クイタランとわたし




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クイタランとわたし
38話:クイタランとわたし

 ポケモンリーグ五回戦 第四試合。
 キザクラ・レモーとクレナイ・クレナの試合は佳境に入り、会場が熱気に包まれる中、巨大な電光掲示板に灯されるランプは、クレナとレモーのポケモン六体の枠の内、お互いが残り三体であることを視覚的に告げている。

//さぁ、怒涛の巻き返しを見せるクレナ選手のヨノワールに対し!//
//レモー選手の四体目のポケモンは!?//

 既にポケモンを選び、その手にモンスターボールを握るレモーは、軽く息を吸って吐き、バトルフィールドに投擲した。

「行けっ、クロガネ!」

研ぎ澄まされた刃と、紅の装甲。
 レモーが召喚したのは、キリキザン。
 前回のクレナとのバトルでも使用されたポケモンであり、着地したキリキザンは、黒い眼差しで見据えるヨノワールに対し、鋭く構えた。

//レモー選手の四体目は、刀刃ポケモン・キリキザン!//
//ゴーストタイプと相性の良い、悪と鋼の複合タイプのポケモンです!// 

「辻斬り!」
「ゴーマ、炎のパンチッ!」

 両腕の刃を展開し、霊も引き裂く悪辣さで迫るキリキザンを、鋼をも溶かす炎を宿したヨノワールの拳が迎え撃つ。
 お互い当たれば効果抜群の一撃であるが、キリキザンはヨノワールの拳を紙一重で避け、その懐に飛び込み、ヨノワールの腹を切り裂いた。

「ギュッ……!」
「追い込むのよ、クロガネ!」

 ヨノワールが苦痛に呻く中、キリキザンは続けてヨノワールの身体に腕を押し付ける。

「電磁波!」

 キリキザンの腕から特殊な電撃が放たれ、ヨノワールの身体を巡る。
 ヨノワールはキリキザンを殴りつけるが、その動きは異様に鈍く、キリキザンは悠々と後退して距離を取った。

//キリキザン、電磁波でヨノワールを麻痺させたぁ!//
「起点にさせてもらうわよ。剣の舞!」

 ヨノワールから離れたキリキザンは、己を鼓舞する戦陣の踊りを舞う。

「影打ちだ!」

 クレナの指示と同時にヨノワールは印を結び、舞い踊るキリキザンの影から、霊術で生成した拳を出現させ、遠距離攻撃を仕掛ける。
 影打ちの霊術はキリキザンを攻撃するが、悪タイプ特有の揺るがぬ精神を有するキリキザンは、霊術にひるむことなく、剣の舞を完遂した。

「……引かなきゃ駄目だ」

 ヨノワールは麻痺して動きが鈍っており、悪タイプのキリキザンには、霊術攻撃も通用しない。
 クレナはレモーの戦術が読めていた。レモーは、弱ったヨノワールを利用してキリキザンを強化し、彼でクレナのポケモンを全員倒そうと狙っているのだ。

「ゴーマ! 交代だ!」

 クレナはヨノワールをボールに戻そうとするが、ボールの回収光線はヨノワールに届く前に四散した。

「!?」
//これはドータクン戦の意趣返しか!? キリキザン、黒い眼差しでヨノワールの交代を阻害しています!//

「フフッ……「黒い眼差し」は、ゴーストポケモンの専売特許じゃないのよ。クロガネ、ロックカット!」
「ジャアッ!」

 鋼の生体装甲の駄肉をそぎ落とし、素早さを上昇させ、全抜きへの下準備を整えていくキリキザンを前に、クレナは手汗まみれの拳を握る。

「…………」

 霊術は通用せず、麻痺をした身体では、接近戦でも捕えられない。交代すらできない。
 強化を重ねるキリキザンを前に、ヨノワールにはもはや勝ち筋が無かった。
 
「ギュ、フフフフフフ」
「ゴーマ?」

 だが、絶望的な状況を前に、ヨノワールは心底楽しそうに笑った。
 いつも試合中に、クレナが見ている彼の背中の模様のように。

 ―敗北を前に、気でも触れたか?

