26話:ダブルバトルで燃える今日
この国最大規模のロケット発射場を有する島にて、ランク7のジム戦を後日に控える少女クレナは、2対2のポケモンバトルに勤しんでいた。
「サニィ、イッシィ、ロックブラストだ!」
この島には魅力が多い。
宇宙へ飛び立つロケット。銃の歴史資料館。美しい海に、海蝕洞窟。
そして、ポケモンバトルの変則ルールである、ダブルバトル。
通常のポケモンバトルと言えば1対1のシングルバトルであるが、この島に設置されているポケモンジムでは2対2のダブルバトルルールを採用している。
それ故に、この島に集まるポケモントレーナーは、皆ダブルバトルでのポケモンバトルを行っており、クレナもまた例外では無かった。
「ゴーマ、シャドーパンチ! おむ奈は殻にこもって!」
対戦相手のサニーゴとゴローンから連続して放たれる岩の弾丸に対し、クレナのサマヨールは霊的エネルギーを纏った拳で弾丸を叩き落とし、オムナイトはその身を殻に隠すことでダメージを軽減する。
「おむ奈、ゴローンに水鉄砲! ゴーマもゴローンに冷凍パンチ!」
クレナは腕を振ってターゲットを指示し、殻から身体を出したオムナイトは水鉄砲の発射態勢に入り、サマヨールもその拳に氷結エネルギーを纏うが、
「……ジュオオッ!」
面倒だ、とばかりにサマヨールは冷凍パンチを中断し、拳を地面に叩きつける。
同時に超局地的な「地震」が発生し、その衝撃で、サニーゴ、ゴローン、そして味方であるオムナイトがその全身を強く打ちつけた。
「ちょっと、ゴーマッ!」
「な、何だよ、無茶苦茶しやがるなぁ!」
地震攻撃は岩タイプに効果抜群であり、サマヨールの一撃によって、技を放った本人以外は全員戦闘不能となってしまった。
この時点でクレナの勝利が確定したが、指示を無視して味方すら巻き込むサマヨールの戦法に対し、クレナは喜ぶわけにもいかなかった。
「ゴーマ。これはシングルバトルじゃないんだよ! こんなこと続けたら、勝てるバトルも勝てなくなっちゃうよ」
倒れたオムナイトを抱えて、クレナはサマヨールへと抗議するが、サマヨールは「勝ったのに何が悪い」とばかりの態度であり、反省の色まるで無しである。
「ジュオ」
『そいつが弱いからだ、と言っていますね……』
クレナに念を送るオーベムは、サマヨールの態度にやれやれと首を振る。
ある程度クレナ達に馴染んできたサマヨールであったが、未だその傲慢な性質は変わっていない。
「何だ。そのサマヨール、言うこと聞いてくれないのか」
倒れたサニーゴとゴローンをボールに収納した、同じ年頃である対戦相手のトレーナーが、クレナ達の様子を覗きこむ。
「そうなんですよ」
「アレだな。舐められてるんだよ。ここは一発、ガツン! と分からせてやった方が良いぞ」
「ガツンと、って……」
「身内バトルでコテンパンにしてやるんだよ。必要なことだぜ」
そうは言えども、サマヨールはクレナの手持ちの中でも一番の実力者である。
彼をコテンパンにするのは中々難しいだろう。
トレーナーの助言にうーん、と唸るクレナであったが、
「リィン!」
「ジーッ!」
腰のボールホルダーにセットしている二つのモンスターボールが勝手に起動し、フリージオとテッカニンが現れた。
「わっ!」
「リリリィン!」
フリージオは鈴の音を鳴らしながら、サマヨールの前へと進む。
「りじ夫」
想いを寄せるオムナイトを傷つけられた怒りからか、フリージオはやる気である。
今の彼ならば、サマヨールをガツン! と分からせてやることができるかもしれない。
「ジィーッ!」
だが、そんなフリージオの顔面を、ガツン! と爪の一撃が襲った。
「リィン!?」
「ジジィーッ!」
テッカニンがフリージオを引っ掻いたのだ。
引っ込め、お前の出番は無いとばかりに、テッカニンはフリージオに強く鳴く。
「じ、ジーン」
「ジーッ!」
涙目のフリージオを余所に、テッカニンは爪を構え、サマヨールと相対する。
『ジーンにとって、おむ奈は妹分ですからね。彼女、りじ夫以上にやる気ですよ』
