20話:技マシン万歳
洞窟を抜けた先に広がる、この地方でも有数の温泉街。
この街のポケモンジムは、炎タイプを専門としているジムであった。
ジムリーダーの女性が繰り出す炎ポケモンは凄まじい火力を誇ったが、クレナは見事初戦で勝利を収めることができた。
炎攻撃を受け付けず、そして炎タイプの弱点を突く技を有するクイタランが、クレナに白星を与えたのだ。
かくしてランク5戦を勝利し、5つ目のジムバッジを手に入れたクレナであったが、彼女は一週間ほど、この地に留まることになった。
―ねぇ。ジムトレーナー、やってみない?―
何でも長期休暇を取るジムトレーナーがいるらしく、その穴埋めとして、ジムリーダーが直々に、クレナを短期バイトに誘ったのだ。
丁度資金稼ぎの必要を感じていたクレナはその提案に応じ、彼女は「炎タイプジムトレーナー」としてのアルバイトに勤しむことになった。
炎タイプのジムトレーナーとして、炎タイプのクイタランと共に挑戦者を迎え撃つ日々。
挑戦者が繰り出すポケモンは、当然ながら炎タイプへの相性が良いポケモンが多い。そんな彼らを、クイタラン一匹でどのように攻略するか?
クレナのポケモントレーナーとしての経験が試されるバイトであった。
―コータス! オーバーヒートッ!―
給料以上に得るものがあるバイトであるが、ジムリーダーのポケモンバトルを間近に見ることができることも、クレナにとって幸運なことであった。
ジムリーダーのポケモンが使用する炎技はどれも強力であるが、その中でも「オーバーヒート」と呼ばれる技の威力は群を抜いた威力であった。
もしもクイタランが炎への強い耐性を持っていなかったならば、あの技の前に、クレナ達は勝利することはできなかっただろう。
「いやぁ、ジムリーダーはやっぱり凄いね。くい太も、あんな大技が使えるようになるのかな……?」
本日の業務を終えてジムを後にするクレナは、脇で歩くクイタランをちらりと見る。
「こう、炎ポケモンらしい、ダイナミックな技があると良いよね」
「ぶ」
「いや、炎の渦や炎の鞭も、良い技だとは思うけどさ」
クイタランはただジト目をクレナに注いでいる。クレナは相変わらずなその表情に吹きだしながら、首を振った。
「まぁ、そんなに簡単にはいかないよね。「技マシン」があれば、パッと覚えられるのかもしれないけどさ」
技マシンとは、ポケモンに瞬時に「技」を習得させることのできる機械である。ポケモントレーナー御用達とも言えるアイテムであるが、その価格は高く、学生がそう気安くに手に入れられる代物ではない。
加えて、クイタランと共に過ごすクレナにはわかっていた。そもそも、クイタランの種族が強みとするのは火力ではなく、使える技の幅の多さ、器用さなのであると。
だがそんな中。
彼らの前に、興味深い催しが開かれていた。
『さぁさぁ、トレーナーさん寄ってらっしゃい! ポケモンくじ一回500円! 特賞は何と技マシン「オーバーヒート」だ!』
「こ、これぞメイクドラマ」
何やら、ポケモントレーナー向けのくじ引きが行われているのだ。
「バイト代があるし……二回だけ引いてみようかな」
「ぶ?」
「オーバーヒートの技マシン、やっぱり欲しいよ!」
クイタランを連れて、行列に並ぶクレナ。
「…………」
クイタランの視線は5等の「ポケモン用温泉まんじゅう」に向けられているが、クレナは天に祈った。
「どうか、私に技マシンを」と。
目の前のトレーナーがティッシュを引き当てて去り、遂にクレナの番がやってきた。
変わらず温泉まんじゅうを見つめるクイタランをスルーし、お金を渡したクレナはガラガラがプリントされた抽選機のハンドルを手に取り、回転させた。
「……!」
二つの球体が零れ落ち、カランカランとベルが鳴らされる。
「凄いなお嬢ちゃん! 二つとも技マシンだよ!」
豪運の少女であったが、クレナは祈り方を間違えた、と苦笑いをした。
渡された景品は、特賞のオーバーヒートではなく二等の景品であり……クレナの知らない技マシンであったのだ。
****
「「鋼の翼」に、「メロメロ」だってさ」
二つの技マシンに同封された説明書を読み、ボールから出したポケモン達を見るクレナ。
「まず、この「鋼の翼」だけど……翼を鋼鉄のように硬くして、攻撃する技なんだって」
技マシンはポケモンに瞬時に技を覚えさせることができるが、全てのポケモンが習得可能というわけではない。
その技を使える素質のある種族でなければ、覚えさせることができないのだ。
クイタラン、オーベム、テッカニン、オムナイト、フリージオ。
果たして、彼らの中に「鋼の翼」を覚えるポケモンはいるのだろうか?