 キリキザンは笑うヨノワールを訝しんだが、彼のやることは一つであった。
 
「決めるわよ、クロガネ! 辻斬り!」

 レモーの指示と共に、キリキザンは駆ける。
 ヨノワールが印を連続で結び、大規模な霊術攻撃を放とうとしているのが見てとれたが、彼には自信があった。
 如何なる攻撃であろうとも、鋼と悪の複合タイプである彼の肉体と精神は、揺るぎはしないと。

「ギュフフフ……ハハハ!」

 キリキザンの悪辣な刃が、ヨノワールへと迫る中。
 どこまでも傲慢に笑うヨノワールは、トレーナーであるクレナの指示を待った。
 いつでも放てる、と。

「ゴーマ!」

 バトル中のクレナに見せる、その背中の模様の笑顔に後押しされるように。
 覚悟を決めたクレナは、ヨノワールへと「奥の手」である霊術の発動を指示した。 

「……「道連れ」……!」

 命令の瞬間、ヨノワールはキリキザンに霊術を放つが、キリキザンは霊術を正面から突き破り、ヨノワールの身体を袈裟がけに切り裂く。
 霊を引き裂く一撃に、ヨノワールは血と苦痛に塗れながら叫び、バトルフィールドへと落下した。

//キリキザン、ヨノワールへと辻斬りの一撃を決めたぁ!//
//ドータクンとクチートを倒したヨノワールでしたが、強化したキリキザンには及ばず、遂にここで戦闘不能です!//

 クレナ側の電光掲示板のランプが一灯消える。
 だが、バトルフィールドに立つキリキザンには、異変が起こっていた。

「ジャッ……!?」

 ヨノワールから流れ出る血が、キリキザンへと纏わりついているのだ。

「ジャッ、ジャアアアッ」
 
 キリキザンは纏わりつく血を振り払おうとするが、ヨノワールの最後の霊術「道連れ」は、キリキザンを逃がさない。
 ヨノワールの血はキリキザンの鋼の身体を腐食させていき、キリキザンは腐っていく身体に悲鳴を上げた。

 ―刃が溶ける。腕も、脚も、胴体も!

「落ち付きなさいクロガネ! 一体どうしたの!?」

 ―朽ちていく! お、俺の身体が、腐っていく!

 行使者が戦闘不能となった瞬間に発動する特性を持つ、ゴーストタイプ最大最凶の霊術・道連れ。
 鋼の精神をも砕く「道連れ」の幻覚に囚われたキリキザンは絶叫し、バトルフィールドに昏倒した。

//よ、ヨノワールを倒したキリキザンが、突如失神しました! 戦闘不能です!//
//……何と言う勝利への執念でしょうか! ヨノワール、キリキザンに大技「道連れ」を仕掛けていたぁ!// 

 キリキザンの戦闘不能を宣告され、彼をボールに収納したレモーは、手汗と共にボールを握りしめる。
 ヨノワールによってキリキザンが相打ちにされたことにより、残りポケモンは、両者共に二体。
 だが、レモーはまだ「切り札」が残っていた。

「試合を終わらせるわよ、タイタン!」

 レモーが投擲したボールから召喚され、バトルフィールドを揺るがせながら着地したのは、彼女の最強の手持ちポケモン。
 恐るべき重量と鋼の装甲を備える巨獣「ボスゴドラ」である。

//レモー選手、ここで切り札を切ったぁ! 鉄鎧ポケモン・ボスゴドラの登場です!//

「来た……ボスゴドラだ」

 ヨノワールを回収したクレナは、バトルスタンドから新たなボールを手にする。
 レモーの切り札は、ボスゴドラのメガシンカ体、メガボスゴドラであることはわかっていた。だからこそ、クレナもまた「奥の手」を用意していたのだ。

