10話:クレナのポケモン達
バッジを手に入れ、ポケモンも三匹に増え、着実に歩を進めるポケモントレーナーのクレナ。
旅をする前は関心も持たなかったことだが、彼女は旅の道中でポケモンは種族による違い、そして其々の性格による違いを持つということを学んだ。
「うーん。くい太用のフーズが切れそうだ」
「ぶも?」
例えば食事。
クイタランのくい太は、炎と大きい爪で戦うクレナの相棒であるが、悩ましいのは食費である。クイタランは大型種やカビゴン程ではないにしろ、「食べる」種族なのだ。
アイアントの生餌の代用品である液状ポケモンフーズは量を必要とし、その値段と重量はクレナの旅の負担となっていることは否めない。
(クレナは知らなかったのだが、実はクイタランは育成にトレ―ナーの「根気」と「愛」が試される種族の一つであり、育成難易度の高いポケモンとされている。その理由の一つに、食費の高さが挙げられる)
「まぁ次の街で補給できるし、バイト代もあるし。気にせず食べてちょうだい」
「なんのこっちゃ」とばかりに視線を戻したクイタランは、クレナの言葉どおりに「気にせず」に、長い舌で液状ポケモンフーズを舐め取っていく。
バトルではアグレッシブに戦うクイタランであるが、普段は至ってマイペースであり、口数も少なく、捉えようによっては冷静な男であった。
「ジィーッ!」
一方でやかましいのが、先日新たに加入したテッカニンのジーンだ。
彼女はとにかく何をするにもせっかちな性格であり、好戦的な虫ポケモンである。
目にも止まらぬスピードから「忍びポケモン」と称されるテッカニンであるが、黄金の外殻はさながら西洋の鎧のようで、クレナは彼女のことを忍者というよりは、誇り高い女騎士のようだと考えてた。
虫だけに食費が安いのはありがたいことであったが、とにかく落ち着きが無い彼女を制御するのは難しく、扱いづらさでは現在のクレナの手持ちでナンバーワンである。
「もう食べたの?」
「ジジィーッ!」
食事のスピードも速いテッカニンはクレナの周囲を旋回し、「早く行こう」と騒ぎ立てる。
だが、クイタランとオーベムは未だ食事中であり、クレナは虫タイプのシンボルマークが付いたモンスターボールを取り出し、テッカニンをボールへと収納した。
「ちょっと待ってて。次のバトルでは先発で出してあげるから」
『生き急いでますね、彼女は』
オーベムのジェントルは、クレナの脳に念を送りながらカップに注いだお茶を飲んだ。
人間の紳士に憧れ、人間の言葉を解し、人間とテレパシーを利用した会話を可能とする特異個体。それがこのジェントルマンなオーベムである。
もはや慣れたものであったが、クレナはこのユニークなオーベムの存在に、とある都市伝説を重ねていた。
「……ねぇジェントル。都市伝説に「人間の言葉を喋るニャース」ってのがいるんだけど、本当だと思う?」
『ははは。そんなニャースがいるわけないじゃないですか。ニャースはニャーとしか鳴けませんよ』
「う、うん。そうだね」
クレナはそう断言するオーベムに苦笑いを悟られないよう、視線を逸らした。
オーベム用の食事は、汎用ポケモンフーズである。紳士を目指す彼は人間用の食糧をそれとなくクレナに求めていたが、人間とオーベムでは身体の構造が異なる。
クレナは試しにおにぎりを分け与えたことがあったのだが、後々に彼が隠れて吐いていた姿を目撃してしまった。頑張りやな彼がいくら憧れた「紳士」に近づこうとしても、やはり彼の身体はポケモンであるのだ。
ただしお茶は人間同様に飲め、紳士ポケモンにとっては、ティータイムが何よりの楽しみであるらしかった。
「(ポケモンが増えると……維持費も増える。そのうちにまたお金を稼がないとなぁ)」
ジムリーダーをはじめとするトッププロは、何十体ものポケモンを育成しているという。
だが、クレナのような修行中の一般トレーナーには到底不可能な話であり、ポケモンリーグ公式戦でのフルバトルルールでも適用されている「六体」が限度といったところである。
―どうせ捕まえるなら、伝説のポケモンなんかにばったり出会ったりしないかなぁ。
伝説のポケモンを従える自分を想像したクレナであったが、その食費もきっと伝説級だろうと想像したところで思考を打ち切り、首を振った。
「ふふ。やめとこ。伝説のポケモンなんかいなくたって、私たちならきっとレモーに勝てるよね?」
クイタランに視線を移したクレナは、ふと気がついた。
この数日で、クイタランの全身はずいぶん汚れ、毛並みも悪くなっている。
「くい太。次の街で、シャワーね」
「……ぶふっ」
クイタランは人間の言葉を解さないが、何やら不穏な気配を感じたのか、不満げな声で鳴いた。
炎タイプである彼は、風呂嫌いであった。