37話:私のライバル
予選四回戦を終え、ポケモンリーグ・スーパーボール杯の日程は本戦となる五回戦へ。
メインスタジアムで行われる本戦は6on6のフルバトル・ルールとなり、初日から、予選を突破したトップトレーナー達による激しいポケモンバトルが繰り広げられていた。
『雪芽! 吹雪っ!』
『食いしん坊君、ヘビーボンバーだ!』
試合を控えるクレナは、入場ゲート近くのベンチに座り、廊下に備わるTVモニターから本戦生中継を観ていた。
「う、うわぁ、何あの威力……」
既に数試合が終了しており、中継を観るクレナは、冷や汗混じりで息をつく。
ポケモンリーグは、各地のジムバッジを8個集めたトップトレーナーのみに参加を許されない、国内最大の大会である。
その大会の中で連勝し、本戦出場を決めた強豪同士のフルバトルは、もはやプロの公式戦と遜色無い熱戦ばかりであった。
「人ごとみたいに言っちゃって。私達も本戦出場トレーナーなのよ?」
「!」
そんなクレナの肩が軽く叩かれ、クレナが視線をモニターから離すと、そこにはライバルであり、次の対戦相手であるレモーの姿があった。
「レモー」
「もっと自信を持って、堂々としてれば良いのに」
「……まぁ、そうなんだけどさぁ……未だに実感なくて」
「国内最大大会で四連勝しておいて、何を言っているの。貴方はもう既にトップトレーナーの領域に立っているのよ?」
レモーはクレナにポケナビの画面を見せる。
そこに映し出されているのは、クレナとレモーが通っている中学校のホームページであり、レモーとクレナがポケモンリーグ本戦に出場する旨が大きく書かれていた。
「学校も大騒ぎよ。開校以来らしいわよ、ポケモンリーグに本戦に進むトレーナーが同時に出たのは」
「そうだったの?」
「ジュリ達からメールとか来てない?」
「来てた来てた。私がリーグ出場なんて信じられないって書かれていたよ」
「そりゃそうよ。クレナ、旅に出るのをあんなに渋っていたのにね……」
レモーは、TVモニターに目を向ける。
『ゲームセットォ! スコア6-3! WINNER ハクメイ・ハクボ!』
フィールドを揺るがす一撃で勝負は決まり、勝者の咆哮がモニター、そして入場ゲート越しに響き渡る。
「クレナ」
「何?」
「出し惜しみは一切しない。貴方には負けないわよ。私は、未来のポケモンマスターなんだから」
「私だって、負けるつもりは無いよ。今日、「ライバルの壁」は厚いぞってことを教えてあげるんだから」
「ぷふっ。あはは! 自信があるんだか無いんだかわからないなぁ、クレナは!」
モニターに映しされていた試合は終わり、係員がクレナとレモーに声をかける。
次は、彼女達の試合なのだ。
「じゃあ、行くわよクレナ」
「うん」
係員の誘導と共に、ゲートの向こうのバトルフィールドに入り、それぞれのバトルスタンドに立つクレナとレモー。
本戦会場であるメインスタジアムには大観衆が詰まっており、立ち見席までびっしりと人が埋まっている。
//ポケモンリーグスーパーボール、続きますは五回戦 第四試合!//
//シダケタウン出身! 鋼のレディ、キザクラ・レモー!//
//そして同じくシダケタウン出身! キュート&クールなダークホースルーキー、クレナイ・クレナ!//
//両選手は授業免除期間を利用してジムバッジを集めたトレーナーであり、また中学校の同級生でもあります!//
バトルスタンドが高く上昇し、実況が選手紹介をする中で、クレナは六つのモンスターボールの収まったバトルカウンターを見下ろす。
大舞台での6on6のフルバトル。レモーは宣言通り、一切手加減もハンデも付けず、「未来のポケモンマスターの実力」を如何無くクレナに示すことだろう。
だが、クレナは既に覚悟を決めていた。彼女は、レモーとのポケモンバトルに勝ちたいが為に、ポケモントレーナーとしての第一歩を踏み出したのだから。
