35話:疾走する命
ポケモンリーグ・スーパーボールの四大予選フィールドには、今日も観客が大入り満員。
//さぁ、熱さを増していくポケモンリーグ・スーパーボールも、三回戦に突入です!//
//本日も、この「氷のフィールド」を溶かす熱戦が繰り広げられるのでしょうか?//
//第一試合は、まもなく開戦です!//
三回戦に進んだクレナが臨むのは、氷のフィールドの第一試合。
朝一の試合であるが、ゲート越しに聞こえてくるアナウンスを前に、少女クレナには眠気を感じる余裕もない。
「ふぅ……」
ポケモンリーグも三試合目であるが、クレナは相変わらず緊張が抜けなかった。
無理もない。
試合が進む程、より強い相手と対戦する可能性は高くなる。
そして、この地方のポケモンリーグは、一度試合に負ければ、それで終わりなのだ。
「……弱気になっちゃ駄目だ。今日も勝つんだ」
試合時間を迎えたクレナは、帽子を深くかぶり、係員の誘導でゲートをくぐる。
選手入場で沸き上がる観客の声に、クレナは思い返す。
今日の対戦相手は、本職が庭師であるという男性である。
クレナは、リーグが配信しているハイライト動画で彼の試合を観たのだが、ウツボット、ロズレイド……彼が繰り出すポケモン達の強さは、確かにファンが付くだけのものがあると納得せざるを得なかった。
「頑張れ〜、クレナちゃーん!」
「クレナさーん!」
「応援しているぞ!」
ところが、クレナは観客の声の中に、自分の名が混じっていることに気が付いた。
「えっ」
よくよく聞いてみれば、観客の声の大多数は、どうやらクレナに向けられたものであるらしい。
「嘘でしょう」
バトルスタンドに乗り、フィールド上空へと上昇する最中、クレナはアナウンスを聞いた。
//さぁ、両選手の紹介です!//
//赤コーナーに立つのは、二回戦でUBを破った、恐るべきルーキー!//
//渋いポケモンを操る、キュートな女子中学生! シダケタウンのクレナイ・クレナ!//
「……渋いポケモンて」
どうやら、二回戦でのUBズガドーンとの対戦が、クレナの注目度を大いに引き上げる結果となったらしい。
妙な紹介に苦笑いする中、アナウンスは対戦相手の紹介に移る。
//青コーナーは、ヒワマキシティ出身、庭師モエギ・オリベ!//
//庭師である彼が操るポケモンの本職も、また庭師!//
//全国各地を仕事で巡り、その片手間にジムを攻略していった彼らの実力は本物です!//
クレナの対戦相手の青年、オリベはバトルスタンドに設置された六つのモンスターボールを見る。
「強敵が相手だ。苦しい試合になりそうだな」
ライトで反射され、煌めく氷のフィールドを目下に、彼は一つのモンスターボールを手に取った。
「だが、勝つのは俺達だ」
//ポケモンリーグ三回戦!//
//氷のフィールド第一試合「クレナイ・クレナ」VS「モエギ・オリベ」、試合開始!//
バトル開始のブザーが鳴り響き、クレナとオリベは同時にモンスターボールを投擲する。
「行けぇっ、りじ夫!」
「頼むぞ、爪丸(つめまる)!」
クレナが召喚したフリージオは、ふわりと氷のフィールドの上空を浮遊する。
一方で、オリベが召喚したポケモンは氷のフィールドに着地し、不敵にその腕を組んだ。
//クレナ選手の一番手はフリージオ! オリベ選手はマニューラだ!//
//両者氷タイプ! この氷のフィールドを苦としないポケモンの選出です!//
鋭い鉤爪。
扇状の突起。
黒い毛皮。
「爪丸、電光石火!」
オリベの指示と同時に、鉤爪ポケモン「マニューラ」はフィールドを駆け、瞬く間に氷山を昇り跳躍する。
「りじ夫! 冷凍ビーム!」
フリージオは迫るマニューラへと冷凍光線を放つが、氷タイプのマニューラには有効ではないのか。
冷凍ビームを掠めてもマニューラの動きは衰えず、彼はフリージオの懐へと飛び込んだ。
「「辻斬り!」」
両トレーナーは同時に、同じ技の指示を叫ぶ。
マニューラの爪がフリージオの身体を砕かんと振り下ろされるが、フリージオは自らの身体を手裏剣のように回転させ、その爪を弾き飛ばした。
「「冷凍ビーム!」」
距離の離れたマニューラ、そしてフリージオの口部から冷凍光線が放たれる。
またもや同じ技であるが、火力を上回り、撃ち合いを制したのはフリージオであり、マニューラの身体にビームが直撃した。
