24話:キミの名は
送り火山での出来事から数日後。
ツリータワーの町に滞在するクレナは、一つ目のポケモンと向かい合っていた。
「ねぇサマヨール。そんなに私のことが嫌いなの?」
「…………………………………………」
ゴーストタイプのポケモン「サマヨール」は、クレナの問いに答えず、唯そっぽを向くだけである。
送り火山でクレナの命を狙い、最終的にクレナに捕獲されてしまった彼は、攻撃こそしないものの、未だにクレナを言うことを聞く気は無いようであった。
「とりあえず。食事はしなよ」
ゴーストタイプのポケモンのご馳走は生き物の精神エネルギーであるそうだが、流石にそれを提供するわけには行かず、クレナは汎用ポケモンフーズを器に入れて差し出した。
「……ジュ」
サマヨールは大きな手で器を奪い取り、一気に口部に中身を流し込むと、即座に器をクレナに返してしまった。
「何だかなぁ」
器を受け取ったクレナは苦笑いをする。
このサマヨールは傲慢であるが、器を手渡しで返すといった、妙に几帳面な部分があるのだ。
『クレナ様』
「ジェントル」
『本当にあのサマヨールを、連れていくつもりなのですか?』
サマヨールとのバトルで大怪我を負わされ、ポケモンセンターから退院したばかりのオーベムは、クレナの傍に佇みながら彼女に念を飛ばす。
「……捕まえた以上、私には責任があるから」
サマヨールの捕獲後、彼女には選択肢が与えられた。
送り火山の「ぬし」として君臨する程の強さを持ち、人間の命を明確に狙った危険なゴーストポケモン。殺処分も已むを得ない存在である。
そんな彼を旅のお供として、このまま連れて行くか。それとも、警察に引き渡すか……与えられた二択に対し、クレナは前者を選んだのだ。
『本気なのですね』
「うん」
『それがクレナ様の決断というのならば、ワタシは従いますよ』
「ありがとう、ジェントル」
オーベムはそっぽを向くサマヨールに対し、クレナに悟られぬように念を飛ばした。
『クレナ様に伝える必要はありますか? 貴方が、クレナ様のお父様のポケモンであったことを』
「…………」
サマヨールは、その念に対し、そっけなく返答をした。
「ジュ」
言うな、と。
「そう言えば、サマヨール。こういうの買ってみたんだけど、どうかな」
「……?」
「これ、霊界の布っていうんだって。掘り出し物市で見つけてさ。ゴーストタイプが喜ぶって書いてあったから……」
クレナが取り出したのは、ボロボロの布であった。
年代物であり、確かに、サマヨールにとって興味深い一品であったが……
「ジュオ」
彼は一笑に付した。
この布は完全なる嗜好品であり、こんなものを持っていても、何の役にも立ちはしない。
少なくとも、彼の元主であるクレナの父ユウゾウならば、このような非実用的な物を差し出すことはない、と。
「うーん」
サマヨールは霊界の布を受け取らず、クレナは残念だとリュックへと収納した。
「……そう言えば、いつまでも「サマヨール」って呼ぶのも何だか余所余所しいよね」
「…………」
「よる造とか、どう?」
「…………」
「さま夜とか」
「…………」
「だ、駄目?」
「……………………」
言葉がわからないなりに、クレナが自分に安易な名前を付けようとしていることを悟ったサマヨールは、紅い眼光から放たれるプレッシャーで「拒否」を示した。
「ヨール」
「…………」
「マヨール」
「…………」
「ケチャップ」
「…………」
クレナは名前の候補を上げていくが、サマヨールからのプレッシャーは強くなるばかりである。
「うーん。何か良い名前は……!」
そんなサマヨールの威圧にも負けず、むしろムキになったクレナは更なる候補を出していくが、今ひとつピンと来ない。
『く、クレナ様。甘いものでも食べて一度休まれては如何ですか?』
「それもそうだね」
不毛な命名会場を見ていられなかったらしいオーベムは、クレナに近くのソフトクリームの露店を指し示す。
「おや。このソフトクリーム、ポケモンも食べられるんだって。よしよし、私がご馳走してあげようじゃないか」
クレナはクイタラン、テッカニン、オムナイト、フリージオをボールから呼び出し、露店へと向かった。
この店のソフトクリームは多種多様な木の実のフレーバーが用いられており、基本の甘いアイスもあれば、辛い味、渋い味、酸っぱい味、はたまた苦い味まで取り揃えられている。
「くい太は渋い木の実が好みだったよね。おむ奈とジーンは甘い味が好きで……」
クレナとしてはこの地の名産であるマゴのソフトクリームを頼みたいところであったが、ポケモンが食べるとなると、話はまた別である。
「えぇと、ポケモン用に、ブリーと、モモンと……」
店員に注文していくクレナであったが、彼女はとあるフレーバーの存在に気がついた。
「ふふふっ。人間用に、胡麻ソフトを」
マゴと引っ掛けたのか。
店にはまるでダジャレのように「ゴマ」のフレーバーが用意されており、本来マゴを注文する予定のクレナだったが、彼女はついつい胡麻ソフトクリームを注文してしまったのである。
「はい、どうぞ」
クレナはポケモン達に、カップに入れたソフトクリームを渡していく。
クレナは手持ちポケモン達の味の好みの傾向は把握していたが、サマヨールの味の好みは知らなかった。
それ故に、勘でチョイスしたズリのフレーバーを喜んでもらえるか不安であったが……
「…………」
無言でズリソフトを受け取ったサマヨールは、いつものように一口で飲み込んだ後、少々名残惜しいようにカップを見つめていた。
どうやら、好みの味だったらしい。
「ぶも」
「あっ。私の分が溶けちゃう」
クレナは慌てて自分用に注文した、コーンに入れられた胡麻ソフトに目を向ける。
そこで彼女は気がついた。
胡麻ソフトクリームの灰色の色合いと、その巻き巻きな形状は、妙にサマヨールの外観を髣髴とさせるのだ。
胡麻ソフト。
ゴマ。
ゴ、マ。
ゴ……マ……
「!」
瞬間、クレナの脳裏に、電流が走った。
「ねぇ、サマヨール。「ゴーマ」って、どうかな」
「?」
「君の名前。ゴーマにしようと思うんだけれど」
『なるほど。「傲慢」だから「ゴーマ」ですね? 彼にはお似合いですよ』
「いやいや、胡麻ソフトクリームから連想して……」と口を滑らしかけたクレナであったが、彼女は強引に言葉を飲み込んだ。
「ピィ」
「……ジュオ……」
どうやらサマヨールは、ゴーマという名前と、オーベムの解釈による名前の由来が嫌いでは無いらしいのだ。
「うん。ゴーマだ。ゴーマに決定だ」
「…………」
「よろしくね、ゴーマ」
胡麻ソフトを手にクレナが微笑むが、サマヨールは相変わらずの調子で、ぷいっとクレナから顔を背けてしまう。
「……仲良くなるには、時間がかかりそうだなぁ……」
サマヨールのつれない態度を眺めつつ、クレナは溶け始めている胡麻ソフトを口につけた。
「あ、おいしい」