「私達の力を、見せつけてやろう」
スタンドの上昇が終わり、クレナは一番手のポケモンが収まるモンスターボールを手に取る。
//ポケモンリーグ・スーパーボール五回戦!//
//「キザクラ・レモー」VS「クレナイ・クレナ」試合開始!//
試合開始のアナウンスと観客の声援の中、二つのモンスターボールがバトルフィールドに投入される。
「行けっ、ジーン!」
「行きなさい、コバルト!」
クレナが召喚したのは、忍びポケモンのテッカニン。
「ジィーッ!」
爪を掲げ、高らかに鳴く彼女の前に、レモーが召喚したポケモンがバトルフィールドに降り立つ。
「クルォッ」
王冠のような突起。
刃のように鋭い腕。
王者のような風格があるが、どこか触りたくなってしまう青い身体。
//レモー選手の一番手は、皇帝ポケモン・エンペルト! そしてクレナ選手の一番手は、忍びポケモン・テッカニンです!//
「ジーン、シザークロス!」
「コバルト、メタルクロー!」
クレナはテッカニンに攻撃を指示し、テッカニンはエンペルトに鋭い爪で斬りかかる。
だが、エンペルトは迫るテッカニンを前に動じず、その爪を刃と化した腕で弾いた。
「硬い……!」
エンペルトは水と鋼の複合タイプのポケモンである。
テッカニンの速度はエンペルトを凌駕するが、虫タイプの技は鋼を貫くには火力が足りず、故にクレナは次の指示を出した。
「剣の舞!」
火力が足りないならば、引き上げるまで。
己の戦闘本能を刺激し、テッカニンの攻撃力が倍加するが、その状況でレモーはエンペルトへ叫んだ。
「コバルト、雨乞い!」
「クォオッ!」
エンペルトは両腕を天に掲げ、同時にメインスタジアム上空に、局地的な大雨が降り注ぐ。
「長引くとまずい。ジーン、攻撃を続けて!」
「ジィーッ!」
テッカニンは再度のシザークロスをエンペルトに見舞う。
エンペルトは腕でガードをしたが、剣の舞で攻撃力の上がったテッカニンの一撃は、鋼タイプであるエンペルトの身体を抉った。
「クルォッ!?」
エンペルトが膝をつき、濡れるバトルフィールドが彼から流れる血で染まっていく。
//シザークロスが急所に当たったぁ! 鋼タイプをも切り裂く、恐るべきテッカニンです!//
だが、その瞬間。スタジアムに降り注ぐ雨量が増加した。
「ジ、ジジジィッ!?」
「何なの、この雨の量……!」
打ちつける豪雨は、そのまま虫であるテッカニンへの負担となり、まともに飛行することも適わない。
雨の向こうの対面のバトルスタンドで、レモーは微笑んだ。
「テッカニン。貴方は、コバルトを本気にさせたのよ」
//これは……追い込まれたエンペルト! 特性激流を発動させたぁ!//
動きを封じられたこの豪雨下では、影分身を使うこともできない。
後退させなければ。そう考えるクレナだったが、エンペルトはテッカニンを逃がすまいと、その全身に水流を纏い、弾丸のようにテッカニンに突貫した。
「ジーン!」
「ジィッ……!」
迫る攻撃「アクアジェット」を前に、逃げられないと悟ったテッカニンは、濡れるバトルフィールドに脚を踏ん張り、爪を振り下ろした。
テッカニンの爪は水流を引き裂くが、水の大砲と化したエンペルトを倒すことは敵わず、彼女は水に揉まれながら吹き飛ばされてしまった。
「あっ……!」
翅と爪がボロボロになったテッカニンはもがくが、彼女に起き上がる力は残っておらず、即座にジャッジが戦闘不能判定を下した。
//テッカニン、戦闘不能! エンペルト、アクアジェットの一撃でテッカニンを降したぁ!//
//特性激流と、水タイプに有利なこの豪雨! 凄まじい威力です!//
「……あっちが雨で強くなるって言うのなら、こっちも便乗させてもらおう」
テッカニンをボールに回収したクレナは、水タイプのシンボルマークが付けられたモンスターボールを手に取る。
「行けっ、おむ奈!」
