22話:いざ送り火山へ
「はぁ、ああ。なんて、運動音痴に厳しい町なんだろう、ここは……」
ツリーハウスの町にて、少女クレナは、汗を流しながら樹々の間に掛けられた橋を渡っていた。
樹々が生い茂るこの町の建物は、何と樹上に設置されている。それ故移動も梯子を登ったり降りたりで一苦労なのであった。
「バリアフリーの概念が此処まで無いのも凄いよね」
ようやくポケモンセンターまで辿り着いたクレナは、ポケモン達をセンターの職員に預け、併設されているカフェにてマゴジューズを購入した。
(この町はマゴの実の原産地として有名である)
「……どうしようかなぁ」
マゴジュースを呑みながら、クレナは思案する。
彼女は6つ目のバッジを手に入れるべく、先程この町のポケモンジムに挑戦したが、見事にボコボコにされてしまったのだった。
この町のジムの専門は「飛行」であり、クレナは相性で有利な氷タイプのフリージオで挑んだのであるが、フリージオはジムリーダーが操る飛行ポケモンの先制攻撃に、敢え無く撃ち落とされてしまったのだ。
「もう一度挑めば、今度は勝てる気はするんだけどさ」
先の試合は負けてしまったが、クレナには対抗先が見えていた。
フリージオは念力や電撃と言った所謂「特殊攻撃」には鉄壁の耐性を持っているのだが、一方で打撃といった「物理攻撃」に極端に弱いポケモンである。ジムリーダーとの試合ではその弱点が狙われ、攻撃を放たせる前に、強烈な先制物理攻撃を受けてしまったのだ。
だが、フリージオの素早さは飛行ポケモンに決して引けを取らない。クレナは、フリージオならばジムリーダーのポケモンより素早く、強烈な先制攻撃を与えることが可能であると考えていた。
「……でも、レベルアップする良い機会かもしれないね」
この町に来るまでに何度かトレーナーと野良試合をしたが、複数個のバッジを有する高ランクトレーナーとの対戦の機会が増えてきた今、クレナは実力の底上げの必要性を感じていた。
今回の敗戦は良い機会だ、とクレナは、カフェの壁に設置されているタウンマップを眺める。
この町の先には、サファリゾーン、そして霊園である送り火山への船着き場がある。
近辺で鍛えるという手もあったが、この一帯の天気は直ぐ崩れる。更に道中で見えないカクレオンの「壁」に何度もぶつかってしまったクレナとしては、避けたいところであった。
「行ってみようかな、送り火山」
温泉で出会った大人のお姉さんの、お勧めポケモン修行スポット送り火山。
マゴジュースを呑みながら、クレナは次の目的地を定めたのであった。
***
「というワケで、やって来ました船着き場」
『クレナ様、本当に行くのですか?』
「いや、そりゃあ、お化けは怖いけどさ……」
クレナはオーベムと話しながら、船着き場にて送り火山行きの船を待っていた。
プロトレーナーにもなると、水棲ポケモンの背に乗って海を渡る者が大半であるが、クレナと彼女のオムナイトには難しいことであった。(クレナは以前、ロープと借りた浮き輪を利用してオムナイトの「波乗り」を試したことがあるのだが、バランスが取れず、見事に浮き輪ごとひっくり返ってしまったのだ)
『ワタシ、あまり良い予感がしないのですよ。船着き場に来るまでに、災いポケモン「アブソル」も見てしまいましたし……』
「ジェントル。アブソルが災いを呼ぶってのは迷信だよ」
『うむむ……それは、そうかもしれませんが……しかし……』
オーベムはこの期に及んで、送り火山行きを渋っている。
だが、クレナの気持ちが変わらないことを悟ると、仕方がないと覚悟を決め、自らの胸に手を当てた。
『わかりました。このジェントル、クレナ様の安全確保に努めますとも』
「ありがとうジェントル」
『くい太も努めてくださいね、安全確保!』
オーベムは、同じくクレナの脇に控えていたクイタランに促すが、クイタランは無言のままオーベムを眺めている。
「…………」
『ついでに、ワタシの安全も確保して頂けると助かるのですが』
「…………」
「ピィィー!?」
ジト目のクイタランに焦るオーベムであったが、そんな彼らにフレンドリーに声を欠ける存在があった。
「やあ。送り火山に行くのかい?」
「わっ」
それは、緑色のポケモンを伴い、船から降りてきたお巡りさんの青年だった。
「お墓参り?」
「い、いえ。ちょっと、ポケモンのトレーニングをしようかと」
「あそこを修行の場所に選ぶなんて通だねぇ。でも気をつけなよ」
「え?」
「最近、凶暴なポケモンが出るって通報が立て続けに入っているんだよ。さっきも、このノクタスと一緒に見回りに行ったところさ。なぁ、ノックマン」
「ズァア」
トゲトゲの腕。
帽子のような頭部の突起。
黒い穴から覗く黄色の眼。
緑色のポケモン「ノクタス」はビシッとクレナに敬礼をする。
どうやら、彼はポリスポケモンとして訓練されているらしかった。
「うわ、凄い!」
「彼は悪タイプだけども、立派なポリスポケモン。正義感は人一倍さ」
クレナの反応に、お巡りさんは笑顔になっている。どうやら、相棒が賞賛されたことが嬉しかったらしい。
「まぁ凶暴なポケモンとは関係なしに、あんな所で野宿しようなんて考えないで、終便には戻ってくるんだよ」
「は、はい。それは勿論」
「頼もしそうなお供がいるし、大丈夫だとは思うけど……気をつけてね」
ノクタスを連れたお巡りさんに見送られ、乗船したクレナは遠くに見える島を眺める。
「雰囲気があるなぁ」
島が近づくにつれて、クレナは不安が強くなっていくことを自覚した。
自意識過剰であるとは思うものの、あの島から、何者かの視線を感じてしまうのだ。
「くい太……」
クレナは、脇のクイタランの腕を握る。
「…………」
クレナに腕を握られるクイタランはその手を拒否することなく、ただ少女の不安をその身に受け止め、一言鳴いた。
「ぶも」
***
送り火山に向かう船が一隻。
そして、送り火山から甲板の少女を見つめる目が一つ。
―嗚呼、あの人間の子供は。
―間違いない。
―俺の苦痛を呼び起こす、あの子供は……!
「ジュオォ」
―お前が、あの男のように、忌まわしい球使いになったというのなら。
「ジュオオオオオオオオオオオッ……!」
―その死をもって歓迎するぞ。
―クレナイ・クレナ!
少女を見つめる送り火山の「ぬし」は、拳を握りしめ、真紅の瞳を更に赤く染めた。