36話:陽光
観客の声援の中、少女クレナは昇るバトルスタンドに立ち、対戦相手の姿を見つめていた。
「…………」
クレナが挑む、ポケモンリーグ・スーパーボールもこれで四回戦。
予選最終戦であるこの「岩のフィールド」での試合に勝てば、いよいよメインスタジアムでの本戦に進むことになる。
//さぁ、両選手の紹介です!//
//赤コーナーに立つのは、神速の獣使い! キンセツシティのコハク・セキオウ!//
//彼の操るポケモンは、そのタフネスと圧倒的スピードが持ち味です!//
四回戦の対戦相手は、四十代ほどの男性。
クレナがポケモンリーグの出場登録を行った日に出会い、また、これまで何度もリーグ・ハイライトで取り上げられていた、ウインディ使いのトレーナーであった。
//そして、青コーナーは、キュート&クールな女子中学生! シダケタウンのクレナイ・クレナ!//
//これまで大舞台での試合経験の無い彼女ですが、その才能は本物! 本大会のダークホースとして、恐るべき快進撃を見せつけています!//
「予選最終戦。ここで負けたくない」
クレナは帽子を深く被る。
この試合は今日の第一試合であり、勝ち進んでいるライバルのレモーは、氷のフィールドでの第一試合を行っているところだ。
レモーは問題なく勝って本戦に進むに違いなく……この試合に勝てば、次はレモーとの対戦かもしれないのだ。
「……どんなに強い人が相手でも、勝ってみせる」
地上から高く昇ったバトルスタンドは停止し、対戦相手の男性「セキオウ」は既に一番手を決めているのか、スタンドに設置された六つのボールの中から一つを手に取った。
セキオウが相対するクレナを見つめる中、クレナもまた、スタンドからボールを手に取り、握り締める。
//予選最終戦を突破し、本戦へと駒を進めるのは、どちらの選手だ!?//
//ポケモンリーグ・スーパーボール四回戦!//
//岩のフィールド第一試合、「コハク・セキオウ」VS「クレナイ・クレナ」……試合開始!//
バトル開始のブザーと共に、両者はボールをバトルフィールドへと投擲した。
「行けっ、ゴーマ!」
「行くぞ、ライデン!」
クレナが召喚したヨノワールは、岩のフィールドに降り立ち構える。
一方で、セキオウが召喚したポケモンは、その四足を大地に付けると同時に、相対するヨノワールを睨み、全身から電流を迸らせながら咆哮した。
//セキオウ選手は、レントラー! クレナ選手はヨノワールを繰り出した!//
電流を帯びて、逆立つ黒い体毛。
勇ましい、金色の眼光。
//れ、レントラー! ヨノワールを威嚇しております!//
眼光ポケモン「レントラー」の威嚇はスタジアム全域を震わせ、その迫力は、中学生の女の子であるクレナは勿論、傲慢なヨノワールでさえも身動ぎさせた。
「ひゃ……」
「ライデン、ワイルドボルト!」
レントラーの威嚇にクレナが固まった隙に、ユウゾウはレントラーに指示を出し、凄まじい電撃を纏ったレントラーはヨノワールへと猛進した。
「あ、……ゴーマ!」
「ギュオオォ!」
クレナの指示が遅れるが、いち早く威嚇から立ち直ったヨノワールは両腕を構え、突っ込んできたレントラーの全身を掴んだ。
だが、レントラーの勢いは止まらない。
「ブァラアアアッ!」
「ギュ……!」
レントラーはヨノワールをバトルフィールドの岩山にまで叩きつけ、ヨノワールを押し付けたまま、大電流を彼の全身へと流し込んでいく。
「ゴーマ、影打ち!」