召喚されたオムスターは、豪雨の中でブレイクダンスを踊り、陽気に決めポーズをとる。
//クレナ選手の二番手は、渦巻きポケモンのオムスターです!//
//何とオムスター、この豪雨の中を踊っています!//
「テッカニンにオムスター……前のバトルと同じ並びね。今度も続けて倒してあげる!」
レモーはエンペルトに叫んだ。
「コバルト、メタルクロー!」
「クォォーッ!」
エンペルトは鋼鉄の刃と化した腕をオムスターへと振り下ろすが、オムスターは重い殻を背負いながら、ぬるぐちょの触手を巧みに操り、まるでダンスのように軽快にエンペルトの攻撃を避けていく。
//エンペルトの攻撃が当たりません! これは雨の恩恵か、オムスター! 「すいすい」と軽快に動き回っています!//
「一気に行くよ、おむ奈! マッドショットだ!」
雨に力を受け、触手がうるおいにうるおうオムスターは、元気十分。
漲るぬるぐちょパワーでエンペルトを撹乱するオムスターは、エンペルトの顔面に泥水を発射した。
「クォォオッ!?」
顔に泥水をぶちまけられ、視界を妨げられたエンペルトは、慌てて拭おうとするが、その両腕をオムスターの触手が包みこんだ。
それだけにとどまらない。
オムスターの触手は、エンペルトの頭部、両足、そして胴体にも絡みついていく。
「い、一体何を……!?」
全身を余すところなく、ぬるぐちょの触手に絡まれたエンペルト。
粘度のある触手を引きはがすことができず、レモーは交代させようとするが、ボールの回収光線もオムスターの身体に妨げられている。
//お、オムスター……エンペルトの身体に絡みついております! エンペルト、動くことが出来きません!//
観客がドン引きする中、試合の流れを奪ったクレナは、オムスターに指示を出した。
「フィニッシュだ、おむ奈!」
「キィッ!」
「地獄車ぁっ!」
オムスターはエンペルトに絡みついたまま、回転を始める。
//オムスター! エンペルトを捕縛したまま、転がっております!//
//これは格闘タイプの技、地獄車! 鋼タイプには効果抜群です!//
豪雨の中、鋼を押し潰すかの如き「地獄車」と化したオムスターが猛進する。
エンペルトの全身は自身とオムスターの体重に押しつぶされ、強打され、壁に放り投げられて解放されたその時には、既に失神していた。
「……っ!」
//エンペルト、戦闘不能! クレナ選手、見事な「搦め手」で即座に一勝を取り返したぁ!//
「やるわね、クレナ……!」
レモーはエンペルトをボールに回収し、息をつく。
彼女は実感したのだ。
クレナこそ、「ライバル」の名に相応しいトップトレーナーであるということに。
「でも、この防御力は突破できる?」
レモーは二体目の手持ちの入ったモンスターボールを手に取り、投擲した。
「行けっ、セイドー!」
レモーのモンスターボールから召喚されたポケモンは、バトルフィールドを浮遊しながら、「鐘」の音で鳴いた。
「グオオオオオン……」
青銅色の身体。
銅鐸を想わせる、その外観。
//レモー選手、銅鐸ポケモン「ドータクン」を繰り出したぁ!//
大変安易な種族名を持つドータクンは、その分類名の通り、まさに銅鐸に命が吹き込まれたようなポケモンである。
どこか神秘的な雰囲気を醸し出すドータクンは、勝利と雨でテンションアゲアゲのオムスターを、ただただ静かに見下ろしている。
「ドータクン……」
クレナはこれまで、レモーがドータクンを使っている試合を見たことが無かった。
だが、その性質を図鑑で目にしたことはある。ドータクンは大変硬く、そして大変鈍重なポケモンであるのだと。
「…………」
ドータクンの巨体と重量には、地獄車のような格闘技を決めることはできないが、豪雨によって強化された水技ならばダメージを与えられる。
そう判断したクレナは、オムスターに指示を出した。