「レモー、貴方が切り札を切ると言うなら、こっちも切り札を見せてあげる!」

 クレナは氷のコーデシールが貼られたモンスターボールを、バトルフィールドへと投擲する。

「行けぇっ、りじ夫!」

 ボールから召喚されたフリージオは、美しい鈴の音で鳴きながらバトルフィールドへ降り立ち、氷の鎖を揺らめかせる。

//クレナ選手、結晶ポケモン・フリージオを繰り出したぁ!//
//しかし、氷タイプは鋼タイプに相性不利! クレナ選手、何か策があるのか!?//

「策があろうが無かろうが、私のタイタンに敵いはしない!」

 レモーが腕を突き出すと同時に、彼女が嵌めていた指輪が光を放つ。
 
「グォオオオオオオッ!」

 指輪として加工された「メガストーン」から放たれる光はボスゴドラに収束し、咆哮と共にボスゴドラが姿を変えていく。

 弱点を覆い隠す鋼の装甲。
 バトルフィールドを踏みしめる巨躯。

 最終進化形態であるボスゴドラは、進化を超えた進化である、メガシンカを果たしたのだ!

「タイタン、アイアンテール!」

 メガシンカポケモン「メガボスゴドラ」は咆哮と共にフリージオに迫り、その巨大な尾を振り下ろす。
 その一撃を旋回しつつ避けるフリージオであったが、アイアンテールによって砕けたバトルフィールドが、そのボディに突き刺さっていく。

「リィイイッ……!」

 直撃すれば、間違いなく一撃で戦闘不能となる。
 瓦礫の嵐から離脱するフリージオは、すれ違いざまに冷凍ビームを発射するが、メガボスゴドラの強靭な鋼の装甲には通用しなかった。

//これがメガシンカ! メガボスゴドラの圧倒的攻撃力と装甲の前に、フリージオは成す術がありません!//

「りじ夫、距離を離して!」
「ヘビーボンバー!」

 メガボスゴドラはバトルフィールドを踏み割りながらフリージオに迫る。
 冷凍ビームで足止めすることも出来ず、走る要塞と化したメガボスゴドラから逃げ回るフリージオであったが、そのボディに瓦礫が次々と突き刺さっていく。

「素早いポケモンね……それなら、逃げ道を塞いであげる! タイタン、岩石封じ!」
 
 メガボスゴドラは逃げるフリージオの前方に、巨大なバトルフィールドの瓦礫を放り投げる。
 進路をふさがれ、反転したフリージオの視界には、至近距離に迫るメガボスゴドラの姿が映った。

「粘るんだ、りじ夫! 身代わり!」
 
 メガボスゴドラの巨大な尾が、フリージオの全身を砕く。
 だが、それはフリージオではなく、フリージオの造り出した氷の幻像であった。

「リ、リィ……」

 体力を削り、次々に身代わりをデコイにしながら、鋼の巨獣から逃げ続けるフリージオ。

「防戦一方じゃないか」
「無駄に試合を長引かせて、一体何のつもりだ、あのフリージオ?」

 その姿に、多くの観客、そして対戦相手であるメガボスゴドラは失意を覚えていた。

「グオオオオッ!」

 ―逃げ回るしか脳が無いのか。臆病者め!

 身代わりを叩き割ったメガボスゴドラは、遂に体力が尽きたのか、停止したフリージオを睨みつける。

「……リィイイ……」

 ―いいえ、勝負はこれからです。

 攻撃の余波で全身に裂傷が刻まれたフリージオは、覚悟を決めたのか。身動き一つせず、相対するメガボスゴドラを見据えた。
 
//フリージオ、身代わりで致命打を避けておりますが、体力の消耗が激しい!//
「終わりにしましょう、タイタン! ヘビーボンバー!」

 レモーの指示と同時に、砕けたバトルフィールドを駆けるメガボスゴドラ。

「りじ夫っ!」

 重戦車でも止められない鋼の巨獣を前に、フリージオは口部を開く。
 その口部には、逃げ回りながらチャージし続けていた氷結エネルギーの全てが、一点に収束していた。

「絶対零度!」

 フリージオは迫るメガボスゴドラへと、氷結光線を放つ。それは、冷凍ビームや吹雪とは違う、とても細い氷結光線。
 だがそれは、直進するメガボスゴドラの身体に触れた瞬間、その巨躯を凄まじい速度で凍結させていく。

「グオオオオッ!?」
「リィイイイッ……!」

 ―さぁ、真っ向勝負です! 全てが凍るこの極寒! 貴方の力で突破できますか!?

