18話:伝説のポケモン
「め、メガボスゴドラぁ? そんなポケモンをライバルの子は連れてるの?」
「大変だなお嬢ちゃんも」
「はは……」
クレナはカフェテリアにて、バトルで知り合った男女のトレーナーペアから、昼食を御馳走になっていた。
彼らは休暇中のプロトレーナーであったらしく、知らずに挑戦をしたクレナは見事に負けてしまったのだが、彼らはトレーナー修行中のクレナの相談に、快く乗ってくれたのだ。
「……次は絶対勝ちたいんですけど、一体、あんなポケモン相手にどうすれば」
「そうだな。ボスゴドラは鋼のポケモンだから、格闘、地面、炎のポケモンがいれば……」
「馬鹿ねぇ。いくら相性が良くても、ボスゴドラには並みのポケモンじゃ対抗できないわよ。おまけに、メガ進化しているのよ?」
クレナのライバル、お嬢様のレモー。
「ポケモンマスター」を本気で目指す彼女が連れるのは、アイアントを初めとした強靭な鋼ポケモンである。
そんな彼女は、進化を超える進化、「メガ進化」ポケモンの使い手でもあった。
レモーがジムリーダーとの試合で使用したメガ進化ポケモン、「メガボスゴドラ」の強さはまさに圧倒的であった。
もし彼が見境なしの大暴れをしたとすれば、戦車をもってしても止めることはできないだろう。
そんな鋼の怪獣を制御し、ポケモンバトルを成立させているという事実自体が、「ポケモンマスター」を目指すレモーの実力の高さを証明していた。
「うぅん……」
次のレモーとのバトルでは、ハンデは無い。レモーは必ず、あのメガボスゴドラを繰り出すだろう。
ボスゴドラを含めた、レモーのポケモン達にどうやって勝利するか。
クレナが頭を悩ませる中、
「ここは一発、「強いポケモン」を捕まえるのが一番じゃないかな」
男性トレーナーがにこやかに提案した。
「強いポケモン……ですか?」
「そう。所謂、伝説のポケモンってやつだよ」
「そんな簡単に見つかるなら、私が捕まえているわよ!」
「まぁ、そうなんだけどさ。結構この地方、伝説のポケモンの伝承は多いし……案外見つかるものだったりするかもしれないぜ」
「だから、そんな簡単に出会えるならば、私が捕まえてるって」
トレーナーペアが口論する中、クレナはトマトジュースを飲みながら思案していた。
「…………」
伝説のポケモンの捕獲に対し、「意外とアリかも」と。
***
『クレナ様。提案したのは良いのですが、何しろ相手は伝説のポケモン。出会える可能性は限りなく低いかと……』
「まぁまぁ。モノは試しだよジェントル」
そんなこんなで、トレーナーペアと別れたクレナは早速「伝説のポケモン」を探しに、鍾乳洞を訪れていた。
観光マップに載っていた、街から日帰りで行けるスポットである。
『伝説のポケモン・レジアイス。伝承によると、その身体は、氷そのものであるとか』
「ここ結構寒いし……案外いるかもしれないよ」
レジアイス。
これが、今回クレナ達が捕獲を狙っている伝説のポケモンである。
何故伝説のポケモンの中でレジアイスを狙うかと言えば、それは生息地にある。
クレナが住むこの地方は暖かく、氷ポケモンが潜む場所は限定されている。逆に言えば、氷ポケモンが潜みそうな場所に行けば出会える可能性はある……とオーベムが鍾乳洞探索を提案したのだ。
「水が、冷たい……」
『長靴を持参して正解でしたね』
クレナは脇にオーベムを伴いながら、鍾乳洞を進む。
この鍾乳洞は踝まで水が張っている場所も在り、冷たく、滑りやすい。
何度かバランスを崩しかけるクレナだったが、その度にオーベムのサイキックがその身体を支えた。
「しかしさ。鍾乳洞ってのは圧巻だね」
『ええ。このジェントル、実際に鍾乳洞を観たのは初めてですが……書物で読んだ以上に、美しいと感じております』
好奇心旺盛なオーベムは、感嘆の息をつく。
鍾乳洞はまさに、天然の神殿。
ここならば、きっと伝説のポケモンも御満悦だろう。
観光を兼ねて先に進むクレナ達だったが、それらしいポケモンは見つからないまま、整備の届いていない場所まで辿りついてしまった。
ここまで進むと、もはや、まばらにいた観光客の姿は無い。
『ずいぶんと奥まで来ましたね』
「うん。これ以上行くと、ひょっとして遭難してしまうかも……」
明かりもなく、懐中電灯無しでは進むことすら難しい。それ以前に、そろそろ寒さで身体が参りそうである。
引き返そうかとクレナが立ち止まったその時、
「おや?」
彼女は闇の先に、淡い青色の光を見た。
「ジェントル。何だろうあれ」
『……ポケモン、ですかね?』
好奇心に駆られたクレナは、青い光へと向かう。
懐中電灯と、オーベムの指部の灯りを頼りにクレナが向かった先は、深く水が張っている広い空間……所謂地底湖であった。
そして、その地底湖の上空にいたのは。
「リィィイイン」
氷の結晶のような身体。
淡く青く光る眼と鎖。
鈴の音のような鳴き声。
その身体から伸びる、淡く発光する青い鎖のおかげで、クレナ達は暗がりでもポケモンの姿を捉えることができた。
地底湖を青く幻想的に照らす彼の姿は、まさしく氷の化身。
『クレナ様。伝承によると、レジアイスの身体は氷そのもの……まさか、彼が』
「で、伝説のポケモン?」
その姿を観たことは無いが、クレナは確信した。
彼こそレジアイスに違いない!