「な、なるほど。よし、ジーン! 一緒にゴーマにガツン! と分からせてやろう!」
テッカニンに指示を出そうと息を吸うクレナであったが、
「ジィーッ!」
「ひゃっ!」
彼女もまた、テッカニンの怒りを含んだ鳴き声を浴びせられた。
『む、虫の言葉はわかりませんが……手出し無用ってところでしょうかね』
「待ってよ、ジーン。それじゃまるで決闘みたいじゃない。これは、あくまで身内バトル……」
テッカニンは問答無用とサマヨールへと突っ込んでいき、サマヨールもまた、拳に氷結エネルギーを纏ってテッカニンを迎え撃つ。
「ちょっと、止めなよ!」
二体のポケモンはクレナの指示を受け付けず、完全な私闘が始まってしまった。
テッカニンをボールに戻そうとしても、サマヨールが黒い眼差しを使用したのか。暫くはボールへの回収ができない状況となっていた。
「り、りじ夫。何とかできない、この状況!?」
「リィイイン」
クレナの呼び掛けに、呆然としていたフリージオは正気に戻ってバトルフィールドへと飛び込むが、ポケモンである彼はクレナの言葉を勘違いしたのか。
「リィイインッ!」
「ジュオッ」
フリージオはテッカニンに加勢するかのように、サマヨールへと冷凍ビームを放ったのだった。
「いやいや、違うよりじ夫! バトルを止めて欲しいんだよ!」
「もう終わるまで見てたら良いんじゃねえの……?」
対戦相手のトレーナーはクレナに観戦を勧めて座り込んでいる。
「意外と、良い機会かもしれないぜ」
サマヨールはやる気のフリージオとテッカニンに対し、「二体纏めて相手してやる」とばかりに、くいくいと指を動かしている。
「……あぁもう。どうなっても知らないんだから!」
クレナはクイタランをボールから呼び出し、彼とオーベム、そして目を回したままのオムナイトと共に座り込んだ。
「いざとなったら一緒に止めてね、くい太」
「ぶも」
かくして、トレーナー抜きの1対2の変則ポケモンバトルが始まったのである。
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「ジィーッ!」
「リィイイッ!」
テッカニンとフリージオは素早いポケモンである。
彼らはサマヨールに攻撃の隙を与えまいと、その素早さを持って技を放つが、サマヨールは彼らへの対処法を有していた。
「ジュオオオッ!」
どのように素早いポケモンであろうとも、己に追従する影からは逃れられない。
ゴーストタイプならではの呪術か、サマヨールが拳を突き上げると同時に、フリージオとテッカニンの影から黒い拳が伸びた。
「おおっ。あれは影打ちだな。問答無用で先制攻撃する技だよ」
だが、所詮は実態を持たない拳。
物理攻撃への耐久力が低いフリージオとテッカニンであったが、影打ちは彼らを一撃で倒すほどの威力では無かった。
「ジィーッ!」
影打ち攻撃を受けながらも、テッカニンはサマヨールの身体へと爪を振り下ろす。
「ジュオオッ!」
だが、その一撃をサマヨールは両手で受け止めた。
これぞ真剣白刃取りである。
テッカニンは激しく鳴きながら拘束を脱しようとするが、サマヨールはテッカニンを逃がさず、そのまま両手に氷結エネルギーを集めていく。
彼女の爪を掴んだまま、冷凍パンチで凍らせようとしているのだ。
だがその前に、サマヨールに迫ったのは回転する結晶体である。
サマヨールはテッカニンを投げ捨て、腕を交差させてガードするが、フリージオの辻斬りは彼の胴体にまで食い込んだ。
「悪タイプの技はゴーストに効果抜群。効いているぞ」
サマヨールは押されながらも、シャドーパンチでフリージオを弾き飛ばす。
体勢を立て直すフリージオだったが、そんな彼に強い鳴き声が浴びせられた。
「ジジィーッ!」
助けられたというのに、テッカニンは明らかにフリージオに怒っている。
どうやら気高い彼女は、サマヨールとの戦いに水を差されたと考えているようだった。
「リィイイイン」