 会場は大きな歓声に包まれる。
 絶対零度は「一撃必殺」と呼ばれるほど強力な技であるが、照射へのチャージに極めて時間がかかると言う難点があり、それ故に公式戦では殆んど決まることが無いのだ。

//嗚呼、な、何と言うことでしょう! メガボスゴドラに、絶対零度が炸裂したぁあああああ!//
「嘘……ぜ、絶対零度っ……!?」
//ボスゴドラの装甲は一撃必殺をも凌ぐ特性を有しますが、メガシンカによって変質した装甲からは、その特性は失われています!//

 放たれた絶対零度に、レモーは目を見開くが、彼女はメガボスゴドラに叫んだ。
 完全凍結の前にフリージオに攻撃を加えれば、まだ勝機はあるのだ。

「進むのよ、タイタン!」
「行けるぞ、行けぇっ、りじ夫!」
 
 クレナは拳を握り、フリージオを応援する。
 レモーの切り札であるメガボスゴドラ。クレナのポケモン達の中で、圧倒的パワーと耐久力を覆し、「勝利」を収めることができるポケモンは唯一匹だけ。クレナにとっての「伝説のポケモン」である、フリージオだけであった。

「グオオオオオッ!」
「リィイイイイイッ!」

 照射される絶対零度で全身が凍結する中、メガボスゴドラは一歩、また一歩とフリージオへと迫る。

「タイタン!」
「りじ夫!」

 絶対零度の氷結エネルギーを撃ち尽くし、消耗したフリージオはよろめきながら口を閉じる。
 低温の霧の中で、メガボスゴドラはフリージオの正面に立ち、その腕を振り上げた。

「……!」

 フリージオは回転して辻斬りの体勢に入るが、彼は攻撃を中断し、氷の鎖を揺らめかせた。
 メガボスゴドラは、腕を振り上げた状態で、完全に凍結してしまったのだ。

//メガボスゴドラ完全凍結! 戦闘不能です!//
//今リーグ戦無敗を誇ったレモー選手のメガボスゴドラを、クレナ選手のフリージオが破りました!//

 会場は歓声とざわめきに包まれる。
 道連れによる相打ち。メガシンカポケモンを降した、一撃必殺技。
 強力無比な鋼ポケモンを率いるキザクラ・レモーに対し、あらゆる手段を駆使し、彼らを戦闘不能へ持ち込むクレナイ・クレナ。
 両者共にポケモンリーグ本戦出場のトップトレーナーとは言え、これが本当に女子中学生同士の試合なのかと。 

//さぁ、レモー選手の手持ちは、遂に最後の一体! 逆転勝利は成るか!?//

 レモー側の電光掲示板に残るランプは、残り一灯。
 メガボスゴドラを回収したレモーは、カウンターの最後のボールを手に取る。

「……まさか、こっちが追い込まれる方になるなんてね」

 レモーは想った。
 クレナはこの試合でメガボスゴドラを倒すために、このポケモンリーグで、「切り札」であるフリージオの一撃必殺技を隠し続けてきたのだろうと。
 そして、自分は見事にその策に嵌り、メガシンカによる体質変化の弱点を突かれ、メガボスゴドラを倒されてしまったのだ。

「負けたくない」
 
 レモーの幼馴染であり、ライバルであり、今やトップトレーナーである、クレナイ・クレナ。
 彼女の恐ろしいまでの勝利への執着と戦術は、遂にレモーの手持ちを最後の一体にまで追い詰める。

 だが、レモーは勝利を諦めてなどいなかった。

「……私はこの試合、絶対に勝ちたい……!」  

 レモーは、最後の一体が入ったモンスターボールを、バトルフィールドへと投擲する。

「シロガネ! 私に勝利を!」

 召喚されたのは、鋼の外殻を纏う、大顎の虫ポケモン。

「キョオオオオオッ!」
//レモー選手、最後の一体は、鉄蟻ポケモン・アイアントだ!//

 その身にタスキを巻きつけたアイアントは、レモーの声に応えるかのように、激しく大顎を打ち鳴らす。

「りじ夫! 冷凍ビームッ!」

 フリージオはアイアントに冷凍ビームを発射するが、アイアントは鋼の外殻を纏っているとは思えぬほどの俊敏な動きで、氷漬けの瓦礫へと身を隠す。

「リィッ……!」

 瓦礫を盾とするならば、盾ごと凍結させるまで。
 フリージオは冷凍ビームを瓦礫へと照射し続けるが、彼は気がついた。

 アイアントの気配が、消えている!