クレナの指示と同時に、レントラーの影から拳が伸び、霊術「影打ち」がレントラーの腹を突く。
レントラーが離れたその隙に、ヨノワールは拳を掲げ、クレナは次の指示を叫んだ。
「地震だぁっ!」
ヨノワールは拳を振り下ろし、バトルフィールドに叩きつける。
「ブァラッ……!」
局地的に発生した地震により、レントラーの身体は岩のフィールドへと叩きつけらられる。
効果抜群の一撃であり、ヨノワールは両腕に霊的エネルギーを纏わせ、追撃のシャドーパンチを放つが、レントラーの眼光は未だ弱る気配が無い。
「ボルトチェンジ!」
セキオウが鋭く指示し、レントラーはシャドーパンチを掠めながら、ヨノワールへと高速で突貫をする。
その動きはまさに雷電。
ヨノワールを突き飛ばしたレントラーは、攻撃後即座にヨノワールから距離を離し、彼の身体はセキオウが持つボールの回収光線により、モンスターボールへと収納された。
ポケモン交換というものは大きな隙が生じるものであるが、相手と大きく距離を放してしまえば、その隙は最小限に抑えられるのだ。
「出番だ、ヒビキ!」
セキオウは即決で次のモンスターボールを手にし、バトルフィールドへと投入する。
召喚されたポケモンは地上に降下し、大音量で咆哮した。
「ゴォアアアアアアアアッ!」
//ボルトチェンジからのポケモン交換! セキオウ選手、レントラーをひっこめバグオングを繰り出したぁ!//
巨大な口部。
全身に空いた穴。
「爆音波!」
騒音ポケモン「バクオング」は、全身から凄まじい音を放出する。
大地を震わせ岩をも砕くその音量に、ヨノワールは悶え、その彼の身体にバクオングは噛み付いた。
「ギュオアアッ!」
霊体をも噛みちぎらんとする牙はヨノワールに深く食い込み、ヨノワールから黒い血が流れ落ちる中、クレナは叫んだ。
「ゴーマ、痛み分け!」
苦悶を上げながらも、ヨノワールは片手で印を結び、手の平をバクオングに押し当てる。
同時に呪術がバクオングに流れ込み、ヨノワールの身体の傷が、バクオングの身体へと移っていく。
「ゴォアッ」
「厄介な技を……」
ならば、とセキオウはバクオングへと叫んだ。
「これで決めろ、逆鱗だ!」
バクオングは咆哮し、呪術を仕掛けるヨノワールの腕を掴み、その巨体を振りまわし、岩山へと叩きつける。
ヨノワールは体勢を立て直そうとするが、バクオングは止まらず、その腹に拳を叩きこんだ。
//バクオング、まるで龍のように暴れ回っています! 理性をも失う大技「逆鱗」に、ヨノワールは成す術もありません!//
「…………」
クレナは拳を握りしめた。
バクオングは、彼が持つ荒々しさの全てをヨノワールへとぶつけている。このままでは戦闘不能は免れないが、かといって、あのバクオングのパワーと真っ向勝負できるポケモンは、クレナの手持ちにはいない。
ただ一人、追い詰められたヨノワールを除いて。
「ゴーマ」
投げられたヨノワールは、よろめきながら立ち上がる。
彼の紅の瞳には、咆哮しながら突っ込んでくるバクオングが映っていた。
「…………」
ヨノワールはクレナを振りかえらず、バクオングを待ち受ける。
「カウンターッ!」
暴走するバクオングの拳が、ヨノワールに直撃する。
だが、ヨノワールはバクオングを掴み、受けた衝撃を反転させ、バクオングの身体をバトルフィールドへと叩きつけた。
「ギュオオオオオオッ!」
そして、倒れたバクオングへと振り下ろされる、手づかみポケモンの渾身の鉄拳!
