21話:湯煙温泉と大人のお姉さん
少女クレナが旅の途中で訪れた温泉街。
この街が有する炎タイプ専門ジムにて、「ジムトレーナー」の短期アルバイトをすることになったクレナであったが、彼女はこの滞在を満喫していた。
ジムリーダーを始めとする街の人たちの雰囲気は良く、食べ物も美味しい。
そして何より、綺麗好きなクレナにとっては、「温泉街」であるという点が好ポイントであった。
「いい汗流したなぁ。さあ、温泉温泉」
相棒のクイタランと共に今日のバイトを終え、宿泊先であるポケモンセンターに戻るクレナの足取りは軽い。
この街のポケモンセンターには温泉施設が併設されており、トレーナー修行期間である者は無料で入浴できるという破格のサービスが行われているのだ。
「くい太は入らないの? 折角ポケモンも入れる浴場があるのに」
「ぶ」
「暖かいんだよ、温泉は。炎タイプでも気にいると思うんだけど」
「ぶっ……」
クレナのクイタランは根っからの風呂嫌いであった。
バイト先のジムに設置されている砂風呂はそこそこ好感触であったが、いくら温泉が暖かくとも、「水」に入るという行為を彼は嫌っていた。
「しょうがないなぁ。じゃあ、今日もおむ奈とジェントルで楽しんでくるよ」
温泉施設に入館したクレナは、強情なクイタランをモンスターボールへと収納し、それぞれ「虫」と「氷」のシンボルマークが付けられたボールと共に、受付へと預けた。
「お客様、浴場へお持ち込みのポケモンは……」
「オーベムとオムナイトです」
クレナは「エスパー」と「水」のシンボルマークが付いたモンスターボールから、オーベムとオムナイトを呼び出す。
オーベムは丁寧にお辞儀をし、オムナイトはクレナの腕の中で元気よく触手を揺らして受付係へと挨拶をした。
「確認いたしました。それでは、この識別リングをポケモンにお持たせ下さい。雄は男性浴場へ、雌は女性浴場へお願い致します」
渡されたのは、番号が書かれたICプレートが付いたリングであり、人間が持たされる脱衣所ロッカーの鍵とお揃いの形状となっている。
『クレナ様。それではまた後ほどに』
「うん。あとでモーモーミルク買ってあげるよ」
リングを腕にはめ、雄であるオーベムは単身男性浴場へと向かい、クレナと雌であるオムナイトは女性浴場へと向かった。
一昔前はポケモンとの混浴場では性別の仕切りは無かったが、現在では一部のポケモンの形状が考慮され、殆どの温泉施設がポケモンの雌雄別入浴を定めている。
「ホントはりじ夫やジーンも入れたら良いんだけど、流石に、あの二人にはお風呂は厳しいからね……」
脱衣所で服を脱ぐクレナの傍で、おむ奈は己の殻をむにむにと触っている。
どうやら、クレナの真似をしているらしい……
「さぁ入ろう入ろう」
「キィイ!」
浴場には既に数多くの先客が入浴しており、その多くがポケモンを伴っていた。
トレーナー優遇のポケモンセンター併設温泉施設という性質上、客もトレーナーが大半を占めているのだ。
「おむ奈。毎度のことだけど、レディたるもの、マナーは守らなくちゃいけないよ」
「キィ」
「湯船に浸かる前に……身体を洗っておくんだよ」
クレナが髪と身体を洗う横で、オムナイトは湯桶に貯められた湯に浸かり、殻に触手を伸ばして砂を落とす。
ポケモンに人間の常識が伝わったかは定かではないが、どうやら、クレナの真似をしているらしい……
「おむ奈おまたせ」
自らの身体を洗い、オムナイトの殻に付いた汚れを落としたクレナは、オムナイトと共に混浴の湯船へと向かう。
(この温泉施設のメインターゲットはポケモントレーナーであるが、健康面を考慮し、人間限定のコーナーも設けられている)
「キィイ」
クレナに抱えられながら湯船に浸かるオムナイトは、嬉しそうに触手を動かす。
「ぶ、ぶへっへへ。お、おむ奈。くすぐっひゃい……!」
彼女の触手が肌をくすぐり、クレナは変な笑い声をたててしまった。
「あら。可愛いオムナイトね」
「あ、はは。とても元気な子でして」