「ほ、本当に出会っちゃうなんて」
「リィィイイン……?」
興奮が抑えきれないクレナに、氷のポケモンは興味を持ったのか。
彼は逃げようともせず、クレナを見つめている。
「こうなったら、捕まえてやる。勝負だ、レジアイス!」
クレナは腰のボールホルダーからボールを取りだし、投擲した。
「ジーン、燕返し!」
ボールから飛び出したのはテッカニン。
彼女は鋭い爪を掲げて氷ポケモンへと飛び込むが、氷のポケモンはテッカニンの動きを捉え、その身体に氷の弾丸を撃ち込んだ。
虫と飛行の複合タイプのポケモンであるテッカニンには、氷の攻撃は効果抜群である。
だが、テッカニンも負けてはいない。
氷の弾丸の雨の中、彼女は持ち前の機動力を駆使し、氷ポケモンの眼前にまで肉薄した。
「ジッ!?」
だが、そこまでであった。
テッカニンが爪を突き立てる前に、彼女の身体の全身に、霜がこびり付いたのである。
「ジ、ジジッ……」
翅がまともに機能せず、関節も動かない。
氷ポケモンが至近距離から放った吐息が、テッカニンの動きと力を奪ったのだ。
「リィィィィィィッ!」
そして、激しい鈴の音と共に、氷ポケモンは「冷凍ビーム」を放った。
ビームが直撃したテッカニンは氷漬けとなり、地底湖へと落ちていく。
「ジーン!」
地底湖に沈む前に、回収光線でテッカニンをボールへと戻したクレナは、氷ポケモンの強さに後ずさりした。
―どうしよう。やっぱり強い。
―そもそも、本当に伝説のポケモンに出会うなんて思っていなかった!
―わ、私なんかじゃあ……
『クレナ様!』
「えっ」
オーベムの念で我に返ったクレナが見たものは、氷のポケモンが冷凍ビームを発射すべく、光を収束させている姿であった。
その狙いは、こちらに向けられている!
「わ、わわわ」
「ピィィィッ!」
クレナとオーベムは、放たれた冷凍ビームを転がる様にして回避する。
顔を含めて全身が泥塗れとなったクレナは、見た。
冷凍ビームが着弾した地点が凍りついている。もしも直撃していれば、唯では済まなかっただろう。
「ひっ……!」
ポケモン捕獲バトルとは、野生に生きるポケモンに己の技量を示し、認めさせる行為。
唯でさえ危険と紙一重であるのに、相手は伝説のポケモンである。
失敗すれば、命を失ってもおかしくない。
「リィイイイイ」
氷ポケモンは美しい鈴の声で鳴きながら、まだ立ち上がれないクレナへ、再度冷凍ビームを放とうと光を収束させる。
「ピィイ!」
「リリリィン……?」
そんな中、オーベムは強く鳴きながらサイキックでふわりと浮いて、地底湖の水面を滑る様に移動する。
氷のポケモンは、照準をクレナからオーベムへと変え、ビームを放った。
「ジェントル」
オーベムが氷ポケモンを挑発し、彼の注意を己へと向けているのだ。
地底湖が、連射される冷凍ビームによって氷漬けになっていく……
「ピィィィッ」
光の壁を展開しながら水面を滑り走るオーベムは、冷凍ビームを掠めながらもサイキックを放った。
念力が氷ポケモンの身体を絡め取るが、氷のボディには効果が薄いのか。
氷ポケモンはあっさりと念力を破り、オーベムへと接近した。
「!」
「リィィッ!」
テッカニンの動きを捉えただけはあり、氷のポケモンは素早かった。
氷ポケモンの鋭い身体が手裏剣のように迫り、オーベムを切り裂くように吹き飛ばす。
「ピギャアッ!」
辻斬りされたオーベムは、サイキックの制御もできず落下する。
だが、その身体は冷たい水や、硬い氷に叩きつけられることは無く。
「ぶも」
「……ピィ」
彼はクイタランの腕に受け止められた。
氷ポケモンの冷凍ビームによって凍った地底湖が、クイタランの足場となっているのだ。
「ぶ」
クイタランは傷ついたオーベムを、自分と同じように氷の足場に立つクレナへと渡し、氷のポケモンと対峙した。
「ありがとう、ジェントル」
「ピイィ……」
「私は、覚悟を決めたよ。私は絶対、あの伝説のポケモンを……捕まえてみせる!」
クレナはオーベムをボールに収納し、クイタランへと叫んだ。
「くい太、炎の渦っ!」
「ぶもぉっ!」
クイタランは氷のポケモン目がけて炎の渦を放つ。
だが、これが伝説のポケモンの耐久力なのか。
