クイタランとわたし




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クイタランとわたし
35話:疾走する命

 ポケモンリーグ・スーパーボールの四大予選フィールドには、今日も観客が大入り満員。

//さぁ、熱さを増していくポケモンリーグ・スーパーボールも、三回戦に突入です!//
//本日も、この「氷のフィールド」を溶かす熱戦が繰り広げられるのでしょうか?//
//第一試合は、まもなく開戦です!//

 三回戦に進んだクレナが臨むのは、氷のフィールドの第一試合。
 朝一の試合であるが、ゲート越しに聞こえてくるアナウンスを前に、少女クレナには眠気を感じる余裕もない。

「ふぅ……」

 ポケモンリーグも三試合目であるが、クレナは相変わらず緊張が抜けなかった。
 無理もない。
 試合が進む程、より強い相手と対戦する可能性は高くなる。
 そして、この地方のポケモンリーグは、一度試合に負ければ、それで終わりなのだ。

「……弱気になっちゃ駄目だ。今日も勝つんだ」

 試合時間を迎えたクレナは、帽子を深くかぶり、係員の誘導でゲートをくぐる。
 選手入場で沸き上がる観客の声に、クレナは思い返す。
 今日の対戦相手は、本職が庭師であるという男性である。
 クレナは、リーグが配信しているハイライト動画で彼の試合を観たのだが、ウツボット、ロズレイド……彼が繰り出すポケモン達の強さは、確かにファンが付くだけのものがあると納得せざるを得なかった。

「頑張れ〜、クレナちゃーん!」
「クレナさーん!」
「応援しているぞ!」

 ところが、クレナは観客の声の中に、自分の名が混じっていることに気が付いた。

「えっ」

 よくよく聞いてみれば、観客の声の大多数は、どうやらクレナに向けられたものであるらしい。

「嘘でしょう」

 バトルスタンドに乗り、フィールド上空へと上昇する最中、クレナはアナウンスを聞いた。

//さぁ、両選手の紹介です!//
//赤コーナーに立つのは、二回戦でUBを破った、恐るべきルーキー!//
//渋いポケモンを操る、キュートな女子中学生! シダケタウンのクレナイ・クレナ!//

「……渋いポケモンて」

 どうやら、二回戦でのUBズガドーンとの対戦が、クレナの注目度を大いに引き上げる結果となったらしい。
 妙な紹介に苦笑いする中、アナウンスは対戦相手の紹介に移る。

//青コーナーは、ヒワマキシティ出身、庭師モエギ・オリベ!//
//庭師である彼が操るポケモンの本職も、また庭師!//
//全国各地を仕事で巡り、その片手間にジムを攻略していった彼らの実力は本物です!//

 クレナの対戦相手の青年、オリベはバトルスタンドに設置された六つのモンスターボールを見る。

「強敵が相手だ。苦しい試合になりそうだな」

 ライトで反射され、煌めく氷のフィールドを目下に、彼は一つのモンスターボールを手に取った。

「だが、勝つのは俺達だ」 

//ポケモンリーグ三回戦!//
//氷のフィールド第一試合「クレナイ・クレナ」VS「モエギ・オリベ」、試合開始!//

 バトル開始のブザーが鳴り響き、クレナとオリベは同時にモンスターボールを投擲する。

「行けぇっ、りじ夫!」
「頼むぞ、爪丸(つめまる)!」

 クレナが召喚したフリージオは、ふわりと氷のフィールドの上空を浮遊する。
 一方で、オリベが召喚したポケモンは氷のフィールドに着地し、不敵にその腕を組んだ。

//クレナ選手の一番手はフリージオ! オリベ選手はマニューラだ!//
//両者氷タイプ! この氷のフィールドを苦としないポケモンの選出です!//

 鋭い鉤爪。
 扇状の突起。
 黒い毛皮。

「爪丸、電光石火!」

 オリベの指示と同時に、鉤爪ポケモン「マニューラ」はフィールドを駆け、瞬く間に氷山を昇り跳躍する。

「りじ夫! 冷凍ビーム!」

 フリージオは迫るマニューラへと冷凍光線を放つが、氷タイプのマニューラには有効ではないのか。
 冷凍ビームを掠めてもマニューラの動きは衰えず、彼はフリージオの懐へと飛び込んだ。