「……!」

 フリージオが反転し、背後に出現したアイアントの姿を認めたそのとき、アイアントは既に攻撃態勢に入っていた。

//アイアント、瓦礫を掘り進み、フリージオの背後を取ったぁ!//
「シロガネ、ストーンエッジ!」

 アイアントは大顎でバトルフィールドの巨大な瓦礫を持ち上げ、フリージオへと投擲する。

「りじ夫! 辻斬りで迎撃だ!」
「リィイイ!」   

 フリージオは自らの身体を高速回転させ、ストーンエッジを弾きながら旋回するが、瓦礫の質量攻撃を捌き切れず、弾き飛ばれてしまった。

「トドメよ。アイアンヘッド!」
「冷凍ビーム!」

 フリージオが口部を開くが、アイアントが一手早く、彼の鋼の外殻に包まれた頭部はフリージオの氷のボディを強打した。

「リガァッ……!」
//アイアンヘッドが決まったぁ―!//

 フリージオの全身に亀裂が入る。
 発射された冷凍ビームの軌道は大きく逸れ、力尽きたフリージオは、バトルフィールドへと落下してしまった。

//フリージオ戦闘不能! これで残りポケモンは、お互い一匹です!//
//怒涛の展開を見せる本試合も、遂にクライマックス!//
//さぁ、クレナ選手の最後のポケモンは!?//

「キョオオオオオオオオオッ!」

 フリージオを倒したアイアントは、大顎を激しく打ち鳴らしながら、上空のバトルスタンドに立つクレナを見上げる。
 アイアントには、クレナが繰り出さす最後のポケモンがわかっていた。

 ―来るが良い。我が一族の宿敵よ。
 ―お前が如何なる力を得ていようと……
 ―レモーと、このシロガネには、敵いはしない。

「……これが本当に、最後の勝負だ」

 クレナとレモーの電光掲示板に灯るランプは、お互い最後の一灯。
 クレナはエースシンボルが貼られたモンスターボールを手に取り、強く握った。

「一緒に勝とう。私たちなら、レモーとアイアントに勝てる」

 覚悟を決めたクレナは、最後のボールをバトルフィールドへと投擲する。

「行けぇっ、くい太!」

 クレナが投擲したモンスターボールから召喚されたのは、彼女の相棒。
 バトルフィールドへと着地したクイタランは、両腕を構え、咆哮した。

「ぶもおおおおおおおっ!」
//出ましたぁ! 今試合の最後の一体は、クレナ選手のエースポケモン! クイタランだぁっ!//

 観客はざわめく。
 アイアントとクイタラン。それは、捕食関係として大変有名な組み合わせなのだ。

「確かにクイタランはアイアントを食べるけど……大観衆の前で、証明してあげるわ。私のシロガネは、クイタランよりも強いってことを!」

 だが、レモーが鍛えたアイアント「シロガネ」は、唯のアイアントではない。

「シロガネ、高速移動!」
「くい太! 炎の鞭!」 

 舌に炎を纏うクイタランはアイアントに迫るが、アイアントは炎の鞭に絡め取られまいと、鋼タイプらしかぬ素早さで、クイタランの舌から逃れていく。

//アイアント、スピードアップ! クイタランの炎の鞭が、当たりません!//
「シロガネ、ストーンエッジ!」
「キョオオオオッ!」

 炎の鞭を掻い潜り、回り込んだアイアントは、バトルフィールドの瓦礫を大顎で持ち上げ、クイタランへと次々に投擲する。
 炎タイプであるクイタランにとって、当たれば致命打となる一撃であるが、死角からの攻撃に回避が間に合わない。