「ゴォアッ……!」
岩のフィールドにヒビが入るほどの一撃に、絶えず響いていたバクオングの咆哮も途絶える。
逆鱗の疲労も加えてか、遂に荒れ狂うバクオングの体力は尽きてしまったのだ。
//……バクオング戦闘不能!//
//恐るべし、ヨノワールの搦め手とそのパワー! バクオングの攻撃力を利用し、カウンターで勝負を決めたぁ!//
セキオウ側の電光掲示板のランプが一灯消え、バクオングを回収したセキオウは、次のボールを即座にフィールドに投入する。
「ライデン! あのヨノワールは、確実に倒せ!」
「ブルァアッ!」
再び呼び出されたレントラーは、ヨノワールを威嚇し、全身に電流を纏う。
「ワイルドボルト!」
「影打ち!」
レントラーの影から放たれた拳が、彼の身体を殴りつけるが、電流を纏って走るレントラーは止まらない。
「……!」
もはや、ヨノワールにレントラーの大技を受け切るだけの体力は残っていない。
これが決着技になると悟ったヨノワールは、「最後の霊術」の印を結ぶが、技の発動寸前に、彼の全身を衝撃と大電流が襲った。
「ギュオアアアアアッ!」
「ゴーマ!」
地に落下したヨノワールは、腕を支えに起き上がろうとするが、腕から力が抜け、そのまま岩のフィールドに崩れ落ちてしまった。
//ワイルドボルトが決まったぁ! ヨノワール、遂に戦闘不能です!//
//これで2対2! ですが、レントラーは大技の連発で消耗しているようだ!//
//さぁ、次のクレナ選手のポケモンは!?//
「…………」
クレナは迷っていた。
セキオウの残りの手持ちポケモンはレントラー。そしてまだ見ぬ一体は、彼の代名詞である「エース」だろう。
その強さは、TVから。そして自身の手持ちポケモンから事前に散々聞かされ、知っている。まともにやっては勝てない相手であることを。
だが、クレナには、セキオウのエースに勝利するための作戦があった。
「……厳しいバトルだけど。ゴーマが勝ち筋を残してくれた」
エースを引き摺り出せなかった以上、その作戦を通すために。
賭けとなるが、ここで、作戦の要となるポケモンを出すしかなかった。
「私は、勝ちたい。私を勝たせて」
覚悟を決めたクレナは、エスパーシンボルが貼られたボールを手に取り、バトルフィールドへと投入した。
「行けっ、ジェントル!」
召喚されたオーベムは、サイキックでふわりと浮き、岩のバトルフィールドへ降下する。
「ピィイイイッ!」
//クレナ選手、繰り出したのはブレインポケモンのオーベムです!//
「オーベムか」
エスパーポケモンというのは、搦め手の使い手である。
速攻で倒さなければ、後々に響く技を使われてしまうだろう。
そう判断したセキオウは、レントラーに指示を出す。
「ライデン、噛み砕けっ!」
レントラーは咆哮と共に岩のフィールドを蹴り、オーベムの身体に飛びかかった。
「鋼の翼!」
だが、レントラーの牙がオーベムに食い込む寸前、レントラーは遮蔽物に阻害された。
オーベムから、硬質の翼が生えたのだ。
//なんと! エスパータイプであるオーベムから、鋼の翼が生えたぁ!?//
「ブルァアッ……!」
だが、その翼は、所詮はオーベムの念で生成されたもの。
レントラーの強靭な顎と牙は、紛いものの鋼の翼を容易に噛み砕く。
だが、その時既に、オーベムの粒粒の指先は、レントラーの胴体に押し付けられていた。
「ライデン、スパーク!」
「サイコショック!」
レントラーは全身に電気を纏うが一手遅く、オーベムの発光する指先から、実体化した念の弾丸が連続射出される。
零距離射撃を受けたレントラーは悶絶してよろめき、オーベムは念を練り、レントラーへと両腕を突き出した。
「ジェントル、サイコキネシスッ!」
念に絡め取られたレントラーの身体が宙に浮き、オーベムは全身を軸にして両腕を操作し、拘束したレントラーを勢いよく振り回す。