掛けられた声にクレナが振り向くと、そこには茶色のポケモンを抱えた大人のお姉さんがいた。
「あ、そのポケモンは……」
紅い目。
お椀のような甲殻。
背中に付いた、小さな点々。
「カブトよ。素敵でしょう」
「確か、カントー地方のポケモンですよね。絶滅種の……」
クレナがオムナイトの生態を調べた際に知ったことであるが、このポケモン「カブト」は、オムナイトと共に、カントーを代表する絶滅種であり、化石マニアの間で高い人気を誇っているポケモンである。
「育成中なの。進化させて、ポケモンリーグに連れて行こうって考えてるわ」
「ポケモンリーグに出場するんですか?」
「だって、私はポケモントレーナーだもの。トレーナーならば誰もが目標にするし、夢見るわ。貴方は違うの?」
「……私も、出場を考えています」
「じゃ、私達ライバルね」
大人のお姉さんはクスクスと笑い、カブトの背中に指を滑らせた。
「カブトはね。今は可愛いけれど……進化したらとっても逞しくなって、強くなるの。その辺、貴方のオムナイトと同じね」
「進化……」
クレナは温水でふやけるオムナイトを見つめる。
「キィ?」
「うぅん。イメージつかないなぁ」
クレナはオムナイトの進化後の姿を知ってはいるのだが、この可愛いおむ奈からは、どうにも図鑑で見た進化後の姿が結びつかなかった。
「バッジはどのくらい持っているの?」
「5つ集めました」
「あぁ、それじゃあいよいよ正念場ね。ランク5を超えると、ジムリーダーも相応のポケモンを出してくるし……そうね」
大人のお姉さんは、楽しそうにクレナに語った。
ヒワマキ方面に向かうならば、サファリゾーンも良いが、送り火(おくりび)山に赴くと良いと。
「我が地方が誇る四天王の中にも、そこで修行した人がいるらしいわ」
「……確か送り火山って、おばけが出るって聞いたことが……」
「可愛くて珍しいポケモンもいるわよ。チリーンを生で見れるかも?」
チリーン。
それは希少種であるが、外観の愛らしさから、女の子の間でとても人気の高いポケモンである。
「生チリーンは、見てみたいかも……」
「観光名所でもあるし。寄ってみて損はないと思うわよ」
大人のお姉さんはカブトを抱えて立ち上がり、クレナに微笑んだ。
「もしポケモンリーグで会ったなら、私のカブトプスの強さを見せてあげるわ」
「え、ええ。その時は、負けません」
去っていく大人のお姉さんとカブトの背中に「ばいばーい」と触手を揺らすオムナイトの傍で、クレナは息をついた。
「…………」
―あの自信と、余裕は、実力の裏付けなのだろう。そして、あの魅力的な身体!
―色々な意味で未熟な私が、あんな彼女たちが集まるポケモンリーグで勝ち抜くことができるんだろうか?
「とりあえずさ。行ってみようかな、送り火山」
「キィ?」
「おばけは怖いけど。チリーン見てみたいしね」
クレナが目指すは、「未来のポケモンマスター」の打倒。
余りに高い目標にくらくらしながらも、クレナはポケモン達と共に、彼女なりのペースで前に進んでいくのであった。
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-----おまけ-----
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ついつい長湯してしまったクレナとオムナイトは、ロビーでオーベムの姿を探した。
「ジェントル待ってるかな」
「キィ」
冷たいモーモーミルクかミックスオレを買ってあげようと、小銭を持つクレナであったが、オーベムは思わぬ場所で待っていた。
「……ピィ……ピィフフフフ……」
オーベムは無料のマッサージチェアに座り、機械に身体を解されながら、とても気持ち良さそうに眠っていたのだった。
その姿はもはやポケモンでは無く、人間のおじさんのようであり……
時折、通りかかる人がオーベムの写真を撮る中で、クレナは吹き出した。
「い、今飲んでなくてよかったよ、モーモーミルク……」