「ぶもぉおおおっ!」

 クイタランは防御姿勢を取るが、その身に瓦礫が突き刺さっていく。

//ストーンエッジが決まったぁああああ!//

 クイタランの全身を瓦礫が埋め尽くし、アイアントは大顎を打ち鳴らす。

 ―私はお前に言った筈だ。
 ―この先何度戦おうとも、このシロガネはクイタランに負けはしない……と。

 虫の言葉でクイタランが埋まった瓦礫に呟くアイアントであったが、彼は異変を察知した。
 
「ぶもぉおおおっ……!」

 瓦礫から太い爪が飛び出し、クイタランが這いだしたのだ。

「キョォッ……!?」
//何とクイタラン、効果抜群のストーンエッジを耐えました!//

 レモーは目を見開く。

「これは、一体」

 彼女のアイアントのストーンエッジは、クイタランが耐えられるほど生易しい威力では無いのだ。
 一体、何故耐えたのか?

「ぶもっ」

 クイタランは口から、木の実のカスを吐きだす。

//クレナ選手のクイタラン! ヨロギの実で、岩技のダメージを軽減したぁ!//
「持ち物は、バトルの行方を左右する。レモーとのバトルで教えてもらったことだよ」

 レモーのアイアントの放つストーンエッジは、クイタランを一撃で戦闘不能に持ち込む威力を誇る。
 それがわかっていたから、クレナはクイタランの持ち物アイテムとして、岩技であるストーンエッジの威力を軽減させる、ヨロギの実を申請していたのだ。
  
「キョオオオッ」

 ―くい太よ。
 ―何故お前は、立ち上がる?
 ―何がお前を、突き動かすのだ?

「二度目は無い! 決めるわよ、シロガネ! ストーンエッジ!」

 レモーの指示と同時に、アイアントは再び瓦礫を大顎で挟み込む。

「やるよ、くい太!」

 クレナの指示は決まっていた。
 クレナがクイタランに持ち物を持たせていたように、レモーのアイアントもまた持ち物を持っている。それは、例え戦闘不能のダメージを受けても立ち上がる力を与える「気合のタスキ」であった。
 ヨロギの実を消費した以上、次の一撃で決めなければ敗北が確定するが……クイタランはたった一つだけ、気合のタスキを有するアイアントの戦闘力を「一撃」で奪い尽くせる技を有していた。 
 
「ぶもぉっ!」

 尾から大量の空気を取り込んだクイタランは、両腕をバトルフィールドへと突き刺し、口部はアイアントへと向ける。

「煉獄!」

 クレナが最後の技を指示したその瞬間、クイタランの口部、そして両腕から、凄まじい炎が放たれた。
 炎はバトルフィールドの瓦礫の隙間を通過して柱のように噴出し、アイアントの逃げ場を封じこむ。その炎は、まるで、地獄の業火。

「ぶもぉおおおおおおおっ!」
「キョオオオオオオッ!」

 熱で体力を奪われてなお、ストーンエッジを放とうとするアイアントであったが、その身をクイタランの口部からの「煉獄」が焼き焦がした。

//クイタラン! アイアントに煉獄を決めたぁ―!//
「行けぇ、くい太っ!」

 クイタランの煉獄の炎は、アイアントの外殻と大顎を溶かし、持ち物である気合のタスキを焼き尽くす。

「……し、シロガネ……」

 クイタランの口部、そして地上から迸る煉獄が鎮火したその時、バトルフィールドには、全身に火傷を負ったアイアントが、力なくクイタランを見上げていた。

「……キョォオオオオッ……!」

 アイアントとしての誇りのために。
 自分をここまで強くしてくれたレモーのために。
 アイアントは死力を尽くして立ち上がろうとするが、高熱の中でその意識は失われ、遂にバトルフィールドに崩れ落ちてしまった。