「「辻斬り!」」

 両トレーナーは同時に、同じ技の指示を叫ぶ。
 マニューラの爪がフリージオの身体を砕かんと振り下ろされるが、フリージオは自らの身体を手裏剣のように回転させ、その爪を弾き飛ばした。

「「冷凍ビーム!」」

 距離の離れたマニューラ、そしてフリージオの口部から冷凍光線が放たれる。
 またもや同じ技であるが、火力を上回り、撃ち合いを制したのはフリージオであり、マニューラの身体にビームが直撃した。

「ニャッ!」
「リィイイッ」

 低温攻撃の撃ち合いにより、バトルフィールドには霧が発生している。
 やったか? と、マニューラの落下地点を観察するフリージオであったが、彼は背後に気配を感じた。

「リッ」
「ニャフウッ!」

 何時の間に移動していたのか。
 マニューラは健在であり、彼は今まさに、フリージオへと爪を振り降ろそうとしていた。

「りじ夫、つじぎ」
「騙し打ち!」

 クレナの迎撃指示も間に合わず、マニューラの爪がフリージオを襲う。

「……負けるな、りじ夫!」 
「これで決めるぞ、爪丸!」

 ダメージを受けながらも、フリージオは回転をして氷の丸鋸となるが、マニューラは不敵に笑い、その爪を突き出した。

「瓦割り!」

 放たれた爪の一撃は、氷で構成されるフリージオの刃を砕き、その身までもを貫いた。

「ニフッ」
「リィ、リグァッ……!」

 フリージオの回転が止まり、その全身にヒビが入っていく。

「りじ夫!」

 マニューラはフリージオから爪を引き抜き、フリージオは力無く地上へと墜ちていく。
 戦闘不能は明らかであり、クレナが回収光線でフリージオをボールに戻すと同時に、電光掲示板のクレナ側のランプが一灯消えた。

//フリージオ戦闘不能! 接近戦に秀でるマニューラが、氷ポケモン同士の戦いを制しました!//

 クレナはフリージオのモンスターボールをスタンドに収め、思案した。
 あのマニューラの素早さと攻撃力は凄まじい。対策を講じなければ、三体連続で突破されてしまうだろう。

「ここは、君しかいない」

 クレナは虫マークのシンボルが付いたモンスターボールを手に取り、バトルフィールドへと投擲した。

「行けっ、ジーン!」

 召喚されたテッカニンは鋭く鳴き、両の爪をマニューラへと誇示する。

//素早さには素早さか! クレナ選手の二体目は、忍びポケモンのテッカニンだぁ!//
「爪丸! 冷凍ビーム!」

 マニューラはテッカニンへと効果抜群の冷凍ビームを放つが、テッカニンの速度は並みではない。

「影分身!」
「ジィーッ!」
 
 一体二体三体四体五体六体七体八体。
 それは宛ら、忍びポケモンの名に恥じぬ、分身の術。
 増えたテッカニンはマニューラを翻弄しながら、その距離を高速で詰めていく。

「見抜けないなら、全部消してやれ! 爪丸、電光石火だ!」
「ニャアアッ!」

 マニューラは加速し、片っぱしからテッカニンへと斬りかかる。
 その脚力は爆発的であり、テッカニンの速度をもってしても回避困難な攻撃であったが、本体が斬られるのを待っているほど、テッカニンは呑気な虫ではなかった。

「シザークロスッ!」 

 残像を切り裂いたマニューラの背中を、急降下したテッカニン本体の爪が切り裂く。
 血が迸る中、反転したマニューラはその爪をテッカニンへと突き出した。

「ニュッ!」
「ジィーッ!」

 だが、クレナのテッカニンは忍びポケモンであると同時に、誇り高き女騎士でもある。
 彼女は突き出されたマニューラの爪を、自らの爪で弾いたのだ。

「冷凍ビーム!」
「行けぇ、ジーン!」

 マニューラの口部に冷気が収束する。
 だが、その一撃が放たれるその前に、ガードの空いたマニューラの懐に飛び込んだテッカニンは、マニューラの身体を両の爪で引き裂いた。

