30話:業魔
トップトレーナーが集う「ポケモンリーグ」への出場権を得た、少女クレナ。
リーグ開催日までにはまだ時間があり、会場までの船便を予約した彼女は、港町にてリーグ戦に向けての準備を行っていた。
「行けえ、斬鉄!」
野良試合のバトルコートでハッサムとサマヨールが相対する中、対戦相手のトレーナーが、自身のポケモンであるハッサムに強く命じる。
「バレットパンチ!」
ハッサムはサマヨールの懐に飛び込み、その腹に弾丸を想わせる速度のパンチを叩きこむが、
「ゴーマ、炎のパンチ!」
クレナの指示に従ったのか、それとも、自分の判断で動いたのか。
クレナのサマヨールは、技の指示と重なる様に、炎を纏った拳でハッサムを殴り飛ばした。
「キュオッ……!」
炎の一撃は虫と鋼の複合タイプであるハッサムに効果抜群であり、ハッサムは立ち上がることが適わず、そのままバトルフィールドに崩れ落ちてしまった。
「う、嘘だろう。斬鉄……」
「よぅし! 良いよゴーマ!」
バトルに勝利したクレナは、サマヨールに駆け寄るが、素直でない彼はぷいっとそっぽを向いてしまった。
「あぁ……」
「?」
そんな中、クレナは対戦相手のトレーナーが酷く消沈してしまっていることに気がついた。
見れば、彼は成人男性であるというのに、涙までをも流している。
「ど、どうしたんですか?」
「…………」
男性は、近寄って来たクレナに、ポケットから取り出したチラシを渡した。
―ポケモンレスリング 熱闘ミナモ杯―
―決戦! 激戦! 大熱戦! ポケレスの覇王 REM 参戦!!―
「ポケモンレスリング?」
「……ポケモンバトルの亜種さ。細かい違いはあるけど、通常のバトルと大きく違う点は、三つある。
一つ目は、ここみたいなバトルコートじゃなく、ロープが張られたリングの上で戦うってこと。
二つ目は、メガトンパンチや、体当たりのような接触技限定で戦うってこと。
そして三つ目は、トレーナーからポケモンへの技の指示が認められないってことさ」
「へぇ」
「僕はヒール、つまりは、試合を盛り上げる悪役専門のポケモンプロレス団体に勤めていてね。この斬鉄も、ヒールレスラーとして育ててきたポケモンさ」
「この、明日のミナモ杯に、出場されるんですか?」
「そうさ……」
だけど、と彼は傷ついたハッサムを抱き寄せる。
「次に戦うのは、ポケレス界の覇王である、チャーレムの「REM(レム)」だ。彼は兎に角強い」
「で、でも、貴方とハッサムは悪役専門なのですよね? だったら、別に勝たなくても」
「僕たちヒールは、良い勝負を演出し、盛りたてることが命題なんだ。でも、僕たちでは、あのREMとまともな試合なんて出来ない! お客様を失望させ、首になってしまう!」
「…………」
クレナは、ハッサムを抱え涙する男性に同情をした。
この男性とハッサムは、無謀へと挑む勇気を得るためにポケモンバトルに臨んだと言うのに、その覚悟さえ、クレナのサマヨールが木端微塵に粉砕してしまったのだ……
「なぁ、君に、こんなこと頼むのは、本当に恥ずかしいと思っている」
「え?」
「だが、頼む! 明日の試合までで良い! 君のサマヨールを、僕に貸してくれ!」
「えぇえっ!?」
「頼む、お願いだ! 君のサマヨールの強さなら、あのREM相手でも良い勝負ができるかもしれない! だから、どうか……!」
追い詰められた男性は、クレナへと土下座をする。
ハッサムもよろめきながら、主人に倣うように頭を垂れた。
「……一日だけですか?」
「ああ! この試合を乗り切れれば、それで良い!」
「どうする、ゴーマ」
「…………」
クレナの問いかけに対し、サマヨールは懇願するハッサムの傍に近づき、彼に囁いた。
「ジュ」
「キュ……」
「ジュオオ?」
「……キ、キュオオッ……!」
サマヨールは、ハッサムに「とても意地悪なこと」を告げているらしい。