「覚える可能性があるとすれば、ジーンだけど」
「ジジッ」
「ジーンのは「翼」じゃなくて、「翅」だからなぁ……」
テッカニンの翅は、そもそも敵を直接切り裂くために備わっているものではない。加えて、精密動作を要するものであり、無理に攻撃に使えば、痛めてしまう可能性がある。
クレナは鋼の翼を使用するテッカニンを想像するが、「無理にそんな技を使うよりも、直接爪で攻撃した方がずっと良い」という結論に至った。
「他の皆は翼っぽいものは無いし。残念だけど、誰も使えないかな」
残念、と「鋼の翼」の説明書を片づけるクレナであったが、
『クレナ様。ワタシ、試してみたいです』
オーベムがクレナに念を送り、挙手をした。
「ええっ? でもジェントル。鋼の翼って、こんな技なんだよ?」
クレナはポケモン図鑑を操作し、「鋼の翼」の項目の動画を再生する。
動画では、エアームドが鋼鉄の翼を更に硬化させ、獲物へと叩きつけている姿が映し出されていた。
『確かにワタシに翼はありませんが……それでも、もしかしたら……その機械でならば、ワタシも強力な技が覚えられるかも、と』
オーベムはピィと小さく鳴く。
クレナは、思い返した。かつて、オーベムが語っていた言葉を。
―研鑽を積み、紳士としてのレベルを上げてきたワタシでしたが、残念なことに仲間のリグレーと異なり、攻撃的なサイキックを覚える余力は残されていませんでした―
クレナのオーベムは補助技を得意としているが、使える攻撃技は「念力」程度のものである。
オーベムの気持ちを察したクレナは、鋼の翼の技マシンを手に取り、オーベムの傍に屈んだ。
「だったら、やるだけやってみようか。ジェントル」
技マシンには何度も使用できる円盤型、そして、一度きりの使い捨てである箱型のものが存在し、クレナが引き当てたのは後者であった。
クレナは箱型の技マシンを開封し、二つに分けて、オーベムの頭部を挟みこんだ。
クイタラン達が見守る中、クレナがボタンを押すと、技マシンからパチリという音と共に、火花が散る。
「……つ、使えた?」
クレナが技マシンの「使用済み」の表示を覗く中、オーベムはぶるりと震え、クレナに念を送った。
『クレナ様。何だか、出来る気がします。「鋼の翼」が』
「えっ」
『見ていてください。ワタシの、新たな力を!』
オーベムは両腕を操り、サイキックパワーを練り合わせる。
すると驚くべきことに、可視化されたサイキックがオーベムの背に集まり、翼の形を成した。
「ピピィ」
オーベムはクイタランに呼びかける。どうやら、新技を彼で試すつもりらしかった。
「ぶも」
了承したクイタランが構えた瞬間、念力で浮くオーベムは、サイキックパワーで形成された翼を広げ、クイタランへと突撃する。
「おおっ!」
「ジジッ」
クレナ達が見守る中、鋼の翼は見事炸裂した……が、
「ピィッ?」
その翼はあまりに儚いものであった。
鋼の翼は、あっさりとクイタランの爪に捕えられてしまい、クイタランが腕を振り上げると同時に、拡散して消えてしまったのだ。
「……ピィイイイ……」
翼をもがれて地面に落ちたオーベムは、しょんぼりと鳴いた。
オーベムという種族にとって、無理やり念動力を物理攻撃に転用する「鋼の翼」は実用的な技ではなかったのだ。
「ジェントル。落ち込まないで」
クレナはオーベムの手を取り、その身体を立たせる。
「無理やり強い技を覚えなくたってさ。ジェントルには何度も助けられたし……いつだって、頼もしく思っているよ」
『く、クレナ様』
「それじゃあ、気を取り直して。今度はこっちを見てみようか」
オーベムを慰めたクレナは、次に「メロメロ」の技マシンと説明書を取りだした。
「なになに。メロメロは……い、「異性のポケモンを誘惑して行動不能にさせる技」……?」
なんじゃそりゃ、とクレナは思わず口にした。
オーベムを通してポケモン達に技の説明をすると、彼らも「なんじゃそりゃ」という反応をクレナに返した。
「種族が違うポケモンにも効くの? 何だか怖い技だなぁ」