「ニュガッ……!」

 マニューラは体勢を崩し、冷凍ビームは彼方上空へと放たれる。
 そしてそのまま、彼は氷のフィールドへと崩れ落ちてしまった。

//マニューラ戦闘不能! まさに速攻! テッカニン、持ち前の脅威的スピードで試合を取り返しました!//
「ジジジィーッ!」

 テッカニンは上空に飛んで鋭く鳴き、自らの勝利を誇示する。
 
「やられたな。だが、対処法はある」

 マニューラを回収したオリベは、即決でモンスターボールを選び、フィールドへと投入する。

「任せたぞ、渦餅(うずもち)!」

 召喚されたポケモンは、氷のフィールドに着地する。
 だが、その足取りはおぼつかない。

「ファララ……」

 長い耳。
 可愛いぶち模様。
 渦巻きのような目。

//これは可愛い! オリベ選手の二体目は、ホウエン名物パッチールだ!//
「パッチール?」

 クレナは、召喚されたパッチールに注目する。
 パッチールは、クレナが住む地方では愛玩用として好まれているポケモンである。
 果たして、そんなポケモンが、どういった戦法を繰り出してくるのか?

「……ジーン、シザークロス!」

 だが、様子見している時間も余裕もない。
 ここは攻めの一択と、テッカニンはパッチールへと斬りかかるが、パッチールは不可思議な動きを始めた。

「ジィッ!?」
「ファファファ」

 その動きは、まるでお酒に酔ったおじさんのよう。
 ぐらりぐらり、つるりつるりと、氷のフィールドをも利用し、パッチールはテッカニンの攻撃を避けていく。
 その動きが苛つくのか、テッカニンは更に攻撃を繰り出すが、不可思議なパッチールの動きを前に、技を命中させることができない。

「落ちついて、ジーン! 嫌な音だ!」

 クレナはテッカニンに妨害技を命じるが、テッカニンはクレナの指示を受け入れず、爪の攻撃を続けていく。

「ジーン、私の指示を」
 
 ここで、クレナは気が付いた。
 もしかしたら、既にパッチールはテッカニンに技を放っているのではないのかと。

「良い「フラフラダンス」だ、渦餅。あの映画みたいだぞ」

 混乱状態に陥ったテッカニンを前に、パッチールはその腕を握りしめる。

「渦餅、炎のパンチだ!」
「ファララララッ!」

 パッチールの腕に炎が宿り、混乱状態のテッカニンにクリーンヒットする。

「ジィイイイッ!」
 
 テッカニンは上空へと舞いあげられるが、彼女は火の粉を振り払い、上空を旋回をする。

「……ジーン、私の指示が聞こえる!?」
「ジィッ!」

 どうやら先ほどの一撃で、混乱状態から正気に戻ったらしい。
 チャンスとばかりに、クレナは叫んだ。

「蜻蛉返り!」

 テッカニンは急降下し、パッチールに迫る。
 パッチールはまたもや不可思議な動きでテッカニンの爪を避けるが、テッカニンは追撃をせずに、クレナの立つバトルスタンドへと舞い戻って来た。

「ジーン。今は引こう」
「ジッ」 

 不満気ではあるが、テッカニンはクレナの言葉と回収光線を受け入れ、ボールの中へと収まった。

//クレナ選手、帰還技「蜻蛉返り」でテッカニンを引っ込めた!//
//二体目のテッカニンは健在ですが、クレナ選手はここで、三体目のポケモンを投入することとなります!//
  
 クレナは、エースシンボルのコーデシールが貼られたモンスターボールを手に取り、氷のフィールドに投げ入れた。

「行けぇ、くい太っ!」
「ぶもぉっ!」

 ボールから召喚されたクイタランは着地をし、舌に炎を纏わせる。
 
//出たぞっ! クレナ選手、クイタランを繰り出したぁっ!//

 クイタランの登場に、観客はざわつく。
 二回戦でUBを倒した彼は、ポケモントレーナー・クレナの代名詞的存在になっていたのだ。

「くい太、炎の渦っ!」
「ぶもぉっ!」

 クイタランはうねる炎を掃射する中、パッチールは奇妙なステップで、つるつると氷を滑りながら炎を避け、クイタランへと向かっていく。

「ぶもっ」
「ファラララ」

 クイタランは炎の渦を噴きながら移動し、パッチールもそれに合わせ、奇妙な動きで移動をする。
 炎の渦は持続力の高い技であり、氷のフィールドを焼き溶かすが、それも当たらなければ意味を成さない。