それも、彼の自尊心をズタズタに引き裂くような言葉を。
「……キュウオッ……!」
だが、ハッサムは屈辱に涙を溢し、鋏と肩を震わせながらも、なおもサマヨールへ頭を下げ続けた。
「…………」
主の為に、全てを捨てる覚悟のハッサムに何を思ったのか。
サマヨールは腕を組み、上から目線で呟いた。
「ジュ」
協力してやる、と。
***
契約は成立し、翌日の試合時間ギリギリまで、クレナ達は相応の準備を行う必要があった。
試合のルールに、ポケモンレスリング用の技の確認。そして何より、サマヨール専用のヒール・コスチュームを用意しなければならない。
「ねぇ、ゴーマ。これを付けて」
「ジュ?」
「お守り代わりだよ」
タイムリミットが迫り、如何にも悪役なコスチュームに身を包むサマヨールの腕に、クレナはボロボロの布を巻いた。
「…………」
「うん、似合ってる。このボロボロ具合が、ゴースト・ヒールっぽくて良いね」
その布は、ゴーストタイプの嗜好品。
以前クレナがサマヨールにプレゼントしたものの、受け取ってくれず、仕方無くリュックに収めていた「霊界の布」だった。
「クレナちゃん、そろそろ時間だ。交換を頼む」
「はい」
ハッサムのトレーナーである男性「ハイザキ」に促され、サマヨールをボールへと戻したクレナは、ゴーストシンボルが煌めくボールに、囁いた。
「頑張ってね……「業魔」」
そのままクレナは、ボールを男性へと手渡しする。
ハイザキもまた、彼が持つハッサム入りのボールを、クレナへと手渡した。
「私のポケモンを、宜しくお願いします」
「ああ。一番良い席で、見ていてくれ」
ハイザキはスタッフの指示で控室を去り、クレナは男性から貰った指定席チケットを手に、試合会場へと向かっていく。
「……いやぁ、それにしてもREMの試合を観れるなんて、ついてるぜ!」
「チケット手に入って良かったよほんと」
ポケレストークに盛り上がる客の話に耳を傾けると、誰も彼もポケレス界の覇王こと「REM」の話題ばかり。
その人気の絶大ぶりに驚きながら、途中で軽食を購入したクレナは席に着く。
しばらくすると会場は満席となり、客の汗臭さが漂う中、ついに試合開始時間となった。
//……さぁ、開幕です! ポケモンレスリング・熱闘ミナモ杯! 実況と解説は、この私トークと、相棒のぺラップがお送りします!//
//シマス//
//海より苦い汗と、太陽よりも熱い血を! ポケモンリーグを超える興奮が、今ここに! さぁ、早速参りましょう。選手の入場です!//
クレナはハイザキから聞いていた。
「プロレス」というものは、筋書きがあるものであり、今回の興業もまた例外ではないと。
今回の筋書きは……まず、前座の若手である、カポエラーとルカリオの試合が始まる。
そして、勝者が決まったところに、悪役であるサマヨールが乱入する。
サマヨールは勝者を倒し、そして、次に投入される中堅ポケモンも返り打ちにし……観客からのヘイトを十分に集めたところで、覇王であるチャーレム「REM」と好勝負を繰り広げ、成敗されるのだという。
//おぉーと、Mr.ドライのトリプルキック! しかしCARION、これをボーンラッシュで打ち返す!//
実際、事前に聞いていた通り、試合で繰り出されたポケモンは、カポエラーとルカリオであった。
接近戦で戦う二体の試合は見ごたえがあり、サマヨールが出場していない試合であるものの、クレナは熱気に流されるようにパンフレットを握りしめる。
//CARION、ダウン! ロープにしがみ付くが……あぁ、駄目だ!//
ダウンカウントが10まで入り、勝利が決まったカポエラーが、ウィニングパフォーマンスであるブレイクダンスを踊る。
だが、そんな中、会場は暗転した。
//おおーっと、これは一体!?//
闇の中から、紅い一つ目が浮かび上がる。
次に会場に光が戻ったとき、リングには、ヒールレスラーとしてのコスチュームを身に纏った、クレナのサマヨールの姿があった。
