33話:炎上の草フィールド
水、岩、草。氷。
異なる四つのバトルフィールドにて行われる、ポケモンリーグ・スーパーボールの予選リーグも、二回戦へ。
「レモー、またストレート勝ちしたんだ……」
草のバトルフィールドの入場ゲート前で、ポケナビを弄りポケモンリーグの試合速報を見るクレナ。
クレナはこれからスーパーボールの二回戦であるのだが、ライバルであるお嬢様のレモーの二回戦は先ほど終わり……彼女は一回戦に続き、二回戦も一体も倒されること無く、圧勝を収めていた。
「私も頑張らないと」
ゲートの先から聞こえてくる歓声から、どうやら前試合の決着がついたらしい。
クレナはポケナビの電源を切り、深呼吸をする。
「クレナイ・クレナさん。入場準備をお願いします」
「はい」
係員に誘導され、草が生い茂るバトルフィールドへと入場する。
会場に巻き起こる歓声は、一回戦の比では無い。
知名度が上がったか、と照れるクレナであったが、よく聞いてみれば、その大半はクレナに向けたものではなく。
「頑張れぇ、ツキミちゃーん!」
「きゃー!」
「ツ・キ・ミ!」
二回戦の対戦相手である女の子宛てのものだった。
「……そりゃそうか」
クレナは一瞬でも勘違いしてしまった気恥ずかしさに苦笑いし、バトルスタンドに立つ。
六つのボールをカウンターの穴に収めたところで、係員はトランシーバーでやり取りを行い、機械のスイッチを押した。
//さぁ、ポケモンリーグ・スーパーボール二回戦。両選手を乗せたバトルスタンドが上昇しております!//
//この草のフィールドで、どのようなバトルを魅せてくれるのでしょうか?//
クレナの二回戦の対戦相手は、南国風の装いと腕輪を身に付けた、小学生の女の子である。
キュートな彼女「イザヨイ・ツキミ」は、若いながらも今期リーグの優勝候補の一人であり……彼女の姿と名前を、クレナはトレーナー雑誌で知っていた。
ポケ免を取得直後、少女ツキミが家族とのアローラ旅行先で出会った「未知のポケモン」。そのポケモンとの出会いが、彼女をプロをも凌ぐ程のトップトレーナーにまで上り詰めさせたのであると。
「優勝候補だろうが、誰だろうが。勝たなきゃレモーとは戦えない」
二回戦で、こんな強敵と当たるなんて。
そんな思いが無かったわけではなく、むしろ、対戦相手の情報開示直後に頭を抱えていたクレナであったが、ここはポケモンリーグ。
「未来のポケモンマスター」であるレモーに勝利したいならば、相応の強さを持たなければならない。
それこそ、クレナ自身が優勝候補の一人にならなくてはならないのだ。
//ポケモンリーグ・スーパーボール二回戦!//
//草のフィールド第三試合「イザヨイ・ツキミ」VS「クレナイ・クレナ」、試合開始!//
バトル開始のブザーが鳴り響き、二人の少女は、同時にボールをバトルフィールドへと投擲する。
「行けっ、ジーンッ!」
「頼むよ、キリキリ!」
クレナが召喚したテッカニンは、勇ましく鳴いて地上を見下ろし。
一方で、ツキミが召喚したポケモンは、草のフィールドを踏みしめ、鎌をテッカニンへと向けた。
//ツキミ選手の一番手は、アローラの剣客、ラランテス! クレナ選手はホウエン名物テッカニンだぁ!//
花を連想させる桃色の身体。
どこか雅な風貌。
「キリキリ、日本晴れっ!」
ツキミは、召喚した花鎌ポケモン「ラランテス」に指示を出し、ラランテスは即座にフィールド上空に疑似太陽を生成した。
//ラランテス、バトルフィールドを晴天状態に変えたぁ!//
「ジーン、シザークロスだ!」
疑似太陽がバトルフィールドを照らす中、テッカニンは鋭い爪でラランテスを強襲するが、ラランテスもまた、自慢の得物を有していた。
ラランテスは、テッカニンの爪を「鎌」で受け止め、弾き飛ばしたのだ。
「やるよキリキリ! ソーラーブレードッ!」
「フォオオゥ!」
ラランテスが掲げた桃色の鎌に、疑似太陽からの光が収束する。
「……んんっ!?」
クレナは仰天した。
これは一体何の冗談なのか。
ラランテスの鎌は光の刃となって、天井にまで届くほどに巨大化し、宛らロボットアニメのビームサーベルのような形状と化したのだ!