「ピイイイイイッ!」
「ブルァアッ!」
レントラーは放電して対抗するも、オーベムは両腕を振り下ろし、レントラーの身体を岩のフィールドへと叩きつける。
タフなレントラーも、この一撃には耐えきれなかったのか。体力の尽きた彼は失神し、立ち上がることは適わなかった。
//サイコキネシスが決まったぁ! ヨノワール戦でのダメージが響いたか、レントラー、戦闘不能です!//
//残り一体にまで追い詰められたセキオウ選手、果たして最後のポケモンは!?//
「……わかっているさ。平凡なこの俺がここまで勝ち残ってこれたのは、お前の御蔭だと」
レントラーをボールに回収したセキオウは、バトルカウンターから、古びたモンスターボールを手に取った。
「お前に頼るのは、悔しいさ。だが、それでも勝ちたいんだ」
「俺を勝たせろ。親父を栄光の座に導いたように」
セキオウは手にしたモンスターボールをバトルフィールドへと投入した。
「行けっ、ヨウコウ!」
橙色の毛皮。
逞しい四足の身体。
勇猛で、精悍な、その表情。
//出たぁー! セキオウ選手、伝説ポケモン・ウインディを繰り出したぁ!//
//ウインディは、正しくセキオウ選手の切り札! 本大会予選において、無敗の勝率を誇っています!//
//クレナ選手、果たしてこの炎の牙城を崩すことはできるのかぁ!?//
岩のフィールドへと召喚され、オーベムと相対するように降り立ったウインディは、高らかに咆哮する。
「グルォオオオオッ!」
「ピィイイ……」
その威嚇に気圧されるオーベムであったが、彼は引かずに、ウインディの瞳を見返した。
―ブレインポケモン。お前は本気で、この吾輩に勝てると思っているのか?―
―貴方が、ユウオウさんの相棒であろうとも。その御子息の切り札であろうとも。私はクレナ様の勝利に貢献してみせる―
オーベムが尊敬し、憧れた人間の紳士であり、そして恐るべき強さを誇るトップトレーナーであったユウオウ。
指示を出す人間は違えども、ユウオウの最強の手持ちポケモンであったウインディを倒すことが出来たその時、クレナはユウオウにも匹敵するポケモントレーナーになったと言えるだろう。
―そうか。ならば、一切手は抜くまい―
オーベムの本気を悟ったウインディは、牙に炎を纏った。
―吾輩も、あの息子に高みを見せてやりたいものでな!―
「炎の牙っ!」
セキオウの指示にウインディは跳躍し、オーベムに牙を突き立てる。
「ピィイイイッ!」
ウインディはレントラー以上に素早く、強靭なポケモンであり、距離は一瞬で詰められ、鋼の翼を展開する間も無かった。
喰い込んだ炎の牙は、オーベムの身体を焦がしていく。
「ジェントル、サイコキネシス!」
オーベムは渾身の力で練った念を浴びせるが、それでもウインディの顎を開かせることが精いっぱいである。
炎の牙から身体を引きぬき、落下したオーベムは、焦げた傷口を抑えて片膝を付く。
「グルォオッ!」
サイコキネシスを振りほどき、再びウインディが牙攻撃を仕掛けようと、口部に炎を揺らめかせる。
だが、オーベムの指先と額の模様が不可思議に発光し、その時ウインディは違和感を覚えた。
何かが、おかしいと。
「トリックルームッ!」
オーベムが両腕を広げて放った奇妙な念は、バトルフィールド全域に広がり、空間を歪ませる。
ウインディが牙を再び喰いこませるべく、全身に力をこめたその瞬間、ウインディの違和感は確固たるものとなった。
//歪んでいます! おかしい、何かが……スタジアムの!//
ウインディの牙は空振りをする。
動きが弱っていた筈のオーベムが、高速で移動をし、ウインディの攻撃圏内から脱したのだ。
//素早さの概念が逆転する、摩訶不思議空間! クレナ選手のオーベム、トリックルームを放ったぁ! これは、エスパータイプの超大技!//
「グルォオッ!?」
「ピイイイッ!」