「おむ奈、ハイドロポンプッ!」
「キィイッ!」
オムスターは豪雨の中をすいすいと動き、ドータクンに水の大砲を直撃させる。
豪雨で力を得たオムスターから繰り出される一撃に、ドータクンも呻き声と共に押し流されるが、鈍重な彼は水流から逃れることが出来ない。
だがその状況で、レモーは不敵に笑い指示を出した。
「セイドー! トリックルームよ!」
「グォオオオンッ」
ドータクンの眼のような文様が不思議な色を放ち、同時に、バトルフィールドは不思議な空間に包まれた。
//歪んでいます……空間が! スタジアムの!//
//放ちました。素早さを逆転させる、エスパータイプの大技トリックルームを! これは、レモー選手のドータクン!//
「トリックルーム……!?」
「ドータクンは鋼とエスパーの複合タイプのポケモン。「搦め手」が得意なのは、そっちばかりじゃないのよクレナ」
トリックルームが発動した今、バトルフィールドの素早さ関係は逆転している。
実況までもがおかしくなる摩訶不思議空間の中、鈍重な動きから一転し、テッカニン並みの速度と化したドータクンは、オムスターの水流から脱出し、彼女の背後に回り込んだ。
「さぁ、これからが本番よ! セイドー、ジャイロボールッ!」
ドータクンは高速回転しながら突っ込んでくる。
鋼の巨大な身体が高速で迫る。そんな冗談のような光景の中、動きを鈍らされたオムスターは反転が間に合わない。
「棘キャノン!」
クレナはオムスターに迎撃を指示するが、破れかぶれで放たれた棘キャノンはジャイロボール、否、キャノンボールと言うべき鋼の塊に容易く弾かれる。回避できる速度ではなく、ドータクンに突っ込まれたオムスターは空高く跳ねあげ
られ、成す術なく落下した。
「キィ……」
雨は上がり、オムスターのひび割れた巨大な巻貝から、へたりと全ての触手が伸びきってしまった。
//オムスター戦闘不能! 脅威の速度とその威力! ジャイロボールが決まったぁ!//
//自らの鈍重さを長所へと変えました! トリックルームで、恐るべきドータクン!//
このトリックルームの状況下では、どんなポケモンでもドータクンに先手を取られ、あの質量攻撃を叩きつけられてしまう。
「……あのトリックルームを解除しないと」
鋼タイプには、鈍重なポケモンが多い。
ドータクンの放ったトリックルームは、レモーの鋼ポケモン達のサポートを兼ねている筈である。何にせよこの試合、トリックルームを破らない限り、クレナに勝機は無い。
「ここは、君しかいない!」
クレナはエスパーシンボルのついたモンスターボールを手に取り、投擲した。
「頼んだよ、ジェントル!」
「ピィイイッ」
召喚されたオーベムはふわりとバトルフィールドに降り立ち、クレナに念を送る。
『ワタシにお任せください、クレナ様!』
「何が来ても同じこと! セイドー、ヘビーボンバー!」
レモーが指示を出すと同時に、ドータクンがオーベムの上空に移動し、落下する。
「ジェントル、トリックルーム!」
だが、ドータクンのボディに押しつぶされる寸前、オーベムは攻撃から脱出した。
オーベムが放ったトリックルームが、既に展開されていたドータクンのトリックルーム空間を逆転させ、素早さを元の関係へと戻したのだ。
//大技の大技返し! これは、エスパー対エスパーの対決だぁ!//
「もう一度逆転させるのよ、セイドー! トリックルーム!」
トリックルームは大技であり、即座の連続使用は困難な技である。故に、オーベムは暫くトリックルームを放つことはできない。
再び空間をねじ曲げ、逆転空間で今度こそオーベムを仕留めようとしたドータクンであったが、トリックルーム発動のために集中させた念が四散してしまった。
「……!?」
ドータクンは困惑した。
―失敗する筈が無い。
―ドーミラーの頃から鍛え続けてきた技なのだから。
―それなのに、何故?
