが、ポケモンリーグ本戦出場者であるクレナとレモーは、副賞として、バトルフロンティアのフリーチケットを貰っていたのだ。
「プロでも攻略が困難らしいんだけど。レモーとのダブルバトルなら、良い線行けるかも」
「中学を卒業したら、レモーちゃんは、プロを目指すんだっけ?」
「そうそう。もう色々契約を決めたみたい。彼女は何時の日か、トレーナーの頂点「ポケモンマスター」になると思うよ」
「クレナは良かったの?」
「私?」
ポケモンリーグ・スーパーボール上位入賞。
若き才能を求め、レモーと同様に、クレナにもまた各地からスカウトの話は舞い込んでいたのだが……クレナはその全てを拒否し、高校進学の道を選んだのだ。
「何と言うかさ、旅をしていて思ったんだ。私は、父さんと凄く似ているんだってね」
「ユウゾウさんと?」
「きっと私はプロになったら……ポケモンバトルに負けたくない。絶対に勝ちたい。それしか考えられなくなって、父さんみたいに、色んなものを捨ててしまうんだと思う」
「…………」
「プロトレーナーでなくても、ポケモンバトルが強い人が有利な職業もあるし。どうせなら、そんな仕事の方が良いかなって考えたの」
「例えば、どんな?」
「え? えぇと……け、警察官とか?」
「なるほど。クレナのバトルの腕なら、国際警察にだってなれちゃうかもね」
国際警察。
それは場を和ませようとした冗談なのか、それとも本心なのか?
母親の真意は不明だが、クレナはその進路案のハードルの高さに吹きだした。
「こ、国際警察? 何ヶ国語くらい習得しなきゃならないんだろう」
クレナは想像する。
国際警察官として各地を巡る、格好良い自分の姿を。
「えへへへ……じゃあ、国際警察官の次点で、探偵が良いかな」
「どうして?」
「ポケモンと一緒に事件を解決。面白そうじゃない? それで、ついでに父さんを探して……「いい加減に帰ってこい」って直接言ってやるの」
クレナは時計を見る。
そろそろ支度をし、待ち合わせ場所に向かわなくてはならない。
「……行かなくちゃ。ごちそうさま、美味しかったよ!」
席を立ったクレナは皿を片づけ、手早く身支度を済ませる。
ポケモンが収まったボールホルダーを腰にセットしたクレナは、見送る母親に軽く手を振って、玄関に向かう。
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい」
今日は快晴。良い御天気である。
気分良く歩き、レモーとの待ち合わせ場所である公園に到着したが、思っていたよりも早い時間に辿りついてしまった。
「あっ、クレナだ!」
「?」
掛けられた声にクレナが振り返ると、そこには彼女のクラスメイトの女の子が立っていた。
「あっ、ジュリ。久しぶり!」
「久っさしぶり〜!」
「今日、学校は?」
「やだなぁ、今日は日曜日じゃん。旅で曜日感覚がおかしくなってるんじゃない?」
図星の指摘に顔を赤らめるクレナだったが、ジュリは構わずクレナに詰め寄った。
「テレビで見たよ、ポケモンリーグ! レモーにも驚いたけど、まさかクレナがあんなにバトルが強いなんて知らなかったよ!」
「えっへっへ。誉めて誉めて」
「ねぇ、クレナ。突然だけど、私とポケモンバトルしない?」
「え?」
ジュリは、年季の入ったモンスターボールを取り出し、クレナに見せる。
「ちょっと、このポケモンの「特性」を調べていてさ。バトルを通じて試したいことがあるの」
「はぁ」
「大丈夫、手加減はしなくて良いよ! 私の「オロウ」は、お爺ちゃんが使っていた強いポケモンだからね」
ジュリに引っ張られ、近くのバトルコートに連行されたクレナは、時計を見る。
レモーはもう少し待たないと来ないだろう。
「じゃあ……レモーと待ち合わせているから、一戦だけね」
「流石クレナ! ありがとう!」
両者合意し、バトルコートに相対し……モンスターボールの一つを手に取ったクレナは、バトルコートに投擲した。
「行けっ、くい太!」
「行って来て、オロウ!」
クレナが召喚したのはクイタラン。
そしてジュリが召喚したのは、巨大な枯れ木を連想させる、木と霊の二重属性ポケモン・オーロットだった。
「……ようし、時間ピッタリ……って、クレナいないじゃない」
数分後。
公園に辿りついたレモーが公園を見回す中、彼女はバトルコートに人だかりが出来ていることに気がついた。
「もしかして、クレナ。抜け駆けしてバトルしているんじゃ」
レモーの予感は当たり、彼女は、クレナとクラスメイトのジュリのバトルを目撃した。
何やらバトルは白熱しており、ギャラリーも大いに沸いている。
「オロウ、ウッドホーンッ!」
「ズオオオッ!」
ジュリの指示と同時にバトルフィールドが隆起し、オーロットが生やした巨大な木の根が次々と現れる。
だが、既にオーロットの死角に回り込んで「不意打ち」体勢に入っていたクイタランは、木の根をかわし、爪をオーロットへと打ちつけた。
「ピィー、ピピピィーッ!」
「ジィーッ!」
「キキキィッ!」
「リィイイイン」
「ギュオオッ」
ボールから出てきたクレナのポケモン達が、トレーナーの傍で応援団と化す中。
効果抜群の不意打ち攻撃を受けながらも、踏みとどまったオーロットはクイタランの姿を捉え、巨大な腕に影の爪「シャドークロー」を纏わせる。
「ずるい。私もバトルしたいのに!」
レモーはアイアントが入ったモンスターボールを手に取り、クレナ達に抗議するが、クレナはその声ににやりと笑いながら、クイタランに叫んだ。
「くい太、炎の鞭!」
クイタランの燃える舌は、オーロットのシャドークローを絡め取り、勢いを利用して、オーロットを投げ飛ばす。
弱ったオーロットの身体に「木の実」が生る中、クイタランは空気を取り込み、ちらりとクレナを見る。
「フィニッシュだ、くい太!」
相棒のジト眼に応え、クレナはクイタランに指示を出す。
「ぶもっ」
「炎の渦!」
快晴の青空に、陽炎が立ち上る。
試合は終わり……焼けた木の実を手に、ジュリが焦げたオーロットを労わる中、クレナはクイタランの背中に周り、その背に抱きついた。
「ありがとう、くい太!」
「ぶもう」
ギャラリーからの歓声と拍手の中で、クイタランの体温と臭いを感じるクレナは、確信していた。
自分のポケモントレーナーとしての旅は、終わりを迎えた。やがては学校生活へと戻り、進路へと、自分の未来へと向き合わなければならない。
だけれども、青春は、これで終わりでは無いのだと。
そして、例え青春が終わりを迎える日が来ようとも……クイタランとわたし。そして、大好きなポケットモンスター達との日々は、まだまだ終わらないということを。
【クイタランとわたし END】