クイタランとわたし




小説トップ
クイタランとわたし
32話:ポケモンリーグ一回戦

 ポケモンリーグでは、参加対象が異なる複数のバトルイベントが実施されるが、大会日程はアマチュアのトップトレーナーが集う「スーパーボール杯」から開始される。

「き、緊張する……」

 スーパーボール杯一回戦を直前に控える少女クレナは、入場ゲートの壁に寄りかかりながら手を握りしめていた。
 覚悟は決めたつもりだったが、それでも、ゲートの向こうにいるのであろう大観衆の声を聞くと、緊張で身体が震えてくる。

//ゲームセット! スコア3-0、WINNER、ハクメイ・ハクボ!//

 ゲートから沸く声を聞くと、どうやら直前の試合が終わった様子である。
 バトルフィールドのメンテナンスが終了次第、クレナは試合会場に入場することになる。

「……うぅ、前の人、ストレート勝ちしてる……」
「いよいよですね」
「は、はい」

 見かねたのか、係員は緊張するクレナに話しかけるが、クレナはそんな彼に苦笑いをした。

「……ガチガチです。場馴れしていないツケが今になって響いてきました……」
「大丈夫。私もここの係員をして長いですが、貴方より酷い緊張状態のトレーナーを何人も見てきました。中には、泣きだしたり、吐いた人もいましたね」
「ほ、本当ですか?」
「えぇ。でも、試合になった途端、皆素晴らしいバトルを繰り広げた。中には、優勝を手にした人もいましたよ」

 クレナは入場ゲートを見る。
 TVで見ていたポケモンリーグでは、誰もが勇ましく、自信を漲らせてポケモンバトルに臨んでいるように見えていた。
 だが本当は、このゲートの前で、何人ものトレーナーがクレナのように固まっていたのだ。
 震えを抑え、必死に不安と戦っていたのだ。

「…………」

 クレナは大きく深呼吸をし、息を吐いた。

「ふぅ〜……」

 クレナはこの動作を、バトルフィールドメンテナンス終了のアナウンスが入るまで、何度も反復した。
 
//さぁ、メンテナンスが終了したところで、水のフィールド第四試合の選手入場です!//
「時間ですね。頑張ってください」

 クレナは最後に大きく伸びをし、帽子を深く被った。

「ありがとうございます。行ってきます」

 クレナは入場ゲートを進む。
 光が溢れる出口を抜けたそのとき、クレナは信じられないほどの大観衆を視て、そして歓声を聞いた。

「…………」

 クレナは、バトルフィールドに控えていた係員の誘導で、六つの穴が開いたカウンターが設置された台に立つ。
 その六つの穴は、丁度モンスターボールの形状に合わせた大きさとなっており、クレナはその一つ一つに、共に闘うポケモンが入ったボールを収めていく。

「ポケモンへの指示はこの小型マイクを使って行ってください」
「はい」
「水の青コーナー、トレーナー準備完了しました」
『はい。水の赤コーナー。こちらもトレーナー準備完了です』

 係員はトランシーバーで連絡を取り、機械のスイッチを押す。
 同時にクレナが立つ台「バトルスタンド」が上昇し、バトルフィールドである「円状の足場を用意された巨大なプール」全体を見下ろせる高さまで昇っていく。

「…………」

 クレナは、同様に同じ高さにまで昇って来た対戦相手のトレーナーの姿を観る。
 そのトレーナーは大人のお姉さんであり……クレナは、そのトレーナーの姿を既に知っていた。

「貴方にだって。私は、負けませんよ」

 彼女は、かつてクレナが温泉街で出会い、クレナにアドバイスを与えてくれた人物であったのだ。

//ポケモンリーグ・スーパーボール一回戦!//
//水のフィールド第四試合「トラメ・チャコ」VS「クレナイ・クレナ」……試合開始!//

 試合で使用できるポケモンは、六体の中から三体まで。対戦相手の三体全てを戦闘不能にしたその時点で、勝敗は決する。
 試合開始のブザーが鳴り響き、クレナと大人のお姉さん「チャコ」は、同時に台座のボールを掴み、バトルフィールドへと投入した。

