3話:オーベムはジェントルマン
「お預かりしたポケモンは、みんな元気になりましたよ」
一夜明け、ポケモンセンター職員から預けたポケモンを引き取ったクレナは、首を傾げることとなった。
「ぶもう」
「ピィイイイイ」
預けたポケモンは二匹。
一匹は、昨日アイアントとのバトルに負けて負傷してしまったクイタラン。今は傷は塞がり、いつも通りのジト目をクレナに向けている。
そして、もう一匹は昨日出会った野生のリグレー。腹を減らしていた彼に、クレナはレモーから貰った「ポケモン用のお菓子」を与えたのであるが、酷く衰弱していたため、ポケモンセンターに一晩預けることになったポケモンである。
だが、今クレナの目の前に立っているのは……
「あの、クイタランは良いのですが。私が預けたもう一匹は茶色ではなくて、水色のポケモンで」
「それがね。あなたが預けたリグレーが、昨夜眠っている間にオーベムに進化しちゃったのよ」
「進化? オーベム?」
「ピィイ」
帽子のような頭部。メガネのような眼。茶色の身体。
「オーベム」と職員から呼ばれたポケモンは、嬉しそうにクレナの傍に近づき、「お辞儀」にも似た仕草をする。
「珍しいわね。エスパーポケモンって気難しい個体が多くて、中々人間には懐かないものなのに。貴方に助けてもらった恩義でも感じているのかしら?」
まるで人間のようなオーベムの振る舞いを見た職員は微笑み、クレナに尋ねた。
「貴方、このオーベムどうするの?」
「どうするって……」
「懐いているようだし、ゲットしてみたら?」
『ええ。紳士たるこのワタシは、一宿一飯の恩義を忘れはしませんよ』
職員との会話に紛れた、脳に直接響くような謎の声。
クレナは目の前の「オーベム」が昨日保護したポケモンと同一個体であると確信した。
「…………」
ポケモンが人間と流暢に会話するとは、これいかに。
クレナは職員を見るが、職員は特に動揺した様子を見せない。オーベムの声が届いていないようであった。
「あの。オーベムってポケモンは、人間の言葉を話せるんですか?」
「人間の脳に干渉するという話は聞いたことがあるけれど、そんな事例は聞いたことがないわ。どうして?」
「いや、その……」
『まぁまぁ、ここで立ち話も何ですし。積もる話は、そこの公園でいかがです?』
クイタランのジト目も気にせず。
オーベムはにこやかに、ジェントルマンに、クレナを外までエスコートした。
―
「質問。何で昨日と姿が変わっているの?」
『それは、貴方様が昨日ワタシに下さった飴のお陰です』
「飴? あのお菓子のこと?」
『ええ。あれは「不思議な飴」と言いまして、ポケモンの成長を促進させる力を持った貴重な一品なのですよ。そんな品を、行き倒れていたワタシに与えてくださって……何と慈悲深いお方なのでしょうか。このワタシ、涙が止まりません』
公園まで移動したクレナは、ベンチに座ってオーベムへの尋問会を開始していた。
オーベムはクレナの質問に対しては脳に直接返答を送り、クイタランの質問(?)には鳴き声らしきもので、一つ一つ返答をしていた。
「レモー、そんな貴重な飴を私にくれたんだ……」
クレナは思い返す。
バトル後にクイタランをボールに収納したクレナに、レモーは「これでも食べさせたら?」と飴を握らせたのだった。
その時レモーの行為の意味を考える余裕など無かったのだが、これはレモーなりのエールであったのだろう……
「も、勿体無いことをしたかも」
『はて、今何か』
「いやいや。質問続けるよ。そもそも、どうしてポケモンなのに人間の言葉を話せるの?」
「ピイイイイイ!」
「わっ」
『おっと、失礼。興奮してしまいまして……「よくぞ聞いてくれました!」』
オーベムはピヘンと咳をし、クレナ達に語り始めた。
『かつて、好奇心あふれるリグレーだったワタシは出会ってしまったのです。ジェントルマンの中のジェントルマンな人間に』
