クイタランとわたし




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クイタランとわたし
27話:風を追い越しどこまでも

 ダブルバトル専門のエスパータイプジムにて、クレナが挑んだランク7戦は、正しく難関であった。

「さぁ、チャレンジャー。いよいよバトルもクライマックスだ」
「君達は、この攻撃を凌げるかな?」

 このジムのランク7戦のルールは勿論ダブルバトルであり、チャレンジャー側は六体のポケモン、そしてジムリーダー側は四体のポケモンが使用可能である。
 圧倒的にチャレンジャー側が有利なルールであるが、双子であるジムリーダーコンビはクレナの快勝を許さず、抜群のコンビネーションで攻め立てた。

「……負けるな、りじ夫!」
「リィイ……!」

 双子であるジムリーダーのエースポケモンは残り二体。
 一方でクレナの傍には、最後の一体である、傷を負ったフリージオだけが残されている。

「ソルロック!」
「ルナトーン!」

 こうなってしまえば、二対一。
 双子のジムリーダーは弱ったフリージオを指差し、同時に叫んだ。

「「サイコキネシス!」」

 このバトルを終わらせるべく、月、そして太陽を模したエスパーポケモンは強烈な念を発射する。
 だが、フリージオ、そしてクレナは勝利を諦めてはいなかった。

「吹雪だっ!」

 クレナの指示と同時に、フリージオは大きく開いた口部から極太の冷凍光線を発射する。 
 氷タイプの大技、吹雪。
 バトルフィールドを薙ぎ払う極太冷凍光線は、その技名の通り、環境を極寒へと変貌させていく。

「ガヤッ」
「オォッ……!」

 その余波のあまりの冷気に、ジムリーダーのポケモン達は、一瞬念の集中が途切れ……サイコキネシスがフリージオを拘束するその前に、彼らの身体に冷凍光線が直撃した。

「ああっ!」
「わわっ!」
 
 これまで受けたダメージも響いているのか。ジムリーダーのポケモン二体は抵抗する間もなく凍結し、バトルフィールドへと落下する。

「「…………」」

 双子のジムリーダーは、氷の塊となってフィールドに転がる其々のエースポケモンを見下ろし、

「僕たちの負けだね」
「あたしたちの負けね」

 残念そうに苦笑いし、クレナとフリージオへと拍手をした。

「「君達の勝利だ。おめでとう、チャレンジャー!」」
「ああ、やった。か、勝てた! 良かった!」

 ジム戦の勝利は、何度経験しても格別の味わいであり……特に大苦戦したとなれば、尚更である。

「ありがとう、りじ夫〜っ!」
「リィインッ」

 クレナはフリージオにとびっきりの賞賛を送り、腕を振り上げた。

「次はいよいよ」
「ランク8戦だね。頑張って!」
「ええ。ありがとうございます!」

 ポケモンリーグへの挑戦権を得るのは、ジムバッジ八個を手にしたトレーナーだけ。
 画して、クレナはポケモンリーグ出場へと王手をかけたのであった。


***


「バッジも後一つかぁ」

 そんなこんなでジム戦を終えたクレナは、ポケモンセンターの休憩スペースにて、センターに預けた手持ちポケモンの回復を待っていた。
 ジム戦後の治療は、そう時間はかからないのが常である。
 ジムリーダーが繰り出すポケモン達は、容赦なく挑戦者のポケモンを戦闘不能にするが、決して重傷は負わせない。この塩梅は、トッププロであるジムリーダーの成せる業なのだ。

「最後は、どこのジムにしようかな……」

 クレナは棚からトレーナー雑誌を取り出し、ページをめくる。

「……やっぱり、あそこが良いかな」

 ポケモンリーグへの出場条件は、各地方のポケモンジムバッジ八個の取得であるが、ジムは八拠点以上存在している。
 ジムによって、使用するタイプの傾向、バトルルールは異なり、どのジムをどの順番で巡るかはトレーナー次第であるが……トレーナーの実力を示すジムバッジの取得数が増えるたびに、ジムリーダーはより強力なポケモンでチャレンジャーを迎え撃つことになる。
 つまりは、後に回せば回すほど、そのジムの攻略難易度は上がるのだ。  

