13話:絶滅種との対面
化石研究所支部の待合室にて、新人トレーナークレナはポケモン達と共に時間を過ごしていた。
『このジェントル、人間のテクノロジィには驚愕するばかりです』
「うん。何というか……緊張しちゃう」
化石からの絶滅種ポケモンの復元。
研究所職員に化石を渡し、指定された時間に受け取りに来たクレナであったが、工程に時間がかかっているらしく、彼女は案内された応接室で待機しているのであった。
『緊張ですか』
「うん。だってさ……よくよく考えてみれば、やっぱり良くないことのような気がしてさ」
好奇心でマニアから化石を受け取り、研究所に化石の復元を依頼してしまったクレナであったが、彼女は今頃になって不安感に包まれていた。
化石からの復元。屍からの再生。
それは、死と生を逆転させる行為であり、生命の操作を意味している。
果たしてそれは、少女の好奇心一つで行って良いものだったのだろうか……?
『確かに、クレナ様が不安に思うのも仕方がないことかもしれませんね』
クレナにウォーターサーバーから汲んだ水を差し出すオーベムは、同意するように頷いた。
『死とは、本来絶対的なものですから』
「ジェントル」
言葉を交わす前に亡くなってしまった、憧れの人間の紳士のことを思い出したのだろうか。
彼は小さくピィと鳴いた。
「ぶ」
「ピヒィ?」
「ぶもっ」
「ピヒャッ!」
そんなオーベムの頭部を、クイタランは愛想悪く小突く。
「ジェントル、くい太何て言ってるの?」
『……「生まれてくるものを恐れてどうする」だそうです』
「ぶも」
『「笑顔で迎えてやれ」だそうです……意見は正しいですが、自分の無愛想な顔を見てから言ってほしいものですね!』
クイタランは、クレナの顔を見つめている。
彼なりにクレナの不安をほぐそうとしているのだろうが、相変わらずのジト目と無愛想さである。
それが妙に可笑しく、クレナはつい吹き出してしまった。
「あははっ」
「ぶも?」
「ははは。そうだよね。そうだよね、くい太」
クレナはクイタランに背中に腕を回し、身体を預ける。
炎ポケモンのクイタランの身体は熱がこもって温かく、クレナの不安をかき消してくれる。
「……くい太、今度シャワーしようね。ちょっと臭いよ」
「ぶ」
苦手な単語に反応し、クイタランが顔をしかめたそのとき、館内放送が入った。
//番号札21番でお待ちのクレナイ・クレナさん。化石の復元が完了しましたので、受付までお越し下さい//
「よし、じゃあ会いに行こうか、化石ポケモンに!」
―
化石研究所職員の仕事は化石からポケモンを蘇らせ、ボールに収めるまでである。
受け取りは実に事務的で、化石ポケモン入りのモンスターボールを渡されるのみであった。
「以降の責任は一切負いかねる、だってさ。やっぱり、いきなり襲われることもあるんだろうね」
クレナは水場のある公園に訪れ、両手で化石ポケモン入りのモンスターボールを包んでいた。
化石から復元されたのは「オムナイト」という水ポケモンであるということは職員から聞いていたため、水のある場所にやってきたのだ。
「ジィー」
「ぶもん」
「ピィ」
クレナとボールを見つめるのは、彼女のポケモン達である。
化石ポケモンを笑顔で迎えると心に決めたクレナであったが、やはり念には念を入れ、襲われた場合即座に対応できるように、手持ちの全員を外に出したのである。
「よし、開けるよ」
開閉スイッチを押そうとするクレナであったが、スイッチに指先を触れては引っ込め、触れては引っ込めを繰り返している。
この期に及んで、クレナは緊張しているのだ。
「ジィー!」
そんなクレナを見かねたのはテッカニンである。
せっかちな彼女は、クレナを急かすように旋回をした。
「じ、ジーン。ちょっとまって、今直ぐ押すから」
「ジィーッ!」
「わぎゃ!」
テッカニンはクレナの背中に張り付き、その勢いでクレナの指先はボールのスイッチを深く押し込んでしまった。
「わわわわわわわ」
ボールが開くが、同時に、体勢を崩したクレナの身体は前方へと倒れていく。
倒れるクレナを受け止めようとクイタランが走り、オーベムがサイキックを使うが、
「ピー!……ヘクショッ」
間の悪いことに、オーベムは念力を発動させようとした瞬間に「くしゃみ」をしてしまい、念力のベクトルを狂わせ、自分へと向けてしまった。
慌てたオーベムは身体の制御が不能となり、ロケットのようにクイタランへと突っ込んでいく。
「ピヒャーッ!」
「ぶもぉっ!?」
背中からオーベムの「ロケット頭突き」を受けたクイタランは、オーベム共々派手に転倒してしまった。
もはやクレナを支える者はなく、哀れ彼女の顔は泥まみれ……
「キィ」
……とはならなかった。
ぐるりとした大きな巻き貝。つぶらな瞳。ぬるぬるぐちょぐちょの触手。
絶滅種である渦巻きポケモン「オムナイト」が、クレナの顔面を受け止めたのであった。
「ぐ、ぐちょぐちょ……だ」
「キィ!」
オムナイトはクレナの顔を覗き込み、触手の一本を掲げてうねらせる。
「じぇ、ジェントル……なんて言っているか、わかる?」
『……え、えぇと。「やあ! 元気?」と言っていますね』
泥まみれは免れたが、粘液まみれ。
「たはは……」
元気な挨拶とうねうね動く触手に包まれながら、クレナは苦笑いをした。