「つまらん見せ物だ。本物の戦いを、我らチームダークホールが示してくれる!」
//ら、乱入者だーっ!//
「クオオオッ!」
カポエラーは回転しながらサマヨールにトリプルキックを放つが、サマヨールには当たらない。
それもそのはず。ゴーストタイプであるサマヨールには、格闘攻撃が無効なのだ。
「怨念を宿したこの亡霊に、そんなチンケな技など効きはしない!」
技の命令はしないものの、試合を盛り上げるためにコーナーに控えるトレーナー……悪役風の服を身にまとったハイザキは、サマヨールへと叫んだ。
「やれっ、業魔!」
「ジュオオオオッ!」
サマヨールはカポエラーへとシャドーパンチを放ち、彼をリング外へと弾きだしてしまった。
//ああっ……Mr.ドライが、チームダークホールからの刺客、サマヨールの「業魔」に倒されてしまったぁ!//
「汚ぇぞぉー! チームダークホールーッ!」
「あれ、斬鉄じゃねえんだ? 新顔か」
「正々堂々戦えー!」
//だがしかし! 強者はまだここにいる! M・EVOLのエース、HOMURAが!//
会場に強い鳴き声が響き渡り、一体のバシャーモが、トレーナーと共に観客席を駆け下りる。
炎を模したコスチュームを纏う彼は、コーナーポストを飛び越えリングインし、サマヨールと相対した。
「行けぇ―! HOMURA!」
「やっちまえ、HOMURA!」
「Mr.ドライの敵討ちだ!」
会場がバシャーモへと声援を送る中、クレナは小さく呟いた。
「頑張れ、業魔」
試合開始のゴングは鳴らされ、バシャーモはブレイズキックをサマヨールに放つ。
だが、当たりが浅く、サマヨールは拳に電撃を纏い、雷パンチを放った。
「クルォッ!」
だが、バシャーモも唯で倒されはしない。
素早い彼はサマヨールの腕に飛び乗り、その顔面へとブレイズキックを放った。
//おぉーと、格闘攻撃を封じられたHOMURAだが、炎技のブレイズキックが業魔にクリーンヒットだ!//
「ジュ、ジュオッ……!」
//HOMURA、ジャンプ! ふらつく業魔へと追撃だぁ!//
サマヨールはコーナーポストまで吹き飛ばされ、バシャーモの炎の蹴りがサマヨールへと向かう。
だが、サマヨールは指で素早く印を描き、バシャーモに向かって手のひらを広げた。
「……!?」
同時に、バシャーモの脚部から炎が消え、彼はリングへと落下してしまった。
//あぁー、これは! 業魔、「金縛り」でブレイズキックを封じてしまったぁ!//
「汚ぇぞぉ!」
「反則だ!」
「卑怯者めっ!」
観客は、絡め手を使用したサマヨールへとブーイングを放つが、一方でハイザキは高らかに笑った。
「馬鹿め。これこそが、我らチームダークホールのやり方よ。HOMURA! 格闘技も炎技も封じられた前には、もはや何もできまい!」
「いいや、まだだ! HOMURA! 今こそ、フェイバリットムーブを見せてやる時だ!」
リングサイドのM・EVOL所属のトレーナーが、バシャーモに発破をかける。
「クルォッ!」
バシャーモは高らかに叫んでコーナーポストに飛び乗り、コーナーポストからコーナーポストへ飛び移っていく。
//あぁー、HOMURA、この動きは!//
「な、何。何なに……?」
クレナが困惑する中、会場の興奮のボルテージは上がっていく。
「クルォオオオオ!」
//大技、ブレイブバードだぁああああああ!//
トップスピードに達したバシャーモは、サマヨールへ対角線から正面に、砲弾のように突っ込んで来る。
「……業魔!」
会場がHOMURAコールで沸く中、クレナは思わず席から身を乗り出した。
飛行タイプの大技ブレイブバードは始動し、コーナーポストに追い込まれたサマヨールに逃げ場は無い。
だが、サマヨールは不敵に笑い、迫るバシャーモのブレイブバードに向かって、霊的エネルギーを纏った両腕を突き出した。