「行けっ、ゴーマ!」
「行きなさい、ルミネ!」

 クレナが召喚したヨノワールは、足場付近でふわりと宙に浮く。
 一方で、チャコが召喚したポケモンは、するりと水中へと潜っていった。

//クレナ選手の初手はヨノワール! チャコ選手の初手はネオラントだぁ!//
「……ネオラント」  

 星のような、淡い光。
 リボンのように揺らめく、優雅なひれ。
 
 ネオンポケモン「ネオラント」は、水の中でヨノヨールを惑わせるかのような光を放っている。

「ヨノワールとは、ずいぶん渋いポケモンで来るのね……ルミネ、雨乞い!」

 大人のお姉さんの指示に応じたネオラントは不思議な輝きを放ち、同時にバトルフィールドに暗雲が発生し、豪雨が降り注ぐ。

「ギュッ」
「うわっ」

 ボールの回収光線は透過しつつ、技の応酬からトレーナーと観客を守る「視えない壁」により、クレナがずぶ濡れになることは無かったが、水のバトルフィールドは嵐の真っただ中へと様変わりしていた。

「さぁ、圧勝させてもらうわよ。ルミネ、ハイドロポンプ!」
「プーウゥウ!」

 この嵐の中、ネオラントは正しく水を得た魚となり、尋常でない素早さで「すいすい」と水のフィールドを巡り、ハイドロポンプを発射する。
 
「ギュオォッ!」 
「ゴーマ、踏ん張れっ!」

 クレナは思考した。
 この環境の中、ネオラントの素早さに追いつくのは無理がある。
 だとすれば、素早さに関係のない技で対抗する他に無い!

「影打ちで弾き飛ばせ!」

 ハイドロポンプに撃たれながらも、ヨノワールは、拳を上空に突き上げる。
 その瞬間、ネオラントの身体が水中から叩きだされた。
 ゴーストタイプの呪術「影打ち」の一撃が水中のネオラントの影から伸び、その身体をアッパーで弾き飛ばしたのだ。

「雷パンチッ!」

 ヨノワールは電撃を宿した拳を浴びせるべく、宙のネオラントに接近するが、

「プゥッ!」
「……!?」

 一体何が起こったのか。
 攻撃直前になってヨノワールはネオラントを無視し、自ら水の中に突っ込んでいったのだ。
 
//おぉーっと、ヨノワール混乱しています! 雨に紛れてネオラント、天使のキッスを施したぁ!//

 天使のキッス。
 それは、対戦相手のポケモンに精神毒を浴びせ、混乱させてしまう技である。

「逃がしちゃ駄目よ、ルミネ! 渦潮っ!」
「プゥウウウウウウッ!」

 嵐の中、ネオラントはバトルフィールドを更なる地獄へと変えていく。
 再び水へ潜ったネオラントは巨大プールに渦潮を発生させたのだ。

「プゥウウッ!」
「ギ、ギュオォ」

 渦潮にヨノワールを捕えたネオラントは、彼を水中から逃さず、水の波動の弾丸を撃ち込んでいく。

『……マ!』
『ゴーマッ!』
『……な』
『負けるなぁ!』

 これは混乱状態の幻聴症状なのか、それとも現実か。
 渦潮に捕らわれるヨノワールは、己を呼ぶクレナの声を聞いた。

「ギュオオオォッ……!」

 どちらにしろ、届いたその声はヨノワールに力を与えた。
 彼は紅い眼を輝かせ、両腕に電流を迸らせる。

「ギュオオ!」

 これは錯乱状態故の一撃か、それとも、理性を保ったままの凶行なのか。
 水中での雷パンチは、電気タイプでないヨノワールも感電してしまう。だが、それでも彼は決行した。