オーベムが展開したのは、エスパータイプの搦め手として、最大級の技であるトリックルーム。
実況すらもおかしくなるこの技の効力下では、その素早さが反転する。即ち、遅い者は速く、速い者は遅くなるという逆転現象が起こるのだ。
「トリックルーム……!」
「上手くいった。こうなれば、こっちのものだ!」
この技トリックルームの展開こそが、対ウインディ戦における、クレナの勝機であった。
セキオウのウインディの強みは、その圧倒的素早さから繰り出される強烈な一撃。だとすれば、その長所である素早さをを潰してしまえば良い。
「ジェントル、サイコショック!」
オーベムはウインディの死角に回り込み、念の弾丸サイコショックを連射する。
元々、クレナのオーベムは補助は得意であるが、攻撃のサイキックを不得手としている個体である。レントラー戦では相手が消耗していたため、オーベムの攻撃で倒すことが出来たが、体力が万全なウインディ相手では、有利な盤面からの攻撃を放ち続けるしか
ない。
「舐めるな。その程度では、ヨウコウは止まらない!」
「グルォオッ」
「ヨウコウ、神速だ!」
ウインディは攻撃態勢に入り、オーベムはウインディを上回る速度で移動するが、突如、ウインディの姿を見失った。
「ピィッ……」
次の瞬間、オーベムの全身に衝撃が走り、彼の全身は突き上げられる。
//トリックルームの逆転現象をも覆す、恐るべき神速! ウインディ、オーベムを打ち上げたぁ!//
「あっ……!」
「日本晴れっ!」
先制攻撃技「神速」には、トリックルームも通用しない。空中でオーベムがサイキックで姿勢制御を行う中、ウインディは天に吼える。
同時に、バトルフィールドの上空に疑似太陽が生成され、強い日差しがフィールド内を照りつけた。
日本晴れは炎技の強化には有効であるが、トリックルーム下での有効打である神速は、その恩恵を受けない。
何故、オーベムが隙だらけのこの場面で悠長な技を?
そう思うクレナであったが、何にせよ体勢を立て直す時間が稼げた今、攻めるしかなかった。
トリックルームの持続時間は、そう長くはないのだ。
「ジェントル、サイコキネシス!」
「神速!」
オーベムは神速に再び吹き飛ばされるが、彼のサイコキネシスは大地から四足を離したウインディを絡め取り、バトルフィールドに叩きつける。
「良いぞジェントル」
神速からのタックルは強烈であるが、炎攻撃に比べれば威力の低い技である。
一方、オーベムの攻撃は威力は低いが、積み重ねることで、ダメージは確実にウインディに蓄積されている。オーベムとクレナの残る一体で、このダメージレースに勝利できる算段であった。
だが、クレナの作戦は、セキオウの次の一手で覆されることになる。
「朝の日差しだ!」
「グルォオオッ!」
ウインディは太陽光を吸収して活力へと変え、自らの傷を癒したのだ。
//日差しを浴びて体力を回復していく! 何とウインディ!//
「…………」
オーベムは、回復したウインディを見上げる。
自身がボロボロであるのに対し、ウインディはほぼ全快状態である。もはや、オーベムの攻撃で、ウインディを倒す術は無かった。
「ピィイ」
―流石ヨウコウですね。私では、到底勝てない相手でした―
「グルォ」
―諦めたか。ブレインポケモン―
傷を癒したウインディは、再び神速でオーベムに攻撃するが、オーベムは物理攻撃を阻害する障壁「リフレクター」を展開し、その威力を減退させる。
どんなに速い技であろうとも、来る技が分かっていれば、対応は可能である。
だがそれでも、オーベムに蓄積されたダメージは重く、落下したオーベムは息絶え絶えであった。
「ピィ……!」
―諦めてはいませんよ。私は、クレナ様を勝たせます―
―絶対に……!―
遂にトリックルームの効力が切れ、素早さの逆転現象が元に戻る。
本来の素早さを取り戻したウインディは、オーベムに決着技を叩きこむべく、その全身に炎を纏った。