「じ、ジーン! 危ないっ!」
「ジジッ!」
ラランテスは掲げたソーラーブレードを、テッカニンへと振り抜く。
観客席とバトルフィールドを隔てる透明な障壁を焼き焦がし、バトルフィールドの端まで薙ぎ払う巨大な一撃に、クレナは慌てるが、一方でテッカニンは危なげなく光刃を回避した。
地上に暮らすポケモンや、鈍重なポケモンならば致命打であっただろうが、空を舞うテッカニンは立体的な回避が可能であり、更に彼女の種族は、全ポケモンの中でもトップクラスの素早さを誇っているのだ。
「速いっ!?」
「……良いぞ。大技も当たらなければ、こっちのものだ!」
ラランテスはテッカニンを撃ち落とすべく、巨大光刃の乱舞で攻めるが、加速していくテッカニンを捉えられない。
「キリキリ、華吹雪!」
光刃攻撃を中止し、物量作戦に切り替えたラランテスは、回転して花弁の弾丸を掃射する。
「連続斬りっ!」
回避困難な弾幕攻撃であるが、虫の騎士の鋭い爪は花弁の弾丸を次々に引き裂き、ラランテスへと肉薄した。
「あっ!?」
ツキミが身を乗り出す中、荒れ狂っていた花弁は、力なく草のフィールドへと散る。
「……フォオオゥ……」
「ジーッ!」
桃色の身体を自らの体液で染め、膝から崩れ落ちたラランテスの上空で、疑似太陽に照らされるテッカニンが高らかに鳴いた。
//ラランテス戦闘不能! クレナ選手のテッカニン! 大技を繰り出すラランテスを圧倒的素早さで翻弄し、連続斬りを撃ち込みました!//
ツキミ側の電光掲示板のランプが一灯消える。
ツキミはボールにラランテスを回収し、彼女を労わる様にボールを撫でて、バトルスタンドのカウンターに設置した。
「流石はポケモンリーグ……でも、次はこうはいかない」
二番手を決めたツキミはボールを掴み、草のフィールドへと投擲する。
「行けぇっ、チュウスケ!」
ボールから召喚されたのは、クレナも良く知る有名なポケモンである。
だが、その姿はどこか違う。
「あれって……ライチュウ? だよね?」
長い稲妻型の尻尾。
黄色いほっぺ。
召喚されたポケモンは確かにライチュウなのだが、
クリームパンのような、ふわふわの耳。
小麦色のお肌……
と、クレナが知るライチュウとは体色や体型が異なっており、しかも、何と宙を浮いている。
「もしや新種」
//ツキミ選手の二体目は、ライチュウ! アローラ地方のピカチュウは、この丸みを帯びた独特な姿のライチュウに進化することで知られています!//
「……ではないのね」
姿は変わっていようが、ライチュウはライチュウ。
気を取り直したクレナは、テッカニンに叫んだ。
「ジーン、燕返し!」
「サイコキネシスッ!」
上空から凄まじい速度で降下したテッカニンであったが、彼女の全身は見えざる力に捕えられた。
ライチュウが行使したサイキックに絡め取られてしまったのだ。
「えぇっ。サイコキネシスを使うライチュウなんて」
「チャージビームだ!」
ライチュウは、硬直したテッカニンに電気の束を発射する。
「電気技も使えるの!?」
アローラライチュウの器用さに驚いたクレナであったが、それどころでは無い。
テッカニンに電気技は効果抜群なのだ。
「ジィジジジジッ……!」
「ジーン!」
照射されるチャージビームに苦しむテッカニンであったが、これが虫の根性か。
死にもの狂いで翅をバタつかせ、彼女は何とかサイコキネシスの拘束を脱し、チャージビームから逃れたのであった。
//電気・エスパータイプの複合タイプであるアローラライチュウ! 両タイプの長所を活かし、攻撃とパワーアップを同時に行ったぁ!//