クレナはジェントルに「如何?」と尋ねると、彼は後ずさりながら丁重に遠慮をした。
「ジーン。どう、覚えてみる?」
「ジジィー」
テッカニンに尋ねると、彼女は不機嫌そうに鳴いた。
どうやら、騎士の心を持つ気高い彼女は、攻撃技の方が好みである様子だった。
「おむ奈は?」
「キィ?」
オムナイトはぬるぐちょの触手を動かし、身体を揺らす。
「……いや、流石に、おむ奈にはこういう技はまだ早いか」
オムナイトは、まだ幼い女の子である。
そんな彼女に、異性を誘惑する技が使いこなせるとは到底思えなかった。
「くい太なら、案外使いこなせたりして?」
次にクイタランに尋ねるクレナであったが、
「…………」
クイタランはジト目のまま、無言を貫いている。
どうやら、全くメロメロという技に興味が無いようであった。
「そ、それじゃあ……」
「リィン」
クレナは最後に、フリージオを振り返る。
流石に、メロメロは性別も判別できないフリージオには無理のある技だろう。
クレナはそう考えたのだが、
「リィイイインッ!」
「え?」
クレナは眼を丸くした。
フリージオは、触手を動かし、挙手に近いポーズを取ったのだ。
「まさか、覚えたいの? りじ夫……」
「リィイン」
はやくはやく、とフリージオはいつに無く積極的にクレナに迫る。
「わあっ、冷たい冷たい! わかったわかった、やってみよう!」
フリージオがクレナに接触するほど迫り、クレナは慌てて技マシンの箱を開封し、二つに分けた。
「じゃあ、行くよ」
片方をオーベムに持ってもらい、もう片方をクレナが持ち、フリージオを挟みこむように分割した箱型技マシンを構えるクレナ。
ボタンを押した瞬間、分割された箱から火花が散り、ぶるり、とフリージオは震えた。
「……おぉ、使用済みになった。上手くいったかな?」
「リィイイ!」
フリージオはぐるりと回り、触手をうねらせていたオムナイトへと視線を向ける。
「り、りじ夫。もしや、君は」
『メロメロで、おむ奈を魅了する気ですね』
どうやら、フリージオがメロメロを覚えたがったのは、この為であったらしい。
クレナの了承を得る前に、フリージオはオムナイトの前で触手と共にくるくると回転をし、メロメロを放った。
「……キィ?」
だが、何も起こらない。
オムナイトはきょとん、とフリージオを見つめるばかりである。
「リリン」
「キキィ?」
「……リリリィン……」
しょぼん、とフリージオはオムナイトに背を向ける。
どうやらメロメロは不発に終わったらしい。
「……う、うーん。メロメロは異性に効く技らしいから、もしかして、りじ夫はおむ奈同様、女の子である可能性があったりして……?」
クレナは「ものは試し」とフリージオに、クイタランへメロメロを放つように指示を出した。
渋るフリージオだったが、彼が放ったメロメロはオスであるクイタランに……
「…………」
「…………」
全く効かなかった。
メロメロの技自体は出ているはずなのだが、彼のメロメロは、オスに対しても、メスに対しても、上手く決まらないのだ。
「リィイイイイ……」
「あわわわわわわわ」
暑くもないのに、一人水蒸気になろうとするフリージオを、クレナは慌てて引きとめた。
「めげるな、しょげるな、りじ夫! そんな技に頼ることなんてないよ! 確かに君はモテないかもしれないけれど! それでも私は君の強さと魅力を良く知っているよ……!」
クレナは、フリージオを励まそうとあたふたしており、人間の言葉を解するオーベムは、その致命的なフォローがフリージオに届いていないことに安堵した。
人の言葉がわからないのも、時には幸せなことであると……
「泣かないで、りじ夫」
「リリィ」
「私は君の味方だよ!」
「リィイイイン!」
言葉は伝わらないとしても、クレナの優しさは十分に伝わったのか。
感極まったフリージオは、クレナと共においおいと泣いた。
「ぶ」
「ジー」
「キィ」
『ははは……な、何でしょうね、コレは』
かくして技マシンは見事に無駄になったのであったが、代わりに、クレナと喪男フリージオは謎の友情を手にしたのであった……