「ニャッ!」
「リィイイッ」
低温攻撃の撃ち合いにより、バトルフィールドには霧が発生している。
やったか? と、マニューラの落下地点を観察するフリージオであったが、彼は背後に気配を感じた。
「リッ」
「ニャフウッ!」
何時の間に移動していたのか。
マニューラは健在であり、彼は今まさに、フリージオへと爪を振り降ろそうとしていた。
「りじ夫、つじぎ」
「騙し打ち!」
クレナの迎撃指示も間に合わず、マニューラの爪がフリージオを襲う。
「……負けるな、りじ夫!」
「これで決めるぞ、爪丸!」
ダメージを受けながらも、フリージオは回転をして氷の丸鋸となるが、マニューラは不敵に笑い、その爪を突き出した。
「瓦割り!」
放たれた爪の一撃は、氷で構成されるフリージオの刃を砕き、その身までもを貫いた。
「ニフッ」
「リィ、リグァッ……!」
フリージオの回転が止まり、その全身にヒビが入っていく。
「りじ夫!」
マニューラはフリージオから爪を引き抜き、フリージオは力無く地上へと墜ちていく。
戦闘不能は明らかであり、クレナが回収光線でフリージオをボールに戻すと同時に、電光掲示板のクレナ側のランプが一灯消えた。
//フリージオ戦闘不能! 接近戦に秀でるマニューラが、氷ポケモン同士の戦いを制しました!//
クレナはフリージオのモンスターボールをスタンドに収め、思案した。
あのマニューラの素早さと攻撃力は凄まじい。対策を講じなければ、三体連続で突破されてしまうだろう。
「ここは、君しかいない」
クレナは虫マークのシンボルが付いたモンスターボールを手に取り、バトルフィールドへと投擲した。
「行けっ、ジーン!」
召喚されたテッカニンは鋭く鳴き、両の爪をマニューラへと誇示する。
//素早さには素早さか! クレナ選手の二体目は、忍びポケモンのテッカニンだぁ!//
「爪丸! 冷凍ビーム!」
マニューラはテッカニンへと効果抜群の冷凍ビームを放つが、テッカニンの速度は並みではない。
「影分身!」
「ジィーッ!」
一体二体三体四体五体六体七体八体。
それは宛ら、忍びポケモンの名に恥じぬ、分身の術。
増えたテッカニンはマニューラを翻弄しながら、その距離を高速で詰めていく。
「見抜けないなら、全部消してやれ! 爪丸、電光石火だ!」
「ニャアアッ!」
マニューラは加速し、片っぱしからテッカニンへと斬りかかる。
その脚力は爆発的であり、テッカニンの速度をもってしても回避困難な攻撃であったが、本体が斬られるのを待っているほど、テッカニンは呑気な虫ではなかった。
「シザークロスッ!」
残像を切り裂いたマニューラの背中を、急降下したテッカニン本体の爪が切り裂く。
血が迸る中、反転したマニューラはその爪をテッカニンへと突き出した。
「ニュッ!」
「ジィーッ!」
だが、クレナのテッカニンは忍びポケモンであると同時に、誇り高き女騎士でもある。
彼女は突き出されたマニューラの爪を、自らの爪で弾いたのだ。
「冷凍ビーム!」
「行けぇ、ジーン!」
マニューラの口部に冷気が収束する。
だが、その一撃が放たれるその前に、ガードの空いたマニューラの懐に飛び込んだテッカニンは、マニューラの身体を両の爪で引き裂いた。
「ニュガッ……!」
マニューラは体勢を崩し、冷凍ビームは彼方上空へと放たれる。
そしてそのまま、彼は氷のフィールドへと崩れ落ちてしまった。
//マニューラ戦闘不能! まさに速攻! テッカニン、持ち前の脅威的スピードで試合を取り返しました!//
「ジジジィーッ!」
テッカニンは上空に飛んで鋭く鳴き、自らの勝利を誇示する。
「やられたな。だが、対処法はある」
マニューラを回収したオリベは、即決でモンスターボールを選び、フィールドへと投入する。
「任せたぞ、渦餅(うずもち)!」
召喚されたポケモンは、氷のフィールドに着地する。
だが、その足取りはおぼつかない。
「ファララ……」
長い耳。
可愛いぶち模様。
渦巻きのような目。
//これは可愛い! オリベ選手の二体目は、ホウエン名物パッチールだ!//
「パッチール?」
クレナは、召喚されたパッチールに注目する。
パッチールは、クレナが住む地方では愛玩用として好まれているポケモンである。
果たして、そんなポケモンが、どういった戦法を繰り出してくるのか?