//ブレイブバードと、シャドーパンチのぶつかり合いだぁ!//
実況の叫びと観客の熱狂の中、技はぶつかり合い、リングに閃光が走る。
その一瞬の後、観客が目の当たりにしたのは、マットへ沈んだバシャーモと、天に拳を掲げたサマヨールであった。
//あぁーっ! HOMURA、KO!//
「……ははは! どうだ。あのHOMURAでさえも、我らチーム・ダークホールの敵ではないということだ!」
今のところ、試合はブック通りに進んでいる。
だが、ヒールとしてのマイクパフォーマンスをしながらも、ハイザキは心中穏やかでは無かった。
―ゴーマ君にダメージが……―
―クソッ。M・EVOLのアホめ。わかってんのか? これはポケモンリーグ公式戦じゃなくて、ポケモンレスリングなんだぞ!?―
「やった、業魔!」
「…………」
サマヨールは手から血を流していたが、彼は観客、そしてクレナに悟られぬように、薄汚れた腕の霊界の布で、血を拭った。
//あぁ、悪夢です! M・EVOLのHOMURAまでもが倒されてしまいました……!//
「いや、まだ覇王がいる!」
「そうだそうだ、M・EVOL最強のポケモン! REMが残ってるぞぉ!」
「REM! REM!」
「R・E・M! R・E・M!」
誰も彼もが叫び、会場はREMコールで包まれる。
これからが「メインイベント」なのだ。
//そうでした。チームM・EVOLには彼がいる!//
//イルゥ!//
//M・EVOLのトップスターにして、ポケレス界の覇王っ!//
//ハオウッ!//
//REMがまだいるーっ!//
//イルーッ!//
実況が叫ぶ中、スポットライトが一点を照らす。
そこにいるのは、美しい宝石を身に纏うチャーレムと、そのトレーナーであった。
//来た、REMだーっ!//
「レム ダーッ!」
入場BGMが流れる中、サイコパワーを操っているのか、ふわりとトップロープを飛び越えリングインしたチャーレムは、乱入者であるサマヨールを見据えた。
「あれが、REM……」
クレナはポップコーンを口に含みながら、リングインしたチャーレムを見つめる。
ポケモンプロレス素人の眼から見ても感じる程に、そのチャーレムは王者の風格を纏っていた。
「覇王だろうが何だろうが。格闘技はゴーストに通じない!」
ハイザキは拳を握りしめる。ここからが、正念場なのだ。
「思い知らせろ、業魔!」
サマヨールは拳に霊的エネルギーを纏い、チャーレムへシャドーパンチを放つ。
だが、チャーレムの拳はサマヨールの攻撃よりも速かった。
「コオオォッ!」
チャーレムのバレットパンチの連打が、サマヨールの身体に叩き込まれる。
//REMのバレットパンチ! この威力は、さながらマシンガンだ! そして、あぁっ、サイコカッターの体勢だ!//
サマヨールが体勢を立て直すことができないまま、念を纏ったチャーレムは腕を鋭利にし、サマヨールの身体に手刀を振り下ろした。
「あっ……!」
クレナが目を見開く中、サマヨールの身体に裂傷が刻まれ、サマヨールがダウンする。
//おおっと、業魔ダウーン! ワン、ツー、スリー、フォー……!//
カウントが刻まれる中、チャーレムは倒れたサマヨールを見下ろすが、
「ジュオオッ……!」
サマヨールは紅い目を光らせ、チャーレムの影に手を伸ばす。
同時に、チャーレムの影から拳が伸びた。
『影打ち! ダウンしたと思われた業魔、影打ちでREMの不意を突いたー!』
チャーレムがぐらつき、今がチャンスと、サマヨールはシャドーパンチをチャーレムの胸元に叩きつけた。
「ジュオオオッ!」
「コオオッ」
効果抜群の一撃に、チャーレムはロープに叩きつけられる。
サマヨールは追撃を行うが、即座に復帰したチャーレムは跳躍し、コーナーポストへと着地した。
「……やるじゃないか、乱入者」
チャーレムの立つコーナーポストの傍には、彼のトレーナーが立っており、トレーナーはサマヨールに告げた。