「……ピィイイッ!」
「!」
その答えは、直ぐに分かった。
//ドータクン、トリックルームを発動できません!//
//これは金縛りではありません! オーベム、ドータクンのトリックルームを「封印」しています!//
オーベムが放った妨害の念が、ドータクンのトリックルームの念を阻害しているのだ。
「セイドー……ここで引いたら、あのオーベムはどこまでも掻き乱してくる」
「グォオオン……」
「ここで倒すのよ。通せん坊!」
ドータクンは再び上空に移動し、オーベム目掛けて落下をする。
トリックルームに続き、ドータクンの技を封印した直後であるためか、息切れして動きの鈍ったオーベムに、ドータクンの銅鐸ボディがすっぽり覆いかぶさった。
「ジェントル!」
「これなら速度も関係ない。やりなさい、セイドー!」
ドータクンは己のボディを両腕で激しく叩いて金属音を放つ。
逃れる術の無い鋼の閉所空間で、脳を破壊するほどの金属音に苛まれるオーベムは絶叫して悶える。
「ピギャアアアアアアッ!」
半狂乱でサイコショックの弾丸を乱射するオーベムだったが、ドータクンの鉄壁のボディには通用せず、拷問攻撃は止まらない。
―お前はここで終わりだ、ブレインポケモン。
―レモーお嬢の道は、私が守る。
攻撃の念は何も通じず、オーベムはドータクンのボディを叩くが、ただ腕に痛みが伝わるのみである。
『……クレナ様っ……!』
闇と大音量の中、オーベムは悲鳴を上げながらも、念を纏った腕で、ドータクンを叩き続ける。
『ワタシは……!』
『貴方を、絶対に……! 勝たせてみせる……!』
やがて、体内でオーベムの動きが止まり、念の動きも停止したことを確認したドータクンは、胴体を打ち鳴らすのを止め、ゆっくりと上昇する。
ずるりと崩れ落ちるように現れたのは、失神してしまったオーベムの姿であった。
「じぇ、ジェントル!」
//オーベム戦闘不能! な、何と言う恐ろしい戦法でしょうか!//
クレナはオーベムを回収光線でモンスターボールに戻し、そのボールを両手で握りしめる。
//ドータクン、そのボディの特質を利用し、オーベムを体内へ封じ込み、戦闘不能へと追い込みました!//
//恐るべき鉄壁の要塞を前に、クレナ選手、巻き返しはなるか!?//
「…………」
トリックルーム封じには成功したが、ドータクンは鋼の強度とエスパーの搦め手を操る強敵である。
「ありがとう、ジェントル」
クレナはオーベムの入ったボールをカウンターに戻し、電光掲示板に視線を向ける。
電光掲示板には、クレナとレモーの六体のポケモンの枠が表示されている。レモーは、今場に出ているドータクンを含めて残り五体。それに対して、クレナは残り三体であった。
「私は勝つよ。このバトル、必ず勝ってみせる」
ズボンで手汗を拭ったクレナは、四体目のポケモンが入ったボールを手に取り、バトルフィールドへと投擲した。
「行けっ、ゴーマ!」
「ギュオオオオッ」
召喚されたヨノワールは、バトルフィールドに降り立ち、ドータクンを黒い眼差しで見据えた。
//クレナ選手の四体目は、手づかみポケモンのヨノワールだぁ!//
「セイドー、ヘビーボンバー!」
ドータクンはヨノワールを押し潰すべく、空中から降下するが、攻撃を避けたヨノワールは、その拳に霊的エネルギーを集中させた。
「シャドーパンチッ!」
クレナの指示と共に、ヨノワールが霊的エネルギーを纏った拳をドータクンへと叩きこむ。
「ドータクンは、鋼タイプの中でも特に硬いポケモンよ。そんな攻撃は……」
迎撃を指示しようとしたレモーだったが、彼女は目を見開いた。
「え?」
「グォオオンッ!」
ドータクンの巨体が、鋼の身体が、ヨノワールの拳に圧されているのだ。
//ヨノワール、猛攻!//
//何という光景でしょうか! 格闘ポケモンでも突破が困難なドータクンのボディを、その拳で凹ませています!//