「良いぞ渦餅。接近するんだ」

 フラフラダンスの混乱効果は、距離を離そうとする相手には効果が薄いが、それならば直接「ピヨピヨパンチ」の打撃で混乱させて、封殺するまで。
 
「ん?」

 だが、上空からバトルフィールドを観ることが出来るオリベは気が付いた。
 クイタランの放つ炎の渦は、初めからパッチールを狙っていないのではないかと。 

「おいおい。まさか」

 持続力の高い炎の渦は、いつの間にか、パッチールを取り囲むようにして広がっている。
 炎の壁に遮られ、もはやパッチールが動けるのは、クイタランの真正面だけとなっているのだ。

「ファラ……」
「ぐっ!」

 クイタランは炎の渦の掃射を止め、尾と口から大きく空気を吸いこんでいる。
 間もなく、逃げ道を塞がれたこの状況で、クイタランの最大火力技が飛んでくる!

「渦餅、捨て身タックル!」
「ファラララ!」

 このままでは無抵抗で焼かれてしまう。
 やむを得ず、オリベはパッチールに突貫を指示する。

「くい太、オーバーヒートッ!」
「ぶもおおおおぉっ!」

 迫るパッチールを前に、クイタランは両腕を前方へ突き出し、口部を大きく開く。
 同時に、クイタランから特大の炎攻撃が放たれた。

「ファラアアアアアッ!」
 
 腕部、そして口から放たれたクイタランの最大火力が直撃し、こんがり焼かれたパッチールはぼてんと落下し、溶けて水溜まりと化したバトルフィールドで、涙に沈んだ。

「……ファアアン……」
//パッチール戦闘不能! クイタラン、炎の搦め手と最大火力の組み合わせで、見事に焼き上げました!//
 
 パッチールを回収したオリベは、彼のボールを撫でて、バトルスタンドへと設置した。

「お前は良くやったよ、渦餅」

 オリベの電光掲示板に表示されているランプは、残り一灯。
 オリベは三体目のポケモンが入ったボールを手に取り、握り締める。

「あのクイタランは、間違いなくあの子のエースだ。だったら……こちらもエースを出すしかないよな」
 
 彼は年季の入ったボールを、勢いよく氷のフィールドに投入した。

「行くぞ、八衛門(はちえもん)!」

 ボールが開き、召喚されたポケモンは上空で翅とその腕を広げた。

「VIIIIII!」

 巣穴のような胴体。
 黄と黒の配色。
 どこか女性的で、支配者的なその姿。 

//オリベ選手、最後のポケモンは、蜂の巣ポケモン「ビークイン」だぁ!//
//強力なメスのミツハニーだけが進化できる、ミツハニーの女王様です!//

 クレナは繰り出されたビークインの男性的名前に、彼らのドラマを感じながらも……クイタランへと攻撃指示をした。

「くい太、炎の渦!」

 クイタランはビークインへとうねる炎を発射するが、その炎の勢いはパッチール戦よりも衰えている。
 フルパワーのオーバーヒートの一撃を放った反動で、クイタランは消耗してしまっているのだ。

「当たれば効果抜群。そう思っているんだろうが……」

 そうはいかない、とビークインはその巣のごとき胴体を、炎の渦へと向けた。

「防御指令!」
「VIIIIIIIIIIッ!」

 ビークインが叫ぶと同時に、彼女の胴体から「ポケモン」が射出された。

「PUUUUU」
「PUU」
「PUUUUUUU!」
「PUUUU!」
「PUUUUUUUU」
「PUPUPUPU」

 ビークインから放たれたポケモンは、三つの顔を有する、六体のミツハニー。
 彼らはその身を結合させて大きな壁となり、その身を盾として、ビークインの身代わりに炎の渦を浴びたのだった。

「ちょっ、ちょっと。あれは流石に反則」
//恐るべきビークイン! 体内に格納するミツハニーを意のままに操り、攻撃からその身を守ったぁ!//
「……反則じゃないのね」

 ミツハニーの盾は散開し、それぞれがビークインの周囲に待機する。
 その姿は宛ら、母艦を守る護衛機のよう。

「さぁ、八衛門! 攻撃指令だ!」
「VIIIッ!」

 ビークインは翅を震わせ、「しもべ」の雄達に命じた。
 女王の名の下に、敵を倒せと!

