31話:ポケモンリーグ・スーパーボール
国内最大規模のポケモンバトル大会「ポケモンリーグ」の会場である、花と海の楽園の島。
この島のポケモンリーグ大会会場の受付に、リーグ第一試合を明日に控える少女クレナは、緊張の面持ちで脚を踏み入れていた。
「く、クレナイ・クレナです。スーパーボール杯の……出場登録をお願いします」
「はい。トレーナーカードと、使用ポケモンの提示をお願いします」
固くなりながらトレーナーカードと、六つのモンスターボールを渡すクレナに、職員は慣れた手つきで機械を操作する。
「ポケモンの登録が完了しました。クレナさんの予選一回戦は、水のフィールドの第四試合ですね。明日、午後の二時までに三番ゲート内で待機していてください」
「水のフィールド……」
「頑張ってくださいね!」
職員からトレーナーカードとボールを返却されたクレナは、ソファに座って、事前に配信されていたリーグパンフレットの内容確認を行った。
―今期ホウエンポケモンリーグ・スーパーボールの試合ルールはシングルバトル。
―試合は一回戦から四回戦までの予選リーグと、五回戦以降の決勝リーグに分かれている。
―各試合開始前に登録したポケモン六体のみが使用可能であり、予選リーグは3on3、決勝リーグは6on6の試合形式となる。
―予選リーグは「水」「岩」「草」「氷」の異なるバトルフィールドで行われ、予選四戦を全勝したトレーナーのみが、メインスタジアムでの決勝リーグへと進むことが出来る。
「一度でも負けたら終わり。厳しい世界だ」
ポケモンリーグでは、ジムリーダーやフロンティアブレーンといったプロトレーナー杯「ハイパーボール」、今期四天王とチャンピオンが戦う「マスターボール」等、複数の大会が実施されるが、メディアの関心を最も集めるのは、クレナが参加するアマチュア杯「スーパーボール」である。
ポケモンリーグ・スーパーボールは、正しく宝の宝庫。
選手はアマチュアと言えども、その全てがトッププロ達から認められたトレーナーである。ジムリーダーどころか、四天王に匹敵する逸材が現れることも珍しいことではないのだ。
(スーパーボール杯で優勝したトレーナーは、各地方最強のトッププロである「四天王」、そして「チャンピオン」との連戦に挑む権利を与えられ……リーグの歴史では、表舞台デビューと同時に、四天王とチャンピオンを降した「殿堂入りトレーナー」も存在している)
「…………」
クレナの初戦は、水のフィールド。
一体、誰でどうやって勝利を掴むか。
「おむ奈は間違いないとして、足場の関係ないりじ夫、ジーン、ゴーマが候補かなぁ。でも結局は相手次第ってところもあるし……」
考えれば考えるほど、緊張してくる。
息をついたクレナは立ち上がり、会場を出て気分転換の散歩を決行した。
「……それにしても、皆強そうだなぁ」
会場周辺には、大会参加者と思われるトレーナー達が数多く集まっている。
クレナより年下のトレーナーもいれば、同年代や、年上の若者もいる。おじさん、おばさんもいれば、車椅子を使用している老人もいる。だが、彼らの傍にいるポケモン達は、何れも例外なしに強そうであり、逞しかった。
「えぇい、私だって」
クレナは、召喚していたクイタランとオーベムを振り返り、びしぃとクイタランに指を突きつけた。
「どうよ、このくい太の……精悍な目付き!」
「ぶも?」
『ピフフ。くい太は精悍と言うよりは、ジト眼野郎と言った方が正しいですね』
混乱してわけもわからなくなっているクレナの発言に対し、オーベムはちょいちょい、と道行くポケモンを指差した。
『精悍っていうのは、くい太じゃなく、あんな感じのポケモンに……』
だが、そこでオーベムは固まった。
「ジェントル?」
クレナがオーベムを指す方向を向くと、そこには逞しく、精悍な顔つきのウインディを連れた、四十代程の男性が立っていた。
そしてウインディは正しく、クレナと「眼と鼻の先」に迫っている。
「グォウッ」
「きゃあっ!」
間近のウインディに驚いてよろめくクレナを、クイタランが支える。
「……ピピィ……」
「グォ……?」
一方でオーベムは、呆然としながらウインディと、そのトレーナーを見上げていた。
「何をしている、ヨウコウ」
「グオゥ」
「試合を控えて、興奮でもしているのか? お前らしくもない」
トレーナーはウインディを下がらせ、クレナへと頭を下げた。
「悪かったね、お嬢さん」
「い、いえ……」
「君もリーグに参加するのかい?」
「は、はい。スーパーボールに出場します」
「そうか。私と、このウインディもそうなんだ。そして、優勝を狙っている」
「…………」
「君達とも当たるかもしれないが、そのときは負けないつもりだ」
行くぞ、とトレーナーはウインディに声をかけ、立ち去っていく。
「グォ」
ウインディは、自分を見上げるオーベムを笑い、トレーナーの後に続いた。
「……ジェントル?」
「ぶもぉ」
クレナは、オーベムの背中に触れる。
同時に、我に返ったオーベムは、クレナに念を送った。
『失礼しました。クレナ様』
「知り合いだったの?」
『……えぇ』
何を思い出したのか。
言葉を濁すオーベムだったが、彼は指を発光させて腕を振り上げ、「ピィピィピィ」と気合を入れた。
『ワタシたち、彼らに負けられませんよ、クレナ様!』
「うん。負けられない……というより、負けたくない」
クレナはこれからの試合を考えつつ、選手村へと歩くクレナだったが、そんな中、彼女は見た。
「あっ!」
道の先に、幼馴染であり、ライバルであるレモーがいたのだ!