「…………」

 ぱらり、ぱらり、とページをめくるクレナは、ふとその手を止める。

 ―警察官募集―

「……へぇ」

 開いたのは、ポケモントレーナー向けの採用情報が載ったページである。
 将来の進路。
 中学生であるクレナとしては、そろそろ考えなければならない問題であった。

「トッププロ級の実力があれば、国際警察として働ける可能性もある……? ほんとかなぁ」

 授業免除制度を利用し、トレーナー修行で高い実績を残した若者は、そのままトッププロとしての道に邁進する者が多いが、当然ながらその他の道を目指し、進学する者もいる。  
 また、ポケモンバトルの公式大会で実績を残すことが出来れば、仕事の採用においても有利に働く場合が多く、それは警察官も例外では無いようだった。

【7番でお待ちのクレナイ・クレナ様。ポケモンが回復いたしましたので、カウンターへとお越しください】
「わ、早い」

 クレナは雑誌を棚に片付け、モンスターボールを受け取るべく、足早にカウンターへ向かった。

「トレーナーカード、見させてもらったけど……ジム戦勝利おめでとう、クレナちゃん! 貴方のこと、応援しているわ」
「ありがとうございます!」

 ここ数日、この島でジム戦へ向けてダブルバトルの野良試合を繰り返し行っていたため、クレナはポケモンセンター職員と顔なじみとなっており……クレナはエールを送る彼女に笑顔で応えた。

「最後はどこのジムに行くか、もう決めているの?」
「ルネシティのジムにしようと思っています」

 最後のジムとしてクレナが狙いを定めたのは、巨大クレーターの内部につくられた街の、水タイプ専門ジムであった。  
 理由は単純。
 ジムを有する街としては、クレーターの街はこの島から最寄りの場所なのである。
 また、クレーターの街は、その景観の神秘的な美しさに定評がある街でもあり、クレナは一度観光に行ってみたかったのだ。

「……どうやって行くか、が問題ではあるのですが……」

 問題は移動経路である。
 海に囲まれ、巨大クレーター内部に形成された街には、何と入口が無い。
 これがクレーターの街の神秘性をより高めている理由であり、街に訪れるには、空から降下するか、海底のクレーターの穴から侵入するか。現状ではこの二択が強いられているのだ。
 
「ポケモンフライトタクシーは、修行推進制度の割引を利用してもやっぱり高いですし」
「水ポケモンに掴まって、海底から安く行こうとするトレーナーは多いみたいね」
「海底かぁ……」

 クレナはオムナイト入りの、水タイプシンボルのコーデシールが貼られたボールを見る。

「……おむ奈。やってみる?」



***



「ぶもぉ」
『うーん。少々不安を感じてしまいます』
「……ジュオオ」

 そして、その日の午後。
 レンタルしたウェットスーツに着替えたクレナは、浮輪をロープで殻に巻きつけたオムナイトと共に海に浸かっていた。
 空から行くか、海底から行くか。
 オムナイト次第では海底を進むという選択肢も有り、クレナはその見極めの為に、今日は彼女と共に遊泳することにしたのだ。

『クレナ様。あまり遠くまで行かないでくださいね!』

 ビーチパラソルの下で、荷物の番をするオーベムは、念でクレナに呼びかける。
 クイタランも心配そうであるが、水が苦手な彼は荷物番に回らざるを得ず、一方でデッキチェアに寝そべるサマヨールは、サイコソーダを手にバカンスモードを決め込んでいる。

「ジェントルは心配性だなぁ。りじ夫やジーンもいるっていうのに」

 ねぇ、とクレナは上空から見守るフリージオとテッカニンに顔を向ける。

「リィイン……?」
「ジーッ!」

 そんなクレナに、フリージオはやや困ったような素振りを見せ、一方でテッカニンは強く鳴いた。
 さっさと始めなさいよ! と言わんばかりに。

「よぉし。おむ奈……じゃあ、前回のリベンジから行ってみよう」
「キィッ」

 クレナはオムナイトにロープで結び付けた浮輪に乗り込み、指示を出した。

「波乗りだ!」

 水棲ポケモンに乗って、海や川を優雅に移動する。
 それは、ポケモントレーナーになったものは、誰しも一度は試みると言うアコガレ行為である。

「キィイイッ♪」

 クレナは以前、同じ方法(浮輪とロープ)でのオムナイトでの水面移動を試したことがあったが、その時はバランスが取れず、見事に浮き輪ごとひっくり返ってしまった。
 だが、今のオムナイトは昔のオムナイトよりもレベルアップしている。
 今の彼女ならば、クレナとの波乗りも成功するだろう。

