25話:港町のポロック
「結構集まったなぁ」
港町にて、トレーナー修行の旅を続けるクレナは、バッジケースに収められたバッジを見て独り言ちる。
彼女は先日、ツリータワーの街にて、6個目となるジムバッジを入手していた。
ジムリーダーの飛行タイプポケモンに対し、初戦でボコボコにされた反省を活かした、氷タイプのフリージオを中心とした作戦。そして、強力な新メンバーの存在。
その結果、リベンジ戦で勝利を掴んだクレナであったが……彼女を悩ませるのは、その「新メンバー」の強さであった。
―ゴーマ! 冷凍パン……―
ジム戦にて、ジムリーダーのエースポケモンにフリージオを倒されてしまったクレナは、サマヨールにて応戦したのであるが……
サマヨールはクレナの指示の前に独断で動き、そのままジムリーダーのエースポケモンを倒してしまったのだ。
―このジムバッジは、本当に私がランク6として認められた証と言えるんだろうか?
結果的にポケモン任せになってしまう形となり、ジムバッジは手に入れども、クレナはトレーナーとして素直に喜ぶことができないでいた。
とは言え勝利は勝利であり、ポケモンリーグの開催日までにもそこまで余裕があるわけではない。
釈然としなくとも、ライバルであるレモーへのリベンジを果たすために、クレナは前に進む必要があった。
「それにしても……ここは本当にポケモンコンテストの町なんだなぁ」
次のジムがある街までの、予約した船便が出航するのは数日後。
それまでこの港町に滞在することになったクレナであるが、観光をする彼女が驚いたのは、この町のポケモンコンテストへの力の入れ具合である。
ポケモンの外観、そして技の魅力を競い合う、新たなポケモンバトルの形「ポケモンコンテスト」。
「コーディネイター」と呼ばれるポケモントレーナーと、ポケモンが織りなすコンテストバトルはこの地方で非常に高い人気を誇る競技である。
そしてこの港町には、最高峰のコーディネイターが集う「ポケモンコンテスト・マスターランク」の会場が設置されおり、それ故に、町のどこを見てもポケモンコンテストの広告が貼られており、コンテスト用品のお店も多かった。
「ま、参加する気は起きないけどさ」
「オムデー・ナイト・フィーバー」なオムナイトは乗り気になるかもしれないが、ポケモンコンテストはコーディネイターにも御洒落さが求められる競技である。
自身のファッションセンスにやや難を感じているクレナとしては、とてもコーディネイターとして参戦する気は起きなかった。
更に言えば、クレナはコンテストでも結局ポケモンバトルで勝敗を決める、という在り方が好きにはなれなかった。
他地方ではバトル抜きのコンテスト派生大会も盛んであるが、クレナが住む地方では、バトル重視のポケモンコンテストが圧倒的人気かつ、主流競技なのだ。
だけれども、折角この町に来たのなら、一度生で観てみるのも悪くない。
そう思ったクレナはポケモンコンテスト・マスターランク会場に赴いたのだが……
「申し訳ありません。全席完売です」
今日はマスターランクのコーディネイターの中でもトップスターが参加しているらしく、チケットは完売。
残念無念と会場を後にしようとしたクレナであったが、彼女はロビーにて妙な機械を発見した。
「何だろう」
機械には「木の実ブレンダー」と書かれており、説明書きを読むと、どうやらこの機械は、木の実を入れてボタンをタイミング良く叩くと、ポケモンのお菓子である「ポロック」を造ってくれるものであるらしい。
「へえ……面白そう」
丁度良いことに、クレナは大量の木の実を所持していた。
クレナが中学生の少女である故か、旅の応援の意味を込めて、ポケモンバトルの後に餞別として木の実を渡してくるトレーナーが多いのだ。
好意に甘えて木の実を受け取って来たクレナであったが、木の実はかさ張る一方で、どこかで大量消費をする必要があると感じていたところであった。
早速クレナは木の実を一つ機械に投入し、機械の回転に合わせてスイッチを押していく。
ぐるぐる回る機械のスイッチをタイミング良く押していく作業は、さながら一種のリズムゲームのようであった。
「うわぁ、酷い」
回転が止まり、出来上がったポロックを取り出したクレナはその仕上がりに苦笑いをした。
出来あがったポロックは粗末なもので、触れた途端にボロボロに崩れてしまうものであったのだ。
口に含んでみても、カサカサのボソボソであり、とても美味しいとは言えない。
この機械は玩具でしかないと呆れるクレナであったが、よくよく説明書きを読めば、最大4人の多人数で協力してスイッチを押せば、それだけ良いポロックが造れると記載されている。
クレナは誰かいないか周囲を見渡すが、この時間は皆マスターランクのコンテストを観ているらしく、協力してくれそうな人間は近くにいなかった。
「よし、こうなったら……くい太、ジェントル、ゴーマ!」