「……ジーン、シザークロス!」
だが、様子見している時間も余裕もない。
ここは攻めの一択と、テッカニンはパッチールへと斬りかかるが、パッチールは不可思議な動きを始めた。
「ジィッ!?」
「ファファファ」
その動きは、まるでお酒に酔ったおじさんのよう。
ぐらりぐらり、つるりつるりと、氷のフィールドをも利用し、パッチールはテッカニンの攻撃を避けていく。
その動きが苛つくのか、テッカニンは更に攻撃を繰り出すが、不可思議なパッチールの動きを前に、技を命中させることができない。
「落ちついて、ジーン! 嫌な音だ!」
クレナはテッカニンに妨害技を命じるが、テッカニンはクレナの指示を受け入れず、爪の攻撃を続けていく。
「ジーン、私の指示を」
ここで、クレナは気が付いた。
もしかしたら、既にパッチールはテッカニンに技を放っているのではないのかと。
「良い「フラフラダンス」だ、渦餅。あの映画みたいだぞ」
混乱状態に陥ったテッカニンを前に、パッチールはその腕を握りしめる。
「渦餅、炎のパンチだ!」
「ファララララッ!」
パッチールの腕に炎が宿り、混乱状態のテッカニンにクリーンヒットする。
「ジィイイイッ!」
テッカニンは上空へと舞いあげられるが、彼女は火の粉を振り払い、上空を旋回をする。
「……ジーン、私の指示が聞こえる!?」
「ジィッ!」
どうやら先ほどの一撃で、混乱状態から正気に戻ったらしい。
チャンスとばかりに、クレナは叫んだ。
「蜻蛉返り!」
テッカニンは急降下し、パッチールに迫る。
パッチールはまたもや不可思議な動きでテッカニンの爪を避けるが、テッカニンは追撃をせずに、クレナの立つバトルスタンドへと舞い戻って来た。
「ジーン。今は引こう」
「ジッ」
不満気ではあるが、テッカニンはクレナの言葉と回収光線を受け入れ、ボールの中へと収まった。
//クレナ選手、帰還技「蜻蛉返り」でテッカニンを引っ込めた!//
//二体目のテッカニンは健在ですが、クレナ選手はここで、三体目のポケモンを投入することとなります!//
クレナは、エースシンボルのコーデシールが貼られたモンスターボールを手に取り、氷のフィールドに投げ入れた。
「行けぇ、くい太っ!」
「ぶもぉっ!」
ボールから召喚されたクイタランは着地をし、舌に炎を纏わせる。
//出たぞっ! クレナ選手、クイタランを繰り出したぁっ!//
クイタランの登場に、観客はざわつく。
二回戦でUBを倒した彼は、ポケモントレーナー・クレナの代名詞的存在になっていたのだ。
「くい太、炎の渦っ!」
「ぶもぉっ!」
クイタランはうねる炎を掃射する中、パッチールは奇妙なステップで、つるつると氷を滑りながら炎を避け、クイタランへと向かっていく。
「ぶもっ」
「ファラララ」
クイタランは炎の渦を噴きながら移動し、パッチールもそれに合わせ、奇妙な動きで移動をする。
炎の渦は持続力の高い技であり、氷のフィールドを焼き溶かすが、それも当たらなければ意味を成さない。
「良いぞ渦餅。接近するんだ」
フラフラダンスの混乱効果は、距離を離そうとする相手には効果が薄いが、それならば直接「ピヨピヨパンチ」の打撃で混乱させて、封殺するまで。
「ん?」
だが、上空からバトルフィールドを観ることが出来るオリベは気が付いた。
クイタランの放つ炎の渦は、初めからパッチールを狙っていないのではないかと。
「おいおい。まさか」
持続力の高い炎の渦は、いつの間にか、パッチールを取り囲むようにして広がっている。
炎の壁に遮られ、もはやパッチールが動けるのは、クイタランの真正面だけとなっているのだ。
「ファラ……」
「ぐっ!」
クイタランは炎の渦の掃射を止め、尾と口から大きく空気を吸いこんでいる。
間もなく、逃げ道を塞がれたこの状況で、クイタランの最大火力技が飛んでくる!