「ぶわっ!」

 ……と心のどこかで期待していたクレナであったが、やはりそう簡単にはいかず、彼女は再び浮輪ごとひっくり返ってしまった。

「キィ?」
「う、うーん。浮輪戦法は厳しいみたいだね……」

 浮輪を片づけたクレナは、ならば次は、と直にオムナイトの殻を掴んだ。

「おむ奈、発進!」
「キィッ!」

 今度は転覆することなく進めているが、どうにもクレナの体勢が辛い。
  
「け、結構しんどい……」
「キィイ」

 小柄なオムナイトに捕まった状態をキープするのは、クレナの体力では厳しいものがあった。
 さらには、時折クレナの身体を触手が掠めるため、くすぐったくて溜まらない。

「リィイン」
「ジィーッ!」

 上空から、フリージオとテッカニンが呼びかける。

「おむ奈、ち、ちょっと休憩……」
「キィ」

 オムナイトに掴まりながら一息ついたクレナは、自分たちが予想以上に沖に出ていることに気がついた。

「あれっ、流された? いつの間に」
「リィイイ……」
「ジジジッ」

 上空のフリージオとテッカニンは、何やら焦ったように周囲を見回している。

「えっ?」

 見れば、「局地的豪雨」が、クレナの方へ接近していた。

「ぺ、ペリッパーの群れ!?」
「キィッ!?」

 大量のペリッパーが、大雨と暴風を巻き起こしている。
 巻き込まれたら適わない、と慌てて避難しようとするクレナであったが、

「あっ」

 彼女は見てしまった。
 ペリッパーの群れに人間の男性が襲われており、溺れているのだ!

「あ、た、たたた大変だ! だれか大人の人。ラ、ライフセイバー……!」

 慌てるクレナであったが、この状況、とても助けを待つ時間的余裕は無かった。
 今直ぐに自分が助けなければ、あの人は大変なことになってしまう!

「りじ夫! 冷凍ビームッ!」

 クレナは男性が溺れている付近を指差し、クレナの意図を察したフリージオは、即座に冷凍ビームを放つ。
 海面は凍りつき、溺れかけている男性は、藁をも掴む勢いで氷の塊に這い上がった。

「暫くその氷に掴まっていてください!」

 フリージオの氷は、少なくとも藁よりは頼りがいがある。
 だが、冷たい氷の足場に掴まっていれば、体力は奪われ続けてしまうだろう。
 
「……!」

 クレナが浜辺を見る。
 異常事態に気がついたのか。既にライフセイバーがこちらに向かって来ていた。
 これで一安心と安堵したクレナであったが、

「ジィーッ!」

 テッカニンの警告と共に、彼女は気がついた。
 ペリッパーの群れは、その怒りの矛先をクレナに向けたのだ!

「うぅ、うわあああ」

 大雨を伴うペリッパーの群れが、クレナに暴風を撃ち込んでいく。
 発生した嵐に揉まれ、水を飲み、クレナの手がオムナイトから滑り落ちる。

「お、おむ奈っ……!」
「キィイイイッ!」

 オムナイトは落下したクレナに触手を伸ばすが、悲しいかな。
 嵐の海を越えて進む力は、小さな彼女の身体には無かった。

「キィッ……」

 オムナイトの身体が波に流され、クレナから遠ざかっていく。

「がぼっ」

 一方で沈んだクレナは、もはやどちらが水面かも分からない状態に陥っていた。

 
「(……私が死んだら。母さん、寂しがるだろうなぁ)」


 クレナは思い出す。
 父が去った後。一人台所で、テレビのポケモンバトル中継を見つめていた母の姿を。 


「(……レモーとの約束も、破っちゃうなぁ……)」


 自分をライバルだと湛え、ポケモンリーグでの再戦を約束した、お嬢様のレモー。
 彼女はクレナがどうなろうと、素晴らしいトッププロになるに違いないが……だからこそ、そんな彼女との約束を破りたくは無かった。


「(…………くい太達も、怒るだろうな…………)」


 クイタラン。オーベム。テッカニン。オムナイト。フリージオ。サマヨール。
 折角彼らと(きっと)仲良くなれて、ポケモンリーグ出場へも王手がかかったというのに。
 こんなところで死ぬことになるのは残念極まりなかった。 