クレナはボールを取り出し、クイタラン、オーベム、サマヨールを召喚する。
「ポロック造りに協力して!」
呼び出したのはスイッチを押せる腕を持つポケモン達であり、クレナはオーベムの通訳やイラスト、ジェスチャーを駆使し、彼らに協力を要請する。
オーベムは興味深そうに、クイタランはジト目ながらも卓に着いてくれたが、サマヨールの反応は悪かった。
「……ジュ……」
「頼むよ、これ4人でやると良いポロックが出来るらしくて」
「ジュオオ」
俺にこんなものを頼むな、とばかりにサマヨールはそっぽを向く。
だが、そんな彼にオーベムはやれやれと首を振った。
『ピフフフ。この木の実ブレンダーはスコアが明確に出る。クレナ様、あのゴーストポケモンは負けるのが怖いのでしょうよ!』
「ジュッ……!?」
『折角の大きい手をお持ちなのに。彼はその手を殴る以外のことに使えないのですよ』
「ジュオッ!」
オーベムの「挑発」は見事に決まり、サマヨールはプレッシャーを放ちながら空いた卓に着く。
「ありがと、ジェントル」
「ピィ」
小声でオーベムに礼を言い、クレナは新たに一つ、木の実を機械に投入する。
「それじゃあ、回すよ」
****
結論を言えば、木の実ブレンダーはパーティゲームとして非常に優秀な機械であった。
「次はイアの実を入れてみよう」
「ジュッ!」
「え、嫌?」
『激辛マトマを入れたがる癖に……酸味は苦手なようですね彼は』
まず、何の木の実を投入するかで盛り上がる。
「ぶ、ぶもっ」
「うわぁ早い早い早い早い早い」
次に、ボタン押しで無駄に盛り上がる。
「今回もゴーマが一位。あぁもう、今度こそ勝てると思ったのに!」
「ジュオオォ」
『くい太はまた最下位ですね』
「………ぶ」
スコアランキングで更に盛り上がり……
「今回は一段と綺麗に出来た」
『食べるのが楽しみですね』
「ぶも」
出来たポロックの仕上がりにまた盛り上がる。
これで何十回目となるか。
シンプルながらも中毒性の高いこのゲームに、クレナとオーベムは勿論、乗り気ではなかったクイタランとサマヨールも熱中している。
「ジュ……」
「やったぁあ、一位だぁ!」
『おめでとうございます、クレナ様!』
「ぶもっ」
そして遂にサマヨールのスコアを抜き、栄誉ある一位に輝いたクレナがガッツポーズをしたとき、彼女の肩は優しく叩かれた。
「あの、申し訳ありませんが……閉館時間です」
「え?」
ポケモンコンテストの受付嬢だった。
窓の外を見れば、とっぷりと夜が更けており……更に周囲では、「渋いポケモン達と木の実ブレンダーに興じる少女」というシュールな光景を見守るギャラリー達が、一位を手にしたクレナに拍手を送っていた。
「やったなお嬢ちゃん」
「君が木の実ブレンドマスターだ!」
現状を理解したクレナは、顔を赤らめた。「コンテストも見ずに、只管木の実ブレンダーを回す悲しい少女の図」を客観的に想像してしまったのだ。
「あ、あはははは……!」
慌ててポロックを回収して卓を片づけたクレナは、クイタラン、オーベム、サマヨールを伴い、顔を火照らせながらコンテスト会場から飛び出した。
海の音と香りの中、宿泊先のポケモンセンターに向かい、夜の港を往くクレナとポケモン達であったが、その道中で街灯に照らされるベンチを発見し……
「……折角だから、夜の海を観ながら、ここで食べていこうか?」
ベンチに座ったクレナは、ボールからテッカニン、オムナイト、フリージオを呼び出した。
「キィ?」
「リリリィン」
「ゴーマ達とポロック造ったんだ。皆で食べよう」
「ジィーッ!」
調子に乗って造ってしまった大量のポロックは、小規模のお菓子パーティをするのに十分な量であった。
クレナと六匹のポケモン達は各々ポロックを選び、口へと運んでいく。
「ぶもぉ」
「ピィィ!」
「うん。このポロックはモモンのだね。滑らかで美味しい」
ポロックは入れた木の実によって色が変わり、風味と滑らかさも異なっていく。
例え同じ色をしていても、その味は当たり外れが大きく、ちょっとした宝くじのようであった。
「そう言えば、ゴーマ」
「?」
「最後のポロック造りで、私は君に勝ったよ。つまり! 私は君のトレーナーである資格があるってことだ」
「…………」
サマヨールに人間の言葉はわからない。
だが、やたらと偉そうなクレナの態度から、その発言のニュアンスを受け取ったサマヨールは、暫し無言でクレナを見つめた後に、穏やかに笑った。
「え?」
傲慢なサマヨールが初めて見せた、穏やかな表情。
クレナが驚く中、サマヨールはそっとクレナの口元に手を差し伸べた。
「その、ゴーマ……って!」
クレナの口に、サマヨールがとある欠片を押しこんだその瞬間。
クレナは顔を真っ赤にし、絶叫した。
「ま、マトマポロックーッ!?」「……ジュオオォ……」
「辛、辛いっ! ご、ゴーマーッ!」 少女とポケモン、そしてポロック。
潮風の中、港町の夜は更けていった。