「プルゥウウウッ!?」

 効果抜群の一撃に、ヨノワール共々感電したネオラントは身もだえし、渦潮も形を失った。
 そしてその瞬間、渦から脱したヨノワールの両腕は、ネオラントの身体をがっしりと掴んだのだ。

//水中でのまさかの雷パンチが炸裂……そして、あぁーっと!//

 ヨノワールはネオラントを掴んだまま水面を飛び出し上昇し、彼の姿を観たクレナは、力強く叫んだ。

「地球投げっ!」

 天井近くまで上昇したヨノワールは、ネオラントを掴んだまま回転をする。

 一回二回三回四回転。

「プ、プグッ」

 五回六回七回八回転!

「ギュオオオーッ!」

 ヨノワールは急降下し、ネオラントを水面に叩き落とす。
 地球投げは完璧に決まり、ネオラントは昏倒したままぷかぷかと水面に浮かび、波に流されていった。
 
//ネオラント、戦闘不能! クレナ選手がまずはリードしました!//

 チャコ側の電光掲示板に灯されていた三灯の内、一灯が消える。

「……やるわね。クレナちゃん」

 チャコは、手ごたえを感じたかのように拳を握るクレナを見やり、ネオラントをボールに回収する。

「でも、次はそうはいかない」

 チャコは、テーブルから二つ目のボールを取り出し、豪雨のバトルフィールドへと投入した。

「行きなさい、クレパスッ!」

 二対の大鎌。
 鋭く平たい甲殻。

「ギィイイイッ!」

 ボールが開き、豪雨の中現れたのは、甲羅ポケモンのカブトプスであった。

//チャコ選手、二体目のポケモンはカブトプスだぁ!//

 カブトプスは足場を蹴り、凄まじい速度でヨノワールへと肉薄する。

「メガドレイン!」
「雷パンチ!」

 迫ったカブトプスへとヨノワールが雷パンチを打ち込むが、カブトプスの大鎌はヨノワールを切り裂き、彼はその傷口へと口部を突っ込んだ。

「ギュオオォ……!」

 ヨノワールは痛みでもがきながらも、自らを両腕の鎌で抑え込んでいるカブトプスに雷パンチを続けて浴びせていくが、ヨノワールの体液を啜るカブトプスは回復を続けていく。

「ふふっ。ヨノワールは大きいから、クレパスも「呑みごたえがある」って言っているわよ……!」
「ゴーマ、金縛りっ!」
  
 ヨノワールは印を結び、己の体液を貪るカブトプスへと術を放つ。
 瞬間、カブトプスはヨノワールからのけぞり、ヨノワールは影撃ちを放つべく拳を突き上げたが、それより早く、ヨノワールの身体を鋭利な甲殻が襲った。

//カブトプス、アクアジェットでヨノワールを強襲だぁああ!//

 水流の如き勢いで突っ込んだカブトプスは、ヨノワールの身体共々足場を超え、プールに落下する。

「クレパス、滝昇り!」 

 チャコの指示が豪雨のバトルフィールドに響き渡り、水面の水しぶきがバトルフィールドの端にまで凄まじい勢いで奔っていく。

「ゴーマッ!」

 その技は、正しく滝昇るが如く。
 ヨノワールをバトルフィールドの端にまで叩きつけたカブトプスは、ヨノワールを障壁に押し付けたまま水面から飛び出し、上昇をした。

「雷パンチ!」

 ヨノワールは腕に電撃を纏わせたが、身体が動かない。
 受けた技の勢いの凄まじさに、彼の身体は硬直してしまったのだ。

「フィニッシュよ、クレパス! 辻斬りっ!」

 カブトプスはバトルフィールドと観客席を隔てる障壁である透明な壁を蹴り、放り捨てたヨノワールへと突貫する。
 両腕の鎌はヨノワールの身体を切り裂き、霊体をも引き裂く効果抜群の一撃にヨノワールは失神し、プールへ落下していく。