「フレアドライブッ!」
炎タイプの大技フレアドライブが、オーベムの全身へと叩きこまれる。
熱に包まれ、精神が焼き切れる衝撃の中、オーベムは技を放った。
//ウインディのフレアドライブが決まったぁ!//
//オーベム、この一撃には耐えられないでしょう! ……んん!?//
「ジェントル!」
全身を焦がしたオーベムは、バトルフィールド上空を虚ろに見上げながら、両腕を広げ、念をフィールド全域にまで展開させる。
「……ピィ……」
後は任せましたよ。
クレナの「最後の一体」にそう言い残し、最後の仕事を終えたオーベムは、遂に意識を失った。
//戦闘不能間際に、トリックルームを再発動したぁ! 何とオーベム!//
//残り一体です! クレナ選手の残りポケモンは!//
「……ありがとうジェントル」
オーベムをボールへと回収し、クレナは最後の一体が入った、エースシンボル付きのモンスターボールを手にする。
「トリックルームに、リフレクター。まだ勝機は残っている」
「ゴーマ、ジェントルが繋いでくれたこのチャンス。無駄にはできない」
クレナは、モンスターボールをバトルフィールドへと投擲する。
「お願い、くい太!」
ボールから召喚されたクイタランは、大地に足を付け、太い爪のついた両腕を構える。
「ぶもぉおおっ!」
//クイタランです! クレナ選手のラスト一体は!//
//最後は、炎のエース同士の対決となりました!//
セキオウのエースのウインディと、クレナのエースのクイタラン。
場内は沸くが、同時に困惑する者もいた。
ウインディとクイタランは、両者共に絶対的な炎耐性を有する種族なのだ。
「ヨウコウ、神速!」
「くい太、地団駄!」
ウインディはクイタランへと神速で体当たりするが、リフレクターで守られているクイタランには効果が薄い。
ウインディの身体を受け止めたクイタランは、固い岩のフィールドへとウインディを引きずり倒し、その身体を踏みつけた。
「バークアウトだッ!」
「地獄突き!」
ウインディはクイタランの至近距離で咆哮するべく口を開くが、その喉元にクイタランの太い爪が叩きこまれ、咆哮攻撃は中断された。
「グォッ。グォッフ……!」
ウインディは咳き込みながらクイタランから距離を離し、彼を睨みつける。
得意の炎攻撃はクイタランには効かず、サブウェポンで戦う以外無い。それはクイタランも同条件であるが、オーベムが展開したトリックルームとリフレクターが、クイタランを援護し続けているのだ。
「……強いな、あの子は。ダークホースと言われるだけのことはある」
クレナを賞賛するセキオウだったが、彼は、このバトルの勝利を確信していた。
この不利な盤面は、全てオーベムの技によるものである。技の効果が消えたその時に体力が有利であれば、そのまま勝利することができるだろう。セキオウは、父の相棒であるウインディには、それだけの力があると知っていた。
「くい太、技効果が切れる前に、ウインディを倒しきるんだ!」
「ぶもぉっ」
それはクレナも承知であり、クレナはクイタランに攻撃を指示する。
「くい太、乱れ引っ掻き!」
トリックルーム下のクイタランは高速で間合いを詰め、太い爪の乱舞で、ウインディへと畳みかける。
だが、ウインディも打たれてばかりでは無い。炎が使えなくとも、接近戦は彼が得意とするものであった。
「ヨウコウ、インファイトッ!」
爪で攻撃される中、ウインディはクイタランの腹へと突貫する。
「グブモォッ……!」
強烈な一撃に、クイタランは胃液を吐いてよろめく。だが、一方でウインディも全身に傷を負っていた。
「ヨウコウ、下がれ! 神速だ!」
ウインディは神速を使い、クイタランから距離を離す。
「ぶもっ」
「そろそろトリックルームも時間切れだ。勝たせてもらうぞ」
クイタランはウインディに追撃を仕掛けようとするが、インファイトで受けたダメージが重く、片膝をついた。