効果抜群の一撃であるはずの攻撃を苦にしていないのか、氷ポケモンは回転しながら炎の渦を破り、クイタランへと迫る。
「リィイイイイイッ」
「ぶぶっ……!」
クイタランは両腕を構え、迫る氷のポケモンを掴んだ。
「ぶ、ぶもっ」
「リィイイ!」
「ぶもおおおおおっ!」
鈴の音と、獣の咆哮が鍾乳洞内に響き渡る。
そして、それに少女の叫びも加わった。
「負けるな、くい太!」
氷ポケモンは尚もクイタランを引き裂こうと回転を続行し、クイタランは負けじとそれを抑え込む。
クイタランは脚部の爪を立てて踏ん張るが、その身体は後退していき、氷の足場が軋んでいく。
「炎の鞭!」
クレナの指示と同時に、クイタランの炎の纏った舌が、氷ポケモンを拘束する。
「リ、リィイイイイイイッ!」
これは一体どうしたことか。
先ほどクイタランの炎の渦をものともしなかった氷ポケモンであったが、彼は必死に炎の鞭から逃れようとしている。
だが、クイタランが彼をむざむざ逃がす筈もなく、舌と両腕で、氷ポケモンの全身の動きを封じ込めた。
「リィィィィッ……!」
氷ポケモンの口に光線が収束する。
至近距離から、クイタランに冷凍ビームを放とうとしているのだ!
「おむ奈、今だぁ! 転がるっ!」
だが、冷凍ビームがクイタランを氷漬けにするその前に、氷ポケモンの全身を衝撃が襲った。
「リィィッ!?」
「キィィィッ!」
クレナが呼び出していたのは、クイタランだけではなかった。
地底湖の水中から飛び出したオムナイトが、拘束されている氷ポケモンに回転して体当たりをしたのだ。
その勢いは凄まじく、クイタランも拘束を続行することが叶わず、氷ポケモンを解放する。
宙でふらふらとする氷ポケモンだったが、おむ奈の回転は止まらない。
その結晶ボディに、砲弾と化したおむ奈が突っ込み、更に強烈な衝撃を氷ポケモンへと与えた。
「リ、リィイン」
氷ポケモンの身体が、地底湖へと落ちていく。
「……今だっ!」
クレナは空のモンスターボールを取り出し、氷のポケモンへと投げつける。
氷のポケモンに命中し、その身体を収納したボールは、揺れ動きながら水の中へと沈んだ。
「あっ」
「キィ」
任せて、と言わんばかりに、オムナイトが地底湖へと潜っていく。
そして再び彼女が這い出した時、そのぬるぐちょの触手には、動かぬモンスターボールが包まれていた。
捕獲に成功したのである!
「や、やったあ。ありがとう、おむ奈ぁ」
「キキィ♪」
「わ、私、捕まえたんだ。伝説のポケモン、レジアイスを!」
両手でモンスターボールを握り、感極まるクレナであったが、彼女はくしゃみをした。
「ささささ寒い」
クレナは、懐炉のように暖かいクイタランの身体に抱きついて震える。
興奮で忘れていたが、彼女の全身は泥と水と霜で塗れていたのである……
「か、帰ろう帰ろう」
このままでは風邪を引くとばかりに、オムナイト、クイタランと共に道を引き返すクレナ。
「………………」
そんな彼女達は気が付いていなかった。
地底湖の、更に奥から。
クレナ達の捕獲バトルを見届けていた存在に。
「……ジュオォォ……」
氷山のような氷の身体。
点字の様な、不思議な模様。
「………………」
氷山ポケモンは、クレナ達を見送り、その姿を再び闇へと消した。
その旅路に、幸あれと。
***
「うわぁ。泥だらけじゃないか」
「シャワー! ほら、シャワー!」
その夜。
ポケモンセンターへと帰りついたクレナは、お昼を御馳走になったトレーナーペアと再会していた。
「は、はい。今すぐ」
「一体、どこに行っていたの?」
「えへへ。それがですね。見てくださいよ、このポケモンを!」
クレナはトレーナーペアの前で、捕まえたレジアイスをボールから出して見せた。
「こ、これは……!」
「嘘でしょ。信じられない」
「どうです? 捕まえたんですよ、レジア」
「
フリージオじゃないか!」
「
この地方にも生息しているの!?」
「え?」
クレナはレジアイスに顔を向ける。
「……ふりー、じお?」
「リィィン」
集まる賞賛の視線がくすぐったいのか。
レジアイスもとい、結晶ポケモン「フリージオ」は、照れくさそうに淡く光る鎖をよじった。