「……っ!」

 プールに落ちたヨノワールは動かない。
 戦闘不能は明らかであり、クレナは判定とほぼ同時にモンスターボールを取り出し、ヨノワールを回収した。

//ヨノワール戦闘不能! 雨を味方に付けた、恐るべき古代のパワー! チャコ選手、カブトプスの猛攻で一本取り返しました!//

 クレナ側の電光掲示板に灯されていたランプが一灯消える。
 優雅なネオラントとはうって変わって、獰猛な本性を剥き出しにして戦うカブトプスを前に、クレナは一つのモンスターボールを手に取った。

 ―カブトはね。今は可愛いけれど……進化したらとっても逞しくなって、強くなるの。その辺、貴方のオムナイトと同じね―
 ―もしポケモンリーグで会ったなら、私のカブトプスの強さを見せてあげるわ―

 クレナが思い返すのは、温泉でカブトを抱くチャコの姿。
 目の前で強敵として立ち塞がるカブトプスは、あの時のカブトに違いない。
 チャコは宣言通りに、カブトをカブトプスへと進化させ、逞しく育て上げたのだ。

「………こっちだって、見せてやりますよ」

 クレナは迷いなく、嵐のフィールドにボールを投擲した。
 
「私のオムスターの強さを!」

 召喚されたオムスターは、バトルフィールドに降り立つなり、ブレイクダンスのように回転をした。

「キィッ!」

 オムスターは嵐をもろともしていない。
 むしろ、雨風でオムスターの身体には活力が漲っている。

//クレナ選手が投入した二体目は、オムスター! これは、カントーが誇る二大化石ポケモン同士の対決だぁっ!//
「へぇ。あの可愛い子、進化させたんだ」

 登場したオムスターに笑みを浮かべながら、チャコはカブトプスに指示を出す。

「クレパス、メガドレインで吸い尽くすのよ!」 

 カブトプスがオムスターの体液を啜るべく襲いかかるが、オムスターは頑丈な殻にその身を隠す。

「おむ奈! 転がる!」

 そのままオムナイトは回転し、カブトプスから逃れてプールへと飛び込んでいった。

「追って、クレパス!」

 カブトプスもまたプールへと飛び込み、転がるオムスターを追う。
 水中カメラに切り替わり、巨大スクリーンにはアクアチェイスを行う二体のポケモンが映し出される。

「転がるの威力を高めようたって、そうはいかない。速攻で戦闘不能にしてやるわ!」

 荒れ狂うプールの中、オムナイトは転がりながら爆走し、カブトプスがその後を追う。
 両者とも「すいすい」と凄まじい速度で移動するが、カブトプスの素早さはオムスターを上回っていた。  

「ギィイイ!」

 カブトプスの鎌がオムスターを打ちあげる。
 オムスターの猛進は中断されたが、未だその回転は止まっていない。

「おむ奈!」

 クレナは、水中のオムスターに届け、と声を張り上げる。

「棘キャノン!」

 オムスターは回転を続けたまま、殻の鋭い棘をカブトプスへと連続発射した。
 
「ギィッ!」

 不意の一撃に、カブトプスは全弾回避することが敵わず、その身に棘が突き刺さる。
 そして、その隙をオムスターは見逃さなかった。

「キィィイイイイッ!」

 オムスターは荒れ狂う波を操り、その流れにカブトプスを絡め取る。
 泳ぎに長けるカブトプスであったが、今のバトルフィールドはその全てがオムスターの味方となっていた。

「ギッ」
「ギィッ」
「ギァアッ!」

 波はカブトプスを呑みこんだまま、彼の身体をもみくちゃにし、バトルフィールドの壁へと叩きつけていく。
 やがてカブトプスは足場へと叩きつけられるように打ち上げられ、彼が顔を上げたその時視たものは、自らが操る波に乗ってポーズを決めるオムスターの姿であった。

