クイタランとわたし




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クイタランとわたし
16話:父と少女

「ジムバッジが三つ」

 トレーナー用有料宿泊施設にて、少女クレナはバッジケースに収められたジムバッジを見つめ、ベッドに横たわっていた。

「これで私も、トレーナー初心者からは卒業ってことになるのかな?」

 クイタラン。オーベム。テッカニン。オムナイト。
 大それた夢も野望も持っていないクレナであるが、一癖も二癖もある彼らポケモン達との旅は、案外楽しく、時々熱いものであった。
 元々は幼馴染のレモーへのリベンジを果たすために始めたバッジ集めであったが、クレナは今や、ポケモン達と共に勝利を目指す「ポケモンバトル」という競技に魅了されていた。
 
「ねぇくい太。私たち、案外ポケモンリーグに出場できちゃったりしてね」

 ベッド上のクレナはごろりと横を向き、脇で寛いでいたクイタランに声をかける。

「…………」
「それでもって、そのままプロトレーナーになっちゃったりしてね」

 だが、クイタランは相変わらずのジト目で、クレナを見つめるばかりである。
 彼は、寡黙な男なのだ。

「……私は、ポケモンバトルなんか、好きじゃなかったはずなのになぁ……」

 久々に味わう上質な毛布の感触が心地よい。
 クイタランに見守られる中、少女クレナはうとうとと、まどろんでいく。


 
 ―そう言えば、昔の私は。

 ―どうして、ポケモントレーナーになるのが嫌で。

 ―ポケモンバトルが好きじゃなかったんだっけ。



 旅に出る前のクレナは、間違いなく、「ポケモン」というものが好きではなかった。
 「ポケモントレーナー」になるということを、憂鬱に思っていた。

 その理由は何だったか?

 記憶を掘り起こすクレナであったが、まどろみが彼女の意識を奪う。
 クイタランの姿がぼやけ、闇と混ざり合う。 



 ―ああ、そうだ。

 ―私は……



 クレナは闇の中、一人の男の姿を見た。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ねぇ、父さん。もう止めてよ」

「ポケモンが可哀そうだよ」


 幼いクレナは、手持ちのポケモンに厳しい訓練を与える父の背を見ていた。
 敵を徹底的に叩きつぶす、父のポケモンバトルを見ていた。
 彼は母も子も顧みず、只管ポケモンを強くすることに執着していた。


「ねぇ、たまには一緒に過ごそうよ」

「母さんも、寂しがっているよ」


 クレナが更に幼かったころは、父もクレナに構っていたが、もはやその心の全てはポケモンに囚われてしまっている。
 トッププロトレーナーの頂点、ポケモンマスター。
 そんな途方もない座を、父は本気で目指していたのだ。


「良いのよ、クレナ」

「夢の途中だったあの人を、私が引きとめてしまったのよ」
 
 
 やがて父は去り、捨てられた母は怒ることもなく、唯寂しげに笑っていた。
 母は父を咎めることなく、その結果を受け入れたのである。


「クレナ。私はね」

「お父さんと。そのお父さんが愛した「ポケモン」というものが、大好きなのよ」


 父をポケモンに奪われてしまったと言うのに、それでも母は「ポケモンが好き」とクレナに語る。
 母は、テレビのポケモンバトル公式戦中継を欠かさず観ていた。
 その姿はまるで、去ってしまった父が雄々しく画面に現れるのを待ち続けるかのようである。


「母さん。そんなの、おかしいよ」


 だが、クレナは納得することができなかった。


「私は父さんみたいになりたくない」

「ポケモンなんて好きじゃない。ポケモントレーナーになんて、なりたくないよ……!」


 かつてクレナは、対戦相手を叩きつぶす父のポケモン達に、恐怖を覚えた。
 母と自分を捨てて去ってしまった身勝手な父に、怒りと寂しさを覚えた。

 けれども、今のクレナには少なからず理解できる。
 父が、どうしてポケモンバトルにのめり込んでしまったのか?
   
 幼いクレナは姿を変え、少女クレナとなる。
 その眼前には、今や生きているのか死んでいるのかもわからない、父の背があった。


「父さん……今の私は。ポケモンが好きだよ」

「ポケモンバトルだって、負けたくないって思っている」

「でもやっぱり私は、父さんみたいなトレーナーにはなりたくない」 
 

 父はゆっくりとクレナを振り返る。
 その顔に、思わずクレナは噴き出してしまった。




「 ぶ も 」




 それは正しく、クイタランの顔だったのだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「と、父さん? くい太?」
「ぶ」
「あはは。なぁんだ、くい太だ。良かったぁ」

 目覚めたクレナが目にしたのは、クレナを覗きこむクイタランの長い顔である。
 どうやら、彼はうなされていたクレナを心配したらしい。

「くい太」

 ベッドから降りたクレナはクイタランの背中に回り込み、その身体を預けた。
 クイタランは夕方に洗ってあげたばかりであり、不快な臭いは無い。

「ぶも」
「くい太は暖かいね」

 炎タイプのクイタランの身体は懐炉のように暖かく、そのずっしりとしたボディは、クレナの体重を支えている。
 俗に言われる「父の背」の感触というものは、きっとこんな感じなのだろう……
 クイタランの鼓動と熱を全身で感じながら、クレナは呟いた。


「……もしも、くい太がお父さんになったとしたら。きっと良いお父さんになるんだろうね」


 その言葉に返答することなく、クイタランは相変わらずのジト目を、空になったベッドへと向ける。
 クイタランはクレナを拒絶することなく、彼女が満足するまで、その背中に少女の身体を請け負った。

葉穂々 ( 2017/02/04(土) 07:02 )