「覇王として敬意を表し、見せてやろう。これがM・EVOLのポケモンプロレスだ!」
「コオオッ……!」
トレーナーは、腕を宙に掲げる。
その腕には宝石の付いた腕輪がはめられており……その腕輪を観た観客はざわめいた。
「来た!」
「来るぞ」
「来る……!」
腕輪の宝石は輝きを放ち、同調するように、チャーレムが身に纏う宝石も光を放つ。
//ああああああっ、業魔を強敵とみなしたのか。ついにREMが、その牙を剥く!//
//キバヲムクッ!//
光が強まるとともに、チャーレムの身体は「進化」していく。
「あ、あれは」
クレナは以前、同じ現象を観たことがあった。
それは、ライバルであるレモーのボスゴドラが見せた、進化を超えた進化「メガシンカ」だった。
「コオオオッ!」
念が実体化し、増えた腕。
ターバンを思わせる頭部。
//REMが、メガチャーレムにメガシンカしたああああああ!//
//メガシンカシタァ!//
メガチャーレムはコーナーポストからジャンプをし、念を集中させた頭部をサマヨールへと叩きつけた。
「ジュッ……!」
その威力は凄まじく、防御することなど適わずに、サマヨールはマットへと打ちつけられた。
「ご、ゴーマく……業魔!」
「ジュオオオオオッ!」
だが、サマヨールはロープを掴み、痛みに呻きながらも立ち上がる。
彼はシャドーパンチでメガチャーレムへと殴りかかるが、彼の拳はあっさりとメガチャーレムに受け止められてしまった。
「ジュ……」
「REMには、ゴーストも何も関係ないということを教えてやる」
メガチャーレムの眼が光る。
//ああっ、この技は!//
観客はおお、と声を上げる。
ゴーストタイプであるサマヨールの身体に、格闘技であるはずの「カウンター」が炸裂したのだ。
//何と! REM、ゴーストのタイプの身体の構造を身破っていたーっ! 流石の業魔も、これには耐えられないでしょう!//
実況の声と、観客の歓声を聴きながら、サマヨールはマットへと沈む。
//……ワン……ツー……!//
自身の敗北を告げるためのダウンカウントが刻まれる中で、サマヨールは想った。
―この観客の中で、この俺の勝利を信じている者など、誰もいない。
―あの時もそうだった。
彼の意識によぎるのは、彼の前トレーナー、クレナの父親であるユウゾウとの最後のバトル。
送り火山で、「シテンノウ」と名乗るトレーナーと、同族であるサマヨールに、叩きのめされた記憶だった。
―そうだ。あの時既に、ユウゾウは俺の勝利など信じてはいなかったんだ。諦めていたんだ。
―そして、現に俺は負けて。
//……スリー……!//
―ユウゾウは……
「ご……ま」
―……?
「頑張れぇ、業魔!」
―何だ? 誰だ?
//フォー……ファイブ……!//
「負けるな業魔! ゴーマーッ!」
―馬鹿かお前は。
―俺はもう負けたんだ。
―見てわからないのか?
//シックス……セブン……!//
「ゴーマ! メガシンカが何だ! REMなんか! やっつけろぉ!」
会場中がREMの勝利を望み、ダウンカウントをコールする中で、たった一人、サマヨールの名を呼ぶ者がいる。
その声は、コーナーポストに立つハイザキのものではない。
サマヨールにとって聞き覚えのある、女の子の声。
クレナイ・クレナのものだった。
―クレナ。
―どうしてお前は、俺を信じるんだ。
「ゴーマ! ゴーマッ! げほっ……ゴーマーッ!」
―クレナ。
―どうしてお前は、俺を信じられるんだ……?
「立って、ゴーマ!」
クレナは喉が裂けても構わない、とばかりに声を振り絞り、「ゴーマ」の名を叫ぶ。
ポップコーンは床に落ち、パンフレットはボロボロになるまで握りしめ、柵から半身を乗り出し……彼女はただ一人、心の底から、サマヨールの勝利を願った。
―ああ。
―……どうしてだ。
―どうして、俺は……!
