4話:ポケモン・トレーナー
ポケモン捕獲。
それはポケットモンスター達を従えんとするトレーナーにとっての試練であり、儀式である。
ポケモン捕獲器モンスターボールは、決して洗脳装置ではない。
野生に生きるポケモンの主人となるならば、己の実力を示し、彼らに認めさせる必要があるのだ。
「……くい太、炎の渦っ!」
クレナは鋭く命令し、同時にクイタランの細い口から、ロープのような炎がオーベムに射出される。
畝る炎はオーベムを包囲するが、オーベムは炎に構わず、クイタランへと両手を向けた。
「ぶもっ」
エスパータイプのポケモンが得意とするサイキック攻撃か。
見えない力で縛られたクイタランの身体が、オーベムの腕の動きに合わせて、ゆっくりと宙に浮いていく。
「くい太、オーベムにもう一度、炎の渦!」
クイタランが炎を射出すべく息を吸うが、オーベムは両腕を勢い良く下へ振り、宙のクイタランは地面へと叩きつけられてしまった。
中途半端に吐き出された炎は目標を見失い、地面を舐めて消えていく。
「!」
クレナは息を呑んだが、弱気を掻き消すかのように首を振り、クイタランへと叫んだ。
「まだまだ! くい太、炎の渦を、もう一度だ!」
クイタランは息を吸い込むが、オーベムは撃たせまいと、「念力」のサイキックでクイタランの身体を地面に押さえつけている。
オーベムを囲んでいる炎の渦は効いているようには見えず、このままでは捕獲どころか、一方的にやられてしまう。
「負けるな、くい太!」
―くい太は昂っている。
―ポケットモンスターとして、オーベムに己の実力を知らしめるべく戦っている。
―それなのに、トレーナーの私が引けるわけ無い!
―私たちは、……負けたくない!「炎の渦っ!」
この時点で、クレナは昨日までの彼女では無かった。
ポケモンバトルの本質を知った、ポケモントレーナーの一人となったのだ。
「ぶももおっ」
クレナの声に応えるかのように、クイタランは見えざる力を振りほどき、オーベムに向かって更なる炎の渦を吐き出した。
「ピィィィ」
一方、光の壁を展開して身を守るオーベムは、クレナ達に対する認識を改めていた。
彼女とクイタランの実力は、かつて憧れた「紳士」との実力とは程遠い。だが、それでも本気で勝負に臨む彼女たちの姿に、オーベムは強靭な炎ポケモンを駆る紳士の姿を重ねたのだ。
―彼女は既に、ワタシが認める人間となっている。
―ワタシが言葉を交わしたいと心から思う人間に。
炎の渦の隙間から、オーベムはクレナがモンスターボールを投擲する姿を見た。
―彼女のポケモンとなるならば、一片の悔いもない。
―だからこそ、ワタシもこの場は「ポケモン」として応えなければならない!
オーベムは投擲されたモンスターボールをサイキックで弾き、そのままクイタランに念力として浴びせた。
「がんばれ、お嬢ちゃん!」
「炎の渦でダメージは着実に与えられているぞ!」
いつの間にか捕獲バトルにギャラリーが集まってきており、彼らは口々にクレナとクイタランを鼓舞し、アドバイスをした。
「ポケモン捕獲の鉄則は、状態異常にさせることだ!」
「火傷させる技を使うんだ!」
「火傷……?」
クレナは思い返す。
かつて調べたクイタランが使える技の中に、そんな技があった。
攻撃力は皆無であるが、確実に相手を火傷させることができる技が。
「……っ!」
クイタランにその技を教えたことはない。
それ故、命令しても、分かるはずもなかった。
だが、クレナは叫んでいた。
「くい太、鬼火っ!」
「ぶもぉっ!」
それは、クレナの意思が通じたのか。
それとも、クイタラン自身がこの場に相応しい最適な技を繰り出しただけなのか?
「ビギャッ!」
事実として、クイタランの口から幽玄な炎「鬼火」が放射され、オーベムの身体を舐めた。
鬼火に触れたオーベムの両腕は火傷で爛れ、集中力が乱れたのか、オーベムが巡らせていたぴりぴりとしたサイキックの波も途切れてしまった。
「捕獲できるぞ!」
「今だぁっ! ボールを投げろっ!」
ギャラリーが叫ぶ前に、クレナは新たに取り出したモンスターボールをオーベムへと投げていた。
モンスターボールは弾かれること無くオーベムの胴体に当たり、オーベムは赤い光となってボールに収納されていく。
「当たった!」
地面に落ちたボールは、ランプを点滅させながら揺れ動く。
クレナは手を握りしめ、その動きを見守った。
オーベムは果たして、クレナをトレーナーとして認めてくれるのか。
時間にしてみれば、大した長さではない。
だが、彼女は歯を食いしばりながら、緊張に耐えていた。
「……あっ」
やがてボールの動きが止まり、カチリという音とともにランプが消えた。
「や、やった?」
クレナは震えながらモンスターボールを拾い上げ、クイタランを見る。
ジト目のまま、彼はただ一言「ぶも」と鳴いた。
「捕獲、できた?」
モンスターボールは、静かにクレナの両手に収まっている。
捕獲成功である!
彼女は緊張で固まっていた表情をほぐし、まるで幼少の頃に戻ったかのように、くるくるとクイタランの周囲を回った。
「や、やった。やったああ! ありがとう、くい太ぁ!」
その勢いのまま、クレナはクイタランの背中に抱きついた。
「ぶもん」
汗と、獣の匂い。
クイタランの体温はいつもより上がっており、触り続けていたら、低温火傷になるだろう。
「おめでとう!」
「やったなお嬢ちゃん!」
「そのオーベムに名前を付けてやれば?」
「火傷も治してやりなよ」
「はい! ありがとうございます、ありがとうございます!」
クイタランから手を離したクレナは、拍手するギャラリーに礼を言いながら、オーベム入りのモンスターボールを掲げた。
「実はさ。名前は、もう決めているんだ」
太陽に照らされて煌めくモンスターボールに、クレナは囁いた。
「これから宜しく。「ジェントル」」