12話:マニアあらわる
「くい太、こっちこっち」
「……」
潮の香りと波の音。
新人トレーナークレナは旅の道中、渋るクイタランを連れて磯を散策していた。
「大丈夫だって。海に潜るわけでもないんだし」
「…………ぶ」
磯には落し物や、流れ着いた古びたポケモン用品が流れ着いていることもある。
それゆえに、ダウジングマシンと共に磯を練り歩くトレーナーは少なくないが、クレナはアイテムを拾いに来たわけではない。
単純に磯歩きの気分であったのだ。
「お、ハートのウロコ見っけ」
「…………」
「きれいでしょ」
クレナが拾った大きな鱗をクイタランに見せびらかすが、クイタランは変わらずジト目をクレナに注いでいる。
ウロコに全く興味が無いようだった。
「やれやれ。くい太に女の子のロマンがわかるわけもないか」
残念だとクレナは腕を振りかぶり、ハートのウロコを遠く海へと投げ捨てようとするが、
「ちょちょ、ちょっと待ったぁ!」
「ぎゃあっ!?」
「それ捨てちゃ駄目―!」
彼女の腕は、突如現れた男に掴まれた。
仰天したクレナは手を振りほどこうとするが、男はクレナを離そうとしない。
「ぶもう」
「うわっ」
クイタランは不審者の男に詰め寄り、彼に気がついた男はボールからポケモンを呼び出した。
「行けっ、リリィ!」
登場したのは、薄紫色の身体と細すぎる胴を有するポケモン「リリーラ」である。
「そいつに絡みつけっ!」
「グォン」
リリーラは花弁のような形状の触手を広げ、クイタランの口部へと絡みついた。
「ぶっ……」
口部を塞がれ、クイタランはもがく。
これでは炎技を出すことはできず、視界の確保もできない。
「く、くい太ぁ!」
「お、おお、落ち着いて、落ち着いて下さい。僕は別に不審者じゃないんです!」
「だ、誰か助けてー!」
「だから誤解なんですって!」
クレナは完全にパニック状態に陥っており、またそれは不審者も同様であった。
だが、制御する者がわけもわからず叫んでいる中、ポケモン勝負は進行していた。
「ぶ……ぶぶっ」
「グォッ」
解けないならば、解かせるまで。
クイタランはそう言わんばかりに口部を振り回し、絡みついたリリーラを磯へと叩きつけた。
「グォオン!」
一発。二発。三発。四発!
リリーラは耐久力の高いポケモンであるが、それでも限界というものはある。
ついにはクイタランの口部から触手を放してしまい、間髪入れずにクイタランはその身体に炎を吹き付けた。
「グォオオオーン!」
リリーラは転がるようにして水場に転がり込んでいく。
邪魔者がいなくなったところで、クイタランは改めて不審者へと詰め寄った。
「ぶもぉっ!」
「あ、あれっ。リリィは」
不審者は、申し訳なさそうに水場から顔を出す焦げリリーラの姿、そして眼前に突き出された爪を見て、ようやく己がすべきことを悟った。
「す、すみませんっ。僕、驚かすつもりじゃなかったんですー!」
男はクレナから手を離し、土下座をしたのである。
―
「このハートのウロコ、そんなに貴重なものだったんですか?」
「ええ。そのサイズは見事だし、光沢も美しい。素晴らしいの一言です」
「へぇ……」
落ち着きを取り戻し、警察のご厄介になることを免れた二人のトレーナーの視線は、クレナが手にするハートのウロコに注がれている。
どうやらこの不審者は「ハートのウロコマニア」であったらしく、価値の高いウロコを捨ててしまおうとするクレナを目撃し、慌てて阻止したというのだ。
「僕らマニアにとってはまさに垂涎モノの一品。
何十万の価値になることやら」
「え、今なんて」
「い、いやいや何でも。兎に角、このウロコを僕に譲って欲しいんです」
「あ、あの。今「何十万」て」
「お願いします、どうか、お願いします!」
「グォォン」
ハートのウロコマニアの男は深々と頭を下げ、リリーラも同様に頭(?)を下げる。
どうやら彼らの情熱は本気であるらしい……
「うーん」
このウロコには何十万の価値が付くという。
その事実を知ってしまった以上、クレナは「タダで手放すのは惜しい」と考えたが、このウロコを持つに相応しいのは目の前の男性であるということも理解していた。
「確かに、私が持つよりは価値の分かる方に譲った方が良いのかも……」
「勿論、タダなんて言いませんよ。代わりに僕のコレクションを譲ります!」
「コレクション?」
「これです!」
男は背負っていたリュックを広げ、中から古びた石を複数取り出していく。
「……石?」
「これは絶滅したポケモンの化石です。僕はハートのウロコマニアですが、同時に化石マニアでもありましてね。この中から一つ、貴方に譲りますよ! 本当はマニアの友人との物々交換用だったのですが、なぁに。そのウロコと引き換えならば惜しくはありません」
「はぁ」
クレナは気の入らない返事で石を見る。
こんなもの貰っても、荷物になるだけ……
そんなクレナの気持ちを察したのか、男はチチチと指を振った。
「知っていますか? 化石からポケモンを蘇らせる技術が存在することを」
「え」
「実は、僕のリリーラ。化石から蘇らせたポケモンなんですよ」
「ええっ」
クレナは化石と、男の側に控えるリリーラを見比べる。
「え、でも。化石になったってことは。ずっと昔に死んでいるわけで……」
「「かがくの力ってすげー!」ですよ。実際に、僕のリリーラは今こうして生きています。デボンがこの街に化石研究所支部を出していましてね。そこに行けば、復元できると思いますよ」
死に生を与える。
それは果たして許されることなのだろうか?
「え。えーと……」
クレナは迷ったが、結局倫理観は少女の好奇心に勝てず。
爪の化石。顎の化石。鰭の化石。頭蓋の化石、甲羅の化石……その他諸々。
クレナは並べられた化石の中から一つを選び、その手に取った。
「じゃあ、可愛げのあるこれを……このハートのウロコと交換で」
「おっ。貝の化石だね。良いとも!」
ハートのウロコをクレナから受け取った男は、ウロコを大事そうにしまい込んだ。
「交換成立だ。本当にありがとう!」
「グォン」
男は他の化石を片付け、リリーラと共にそそくさと撤収していく。
「……ありがとうございます」
嵐のように現れ、嵐のように去っていったマニアの男性を見送り、その場に残されたクレナは、脇のクイタランに貝の化石を見せた。
「あると思う? うん十万の価値」
「…………」
くるんとした巻き貝の化石に、クイタランはハートのうろこ同様ジト目を注ぐ。
その目は、「俺は食い物の方が良い」といわんばかりであった。