プロローグ。
夕暮れ時。産まれて初めて2人が出会い、よく遊んでいた森にある大木の下でオスとメスのイーブイはお互い向き合うようにして立っていた。
「ミルクなんて…嫌い…。大嫌い…。」
「……。そ、そっか…。」
本心なのか、ただの意地なのかあの時はまだわからなかった。でも今になればわかる。あれはただの本音の裏側にある意地なのだろう。
下をうつ向きながら、ボソッと言い放った言葉は1人のメスのイーブイを硬直させた。普段は穏やかで明るい子だがその時は酷く動揺したように目を泳がせて小さな体を震わせていた。
「わ…、私はね…。うん…。コ、ココアのこと……。好きだったわよ…。ずっと……。」
少し震え、今にも泣きそうに目を潤わせながら喉の奥から声を絞り出すメスのイーブイ。彼女の名前はミルク。
「でも仕方ないわよね…。私多分ウザかったわよね…。色々振り回して…。」
ふわふわの毛をギュッと強く握り小さく震えるミルク。一息おいて続ける。
「でもね…本当に好きだったわ…。物心ついた時から。ずっと…。ほかの人に心が動いたことなんて1度もないわ。本当に好き…。」
「え…。で、でも…。最近はほかの人とずっと一緒だったし、僕のことなんて。」
うつ向きながら、ううん。と言うように首を横に振るミルク。
「本当にたまたま、帰りの時とか会うことが多かったの。だから一緒にいただけ。あと、好きな人を帰るのに合わせて待たせたくなった…。そしたら会える時間が全然なくて…。」
その場でペタンと座り込むミルク。いつもより小さく感じた。
またハァ…。とミルクは小さなため息をはいた。
その姿に僕もペタンと座り込んでしまう。本当は好きなのに素直に好きと言えなかったこと、実は僕のことどうでもいいと思ってた相手が自分のことを好いてくれていたということ。そして初めてここまで小さくなるミルクを見たことに僕も小さくなりうつ向いてしまう。
「でもね、もういいの。」
「え、それってどうい…むぅ…!?」
ミルクが言った途端、視界は暗くなり僕が言いかけた言葉遮られてしまう。
というのも何か柔らかいものが唇に当たり塞いでいる。また女性の甘い匂いがすごく近くでしたのだった。
本当に一瞬のことだったが何分にも長く感じた。僕は何が起きたのかわからないまま頭がショートしかけていた。
しかし、すぐにそれがなんなのかわかった。
「……。ごめんなさい。私のファーストキス…どうしてもあげたかった。」
頬を赤くしたミルクが僕の前にあった。
「本当は私の初めてのもの…全部あげたかった…。でもそれは私のわがままになるし…。これ以上迷惑かけたくない。」
「そんなこと…ないよ…。」
ボソボソとしか否定できない僕。本当は抱きしめてあげたかったが勇気がでない。
「ふ…ふぐ…。ううぅぅぅ…。」
「ミ、ミルク…?」
少し後ずさりをしながらうめき声をあげるミルク。彼女に目をやるとその場でまた座り込み泣いていた。
昔些細なケンカで泣かせてしまうこともあったけどそれは幼い頃。お互い成長し、ほとんどケンカをしなくなって泣くミルクを見たのは久しぶりだった。
それ以上に今までとは泣いてる理由が違う。僕はどうしたらいいかその場で動揺しかできなかった。
ミルクに近づいて体に触れようとした時だった。
「最後は笑顔でいよって思ったのに…。ダメダメよね。」
大粒の涙をポロポロと溢しながら顔をあげるミルク。スッとその場で立ち上がると自慢のふわふわとした大きな尻尾で涙を豪快に拭いた。
「えへへ、好き!大好きだったわよ!ココア!」
いつものように満面の笑みで僕に再度告白をする。そうだ…いつも笑うと八重歯が見えるのが特徴だった。
「元気でね…。さようなら。」
ニコッと笑う彼女の目からは表情と真逆の悲しい感情があって痛いほど伝わってきた。すごく無理してるんだ…って。
「え…?ま、まってよミルク!!」
小さく手を振ったあと、彼女は草むらへ飛び込み僕の前から姿を消した。僕は呼び止めたけど、ミルクは足が速い。追いかけてみたものの夕暮れの森の中で彼女を見つけることは出来なかった。