チャージビームの影響か、ライチュウの身体には電気が漲っている。
次にサイコキネシスと、強化電撃のコンボ攻撃を喰らってしまえば、テッカニンの耐久力では耐え切れないだろう。
「もう一度サイコキネシスを浴びたら終わりだ」
「ジジッ」
「ジーン、影分身っ!」
「ジィーッ!」
エスパータイプのポケモンは強力であるが、クレナもまた、エスパータイプのポケモンの使い手である。
故に、彼女はエスパーポケモンが「されたら嫌なこと」をよく知っていた。
//テッカニン、忍びポケモンの本領を発揮し、影分身を生成していく!//
一体二体三体四体五体六体七体八体。
増えたテッカニンはライチュウを取り囲み、彼の視界を次々に駆け廻る。
「ジュッ……!」
「チュウスケ。落ちついて!」
ライチュウはサイキックでテッカニンを捕えようとするが、当たらない。
無理もない。
サイキックの行使には集中力が必要であり、クレナのテッカニンの動きとスピードは、ライチュウの精神を消耗させ、掻き乱しているのだ。
「電撃波だ!」
だが、流石はトップトレーナー。
ツキミは戦術を切り替え、ライチュウに必中の雷撃を指示するが、テッカニンの高まった速度は、その攻撃を許さなかった。
「シザークロスッ!」
本体であるテッカニンが接近し、ライチュウの柔らかボディを両の爪で切り裂く。
研ぎ澄まされた一撃は急所に当たり、ライチュウは敢え無く倒れてしまった。
//ライチュウ戦闘不能! クレナ選手のテッカニン、二体連続で倒しました!//
「チュウスケ……」
//ツキミ選手のポケモンは残り一体! もう後が無い!//
ツキミがボールにライチュウを回収する中、クレナはテッカニンに賞賛を送る。
「良いぞっ、ジーン!」
「ジーッ!」
だが、一方でクレナには確信があった。
良いペースで試合が進んでいるが、次はツキミの「切り札」が間違いなく出てくるだろう、と。
小学生であるツキミが、今期リーグの優勝候補の一人であると言われる所以のポケモンが。
「…………」
ツキミは手汗を服で拭い、カラフルなコーデシールが張られたボールを手に取る。
「ごめん。アローラでも、ホウエンでも。君に頼ってばっかりだね」
覚悟を決めたツキミは、最後の一体が入ったボールを、バトルフィールドに投入する。
「行けぇ、ボンボン!」
風船のような頭部。
棒のように細い身体。
キャンディーを連想させる、鮮やかなその体色。
「フォオオン」
召喚された「異形」のポケモンは、その登場に観客が沸き立つ中、まるで人間の手品師のような仕草で、仰々しくクレナとテッカニンに礼をした。
//追い込まれたツキミ選手、ついに切り札を繰り出した!//
//炎のウルトラビースト! 花火ポケモン「ズガドーン」だああぁっ!//
ウルトラビースト。
それは、数年前に次元の狭間から現れた、未知のポケモン達の総称である。
強力無比で、幻のポケモンとも呼ばれる彼らであるが、ツキミはそんなUBの一匹であるズガドーンの使い手であったのだ。
「ボンボン! 全力で行くよ!」
「フォン」
ツキミは腕を上空にかざす。
腕輪が煌めき、そして、ツキミは謎の踊りを始めた。
「……?」
ツキミの謎の行動にクレナは困惑したが、彼女はテッカニンに攻撃を指示した。
「シザークロス!」
如何にUBといえども、影分身し、加速したテッカニンに対処する術は無い。
そうクレナは考え、実際ズガドーン自身も、迫るテッカニンの本体を見切ることができなかった。
だが、彼には「全力」という名の対抗策があったのだ。
「フォオンッ!」
ツキミの踊りの締めと同時に、ズガドーンは火球を生成し、天に放り投げる。
