19話:不思議な結晶ポケモン
伝説のポケモン「レジアイス」と勘違いして、結晶ポケモン「フリージオ」を捕獲した少女クレナ。
その誤解は解けたが、フリージオは不思議が一杯の生き物であり……クレナは彼と共に過ごすことで、ポケモンの奥深さを目の当たりにすることになった。
―クレナ・メモ:フリージオの食生活―「え、肉食?」
クレナがまず驚いたのは、フリージオの食生活である。
「巨大な氷の結晶」と形容できる身体を持つフリージオだが、その生命の維持に必要なものは、水、そして肉であるというのだ。
「どうやって食べるんだろう」
クレナはポケモンセンター職員からのアドバイスを受け、購入したケンタロスの切り身をフリージオに差し出したところ、フリージオは器用に氷の鎖で肉を絡め取り、口元へと運んだ。
この氷のボディの中に、胃袋があるのだろうか?
排泄はするのだろうか?
そんなことを考えていたクレナであったが、フリージオはやがて、口元から凍りついた物体を取りだした。
「なるほど。食虫植物みたいなものなんだね」
それは、養分が吸い尽くされ、カラカラのカサカサになった肉の残骸であった。
後に読んだ資料によると、野生のフリージオは、獲物を氷の鎖で仕留めた後に、鋭利な氷の身体を利用し、食べやすいサイズに切り取って捕食するとのことであった。
フリージオの身体が冷たい氷でできているのも、鋭利な身体を持っているのも、それは彼らの種族が生きるための「進化」であったのだと、クレナは悟った。
―クレナ・メモ:フリージオとのスキンシップ― 氷の身体を持つフリージオに直接触ってしまっては、霜焼けは免れない。
特にフリージオの身体から伸びる氷の鎖は、マイナス100℃に至るのだ。
「そりゃあ、こうなるよね……」
うっかりフリージオに素手で触れて痛い目に遭ってしまったクレナは、トレーナーショップへと立ち寄った。
氷タイプのポケモンは、少なからず身体に氷で出来た部位を持つ種族が多い。
氷タイプポケモン用のグッズコーナーへ向かうと、そこにはクレナの予想通り、スノーグローブが用意されていた。
氷ポケモン専用グローブはクレナのお財布泣かせの値段であったが、背に腹は代えられない。
覚悟を決めて、好きな色である紅のグローブを購入したクレナは、改めてフリージオと向き合った。
「りじ夫、今度は大丈夫だよ」
グローブを着用したクレナは、「りじ夫(お)」という安易な名前を与えられたフリージオに手を伸ばし、ちょん、とその身体に指先で触れる。
だが、フリージオはリィン、と美しい鈴の音で鳴き、その身をよじった。
「ありゃ?」
『ふぅむ。どうやら彼は、照れ屋さんなようですね』
様子を見ていたオーベムの念が、クレナに送られる。
「照れ屋さん……」
「リリィン……」
フリージオは、氷の鎖を揺らしながら、恥ずかしそうに鳴いた。
―クレナ・メモ:消えたフリージオ― それは、正しく熱戦だった。
「炎の抜け道」と呼ばれる、歩いているだけで汗が出る洞窟で挑まれたポケモン勝負に、クレナはフリージオを繰り出した。
対戦相手はクレナと同じくバッジを4つ保持しているトレーナーであるらしく、彼が呼び出した「バクーダ」は、強力な炎技を操るポケモンであった。
熱気と冷気のぶつかり合い。
相性の悪い戦いであったが、勝利したのは、クレナのフリージオであった。
「やった、流石りじ夫!」
バクーダが倒れ込み、クレナは立ちこめる水蒸気の中、フリージオへと賞賛を送る。
「リィイイイン」
フリージオの声も嬉しそうに応えるが、水蒸気が晴れたとき、そこにフリージオの姿は無かった。
「あれ。りじ夫?」
きょろきょろと周囲を見回すも、どこにもフリージオは見当たらない。
「え? あれ?」