「(……………………………………………………)」


 思考が薄れ、暗くなっていく。
 だが、そんな中。


 ―クレナちゃん―


 クレナは聞いた。


 ―私に掴まって―


 海の中で聞こえる、陽気な声を。


 ―さぁ、波乗りだよ、クレナちゃん!―


 幻聴である。海の中で声が聞こえる筈もない。
 だが、クレナはその声に導かれるがままに手を伸ばし、「それ」を掴んだ。
 その瞬間、クレナは上昇し……

「ぶはぁっ!」

 水面から顔を出したクレナは、息を吸い、激しく咳き込む。
 だが、クレナの身体は安定しており、しっかりと支えられていた。

「……あ、あれ……」
「キィイイッ!」

 棘が生えた立派な巻き貝。鋭い牙。そして変わらずぬるぐちょの触手。

「……お、おむ奈、なの……?」
「キィッ!」  

 クレナが掴み、彼女の身体を支えている存在は、オムナイトから進化を果たしたおむ奈……渦巻きポケモン「オムスター」であった。
 
「ペグォオオオ!」
「ペグィィィ!」

 嵐を巻き起こすペリッパーの群れは、浮かんだクレナを再び沈めようと、暴風を放つ。
 だが、逞しく進化を遂げたオムスターは波に流されること無く、逆に利用をした。

「キキィィィッ!」
「うわわわわわわわわっ!?」

 嵐の中、オムスターは波を巻き上げ……クレナを連れて、生成したビッグウェーブに乗ったのである!

「お……オムデー・ナイト・フィーバーッ……!」
「キキィ♪」

 その姿は、まるでスーパー(オム)スター。
 決めポーズと共に波乗りオムスターが操るビッグウェーブは、ペリッパーの群れを巻き込み、彼らを次々に海へと叩きつけていく。

「ペグォッ!」

 海中に叩き込まれたペリッパーの群れが、水面から顔を出したその時。
 彼らは仰天する。
 既に雨は止み、空には爽やかな「日本晴れ」が広がっていたのだ。

「ジィーッ、ジィーッ!」
 
 嵐を晴らすかのようなテッカニンの鳴き声が響き渡る中、ようやくペリッパーの群れは冷静になったのか。
 彼らは、罵声に近い鳴き声を放ちながら、その場から飛び去っていった。

「リリリィンン……!」
「ジィッ!」

 テッカニンが旋回し、フリージオが慌てたようにクレナとオムスターの傍に駆け寄る中、ラプラスに乗ったライフセイバーが到着する。

「大丈夫かい、君!?」
「わ、私は大丈夫です……あのおじさんを、お願いします」

 氷の足場にしがみ付いていた男性が救助されたことを見届けたクレナは、オムスターの殻をなぞる。
 オムスターは嬉しそうに鳴き、フリージオとテッカニンが並走する中、クレナを乗せて軽快に浜辺へと向かって泳いでいった。

「お・む・す・たーに乗って……♪」
「キィイイ♪」
「さ・が・し・に・行こう…♪」

 昔ラジオで聞いた曲の替え歌を口ずさむクレナに合わせ、波乗りオムスターも唄う。
 進化し、嵐を超える程の逞しい身体を手に入れたオムスターであったが、彼女の中身は変わらず、陽気な貝の少女「おむ奈」だった。

「……あ、くい太達だ」

 浜辺では、クイタラン、オーベム、そしてサマヨールが揃って波打ち際に立っている。
 声が届くほどに近づいた彼らに、クレナは手を振った。

『く、クレナ様ぁ!!』

 よほど心配したのであろう。オーベムは悲鳴に近い念をクレナに飛ばし、ピィピィと涙を流す。
 一方でクイタランとサマヨールは無言であるが、何があったのか。
 クイタランの全身は海水で濡れており、サマヨールは潰れたサイコソーダのペットボトルを握りしめ、手をべとべとに濡らしていた。



***



 そして、その日の夜……

「何でも、あの人は飛行訓練中のスカイトレーナーだったらしく。誤って野生のペリッパーの群れに突っ込んで、彼らを怒らせてしまったらしいんです」
「大変だったわね、クレナちゃん」
「偶然進化してくれたおむ奈の御蔭で、命拾いしました……」
「ううん。その進化は偶然じゃなくて……きっと、必然だったんだと思うわ」

 ポケモンセンターの宿泊施設を利用するクレナは、顔なじみとなったセンター職員と雑談を交わしていた。

「それで……やっぱり、ルネシティにはオムスターの力を借りて向かうの?」
「それがですね」

 クレナはややバツが悪そうに苦笑いし、センター職員にチケットを見せる。
 それは、学生トレーナーであるクレナに、救助した男性から渡されたお礼。
 ポケモンフライトタクシーの無料引換券だった。

「暫く海はこりごりかなぁ、と。あはは……!」

葉穂々 ( 2017/10/22(日) 13:31 )