花火のように爆発した火球は分裂し、バトルフィールド一帯に降り注いだ。
「ジジィッ!?」
ズガドーンの「全力技」は草のフィールドを焼き焦がし、熱がテッカニンの速度を奪って絡め取り、炎が彼女を焼く。
影分身、本体をもまとめて呑みこむ攻撃に、焦げたテッカニンはバトルフィールドへと落下した。
「うわあっ!」
判定を待つまでもなく、戦闘不能である。
クレナは慌ててテッカニンを回収した。
「…………!」
クレナは冷や汗を流しながら、テッカニンのボールをカウンターに収める。
下手をすればテッカニンを死なせていたかもしれない。
それほど、ウルトラビースト・ズガドーンは強力な相手なのだ。
//アローラ名物Z技! 「ダイナミック・フル・フレイム」が決まったぁー!//
クレナ側の掲示板のランプが一灯消え、クレナは新たなボールを掴み、二番手のポケモンを投入する。
「行けぇ、おむ奈!」
召喚されたオムスターは、水を発射し炎を鎮火させて足場を作り、濡れたフィールドに着地する。
「キィッ!」
「ハイドロポンプ!」
オムスターはズガドーンへ特大の水流を放つが、ズガドーンはひらりひらりとかわし、その両手に黒い球体を浮かべた。
「ボンボン、シャドーボール!」
ズガドーンはお手玉のようにシャドーボールをオムスターに投擲する。
シャドーボールで負傷したオムスターは悲鳴を上げるが、彼女は負けておらず、その身を殻に隠し、回転を始めた。
「おむ奈、転がるっ!」
クレナの指示と同時に、オムスターは炎上するフィールドを駆け巡る。
ズガドーンがシャドーボールを連射するが、オムスターの猛進は止まらない。
「来るわよボンボン!」
「フォン」
ズガドーンはジャンプで迫るオムスターを飛び越えるが、その最中、オムスターから棘が放たれた。
「!」
「キィイッ!」
不意打ちの棘キャノンに抉られ、宙で姿勢を崩したズガドーンに向かい、転がるを解除したオムスターがその凶悪な口部を開く。
「おむ奈、ハイドロポンプッ!」
オムスターの口部から特大の水流が放たれる。
炎タイプのズガドーンに、水タイプの技は効果抜群。
決まれば戦闘不能確実の一撃を前にして、ツキミは叫んだ。
「ビックリヘッド!」
ツキミが、その技の指示を出すことをわかっていたのか。
ズガドーンは即座に反応し、自らの頭部を放り投げた。
「え」
クレナとオムスターが驚いたその瞬間、閃光が奔る。
花火のように鮮やかな火花、そして爆風と共に、ハイドロポンプは弾けて四散し、オムスターは宙を舞った。
ズガドーンが放り投げた頭部が、大爆発したのだ。
//これは凄まじい威力! 魂をも削る大技ビックリヘッドが決まり、フィールドも大炎上っ!//
バトルフィールドは水を蒸発させて再び炎上し、一方で吹き飛ばされたオムスターは触手を伸ばし、音と熱で失神している。
戦闘不能である。
//オムスター戦闘不能! ウルトラビースト・ズガドーンの二体抜きにより、勝負はお互い最後の一体に!//
//さぁ、クレナ選手の三体目のポケモンは!?//
ズガドーンには、いつのまにか新しい頭部が備わっており、上方のバトルスタンドのクレナを見つめている。
無機質で表情の読めない彼であるが、余裕を見せるその態度に、クレナはズガドーンがこう言っているような気がした。
「誰が来ようと、この私とツキミさんには勝てませんよ」と。
「…………」
クレナは、かつて読んだトレーナー雑誌の記事を思い出す。
あのズガドーンはツキミの切り札であり。同時に、彼女が捕まえた最初のポケモンでもあり、相棒であるのだと。
「ふぅー……」