『彼は人間。ワタシはポケモン。ですが、その紳士的な姿にワタシは憧れました。ワタシもかくありたいと!』
『ワタシは彼のお屋敷にこっそり入っては、彼を観察し、書物を手に取り、ジェントルマンとしての振る舞いを学びました』
『人間の言葉を覚えるには大変苦労しましたが、それでもワタシは勉強しました。紳士として、私は彼と対当に会話がしたかったのです』
『ところが……ようやくワタシが人間の言葉を覚え、サイキックで伝える技術を身に着けた矢先、あの方は急逝されてしまいました』
『失意に暮れたワタシは、当てもなく彷徨いました』
『研鑽を積み、紳士としてのレベルを上げてきたワタシでしたが、残念なことに仲間のリグレーと異なり、攻撃的なサイキックを覚える余力は残されていませんでした』
『結果、食事もとれず。あのように行き倒れていたというわけです』
『紳士であるワタシは、本来は無作為に人間に念を飛ばすことは致しません。ですが、死ぬか生きるかの瀬戸際でして、ワタシは最後の力で念を飛ばしました』
『幸運なことに、ワタシの念は貴方に届いた。貴方はワタシに貴重な飴を恵み、そして医療施設にまで送り届けてくださった』
『貴方はどうやら、新人のポケモントレーナー。ワタシは決めましたとも。このジェントルマンたるオーベムが、貴方の旅の支えになると!』
「な、なるほど」
オーベムから連続で飛ばされた念にややくらくらしながら、クレナは頷いた。
「確かに、バッジを3つも持っているレモーに追いつくには……くい太以外のポケモンも育てないと駄目かもしれない」
『強いトレーナー同士の対戦ともなると、複数体の所持は前提条件であると聞き及びます。あの方もそうでした』
「紳士の人は、ポケモントレーナーだったの?」
『ええ。あの方はジェントルマンであると同時に、凄腕のベテラントレーナーでもありました。ワタシはあの方のポケモンではありませんでしたし、なれませんでしたが……あの方が連れていたポケモンは、どれも逞しかった。その中でも、あの方がエースとしていた炎のポケモンは特に強かった』
「それってクイタラ」
『いえ、クイタランではありませんよ。あのようなジト目ではなく。精悍な顔つきの犬ポケモンでした』
ちらり、とオーベムはクイタランを挑発するような目つきで見る。
嫌味を言われたことを察したのか、クイタランはちろりと口部から炎を纏った舌を出した。
「ぶも」
「ピィイイイ」
「ぶもも」
「ピピィイイイイイイ」
次第に熱が入ってきたのか、オーベムとクイタランは対峙し、(オーベムはどこか紳士的にではあるが)お互いに威嚇を始めた。
クイタランを止めよう、と手を伸ばしかけたクレナだったが、
―ワタシはあの方のポケモンではありませんでしたし、なれませんでしたが―
「…………」
彼女はベンチから立ち上がり、鞄から空のボールを取り出した。
「良いよ、オーベム。私は君をゲットする。ポケモンバトルだ」
『おや、ワタシは無条件で貴方と同行するつもりでしたが?』
クレナの実力は、オーベムの憧れた「紳士」なる人物には到底届かないだろう。
だが、彼の主人となるからには、それなりの力を示さなければならない。
「いや、ここは引けない。新人だけど、私はトレーナーだから。認めてもらわなくちゃ、主人になんてなれないよ」
『……なるほど。貴方の考え、よくわかりました』
オーベムはサイキックでふわりと宙に浮き、両腕を背中に回した。
『お受けしましょう、ポケモンバトル。新人トレーナーよ。このワタシを捕獲することが出来ますかね?』
空のボールを握りしめるクレナは、クイタランと共にオーベムを見据えた。
「ピイイイイイッ!」
鳴き声とともに、オーベムのサイキックが迸り、握りしめたモンスターボールが震える。
「行くよ、くい太。これが私たちの、初めてのポケモン捕獲バトルだ!」
―あのポケモンジェントルマンに教えてやるのだ。
「ぶもう」
―クレナの相棒のクイタランの炎も、中々に熱いものであるということを!