//いや、これは……!?//
観客はざわめく。
一方的に打ちのめされるドータクンは、まるで鋼の硬さを失ったかのようであった。
「……まさか、あのオーベム……!」
レモーは気がついた。
この異常事態は、先ほど倒したオーベムが、ドータクンの身体に技を施したことで引き起こされたものであると。
//ドータクン、防御力が著しくダウンしております!//
術者と対象者、二者の防御力を平均化するエスパー技・ガードシェア。
クレナの指示が届かぬ中で、オーベムは独断で技を行使し、ドータクンを弱体化させていたのだ。
トリックルームが使えず、防御力も失ってしまったこの状況では、ドータクンはもはやサンドバッグである。
「交代よ、セイドー!」
レモーはボールの回収光線でドータクンを回収しようとするが、それは敵わなかった。
「グォオ……!?」
「ギュオオオッ」
ヨノワールの瞳の呪術により、ボールの回収光線が乱されてしまったのだ。
「ジェントルが作ったこのチャンス……絶対逃がさない」
//ドータクン! ヨノワールの黒い眼差しに妨害され、交代することができません!//
「決めるよ、ゴーマ!」
ヨノワールは、大きな両手を堅く握りしめる。
「爆裂パンチ!」
「ギュオオオオーッ!」
ドータクンはサイキックを放って抵抗するが、全身全霊の力を集めたヨノワールのフィニッシュブローは念を突き破り、ドータクンのボディに直撃した。
「グォオオォッ!」
「セイドー!」
鋼を砕き、エスパータイプの精神力さえ粉砕する、格闘攻撃・爆裂パンチ。
弱体化したドータクンはこの一撃に耐えられず、バトルフィールドの端にまで吹き飛ばされ、昏倒してしまった。
//爆裂パンチが決まったぁ! ドータクン、戦闘不能です!//
//てづかみポケモン・ヨノワール! その巨大な両腕から繰り出される格闘攻撃は、凄まじい威力です!//
「……あのオーベム。最後まで邪魔をしてくれたわね」
倒されたドータクンをボールに回収したレモーは、ドータクン入りのボールを労わる様に撫で、バトルスタンドに戻す。
「でも、クレナ。サポート役が居ない状況で……私の四体の鋼ポケモン達に勝てるかしら?」
三体目の入ったボールを手に取ったレモーは、バトルフィールドに投擲する。
「行きなさい、ズール!」
小柄な身体。
つぶらな瞳。
醜悪で、凶悪で、巨大な、大顎。
「グブァアアアア!」
ボールから召喚されたポケモンは、大顎を振りまわし、咆哮する。
//レモー選手の三番手は、ホウエン名物、あざむきポケモン・クチートだぁ!//
「ギュ……」
//クチート、ヨノワールを威嚇しています!//
クチートは、鋼の牙を有する大顎を激しく打ち鳴らし、威圧されたヨノワールは一歩後退した。
「恐ろしいでしょう? クチートの鋼の大顎は、大岩もを砕くんだから……」
「ゴーマ! 惑わされないで。本体はあんなに可愛いんだから!」
クチートは、その可愛さと厳つさのギャップから、少女達の間で人気を博しているポケモンである。
かつてクレナは、レモーに学生鞄につけたクチートキーホルダーを見せられ、教えられたことがある。
「クチートの大顎は実は角で、本当の顔は可愛いこっちなの!」と。
「確かにクチートは可愛いけれど。鋼ポケモンの中でも、取り分け凶暴な種族なのよ」
激しく打ち鳴らされる大顎の金属音に被さる様に、レモーの指示が飛ぶ。
「じゃれつくのよ、ズール!」
「グバァアッ!」
クチートはヨノワールの身体に飛びかかる。
キュートな瞳がヨノワールを見つめ、小さなおててが縋りつき、そして、醜悪な大顎が、霊の肉を引きちぎらんと噛みついた。
「ギュオオオオオオッ!」
血を流し、苦痛に呻くヨノワールは、クチートを引き剥がそうとするが、クチートの牙は深くヨノワールの身体に食い込んでおり、外すことが出来ない。