「朝の日差し!」
クイタランから距離を離したウインディは、強い日差しを吸収して体力を回復するべく、全身の体毛を広げる。
朝の日差しは隙の多い技であるが、ここまで距離を離せば、トリックルーム下であろうとも、遠距離攻撃である炎技を使えないクイタランにウインディの回復を阻害することはできない。
そう考えたセキオウであったが、彼は目を見開いた。
「……!」
クイタランが、届くはずのない両腕をウインディへと突き出したのだ。
その両腕からは、溢れんばかりの光が漏れている。
「まさか」
「くい太、ソーラービームッ!」
クレナが叫んだその瞬間、クイタランの両腕の穴から、巨大な光の束が放たれた。
「グルォ……ッ!」
強い日差しを吸収し、放たれた光の束ソーラービームは、岩のバトルフィールドを抉り、ウインディへと直撃する。
草タイプのソーラービームは、炎タイプのウインディには効果が今ひとつであるが、それでもウインディの回復技を阻害するには十分な大技であった。
//ソーラービームが決まったぁああああ! まさかの草タイプの超大技!//
「ヨウコウ!」
「ガ、グルォオオ!」
だが、ウインディはまだ倒れない。
勇猛な炎ポケモンは岩のバトルフィールドを踏みしめ、クイタランを睨みつける。
そんな中、空間が歪み、摩訶不思議な感覚がバトルフィールドから消え失せる。
トリックルームの効果が切れたのだ。
「これで決めろ、インファイトだ!」
ウインディは大地を蹴り、クイタランへと迫る。
素早さが逆転するトリックルームの効果が切れた今、神速を使わずとも、クイタランを上から叩くことが出来る。
「くい太」
「ぶもっ……」
守りを捨てたウインディが迫る中、クイタランはソーラービームの発射体制に入る。
「素早さが逆転した以上、二度も喰らうヨウコウではないぞ!」
だが、クイタランが光の束を発射したのはウインディに対してでは無く、バトルフィールドであった。
「!」
その凄まじい光量に、ウインディは目を閉じる。
瞬間、両手からのソーラービームの勢いでクイタランは宙へ。ウインディの真上へと跳んでいた。
「不意打ち!」
そして、クレナの指示と共に振り下ろされた、渾身の爪の一撃。
迎撃も間に合わず、上空から叩きこまれたクイタランの「不意打ち」が、ウインディに突き刺った。
「グ、グルォア、アアアッ……!」
「よ、ヨウコウ……」
血を流しながらも、ウインディは岩のフィールドを踏みしめ、クイタランを見据える。
だが、全身の震えは止まらず、やがて彼は岩のフィールドへと崩れ落ちてしまった。
//……ウインディ、戦闘不能!//
//炎技を封じられた、炎エース同士のバトルを制したのは、クレナ選手のクイタランです!//
//そしてここで、ゲームセットォ! スコア2-3、WINNER、クレナイ・クレナぁ!//
CONGRATULATIONS!
電光掲示板はクレナの勝利を告げ、また観衆も、クレナの勝利を祝った。
//水・草・氷・岩! 四つのフィールドにて全勝を収めたクレナイ・クレナ選手! 見事、リーグ本戦進出を決めました!//
「クレナちゃーん!」
「おめでとー!」
「クイタラーン!」
「本戦頑張れよぉー!」
「応援してるからね!」
沸きたつ声援の中、クイタランはいつものジト目で、下降するバトルスタンドに乗るクレナを見上げている。
「くい太ぁ!」
「ぶも」
「私達、勝ったよぉ!」
「ぶも」
「本戦に出れるんだよぉ!」
クレナははやくはやく、と下降するバトルスタンドを急かす。
「…………」
一方で、ウインディを回収したセキオウは、深く息をついてモンスターボールを見つめた。
「……これが、俺の引退戦か」
「…………」
「ああ。悪くなかったよ」
*****
その夜。
ポケモンセンターにて預けたポケモンを受け取ったクレナは、夜道にて、旅の荷物を手にして歩くセキオウの姿を観た。
