34話:露店巡りの夜
選手村のコテージに、電子音が鳴り響く。
「……むむむ」
少女クレナは、ポケナビの目覚ましアラームを止め、のそりとベッドから身を起こす。
窓のカーテンを開くと、暗い空に星が瞬いていた。
「あぁ、寝たなぁ。夜になっちゃったね」
ポケモンリーグ一回戦・二回戦を突破し、その緊張から体力を消耗していた彼女だったが、仮眠をとった今はすっかり元気になっていた。
「露店に行こう」
顔を洗い、寝ぐせを直し、身支度を整えたクレナは鼻歌交じりでコテージから外に出る。
本来ならば、各選手は次の試合に向けて神経を尖らせるものであるが、今夜は特別。
明日はポケモンリーグ・スーパーボールの試合は無く、更に、三回戦のバトルフィールドや対戦相手の発表も翌朝なのだ。
「何食べようかなぁ〜」
すっかりリラックスモードとなっているクレナは、道を歩きながらパンフレットを開く。
ポケモンリーグ出場選手は、リーグ会場に併設されているレストランに関しては、無料で食べ放題。
出店されている食品系露店に関しては、何枚もの無料回数券を渡されているのだ。
「基本の焼きそばでしょ」
「うーん。ヒメリ飴、焼きモコシ、焼き鳥、モココ綿あめ、パイルジュース、ズリカクテル。迷うなぁ」
買い食い好きのクレナは、こういったお祭りの露店に対し、大変テンションの上がる女の子である。
体力も回復したクレナの足取りは軽く、彼女は回数券を握りしめ、提灯で飾られる露店群へと踏み込んでいく。
ソルロックを模した光る玩具。
可愛いエネコドールや、サボネアクッション、ドータクンの置物。
リーグ注目トレーナーやポケモンのブロマイドに、Tシャツ。
チリーンの風鈴。珍味・ハブネーク酒……
心ひかれる出店は多いが、無料回数券は食品系にか使用できない。
まずはメインの腹ごしらえから、とクレナは食品系の露店を巡っていく。
「うふふ」
焼きそば、サイユウ名物サーターアンダーギー、焼き鳥、じゃがバタ、パイルジュース。
クレナの手には、次々とジャンキーグルメが収まったビニール袋がぶら下がっていく。
「うへへ。B級グルメって最高だね」
もっと堪能したいところであるが、残念なことに、胃袋には限界というものがある。
最後はどの店にしようかとクレナが見回すと、そこにはお祭りグルメの代表格「オクタン焼き」の露店がクレナを待ち構えており、クレナは「君に決めた」とばかりに店に歩を勧めた。
「無料券です。オクタン焼きを一パックください」
「マヨネーズは?」
「お願いします」
無料券を渡したクレナは、店員が鉄板のオクタン焼きをパックに詰めていく姿を眺める。
一方で、店員は手早く作業をしながら、クレナに話しかけた。
「君、クレナイ・クレナちゃんだろ。今日のスーパーボールで、草のフィールドの試合に出てた」
「えっ。は、はい。そうですが」
「俺、今日の試合見てたんだ。凄く良かった! いやぁ、君のクイタラン、強いなぁ!」
「あ……」
店員はオクタン焼き入りのパックをクレナに渡し、笑顔で親指を立てた。
「頑張れよ。次の試合、応援しているから!」
「ありがとうございます!」
店員はサービスでオクタン焼きを多めに入れてくれたらしい。
クレナはB級グルメの詰まったビニール袋を手に、顔を火照らせながら野外テーブルへと向かう。
「聞いた? 聞いた? くい太。私達、見ず知らずの人に応援されたよ!」
腰のボールに呼びかけるクレナは、ニヤニヤが止まらない。
レモーと違い、全くの無名トレーナーであった自分が、リーグでのバトルを通し、少なからずトレーナーとして注目される立場になったのだ。
「んふふ」
空いているベンチに座ったクレナは、早速パックを開き、オクタン焼きを口に頬張る。
焼き立ての熱々で、オクタンの身の弾力が実に良い。
「美味しいなぁオクタン。バトルだけでなく、味も一級品とはね……」
クレナは昔、リーグの試合のTV中継で、宛ら戦車のような怒涛の砲撃を決めるオクタンを観たことがある。
オクタン焼きを堪能するクレナは、思った。
オクタンとは、試合での強敵としてではなく、こうして美味しいグルメとして対峙したいものだと……
//さぁ、ポケモンリーグ・スーパーボール二回戦の日程も終了!//