氷タイプのシンボルマークが貼られたボールを確認するも、当然のごとく空である。
「どうしたんだ?」
「あの、その、フリージオが見当たらなくて」
手持ちを総動員させて探すが、フリージオは見つからない。
対戦相手のトレーナーも一緒に探してくれたが、どこにもフリージオの姿は見当たらない……
「まさか。と、溶けちゃったんじゃ……」
「い、いやいや。そんな後味悪いこと言うなよ。アイツ、俺のバクーダの炎技にも耐えてたじゃないか」
ここにいても仕方が無い。
一先ず、近くの街まで行って、ポケモンセンター職員に相談しよう。
そうトレーナーに諭された涙目のクレナは、彼と共に洞窟の出口に向かった。
熱い洞窟を抜けた途端、涼しい風がクレナを包む。
「リィン」
「あ」
涼しい風は冷たい風へと代わる。
行方不明のフリージオが、もじもじとクレナの前に現れたのだ。
「り、りじ夫〜!」
「何だ何だ、どこから出てきたんだ!?」
フリージオに手を伸ばすクレナと、突如現れたフリージオに仰天するトレーナー。
フリージオの失踪と、突然の出現。
ポケモンセンターに辿りついた彼らが職員に尋ねたところ、職員はにこやかに回答をした。
「フリージオはね。体温が上がると、水蒸気となって姿を消して……体温が下がると、また元の氷のボディに戻るのよ」
「ええっ。で、ですけど、バトル中は水蒸気にはなりませんでしたよ?」
「うーん……気合いの問題じゃないかしら?」
水蒸気になったり、氷になったり。
フリージオはどこまで不思議な生命体なのだろうか。
出会ったトレーナーと共に、「ふーむ」と息をつくクレナであった。
***
「これで五体目。旅も賑やかになったなぁ」
名物の温泉饅頭を食べながらベンチに座るクレナは、目の間で寛ぐ五体のポケモンを見渡す。
クイタランの、くい太。
オーベムの、ジェントル。
テッカニンの、ジーン。
オムナイトの、おむ奈。
そしてフリージオの、りじ夫。
ポケモンリーグで勝ち進むと、六体のポケモンを使用したフルバトルルールでの試合となる。
クレナとしては、後一匹、ポケモンを捕まえたいと考えていた。
「それにしても。りじ夫、君には性別が無いって本当?」
「リィイイ?」
クイタラン、オーベムはオス。そして、テッカニンとオムナイトはメスである。
だが、ポケモン図鑑によると、フリージオの種族には、雄雌の違いがどこにも無いとのことであった。
「キィ!」
「リリッ……」
そんな中、オムナイトがフリージオへとフレンドリーに挨拶をする。
フリージオは驚いて「くるり」と一回転をし、もじもじと氷の鎖を揺らす。
「ピピィ?」
「リ、リィ」
「ピピピピィ?」
「リリィン!」
その様子を見ていたオーベムは彼に声をかけるが、フリージオは氷の鎖でオーベムを軽く突き、威嚇した。
「どうしたのジェントル」
『ふふふ。どうやら、彼は……』
「?」
『おむ奈のことが気になっている様子です』
紳士たるオーベムは、案外この類の話が好きであったのか。
オムナイトを「ちらりちらり」と見つめるフリージオの姿に、オーベムはピフフと笑った。
「……ふむふむ」
クレナが改めてフリージオとオムナイトを観察すると、確かに、フリージオはオムナイトのことが気になっている様子であった。
だが一方で、オムナイトの少女は誰にでもフレンドリーな個体であり……特に脈はなさそうであった。
「うん。正解だった」
「ぶも?」
なんのこっちゃと視線を送るクイタランに構わず、クレナは一人満足し、うんうんと頷いた。
「やっぱり、「りじ夫」にして良かったよ。名前」
フリージオの、りじ夫。
生き物とはかけ離れた身体を持つ彼であるが……彼は、確固とした心ある生命体であり。
ちょっと照れ屋な、ポケットモンスターなのであった。