「ゴーマ、鬼火!」
外せないならば、相手から外さざるを得ない状況に持ち込む他ない。
ヨノワールは手のひらに霊的エネルギーを集めて高熱状態にし、じゃれつくクチートに押し付ける。
「グギャッ!」
高熱に耐えきれず、クチートは拘束を解き、ヨノワールから距離を取る。
好機を得たヨノワールは、追撃のシャドーパンチを放つが、
「鉄壁!」
ヨノワールの拳は、大顎によって妨げられた。
クチートは、硬質化させた自らの大顎を盾代わりにしたのだ。
「ギュオオアッ!」
「グバァアハハハッ……!」
拳を傷めたヨノワールが呻く中、クチートはキュートな顔で醜悪に笑い、盾にした大顎を振り上げた。
「不意打ち」の一撃はヨノワールの顔面を打ち上げ、ヨノワールは天を見る。
「さぁ、決めるわよズール!」
「グァバアッ!」
「アイアンヘッドッ!」
レモーの指示と同時に、大顎をばねのようにしてクチートは宙を舞い、上空から勢いよく鋼の大顎を振り下ろす。
対抗の術も間に合わず、ヨノワールの頭部にアイアンヘッドが直撃し、そのまま彼はフィールドに叩きつけられてしまった。
//クチート! フィールドを叩き割らんばかりの、アイアンヘッドを決めたぁ!//
「ゴーマッ!」
クレナはヨノワールに呼びかける。
「ギ…ギュオッ……!」
ダメージは重いが、ヨノワールはまだ戦闘不能には陥っていない。
クチートの大顎に叩きつけられているヨノワールの腕は、まだ動いているのだ。
「グバァッハハ」
クチートが大顎の下のヨノワールを嘲笑う中、ヨノワールは、両腕に力を込める。
「……ググァバ?」
抑えつけている大顎が、押し戻される。
クチートが目を見開いたその時、ヨノワールはバトルフィールドに拳を打ちつけ、局地的な地震を引き起こした。
「グァアアッ!?」
激しい地震により、バランスを崩したクチートが仰向けに転倒する。
そして、彼女の視界には、上空には、両腕に炎を纏ったてづかみポケモンの姿があった。
「ゴーマ! 炎のパンチッ!」
「ズール! 噛み砕けぇっ!」
クチートは転倒しつつも、巨大な大顎を振り上げ、迫るヨノワールの腕に食らいつく。
ヨノワールの片腕をその大顎に捕らえたクチートだったが、ヨノワールの攻撃は止まらない。彼は健在な腕で、炎を帯びた拳をクチートの本体に叩きこんだのだ。
「グバァアアアアッ!」
「ギュオオォッ!」
身体を焼かれるクチートは大顎に力を込めるが、大顎に捕えた腕もまた炎を帯びており、鋼の牙が溶けていく。
熱に耐えられなかったクチートは大顎を開き、解放されたヨノワールは、その大顎を両腕で掴んだ。
「あっ……」
「地球投げっ!」
ヨノワールはクチートを捕えたまま天井近くまで上昇し、回転をする。
一回二回三回四回転。
「グ、グバァアッ」
五回六回七回八回転!
「ギュオオオオオーッ!」
勢いを付けたヨノワールは急降下し、クチートをバトルフィールドへと叩き落とす。
「グ……グ……グバッ……」
落下したクチートは大顎を支えに立ち上がろうとするが、彼女はずるりと倒れ、そのまま気絶してしまった。
//地球投げが決まったぁ―! クチート、戦闘不能です! //
//ヨノワールの二体抜きにより、両選手、残りポケモンはお互い三体となりました!//
「やったぁ! 凄いぞゴーマ!」
「……ギュ」
クレナの賞賛に対し、素直では無いヨノワールはクレナを振りかえらずに、腕を組んでプイと顔をそむける。
「……追い込んだと思っても、すぐに巻き返されたわね」
一方で、クチートをボールに回収したレモーは、試合前のクレナの言葉を思い返していた。
―今日、「ライバルの壁」は厚いぞってことを教えてあげるんだから―
「クレナ。私は本気で思っているの」
「私は、貴方に……」
レモーは四体目のポケモンの入ったボールを手に取り、握り締めた。
「……絶対に、負けたくないって……!」