「渦餅、捨て身タックル!」
「ファラララ!」
このままでは無抵抗で焼かれてしまう。
やむを得ず、オリベはパッチールに突貫を指示する。
「くい太、オーバーヒートッ!」
「ぶもおおおおぉっ!」
迫るパッチールを前に、クイタランは両腕を前方へ突き出し、口部を大きく開く。
同時に、クイタランから特大の炎攻撃が放たれた。
「ファラアアアアアッ!」
腕部、そして口から放たれたクイタランの最大火力が直撃し、こんがり焼かれたパッチールはぼてんと落下し、溶けて水溜まりと化したバトルフィールドで、涙に沈んだ。
「……ファアアン……」
//パッチール戦闘不能! クイタラン、炎の搦め手と最大火力の組み合わせで、見事に焼き上げました!//
パッチールを回収したオリベは、彼のボールを撫でて、バトルスタンドへと設置した。
「お前は良くやったよ、渦餅」
オリベの電光掲示板に表示されているランプは、残り一灯。
オリベは三体目のポケモンが入ったボールを手に取り、握り締める。
「あのクイタランは、間違いなくあの子のエースだ。だったら……こちらもエースを出すしかないよな」
彼は年季の入ったボールを、勢いよく氷のフィールドに投入した。
「行くぞ、八衛門(はちえもん)!」
ボールが開き、召喚されたポケモンは上空で翅とその腕を広げた。
「VIIIIII!」
巣穴のような胴体。
黄と黒の配色。
どこか女性的で、支配者的なその姿。
//オリベ選手、最後のポケモンは、蜂の巣ポケモン「ビークイン」だぁ!//
//強力なメスのミツハニーだけが進化できる、ミツハニーの女王様です!//
クレナは繰り出されたビークインの男性的名前に、彼らのドラマを感じながらも……クイタランへと攻撃指示をした。
「くい太、炎の渦!」
クイタランはビークインへとうねる炎を発射するが、その炎の勢いはパッチール戦よりも衰えている。
フルパワーのオーバーヒートの一撃を放った反動で、クイタランは消耗してしまっているのだ。
「当たれば効果抜群。そう思っているんだろうが……」
そうはいかない、とビークインはその巣のごとき胴体を、炎の渦へと向けた。
「防御指令!」
「VIIIIIIIIIIッ!」
ビークインが叫ぶと同時に、彼女の胴体から「ポケモン」が射出された。
「PUUUUU」
「PUU」
「PUUUUUUU!」
「PUUUU!」
「PUUUUUUUU」
「PUPUPUPU」
ビークインから放たれたポケモンは、三つの顔を有する、六体のミツハニー。
彼らはその身を結合させて大きな壁となり、その身を盾として、ビークインの身代わりに炎の渦を浴びたのだった。
「ちょっ、ちょっと。あれは流石に反則」
//恐るべきビークイン! 体内に格納するミツハニーを意のままに操り、攻撃からその身を守ったぁ!//
「……反則じゃないのね」
ミツハニーの盾は散開し、それぞれがビークインの周囲に待機する。
その姿は宛ら、母艦を守る護衛機のよう。
「さぁ、八衛門! 攻撃指令だ!」
「VIIIッ!」
ビークインは翅を震わせ、「しもべ」の雄達に命じた。
女王の名の下に、敵を倒せと!