//ここで、本日のハイライトを振り返ってみましょう!//
そんな中。
野外に設置された巨大スクリーンに、バトルフィールドで戦うポケモン達が映し出される。
それは今日のリーグの試合のハイライトであり、焼きそばに手を付けるクレナは、割り箸を動かしながら画面に注目した。
「……あれは」
画面に映し出されているのは、氷のバトルフィールドと、ウインディ。
画面の中のウインディは、トレーナーの指示で氷の足場を縦横無尽に駆け巡り……対戦相手のトドゼルガの厚い皮膚に、トドメの電の牙を突き立てた。
「この前の、ウインディ使いの人」
『えぇ。ヨウコウと、セキオウさんです』
「ジェントル? 何時の間に」
ボールから出ていたオーベムは、クレナの傍に座って、真剣に画面を見つめている。
『彼らは手強い相手ですよ。クレナ様』
「うん。それは間違いなさそう」
画面には次々に熱闘が映し出され、やがて、クレナがよく知る顔が映し出された。
「レモーだ」
//話題のスーパールーキー、鋼使いのキザクラ・レモー選手! 今日はアイアントで、圧勝劇を見せつけました!//
画面に映る岩のフィールドでレモーが繰り出したのは、アイアント。
小柄ながら、アイアントの技は大型ポケモンをも圧倒し、次々に対戦相手を降していく。
「……アイアントで三体抜き……」
レモーは一回戦と同様に、一つの取りこぼしもなく、二回戦もストレート勝ちを決めていた。
一回戦・二回戦共にクレナがラスト一匹まで追い込まれたのに対し、何と言う余裕の勝利なのだろうか。
「さ、流石は私のライバルだね」
口では強がるものの、ここまで差があって……果たして勝てるどころか、勝負になるのだろうか?
動揺で、口に運ぶ焼き鳥の味をあまり感じられない。
そんな中、クレナの腰のボールの一つが起動し、一体のポケモンが召喚された。
「ぶもぉ」
「わっ」
『アイアントのこととなると……くい太も、ボールの中では我慢できなかったようですね』
ボールから勝手に出てきたクイタランに、クレナは息をついた。
周りに人が居なくて良かったと。
「しょうがない。くい太、ジェントル。周りの人に迷惑が掛らないようにね」
//そして圧勝劇と言えば、こちらも忘れられません! ハクメイ・ハクボ選手が駆るウルトラビースト! アクジキングの超重量級バトルです!//
ウルトラビースト。
その単語に、クレナは眼を見開く。
画面に映る「ウルトラビースト・アクジキング」と呼ばれた巨大な竜のポケモンは、氷のフィールド諸共、対戦相手のカビゴンを押し潰していた。
「ウルトラビースト使い……ツキミさんだけじゃなかったんだ」
フィールドを踏み砕く圧倒的質量。
人の身体など一口で呑みこみそうな、その大口。
まるで竜の王と言わんばかりの、王冠の様な突起。
同じ「ウルトラビースト」ではあるが、竜のUBアクジキングは、クレナが対戦した炎のUBズガドーンとは別の方向性で、異質なポケモンであった。
だが、画面に映る勝利したアクジキングは、嬉しそうに上空のトレーナーを見上げており……圧倒的な闘いは勿論であるが、クレナはそんなアクジキングの姿が印象に残ってしまった。
「それにしても、あの巨体は維持費が大変だろうなぁ」
クレナの相棒・クイタランはよく食べる種族であるが、あのUBアクジキングは、それこそルールのある試合でも無ければ、カビゴンだろうと呑みこんでしまいそうな迫力がある。
アクジキングの豪快な食べっぷりを想像するクレナは、口に頬張るじゃがバタを、不思議とより美味しく感じてしまった。
「……流石に喉が渇いた。何で水無しで食べてたんだろう私」
『水はお持ちですか?』
「大丈夫。パイルジュースを買ってるんだ」
ハイライトを観ながらB級グルメを堪能していたクレナは、今更になって喉の渇きを自覚し、慌ててビニールから飲み物を取り出す。
サイユウ名産、生搾りパイルジュース。
容器は冷えて汗をかいており、早速ストローを蓋に突き刺し、酸味のあるジュースを口に含んだクレナだったが、
//そして、本日最大の大番狂わせ! 大炎上の草のフィールドでの、イザヨイ・ツキミ選手のUBズガドーンと、クレナイ・クレナ選手のクイタランの対戦!"