だが、今度はフリージオもひるまない。
彼は虫の騎士の怒りの声に対し、鈴の音で返答した。
「ジェントル。りじ夫が何て言っているかわかる?」
『ゴーマ君を懲らしめたい気持ちは僕も同じ。協力しましょうジーンさん……と言っていますね』
だが、テッカニンはフリージオの言葉を無視し、再び単独でサマヨールへと突っ込んでいく。
サマヨールはそんなテッカニンに再び影打ちを放ち、彼女の身体を宙に弾き飛ばした。
「ジュオオオオッ」
接近したサマヨールは、氷結エネルギーを込めた拳を直接テッカニンに叩きつけようと、腕を振りかぶる。
だが、彼の拳を受け止める者がいた。
「リィイ!」
「ジッ!?」
フリージオがテッカニンとサマヨールの間に割って入り、リフレクターを展開したのである。
だが、いくらリフレクターが張られているとはいえ、フリージオの物理耐久は低い。
「ジジッ!」
何をしている、お前が倒れてしまうぞ、とばかりにテッカニンがフリージオに鳴くが、フリージオは叫んだ。
「リリリィ!」
『僕たちのダブルバトルを見せてやりましょう、と言っていますね』
流石のテッカニンも、フリージオの身を呈した主張を無碍にはできなかったのか。
「…………」
フリージオに守られることを受け入れた彼女は、静かに舞った。
激情を力に変える戦陣の踊り、剣の舞を。
「ジュオオオッ!」
「リイイッ」
遂にサマヨールはリフレクターもろとも、フリージオの身体を地に叩き落とす。
だが、その瞬間、
「……ッ!」
「ジッ」
攻撃力を高めたテッカニンの一撃が、サマヨールの脇腹を裂いたのであった。
「おおっ。お前のテッカニン、辻斬りが使えるのかよ」
「そんな技、覚えてなかったのに……もしかして、りじ夫を真似したのかな」
効果抜群の一撃は重く、倒れるサマヨールは、呻きながら地を掴んだ。
シングルバトルならば、決して遅れは取らない。だが、フリージオが盾となり、テッカニンが剣となった今、サマヨール単体では処理が追い付かない。
―こちらにも、味方がいれば……
ふと過ぎった考えに、サマヨールは目を見開く。
自分は今、何を考えたのだ? と。
「ジュオオオオオオッ!」
サマヨールは認めない、とばかりに叫び、紅の目を光らせテッカニンに術を放つ。
「ジッ……!」
サマヨールの脇腹の傷が浅くなり、代わりにテッカニンの身体に傷が増える。
ゴーストタイプの技「痛み分け」である。
「……ジュオオオオ……!」
まだバトルに負けたわけではない、と身を起こしたサマヨールが構える。
だが、そんな中、
「キィッ!」
「ジュッ?」
サマヨールの脇に、一体のポケモンが現れた。
「お、おむ奈!」
目を覚まし、バトルフィールドに飛び込んだオムナイトであった。
「キキキィ!」
「ジ、ジュッ……?」
困惑するサマヨール、そしてテッカニンとフリージオを余所に、オムナイトはやる気満々で触手をうねらせている。
『お待たせゴーマ! 後は任せて! って言っていますね……』
「ひょっとして、さっきまでゴーマと組んでいたから、それがまだ続いていると思っているんじゃ」
飛び出したオムナイトを止める間もなく、彼女は水流を上空へと放射した。
水鉄砲では無い。それは、波だった。
「キィイイイッ!」
彼女の小さな身体のどこから、ここまで大量の水が出てくるのか。
これぞポケモンの不思議であるが、ともかく現実として……オムナイトは自らが生成した波に乗り、
「リィイイ!?」
「ジジィーッ!?」
対戦相手であるフリージオとテッカニンに突撃した。
「ジ、ジュオオォ……!」
味方である、サマヨールを巻き込みながら。
「何と言うかさぁ」
「はい」
「お前のオムナイト。将来有望だけど、ダブルバトルには出さない方が良い気がするよ」
水技「波乗り」は見事に炸裂し、オムナイトがオムデー・ナイト・フィーバーポーズを決める。
その一方で、波が引いたバトルフィールドには、三体の戦闘不能ポケモンが打ち上げられていた。
「わ、私もそんな気がします……」
「……ぶもぉ」