「PUUUUUUUUUUUU」
「ぶもっ……!」
クイタランは後退し、炎の渦を掃射するが、六体、正確に言えば計十八の敵に囲まれたこの状況である。
虫との相性は良いが、威力の落ちた炎の渦では、彼らの数の暴力から身を守ることなど出来なかった。
「負けるなくい太ぁ、炎の鞭で撃ち落とせ!」
「ぶもぉっ!」
ミツハニーに袋叩きにされるクイタランであったが、まだ自衛の武器は残っている。
炎の威力は落ちているが、彼の「舌捌き」は衰えていない。
クイタランは炎を纏った舌を振りまわし、纏わりつくミツハニーを、一匹、二匹と叩き落としていく。
「ぶもぉおおおっ!」
クイタランは最後のミツハニーをビークインへと投げ飛ばす。
だが、ビークインはそのミツハニーを乱暴に弾き飛ばし、クイタランへと両腕を向けた。
その指先には、蜂蜜色に輝く塊が収束している。
「八衛門、パワージェムッ!」
「VIIIIIIIッ!」
ビークインが放ったパワージェムは分裂し、散弾銃のように拡散する。
攻撃に耐えるべくクイタランは足を踏ん張ったが、氷のフィールドの滑る足場はそれを認めず、体勢を崩したクイタランの全身に、パワージェムがクリーンヒットした。
「くい太!」
クイタランは太い爪を支えに立ち上がろうとするが、パワージェムの岩攻撃は、炎タイプのクイタランに効果抜群。
遂に彼は力尽き、氷のフィールドへと崩れ落ちてしまった。
//クイタラン、戦闘不能! 浮遊要塞ビークインの、恐るべき人海戦術!//
//クレナ選手に残されたのは、手負いのテッカニンのみです!//
「……っ!」
クイタランが倒された一方で、ビークインから芳しい体液を与えられた六体のしもべ達は蘇り、彼女の周囲を警護している。
残り一体で、あのしもべ達を突破し、ビークインにまで攻撃を通さなければならない。
―これは、負けるかもしれない。
クイタランを回収したクレナは、ボールをバトルスタンドに戻し、虫シンボルのコーデシールが貼られたモンスターボールを手に取る。
「ジーン……」
だが、クレナがテッカニンを呼び出す前に、勢い良くテッカニンはボールから飛び出した。
「わっ」
「ジーッ!」
テッカニンは翅を震わせ、弱気な顔つきのクレナを一喝する。
「ジジジーッ!」
「……ジーン」
「ジジジジッ!」
「君は、勝つつもりなんだね」
テッカニンはクレナから離れ、バトルフィールドへと降下する。
「……わかったよジーン」
「だったら」
「絶対、勝たなくちゃね!」
クレナは汗で濡れた拳を握りしめ、叫んだ。
「ジーンッ、連続斬り!」
「ジジジィーッ!」
//さぁ、手持ちポケモンはお互い残り一体……いや、七対一!//
//テッカニン、爪を掲げて、ビークイン達へと突っ込んでいく!//
ビークインは攻撃指令を出し、しもべのミツハニー達はテッカニンを取り囲む。
だが、虫の騎士は怯まなかった。
「全員、叩き落とせぇ!」
「ジイイイイイイッ!」
一体、二体、三体、四体!
ミツハニーを一体、また一体と爪で引き裂き、テッカニンは空を駆ける。
「パワージェム!」
「VIIIIッ!」
ビークイン自らもまた、テッカニンへと弾幕攻撃を仕掛ける。
弾丸の嵐はテッカニンの翅や甲殻を傷つけるが、彼女の加速は止まらない。
「VIII!」
ビークインは虫の言葉で、駆けるテッカニンに問いかけた。
―まるで、命を削るかのような戦いね。
―貴女にとって、この一戦はそれほど重要なのかしら? あの球使いの名誉が、そこまで大切なの?
「ジィッ!」
―命の出し惜しみなど、私はしない。
―この瞬間に輝けない命など、私は求めない!
「ジジィーッ!」
―見るが良い、虫の女王よ。
―このジーンの爪の鋭さを、この疾さを、この命の熱を!
―そして球使い共々、その胸に刻みつけるが良い!
防御指令の陣形を取ったミツハニーの盾をも、テッカニンの連続斬りは引き裂いた。
―私が認めたポケモントレーナー、クレナイ・クレナの強さを! 瞬く間にミツハニー達を全員叩き落としたテッカニンは、高度を上昇させる。
「ジイイイッ!」
「VIIIIッ……!」
―格好良いのね、虫の騎士さん。
―でもね。私も負けるわけにはいかないの!