深呼吸をしたクレナは、最後のポケモンを決め、モンスターボールを掴む。
待ちかまえるズガドーンは、強力無比な炎のウルトラビーストであり。対戦相手の少女が、最も信頼しているパートナーポケモンでもある。
そんな彼を倒し、クレナが勝利を手にするために相応しいポケモンは、一体しか居ない。
「私を勝たせて。勝ちたいんだ」
クレナはエースシンボルのコーデシールが貼られたモンスターボールを、炎上する草のバトルフィールドへと投入した。
「お願い、くい太!」
召喚されたクイタランは、燃え上がるバトルフィールドを踏みしめ、クレナの声に応える。
「ぶもぉっ!」
//クレナ選手が繰り出したのは、クイタラン! 最後は炎タイプ同士の対決だ!//
クイタラン。
使用率の低い種族であり、クイタランの戦い方を知らないツキミであったが、その特性は把握していた。
クイタランは絶対的な炎耐性を有する種族であり、炎攻撃は一切通用しないのであると。
「……ボンボン! シャドーボール!」
最大火力の炎技は封じられたが、ズガドーンは炎攻撃無しでも戦える。
ツキミはズガドーンに霊術攻撃を命じたが、疑似太陽の光を浴びるクイタランには力がみなぎり、炎を纏った舌で放たれるシャドーボールを次々に打ち払った。
「くい太! 炎の渦!」
クイタランは太くうねる炎を口部から発射するが、ズガドーンは跳躍して回避し、再びシャドーボールを両手に生成し、クイタランへと射出した。
「うぅん、なんて素早い……!」
ズガドーンの強さは、恐るべき火力だけでは無い。
華奢な外観で、いかにも耐久力が無さそうなズガドーンであるが、彼の身のこなしは軽快であり、中々攻撃が命中しないのだ。
前の試合でツキミがテッカニンの素早さ対策を講じたように、こちらもズガドーンの動きを封殺しなければ、勝利を掴むことはできない。
「くい太、岩石封じ!」
シャドーボールに撃たれながらも、クイタランの爪は炎上する大地を抉る。
これがポケモンの凄さ。
彼は抉りだしたバトルフィールドの土塊を、ズガドーン目掛けて次々に放り投げたのだ。
「!」
シャドーボールだけでは捌き切れず、後退し、直撃を回避したズガドーンだったが、次々に放り投げられる土塊はズガドーンの視界を埋め、壁となって高く積もっていく。
「そんなもので、ボンボンは止められないわ」
「フォオン」
「ボンボン、破壊光線っ!」
視界が得られないならば、纏めて吹き飛ばすまで。
ズガドーンの頭部に光が収束し、目も眩む閃光と共に、バトルフィールド全体を薙ぎ払う一撃が照射される。
テッカニンと違い、空を飛べないクイタランに、回避する術は無い。
「どうだっ!」
破壊光線は反動が大きい技であるが、この一撃で決まってしまえば問題ない。
光が収束し、視界を取り戻したツキミは、バトルフィールドを覗きこんだ。
ズガドーンの動きを阻害した土塊は消し飛んでおり、バトルフィールドに生える草はその殆んどが灰となっている。
だが、肝心のクイタランの姿が無い。
「!?」
戦闘不能のアナウンスは出ていない。
もしや、サレンダーしてクイタランをボールに回収したのか、と向かいのバトルスタンドに立つクレナを見るが、その様子もない。
それどころか、クレナは「にやり」と笑っていた。
「……気を付けて、ボンボン!」
ズガドーンも違和感を覚えたのか。
彼は構えようとするが、破壊光線の反動で消耗した彼は動けず、膝をつく。
そして、その隙を見逃すクレナではなかった。
「くい太、今だぁっ!」
ズガドーンの真下の土が盛り上がり、穴を掘って現れたクイタランが、ズガドーンの胴体を鋭い爪で突き上げる。