だが、彼女の周りには、取材陣とファンの人だかりが出来ている。
「レモーさん! 本大会の意気込みは」
「やはり、鋼タイプで挑まれるのですか?」
レモーは自信たっぷりの表情で、取材陣のインタビューに応えていく。
「勿論、狙いは優勝のみ。私のポケモンの、鋼の強さを見せつけていきますよ!」
クレナは人混みの後ろから、そんなレモーの姿をこっそりと、眩しく見つめる。
「……凄いなぁ、レモーは」
レモーはこれまでにジム戦以外にも、数多くの公式大会で記録を残しているトレーナーである。
彼女は既に多くの人々から大型ルーキーとして認知されており、その活躍は、クレナも雑誌で知っていた。
「…………」
取材の邪魔をしちゃいけない、とその場を足早に去るクレナであったが、そんなクレナの背ではレモーが衝撃発言を行っていた。
「私が唯一ライバルと認めるトレーナーが、今期リーグに参加しています」
「ええっ」
「レモーさんのライバル?」
クレナは思わず足を止め、レモーを振り返る。
「誰がその人物かは、この場では言いませんが……きっと、試合が進めばわかりますよ」
レモーは一瞬だけクレナに視線を合わせ、微笑んだ。
そうでしょう、クレナ? と。
「居たんだ、あの子にもライバルが」
「誰だろう?」
「今期のスーパーボールもハイレベルになりそうだ。楽しみだ!」
クレナは再びレモーに背を向け、沸くファンと取材陣の輪から立ち去った。
「むむむむむむ……レモーったら」
『クレナ様』
「ますます負けられなくなってきた」
選手村で与えられた個室に飛び込んだクレナは、机にモンスターボールを一つずつ並べる。
ゴースト、氷、水、虫、エスパー。
そして最後の一つ、エースシンボルのコーデシールが付いたモンスターボールを机に載せ、クレナはうつ伏せになった。
「…………」
持久戦であり、情報戦でもあるポケモンリーグでは、多くのポケモンを有するトレーナーが有利であるが、クレナが持つのは、これまで共に旅をしてきた六体のみ。
「………………」
どんなに強いポケモンとトレーナーが相手でも、彼らで勝ち進む以外に道は無いのだ。
「……………………」
そして、その事実はクレナのトレーナーとしてのウィークポイントであり、また最大の強さであった。
「…………………………!」
『クレナさ』
「うおおおおおっ!」 クレナは女の子らしくない声を上げ、ヤケクソ気味で机から立ち上がった。
「くい太! ジェントル!」「ぶもっ」
「ピィ……」
「ジーン! おむ奈! りじ夫! ゴーマッ!」 クレナはボールを掴み、既に傍にいるクイタランとオーベム以外のポケモンを召喚する。
「私は勝ちたい!」 六体のポケモン達がぽかんとする中、クレナは両手の拳を握りしめ、ポケモン達に「告白」をした。
「世の中には色んなポケモンが居るけれど……私はクイタランと、オーベムと、テッカニンと、オムスターと、フリージオと、ヨノワールが大好き!」
「だから、私は君達で、ぜぇったいに勝ちたいの!」
「レモーだけじゃない! この世全ての人に、私たちの強さを見せつけてやりたいんだ!」 オーベムが通訳しなければ、何のことやらさっぱりである。
だが、ポケモン達は通訳せずとも、クレナの勝利への執着、そして、自分たちへの想いを感じ取ったのか。
『お力添えします、クレナ様。例えヨウコウが相手だろうと……負けはしません!』
オーベムが力強く念を送り、
「ジーッ!」
テッカニンが鋭く勇ましく鳴き、
「キイッ」
オムスターがチャーミングに触手をうねらせ、
「リィイインンッ」
フリージオが美しい鈴の音で応え、
「……ギュオォ」
ヨノワールは腕を組み、紅い瞳でクレナを見つめた。
「ぶもぉ」
そして、クイタランはいつものジト眼とローテンションであり……クレナはその相変わらずっぷりに吹きだし、また、自分のハズカシー発言に今更顔を赤らめ、咳き込んだ。
「何と言うかさ。うん。ま、まずは一回戦、がんばろう!」
旅に出てから、早数ヵ月。
時は流れ……画して始まるポケモンリーグ。
多くの旅人、そして、少女クレナのトレーナー修行集大成の、開幕であった。