「八衛門、パワージェムだっ!」
ビークインは全ての力を集め、上空から反転して迫るテッカニンへとパワージェムの弾幕を放つ。
―私はオリベに、芳しく、甘美な勝利を捧げてみせる!
「VIIIIIIIIIIII!」
パワージェムの弾幕が、テッカニンを傷つけていく。
だが、テッカニンは止まらない。弾幕を爪で斬り払い、ますますその速度を増していく。
「ジーンッ!」
クレナは腕を振り下ろし、叫んだ。
「燕返しだぁああっ!」
「ジィイイイイイイーッ!」
テッカニンは戦艦を真っ二つにするが如き勢いで急降下し、蜂蜜色に染まったその両爪が、ビークインの胴体を袈裟がけに引き裂いた。
「VIVIIIIAaaaaa……!」
「は、八衛門っ!」
テッカニンの攻撃は、ビークインの急所へと命中した。
ビークインは翅をバタつかせるが、やがてその動きは停止し、既に倒されたしもべ達と同様、氷のフィールドへと落下してしまった。
「ジィイイイイイイイイイーッ!」
テッカニンが騎士の勝鬨を上げると同時に、オリベ側の電光掲示板の最後の一灯が消えた。
//ビークイン戦闘不能! テッカニン、驚異的な速度と切れ味で、見事要塞ビークインを撃墜したぁっ!//
//そして、ここでゲームセットォ!//
//スコア3-2! WINNER、クレナイ・クレナ!//
CONGRATULATIONS!
電光掲示板、そして大観衆がクレナの勝利を湛える中、クレナは両腕を広げた。
「ジーン!」
「ジ、ジジジッ……」
テッカニンはふらふらと、クレナの待つバトルスタンドへと近づき、やがて彼女の両腕の中で力尽きた。
「ありがとう、ジーン」
「ジジッ」
「凄く、すっごく、格好良かったよ!」
「ジー」
クレナに包まれるテッカニンは穏やかに鳴く。
「……本当に、格好良かった。皆、絶対そう思っているよ」
テッカニンをボールへと収納したクレナは、顔を上げる。
バトルスタンドは降下を始めており、対戦相手のオリベは、両手にビークイン入りのボールを包み込み、困ったように笑っていた。
「爪丸。渦餅。八衛門。残念なことに、三回戦で負けてしまったが……俺は、頑張ってリーグに出て良かったって思っているよ」
「こんなに楽しいバトル。社会人じゃ、やりたくても、中々出来るもんじゃないからな」
「来年も、また挑戦してみようか?」
かくして、辛くもポケモンリーグ三回戦を突破したクレナ。
予選は計四戦であり、次戦を勝ち抜けば、いよいよフルバトルルールの本戦へと駒を進めることになる。
「ほ、本当に危なかった。正直、もう無理だと」
『クレナ様。それ、ジーンに聞かれたら怒られますよ』
「本当にね……」
試合を終え、ポケモンセンターのソファでぐったりとするクレナは、オーベムから飲み物を受け取り、備え付けのTVに映る試合を眺めていた。
「……流石に、レベルが高いね」
TVには、草のフィールドを駆け、対戦相手のザングースに炎技を叩きこむウインディの姿が映し出されている。
『…………』
オーベムはその姿を見つめ、ええ、と頷いた。
『ですがクレナ様。貴方は既に、彼らに負けないポケモントレーナーになっているのですよ』
「本当?」
『えぇ、本当ですよ。その証拠に』
オーベムは腕でとある方角を示す。
その先に、クレナの下にやってくる取材陣の姿があった。
「……もしかして、勝利者インタビューってやつ? あぁ、今は駄目。疲れて何も言えないよぉ……」
『ここは退散しましょうか』
オーベムは、センターの外へとクレナを誘導する。
その最中、画面の中のウインディへと、オーベムは届かぬ念を送った。
―ヨウコウ。そして、セキオウさん。
―例え、貴方達と戦うことになったとしても……
―クレナ様はきっと勝ちますよ。
「ピィイ」
―あの方は。
―ワタシ達が認めた、ポケモントレーナーなのだから。