「クレパス、滝のぼり!」
「おむ奈、ハイドロポンプッ!」

 落ちつきを取り戻したカブトプスは、水の流れを見極めて再びプールに潜り、オムスターが生成した波を昇り迫る。
 だが、オムスターは「このステージには上がらせない!」とばかりに、牙の付いた口部を最大にまで開き、カブトプスの進路に向かい、特大の水流を放った。 

「ギィッ」
「キィッ」

 カブトプスの滝昇りと、オムスターのハイドロポンプがぶつかり合う。

「ギギギギィ!」
「キキキキィ!」

 流れは押し戻し、押し戻され。
 現代に蘇った二匹の絶滅種は、渾身の力で鍔迫り合った。

「クレパスッ! 押すのよ!」
「おむ奈っ! 弾き飛ばせぇ!」 

 大好きなトレーナーの言葉と期待に、応えるために!

「ギ、ギィイイッ……!」

 だが、どんなバトルにも決着が存在する。

 ―あの貝の子に負けたくない!
 ―チャコに、勝利を!
 
 そんな思いで滝昇りを放つカブトプスであったが、やがてその身体はハイドロポンプを押し返すことができず、圧されていく。

「キィイイイイイイッ!」
「ギィアアアッ!」

 オムスターは限界にまで出力を上げ、ハイドロポンプに呑みこまれたカブトプスは、足場にまで弾き飛ばされてしまった。

「おむ奈、行けぇっ! 転がるだぁ!」

 カブトプスはよろめきながら立ち上がるが、既にオムスターはフィニッシュムーブに入っていた。

//クレナ選手のオムスター! 波を転がるで走り抜けていくっ!//
「クレパス! 辻斬りっ!」

 カブトプスは迫るオムスターに鎌を向けるが、体力を失った身体では、その抵抗も意味を成さず。

「ギィアッ……!」

 全身の甲殻を巨大な棘付きの殻に砕かれ、甲羅ポケモンカブトプスは遂に崩れ落ちた。
 戦闘不能である。

//転がるが決まり、化石ポケモン対決を制したのは、オムスターだぁっ! これでクレナ選手が二本先取!//

 オムスターが「いえーいっ」とフィーバーポーズを決める中、チャコの電光掲示板に灯るランプは、残り一灯となった。

//チャコ選手はもう後が無い!//
「……強いわね、クレナちゃん」

 倒れたカブトプスを回収した彼女は、最後のモンスターボールを手に取る。

「まさか、一回戦で「切り札」を切ることになるなんて思わなかった」

 バトルも大詰めを迎え、チャコは、モンスターボールを水のフィールドへと投入した。

「行きなさい! ソラシドン!」 

 藻のように揺らめく鰭と尾。
 紅の竜の眼光。

「ゲィイイイイイッ!」
//チャコ選手、最後に繰り出したのはドラミドロだぁっ!//
 
 嵐の中、召喚された毒竜ドラミドロは咆哮し、オムスターへと口部を向ける。

「おむ奈、ハイドロポンプッ!」
「ヘドロ爆弾!」

 オムスターはハイドロポンプを発射し、ドラミドロは口部から大量の猛毒弾を吐きだす。
 
「竜のソラシドンに、そんな攻撃は通用しないわよ」

 雨の力も合わさり、ハイドロポンプは凄まじい圧力でドラミドロに命中したが、ドラミドロはドラゴンタイプのポケモンである。
 その強固な身体は、嵐も水技も、ものともしなかった。
 
「キィッ……!」

 その一方で、ドラミドロの放ったヘドロ爆弾は着弾した足場から拡散し、強固な殻で守られるオムスターの本体へと浸透していく。
 毒に侵され、オムスターの動きが次第に悪くなっていく。