 彼が野生ポケモンであったならば、この場でアイアントはクイタランに捕食されていただろう。
 だが、これはトレーナー同士によるポケモンバトル。

「ぶも」
 
 両腕から排熱し、アイアントを見下ろすクイタランは静かに鳴いた。

 ―シロガネ。
 ―俺は、アイアントに負け続けていては、妻と娘、そしてクレナに会わせる顔が無い。
 ―ただ、そう思っただけだ……


//アイアント、戦闘不能!//


 レモー側の電光掲示版の最後の一灯が消え、クイタランの勝利を告げるアナウンスが鳴り響く。

「くい太!」

 クレナは、バトルスタンドから身を乗り出す。

「ぶもぉ」

 勝利を収めたクイタランが、いつも通りのローテンションのジト目で、クレナを見上げた。

//ゲームセット! スコア5-6! WINNER、クレナイ・クレナ!//
//鋼のレディとダークホースルーキー! シダケの少女による大接戦のフルバトルを制したのは、クレナ選手だぁあああああ!//

 CONGRATULATIONS!
 電光掲示板はクレナの勝利を称え、観客もクレナとクイタランコールに湧く。

「くい太ぁ!」
「ぶもっ」
「くい太ぁあああああっ! ついに勝ったよ! 私達、あのレモーとアイアントに勝ったよぉ!」

 祝福の声援に包まれる中、地上に降下したバトルスタンドから降りたクレナは、瓦礫の中を走り、クイタランに抱きつく。

「ぶ」
「うわああああああん。やったよぉ、勝ったよぉ、勝てたよぉ……!」
「ぶもう」
「やった……! あ、ありがとう、くい太ぁぁ……!」

 勝利したというのに、クレナはかつてレモー達に負けた時のように、泣いている。
 嬉しい!
 嬉しくて、嬉しくて、たまらない!
 それなのに、どうしても涙が止まらなかった。
 
「やれやれ。バトルの時の強さはどこへやら……調子が狂うわよね、シロガネ……」

 その光景に、同じくバトルスタンドから降りたレモーは、力尽きたアイアントをボールに回収し、クレナにハンカチを渡した。

「泣きたいのは、こっちの方だって言うのに!」
「レモー……!」
「貴方は凄いトレーナーよ、クレナ」

 レモーは自らの眼を素早く袖で拭って、クレナの肩を優しく叩く。

「貴方は見事、未来のポケモンマスターである私に勝ったんだからさ。泣いていないで、笑顔にならないと!」
「う、うん……」
「さぁ、大観衆に応えなよ。相棒のクイタランと一緒に!」

 クレナは会場を見上げる。

「おめでとう、クレナちゃーん!」
「クイタラーン!」
「ヨノワールも、フリージオも凄かったぞー!」
「俺、オムスター育てるよ!」
「テッカニンもよく頑張った!」 
「君のオーベム、好きだぜー!」

 バトルの熱から我に帰ったクレナは、浴びせられる賞賛に顔を紅くしていく。
 だが、レモーの後押しを受け……クレナはクイタランの腕を掴み、共に掲げた。

「あ、ありがとう〜!」
「ぶも」


 ポケモンが好きでは無かったクレナが、初めて捕まえたポケモンであるクイタラン。
 そのクイタランを、捕食対象であるレモーのアイアントに惨敗させてしまった悔しさと情けなさから始まった、トレーナー修行の旅。
 「レモーにリベンジしたい!」そんな負けず嫌いの想いと共に才能を開花させ、トップトレーナーとなった彼女は、見事ポケモンリーグでレモーのポケモン達を打ち破った。

「良い試合を、ありがとう。クレナ」
「こっちこそ、ありがとう……レモー!」

 ポケモンリーグ・スーパーボール本戦はまだ続く。
 その頂点は遠く、クレナは続く勝利、そして敗北を味わうことになるが……そんなことは、今の彼女たちには関係の無い話である。

 今はただ、競技選手であるポケモントレーナーとしての喜びを。大好きな六体のポケモン達と共に掴んだ、ライバルへの勝利を。観客達からの絶え間ない賞賛を。
 中学生の少女であるクレナイ・クレナは、その全てを、小さな身体で受け止めた。

葉穂々 ( 2019/11/24(日) 18:07 )