「セキオウさん」
「クレナちゃん。本戦進出おめでとう。私の分まで頑張ってくれ」
「はい。……あの、もう帰られるのですか?」
「ああ。私のバトルは終わってしまったからね」
そんな中、クレナのモンスターボールが開き、オーベムが勝手に飛び出した。
「ジェントル!」
「ピィッ」
オーベムは、複雑な表情でセキオウを見上げる。
その仕草をを観たセキオウは、懐かしいなと微笑んだ。
「思いだすな。私が実家に帰ると、よく居たんだよ。親父の真似をしているのか、本を読んだり、お茶を飲んだりと、やたらと人間臭いリグレーが」
「…………」
「それが、君なのかどうかはわからないが……」
セキオウはボールを開き、ウインディを召喚する。
「ヨウコウ。俺達の敗因であるオーベムに、一言言ってやれ」
「グルォッ」
ウインディは尊大な態度で、オーベムにポケモンの言葉で話しかける。
「グルォオ」
「ピィ」
「グ」
「ピピ? ピピィーッ!」
ウインディと会話するオーベムは、何やら怒ったり笑ったりしていたが……やがて彼は、ぽろりと涙をこぼした。
「ピィ?」
「グルォオオ」
「ピピピィ……?」
涙はぽろり、ぽろりと零れ続ける。
オーベムは目を抑えるが、涙は止まらない。
「ジェントル」
「…………」
涙と想いを抑え込めないのか。
クレナ、そして恐らくはセキオウに、オーベムから零れる念が伝わった。
『……ユウオウさん……ユウオウさん……!』
ウインディは自らの体毛をオーベムに押し当てる。
暖かい熱がオーベムを包みこみ、ウインディはオーベムから零れる涙を舐めた。
「ピィ……」
「グルォッ!」
「ピャッ」
そして一声、軽く吼える。
それはウインディからの激励であり……吃驚したオーベムは、ごしごしと涙を拭き取り、笑顔で頷き、ピィと鳴いた。
「……大したものだよ、君達は。リーグだって制した、親父の最強のポケモンに勝ったんだから」
「セキオウさん」
「私は君達を、応援しているよ。親父の分までな」
セキオウはクレナ達に背を向け、ウインディもその後に続く。
『セキオウさん、ヨウコウ! ……お元気で!』
オーベムは人と会話するためのサイキックを、セキオウとウインディに送る。
「ああ。君も元気でな、「ジェントル」」
「グォウッ」
クレナとオーベムは、彼らの姿が見えなくなるまで見送り、やがてオーベムは、クレナへと念を送った。
『クレナ様。ワタシは……ワタシが憧れた紳士のポケモンにはなれませんでした』
『ですがワタシは。クレナ様、貴方と出会うことが出来た』
『だから、今は。少しも悲しくないんですよ』
オーベムから、ぽろり、と涙が再び零れ落ちる。
クレナはそれを指で拭い、オーベムに微笑んだ。
「これからもよろしくね、ジェントル」
『ええ!』
オーベムも笑顔で応える。
そんな中、広場の巨大モニターに速報が表示された。
「……本戦トーナメントの組み合わせ発表だ!」
『見に行きましょう、クレナ様』
クレナは足早に広場中央のモニターへと近づく。
組み合わせ票は演出と共に開示されていき、クレナは一回戦の対戦相手の名を見た。
「…………!」
「やっほ、クレナ」
そんな中、クレナの肩をぽんと叩く存在があった。
「レモー!」
「本戦進出おめでとう! でも残念ね……貴方は次の試合で負けることになるんだもの」
「それは、こっちの台詞だよ」
クレナは再びモニターを見る。
クレナの本戦一回戦の対戦相手の名は、こう示されていた。「キザクラ・レモー」と。
「さぁ……いよいよ勝負よ、クレナ!」
予選を全勝し、遂に本戦へと駒を進めた少女クレナ。
「良いとも。私たちは強いよ、レモー!」
ポケモンリーグという大舞台で、大観衆の中で。
彼女の旅立ちの切っ掛けであり、高い壁であり、最大のライバルであるレモーとの対戦が、始まろうとしていた。