クイタランは破壊光線の光に紛れて穴を堀り、ズガドーンの真下まで移動していたのだ。
「ボンボン、シャドークローッ!」
「フォオオオンッ……!」
宙に跳ね上げられたズガドーンは、このまま黙ってやられはしない、と両手を握りしめる。同時に、彼の両手から黒く鋭利な爪が現れた。
「くい太!」
落下するズガドーンは、着地を待たずにクイタランを引き裂くだろう。
ならば、とクレナは腕を振り下ろし、クイタランへ最後の指示を叫んだ。
「炎の鞭!」
「ぶもぉおおおっ!」
シャドークローが届く、その前に。
圧倒的リーチの燃える舌でズガドーンの両腕を絡め取ったクイタランは、ズガドーンを振り回し、勢い良くフィールドへと叩きつけた。
「……ボンボン!」
「フォ、オォン……」
炎の鞭から解放され、土にまみれて起き上がったズガドーンは「大丈夫」とツキミに手をひらひらさせるが、やがて彼はふらりと倒れこんでしまった。
「あっ……」
同時に、ツキミの掲示板の最後の一灯が消え、試合終了のブザーが鳴り響く。
//ズガドーン戦闘不能!//
//ゲームセット! スコア2-3、WINNER、クレナイ・クレナ!//
//ツキミ選手のズガドーン、猛追しましたが、最後はクレナ選手のクイタランが、見事な奇襲で勝利を手にしました!//
CONGRATULATIONS!
電光掲示板がクレナの勝利を告げ、観客の歓声と、どよめきが場内に響く。
何しろ、優勝候補の一人であったUB使いが、無名のトレーナーに敗れてしまったのだから。
だが、そんな観客の困惑も興奮した少女の耳に入らず、クレナは腕を振ってクイタランに呼びかけた。
「やった、くい太! 勝った! 私たち勝てたんだよぉ!」「ぶもぉ」
「ありがとう、くい太ぁ! 最高だよ!」 一方で、ズガドーンをボールに回収したツキミは、名残惜しそうにフィールドを見つめながら、ボールを撫でた。
「私たちのポケモンリーグ初挑戦、終わっちゃったね、ボンボン……」
地上に向かってバトルスタンドが下降する中、ツキミの眼から涙がぽろぽろ零れ落ちる。
「絶対に勝てた試合だったのに」
「悔しい、悔しいよ。後悔ばっかりだよ」
「私はどうしてあんな指示を。本当にボンボン達の力に頼りっきりで、こっちはミスばっかりで」
「皆、ごめん。ごめんね」
彼女の涙に塗れた視界のその先には、同じく地上へ下降しながらも、勝利を手にし、心から嬉しそうにモンスターボールに話しかけているクレナの姿が映っている。
「……もうこんな思いは、こんな負け方はしたくない」
少女ツキミは袖で涙をぬぐい、相棒の入ったモンスターボールへ約束した。
「次は、あのお姉さんみたいに全力で笑えるように」
「私、もっともっともっと、強いトレーナーになるよ……!」
かくして、クイタラン達と共に見事ポケモンリーグ・スーパーボール二回戦を突破したクレナであったが、試合の熱狂と興奮の代償は大きく……
「疲れた、緊張した、も、もう駄目。無理」
『お疲れ様です。クレナ様! やりましたね、二回戦突破ですよ!』
「さ、三回戦……やっぱり自信なーい……」
トップトレーナーに勝利できるほどの実力を付けたとは言え、クレナは場慣れしていない中学生の女の子。
ポケモンセンターにポケモンを預けた彼女は、暫くは駆けられた声に気が付かないほどに消耗し、ソファでぐったりと項垂れることになったのであった。
『そうだ。この後、露店に行ってみましょうか? 色々美味しそうなお店が出ていますよ』
「ああ、良いねそれ! でも……休憩したらね……」
続くスーパーボール三回戦は、数日後。
少女クレナのリーグ挑戦は、まだまだ続く。