「……おむ奈!」

 この状態で、「転がる」のような動きまわる技を使えば、毒の回りが早まるのは眼に見ている。
 
「棘キャノン!」

 オムスターは殻に籠り、棘を連続射出するが、竜の皮膚は、その攻撃をも通さない。

「見せてやりなさい、ソラシドン! 竜の波動っ!」

 ドラミドロは口部から強烈な衝撃波を放出する。
 フィールド全体を揺るがすほどの衝撃波は、オムスターが射出する棘を巻き込み、殻に包まれるオムスターの身体を覆い尽くす。

「キ、キィイイイッ!」

 竜の波動の振動は、殻の中のオムスターをシェイクする。
 毒がまわり、溜まらず殻から這い出したオムスターだったが、そんな彼女を「尾」が襲った。

「ポイズンテールッ!」 

 振り下ろされた毒尾は、オムスターの本体を打ちつけた。
 カブトプス戦での疲労、そして毒のダメージも合わさり、オムスターは触手をへたりと伸ばし、力尽きたのであった。

//竜の強靭さと毒の搦め手! 複合タイプの強みを活かし、ドラミドロがオムスターを降したぁ!//
//これで残り一体一! お互い後がありません!//

 戦闘不能のオムスターを回収したクレナは、手汗をズボンで拭いた。
 残り一体で、あの強靭な毒竜を倒さなければならない。
 
//さぁ、クレナ選手の、最後のポケモンは!?//

 緊張と、興奮で手足が痺れる。
 実況の声もどこか遠い。
 そんな中、クレナは大きく息を吸って吐き、意を決したように一つのボールを掴んだ。

「……私には、竜だって倒せる「伝説のポケモン」がついている」

 クレナは最後の一投を、バトルフィールドへ放った。

「行けぇ、りじ夫!」
「リィイイインッ」

 召喚されたフリージオは、豪雨と嵐の中、美しい鈴の音で鳴いた。

//これは珍しいポケモンです! クレナ選手が最後に投入したのは、氷ポケモン「フリージオ」だぁ!//
「冷凍ビーム!」

 クレナは即座に攻撃を指示し、フリージオは口部に冷気を収束させ、ドラミドロに放った。

「ゲィイッ……!」

 氷の攻撃は、水や通常攻撃をものともしない竜の体にもダメージを通す。
 ドラミドロは直撃は避けたものの、冷凍ビームを掠めた鰭部の一部が凍りついていた。

「ソラシドン、水に潜るのよ!」

 その威力に脅威を覚えたのか。
 チャコはドラミドロに潜水を命じ、海に住まう竜であるドラミドロは、プールへと姿を隠してしまった。

「リィッ」

 ドラミドロの遊泳速度は早く、また豪雨による視界の悪さも合わさり、水中のどこにドラミドロがいるのか判断できない。
 フリージオは冷凍ビームをプールに放つが、何れもドラミドロに命中しなかった。

「まともに相手してやる必要は無いわ。ソラシドン! 一気に決めるのよ!」

 水中のドラミドロの居場所を掴めないが、クレナとフリージオは気がついた。
 水の色が変わって来ているのだ。

//プールの色が変色しています! これはカモフラージュでしょうか!?//
「カモフラージュ? 違うわ。これは立派な技よ!」

 水の色はどんどん濁ってくる。
 それは、ドラミドロがオムスターへと放った毒液と同じ色であった。

「一体、何を……」
「ソラシドン、竜巻!」

 チャコが命令したその瞬間、プールから複数の「竜巻」が巻きあがった。
 竜巻はプールの水、嵐すらをも巻き上げて毒水の渦となり、フリージオへと一斉に襲い掛かる。

//こ、これは……ドラミドロ、水のフィールドを利用し、ヘドロ爆弾、そして竜巻の複合攻撃を仕掛けたぁ!//

 巨大な竜巻は毒液をまき散らしながら、ドラミドロの意志のままに動き、フリージオを挟撃する。

「…………」

 クレナは拳を握りしめる。
 いくらフリージオの速度でも、この大技から逃げ続けるのは無理だろう。
 毒の飛沫に侵され、何れは直撃を喰らってしまう……

「りじ夫」

 残された勝利への道は、一つだけ。
 真っ向勝負で、この大技を打ち破る以外に無い!