「あんな奴、やっつけろぉ、ゴーマーッ!」
//……エイト……!//
―お前如きの声に、「応えたい」と想っているんだ!「ジュオオオオオオオッ!」
サマヨールは眼を見開き、腕に巻かれた霊界の布を引き千切り、その手に握り締める。
瞬間、彼の全身に変化が起こった。
//ナイン……、!? な。何が起こっているのでしょうか! KO寸前であった業魔の身体が……!//
//ピャアア!//
霊界の布の霊力がサマヨールの身体に流れ込み、溢れ出たその力は、彼の身体を焼き焦がす。
//これは、進化です! ですが、ですが……メガシンカでは無い、不可逆の進化!//
コスチュームと、包帯のような外皮は燃え尽き灰となり、古い身体を喰い破るかのように現れたのは、白い頭部と紅の瞳。
肥大化した両腕。
敵を魂ごと飲み込むかのような、巨大な腹の口。
「ギュオオオオオオンッ!」
//これが怨念の成せる業なのか! 業魔が! サマヨールから! ヨノワールへと進化したあああああああっ!//
サマヨールから進化を遂げた、手掴みポケモン「ヨノワール」は立ち上がり、拳を握る。
「ゴーマ……! ゴーマッ!」
腕を振り上げ応援するクレナに一瞥を送り、ヨノワールはメガチャーレムと相対した。
「……ゴーマ君。ブックじゃあ、君は負ける筋書きだ。負けなくちゃいけないんだ」
ハイザキは、観客には聞こえぬように、小声でヨノワールの背に告げる。
「でも、君には勝ってもらいたい。いや、勝ってくれ」
進化を遂げた今でも、満身創痍には変わりない。
だが、「言われるまでもない」とばかりにヨノワールは両腕に霊力を集中させ、シャドーパンチの体勢に入る。
「乱入者。その勝利に対する執着、賞賛に値する。……だが!」
「コォッ!」
「俺とREMには敵わないっ!」
「コオオオォーッ!」
メガチャーレムは全身にサイキックパワーを集め、高く跳躍をする。
//あぁーっと、REM、伝家の宝刀を抜いた!//
//ヌイタァーッ!//
//フェイバリットムーブ、「飛び膝蹴り」だぁーっ!//
メガチャーレムの最大の技、跳び膝蹴りがヨノワールへと迫る。
「行けぇっ、ゴーマ!」
「ギュオオッ!」
クレナの声援の中、ヨノワールは両腕に更なる霊力を集め、念による暴風を纏い迫るメガチャーレムへと肉薄する。
「REM!」
「業魔!」
「REM!」
「業魔!」
「ゴーマ!」
観客のコールが響く中、二体のポケモンが、リングの中央でぶつかり合った。
―
「今日は本当に盛り上がったよ。大成功だ。おかげで、僕は今後もチームダークホールで活動ができる……協力してくれてありがとう、クレナちゃん!」
「いえいえ」
「それにしても、あの進化には驚いたよ」
「私も驚きました。まさか、試合中に進化するなんて」
試合後、預かっていたハッサムとヨノワールのボールを控室で交換したクレナは、ハイザキから謝礼のお金を受け取っていた。(応援で喉を傷めてしまったらしく、クレナの声は少し枯れており、のど飴も貰った)
「しかしこれでお別れだと思うと、残念だな。ゴーマ君が一試合だけのゲストって知って、M・EVOL達も残念がってたぜ」
「ははは……ですが、試合を観るのはとても楽しかった。今度はハイザキさんと斬鉄の試合を観てみたいです」
「ああ。君達の姿を観て、僕達にも火が付いたよ。いつかメガストーンを見つけて、斬鉄とメガシンカでも何でもやってやるさ!」
だけど、とハイザキは笑って言った。
「その前に、トップトレーナーのポケモンバトルを見なくちゃな」
「頑張りますとも」
「……そう言えば、君はゴーマ君の他に、どんなポケモンを持っているんだい?」
「お見せしましょうか?」
クレナは手持ちポケモンを解放する。
力尽きボールの中で眠るヨノワールを除いた、クイタラン、オーベム、テッカニン、オムスター、フリージオが召喚され……彼らの個性的な面構えに対し、ハイザキは真面目な顔で、クレナへ尋ねた。
「君、将来はチームダークホールの専属トレーナーにならない?」
「……あはは……」