「PUUUUUUUUUUUU」
「ぶもっ……!」

 クイタランは後退し、炎の渦を掃射するが、六体、正確に言えば計十八の敵に囲まれたこの状況である。
 虫との相性は良いが、威力の落ちた炎の渦では、彼らの数の暴力から身を守ることなど出来なかった。

「負けるなくい太ぁ、炎の鞭で撃ち落とせ!」
「ぶもぉっ!」

 ミツハニーに袋叩きにされるクイタランであったが、まだ自衛の武器は残っている。
 炎の威力は落ちているが、彼の「舌捌き」は衰えていない。
 クイタランは炎を纏った舌を振りまわし、纏わりつくミツハニーを、一匹、二匹と叩き落としていく。

「ぶもぉおおおっ!」

 クイタランは最後のミツハニーをビークインへと投げ飛ばす。
 だが、ビークインはそのミツハニーを乱暴に弾き飛ばし、クイタランへと両腕を向けた。
 その指先には、蜂蜜色に輝く塊が収束している。

「八衛門、パワージェムッ!」
「VIIIIIIIッ!」

 ビークインが放ったパワージェムは分裂し、散弾銃のように拡散する。
 攻撃に耐えるべくクイタランは足を踏ん張ったが、氷のフィールドの滑る足場はそれを認めず、体勢を崩したクイタランの全身に、パワージェムがクリーンヒットした。

「くい太!」

 クイタランは太い爪を支えに立ち上がろうとするが、パワージェムの岩攻撃は、炎タイプのクイタランに効果抜群。
 遂に彼は力尽き、氷のフィールドへと崩れ落ちてしまった。

//クイタラン、戦闘不能! 浮遊要塞ビークインの、恐るべき人海戦術!//
//クレナ選手に残されたのは、手負いのテッカニンのみです!//

「……っ!」

 クイタランが倒された一方で、ビークインから芳しい体液を与えられた六体のしもべ達は蘇り、彼女の周囲を警護している。
 残り一体で、あのしもべ達を突破し、ビークインにまで攻撃を通さなければならない。

 ―これは、負けるかもしれない。

 クイタランを回収したクレナは、ボールをバトルスタンドに戻し、虫シンボルのコーデシールが貼られたモンスターボールを手に取る。

「ジーン……」
 
 だが、クレナがテッカニンを呼び出す前に、勢い良くテッカニンはボールから飛び出した。

「わっ」
「ジーッ!」

 テッカニンは翅を震わせ、弱気な顔つきのクレナを一喝する。

「ジジジーッ!」
「……ジーン」
「ジジジジッ!」
「君は、勝つつもりなんだね」

 テッカニンはクレナから離れ、バトルフィールドへと降下する。

「……わかったよジーン」
「だったら」
「絶対、勝たなくちゃね!」

 クレナは汗で濡れた拳を握りしめ、叫んだ。

「ジーンッ、連続斬り!」
「ジジジィーッ!」

//さぁ、手持ちポケモンはお互い残り一体……いや、七対一!//
//テッカニン、爪を掲げて、ビークイン達へと突っ込んでいく!// 

 ビークインは攻撃指令を出し、しもべのミツハニー達はテッカニンを取り囲む。
 だが、虫の騎士は怯まなかった。

「全員、叩き落とせぇ!」
「ジイイイイイイッ!」

 一体、二体、三体、四体!
 ミツハニーを一体、また一体と爪で引き裂き、テッカニンは空を駆ける。

「パワージェム!」
「VIIIIッ!」

 ビークイン自らもまた、テッカニンへと弾幕攻撃を仕掛ける。
 弾丸の嵐はテッカニンの翅や甲殻を傷つけるが、彼女の加速は止まらない。

「VIII!」

 ビークインは虫の言葉で、駆けるテッカニンに問いかけた。

 ―まるで、命を削るかのような戦いね。
 ―貴女にとって、この一戦はそれほど重要なのかしら? あの球使いの名誉が、そこまで大切なの?

「ジィッ!」

 ―命の出し惜しみなど、私はしない。
 ―この瞬間に輝けない命など、私は求めない!

「ジジィーッ!」

 ―見るが良い、虫の女王よ。
 ―このジーンの爪の鋭さを、この疾さを、この命の熱を!
 ―そして球使い共々、その胸に刻みつけるが良い!

 防御指令の陣形を取ったミツハニーの盾をも、テッカニンの連続斬りは引き裂いた。 

 ―私が認めたポケモントレーナー、クレナイ・クレナの強さを!

 瞬く間にミツハニー達を全員叩き落としたテッカニンは、高度を上昇させる。

「ジイイイッ!」
「VIIIIッ……!」

 ―格好良いのね、虫の騎士さん。
 ―でもね。私も負けるわけにはいかないの!