「吹雪だぁっ!」

 フリージオは口部を広げ、極太の冷凍光線を射出する。
 複数の毒水竜巻と、吹雪がぶつかり合う。
 竜巻が凍りついていくが、氷の散弾と化した毒の飛沫がフリージオのボディを抉っていく。


 ―……毒が回って来たんだろうか。
 ―全身が軋んでいる。視界が、霞む。
 ―これ以上、あの攻撃を抑えきれない。


「りじ夫! お願い!」


 ―嗚呼、でも。
 ―クレナさんは、この勝負を僕に託している。
 ―僕の力を、信頼してくれている。


「リィイイッ……!」


 ―負けられない。負けるわけにはいかない。
 ―氷王の守護者としての、誇りにかけて。
 ―あの子の気持ちに、僕は応えたい!


「リィイイイイイイイッ!」

 身を刻まれ、毒に侵されながらも、フリージオの吹雪は竜巻を圧倒した。
 竜巻はその全てが凍りつき、螺旋のオブジェとなって停止してしまったのだ。 

「ポイズンテールッ!」
「辻斬りっ!」

 隙を狙い、ドラミドロがフリージオを粉砕すべく竜の毒尾を振り下ろすが、クレナはその動きを見逃していなかった。
 フリージオは鋭いボディで攻撃を切り裂きつつ受け流し、ドラミドロに接近した。

「りじ夫、冷凍ビームッ!」

 そして至近距離から放たれる、必殺の冷凍光線。

「ゲィアアアアッ!」

 効果抜群の一撃に、ドラミドロの全身は凍りつき、ほぼ空となってしまったプールに落下した。

//冷凍ビームが決まったぁああっ!//
「……そ、ソラシドン……」

 フィールドの雨が晴れ、視界が良くなる。
 誰の目から見ても、氷漬けで転がるドラミドロの戦闘不能は明らかであり……ジャッジの判断と同時に、チャコの電光掲示板の最後の一灯が消え、試合終了のブザーが鳴り響いた。

//ゲームセットォ! スコア2-3、WINNER、クレナイ・クレナ!//

 コングラッチュレーション。
 クレナは、自らの勝利を告げる電光掲示板の表示に立ち尽くす。
 全身の感覚が麻痺しており、放心状態のクレナであったが、

「リィイン」

 ふらふらと上昇し、自分の傍にまで近づいたフリージオを視て、クレナはようやく現実に戻った。

「……り、りじ夫ぉっ!」
「リィ」
「ありがとう、勝てた! 君を選んで良かったよぉ!」
「リィンッ」

 クレナは恥ずかしそうに身をよじるフリージオを湛えながら、がくがくとテーブルへと突っ伏す。
 緊張が切れてしまったのだ。

「ゴーマに、おむ奈も……本当にありがとう!」

 試合終了に伴い、クレナが立つバトルスタンドが下降を始める。
 その最中、クレナは視た。

「……あっ」

 自分と同じく、下降している対戦相手のチャコが、泣いているのだ。

「…………」

 チャコがどんな想いでポケモンリーグに臨んだのか。
 それは他人であるクレナにはわからない。
 だが、彼女の胸の痛みを、クレナは共感した。

「……チャコさん……」

 その声は聞こえないであろうが、クレナはチャコに頭を下げ、礼を告げた。

「対戦、ありがとうございました」

 
 こうして、水のフィールドにて、ポケモンリーグ・スーパーボール一回戦を制した少女クレナ。
 だが、リーグはまだ始まったばかり。


「……はぁああ、き、緊張、した……」
『クレナ様やりましたね! 一回戦、大勝利です!』
「ぶもぉ」
「……二回戦……自信なーい……」


 打倒・未来のポケモンマスターに向け、クレナの大舞台での挑戦は、まだまだ続くのであった。

葉穂々 ( 2018/03/25(日) 09:29 )