「ぶぐっ!」
不意打ちの解説に、クレナは危うく中身を全部噴くところであった。
「ぶも……」
「ピイッ!」
「わ、私!?」
画面には、対峙するクイタランとズガドーンが映っている。
炎の渦とシャドーボールの撃ち合い。
地を抉る岩石封じに、放たれる破壊光線。
「……うわぁ……」
ポケモンだけではなく、時折、クイタランに指示を叫ぶクレナの姿も映りだされ、クレナはそんな己の姿を放心気味で見つめた。
//UBズガドーン、その素早さと圧倒的火力で攻め立てましたが……最後はクイタランの炎の鞭が決まりました!//
//今大会のダークホースとなるのでしょうか? 今後のクレナイ・クレナ選手の試合に注目です!//
「…………」
『クレナ様』
「うん?」
『こうして、客観的に試合を観ると……彼。くい太の癖に、妙に格好良いですね』
「本当にね」
『クレナ様も、大変凛々しく』
「! んふふふ。ジェントルったら。照れちゃうじゃない」
ズガドーンVSクイタラン戦を最後にハイライト特集は終了し、クレナは画面から視線を外す。
照れと嬉しさで火照った顔を冷ますかのように、クレナは容器の残りのジュースを一気に飲み干した。
「……こうして紹介される立場になった以上、次の試合、自信無いとか言ってられないね」
「ぶもぉ」
「まぁ、自信は無いんだけれど」
「ピ、ピィ?」
続く三回戦に向けて気合は入れども、クレナは相変わらず。
そんな彼女に困ったように微笑むオーベムは、何やらこちらにやってくる灯りを見つけた。
『クレナ様、あれは何でしょう?』
「あっ。パレードだよ。ポケモンのフロートパレード。貰ったパンフレットに書いてあった」
灯りの正体は、煌びやかな電飾に包まれた、ポケモンの巨大な人形達だった。
台車に載って牽引される彼らは、楽しそうにきらきらと輝いている。
「くい太。ほらほら見てみて。凄いよ」
「ぶも」
『クイタランが居ない、と言っていますね』
「……確かに」
ピッピ、エネコ、カイリュー、フライゴン、ユレイドル、サボネア、ジバコイル……
可愛いもの、格好良いもの、通向けのもの。やってくる巨大ポケモン達は多種多様だが、今のところ、クレナの手持ちの姿は無い。
『リグレーやオーベムはいないのでしょうか?』
「うーん。後続にいたりするかも」
バケッチャ、プラスル、マイナン、ゴクリン、ジュペッタ、ズガドーン……
「あっ。ズガドーンだ」
『ツキミさん効果でしょうかね』
「ウインディも来た」
『むむっ!?』
「今度はボスゴドラだ」
もしや、ラインナップには、今大会の有力トレーナーの手持ちも組み込まれているのだろうか?
そんなことを脳裏にチラつかせながら、フロートパレードを眺めるクレナ達であったが、結局、最後までクイタラン達の姿は無かった。
「……うぅん。惜しいところでヌケニンは居たけれど」
『居ませんでしたね、ワタシたち』
「ぶもぉ」
残念無念とオーベムは息をつき、クイタランは去っていくパレードに、露骨に不満そうな視線を送る。
「でも、来年はきっと居ると思うよ」
「ピィ?」
「クイタランと、オーベムと……テッカニンと、オムスターと、フリージオと、ヨノワールのフロートがさ」
クレナは遠ざかる灯りを見送りながら、想像をした。
煌びやかにリーグの夜を往く、クレナのポケモン達の素敵なフロートの姿を。
―
「…………」
お嬢様のレモーは、選手村のコテージにて、パックの焼きそばを啜っていた。
露店で買ってきた夕食である。
//クイタラン、燃える舌のリーチでズガドーンを捕えた!//
彼女の視線は、備え付けテレビの画面に。
ポケモンリーグ・スーパーボール二回戦のハイライト、ズガドーンVSクイタランに向けられている。
//今大会のダークホースとなるのでしょうか? 今後のクレナイ・クレナ選手の試合に注目です!//
「流石は、私のライバルね」
「キョオォ」
「貴方もそう思う? シロガネ」
レモーの傍でテレビを眺めていたアイアントは、クイタランの試合を観て何を思ったか。
彼は大顎を強く一打ちした。
「ふふっ……それでも、勝つのは私達よ」
アイアントは、再び大顎を打ち鳴らす。
当然だ、と言わんばかりに。
「クレナ」
ライバルの実力を見たレモーはどこか嬉しそうに笑い、割り箸を置き、おしぼりでソースに塗れた口を拭いた。
「未来のポケモンマスターを、そう簡単に超えさせはしないんだから」