「八衛門、パワージェムだっ!」

 ビークインは全ての力を集め、上空から反転して迫るテッカニンへとパワージェムの弾幕を放つ。

 ―私はオリベに、芳しく、甘美な勝利を捧げてみせる!
 
「VIIIIIIIIIIII!」

 パワージェムの弾幕が、テッカニンを傷つけていく。
 だが、テッカニンは止まらない。弾幕を爪で斬り払い、ますますその速度を増していく。

「ジーンッ!」

 クレナは腕を振り下ろし、叫んだ。

「燕返しだぁああっ!」
「ジィイイイイイイーッ!」

 テッカニンは戦艦を真っ二つにするが如き勢いで急降下し、蜂蜜色に染まったその両爪が、ビークインの胴体を袈裟がけに引き裂いた。

「VIVIIIIAaaaaa……!」
「は、八衛門っ!」

 テッカニンの攻撃は、ビークインの急所へと命中した。
 ビークインは翅をバタつかせるが、やがてその動きは停止し、既に倒されたしもべ達と同様、氷のフィールドへと落下してしまった。

「ジィイイイイイイイイイーッ!」

 テッカニンが騎士の勝鬨を上げると同時に、オリベ側の電光掲示板の最後の一灯が消えた。

//ビークイン戦闘不能! テッカニン、驚異的な速度と切れ味で、見事要塞ビークインを撃墜したぁっ!//
//そして、ここでゲームセットォ!//
//スコア3-2! WINNER、クレナイ・クレナ!//
 
 CONGRATULATIONS!
 電光掲示板、そして大観衆がクレナの勝利を湛える中、クレナは両腕を広げた。

「ジーン!」
「ジ、ジジジッ……」

 テッカニンはふらふらと、クレナの待つバトルスタンドへと近づき、やがて彼女の両腕の中で力尽きた。

「ありがとう、ジーン」
「ジジッ」
「凄く、すっごく、格好良かったよ!」
「ジー」

 クレナに包まれるテッカニンは穏やかに鳴く。

「……本当に、格好良かった。皆、絶対そう思っているよ」

 テッカニンをボールへと収納したクレナは、顔を上げる。
 バトルスタンドは降下を始めており、対戦相手のオリベは、両手にビークイン入りのボールを包み込み、困ったように笑っていた。
 
「爪丸。渦餅。八衛門。残念なことに、三回戦で負けてしまったが……俺は、頑張ってリーグに出て良かったって思っているよ」
「こんなに楽しいバトル。社会人じゃ、やりたくても、中々出来るもんじゃないからな」
「来年も、また挑戦してみようか?」


 かくして、辛くもポケモンリーグ三回戦を突破したクレナ。
 予選は計四戦であり、次戦を勝ち抜けば、いよいよフルバトルルールの本戦へと駒を進めることになる。

「ほ、本当に危なかった。正直、もう無理だと」
『クレナ様。それ、ジーンに聞かれたら怒られますよ』
「本当にね……」

 試合を終え、ポケモンセンターのソファでぐったりとするクレナは、オーベムから飲み物を受け取り、備え付けのTVに映る試合を眺めていた。

「……流石に、レベルが高いね」

 TVには、草のフィールドを駆け、対戦相手のザングースに炎技を叩きこむウインディの姿が映し出されている。

『…………』

 オーベムはその姿を見つめ、ええ、と頷いた。

『ですがクレナ様。貴方は既に、彼らに負けないポケモントレーナーになっているのですよ』
「本当?」
『えぇ、本当ですよ。その証拠に』

 オーベムは腕でとある方角を示す。
 その先に、クレナの下にやってくる取材陣の姿があった。

「……もしかして、勝利者インタビューってやつ? あぁ、今は駄目。疲れて何も言えないよぉ……」
『ここは退散しましょうか』

 オーベムは、センターの外へとクレナを誘導する。
 その最中、画面の中のウインディへと、オーベムは届かぬ念を送った。

 ―ヨウコウ。そして、セキオウさん。
 ―例え、貴方達と戦うことになったとしても……
 ―クレナ様はきっと勝ちますよ。

「ピィイ」
 
 ―あの方は。
 ―ワタシ達が認めた、ポケモントレーナーなのだから。

葉穂々 ( 2018/07/23(月) 00:02 )