07 第六流星 プクリンのギルドで
sideミイナ
「これがギルドかぁ…地下にこんな空間があるなんて素敵ね!」
「眺めも結構いいのよ。さて、さっそく親方様に会いに行きましょうか」
「おや、お前さんは…あ、Frostじゃないか。随分久しぶりだな♪この子はお前達の連れか?」
「おースコア、久しぶり〜」
ギルドに初めて入った興奮と感慨を噛みしめていると、誰かがあたしに話しかけて来た。
この種族は確か、ペラップって言うんだっけ?なんだか偉そうだなぁ。
ハナさんは偉そうなペラップさんのことを知っている様子。
少し遠くでシノハの介抱をしていたリンネさんも、ペラップさんの姿に気付いて駆け寄って来た。…シノハ、まだ気絶してる。大丈夫かしら?
あ、なにがあったかっていうとね、シノハが急に聞こえて来た門番さん達のやりとりにびっくりして気絶しちゃったの。
でも、そんなにびっくりすることなのかしら?
だって、うちでも……あぁ、ダメダメ。
あの人達のことなんて考えだしたらキリがないんだし、もうあんな人達なんて会いたくない。考えないに越したことないわよ……
「…ちゃん?…ミイナちゃん?」
「はっはいぃぃぃ?!」
ちょっとした感傷に浸っていたあたしは、ハナさんの声で我に帰った。
どうやら自分とシノハのことをペラップさんに紹介してくれていたらしい。
「そちらのコリンクがシノハで、お前がミイナだな?ワタシはペラップのスコア、このギルドの副親方だ」
「えぇっ、副親方さんなんですか?!」
思わず驚きの声を上げてしまう。
偉そうだったからまさかとは思ったけど、本当に偉い人だったとは…気が短そうで、この人の下で働くのも大変そうね。
「……お前さん、ひょっとして今失礼なことを考えたりしてなかったかね?」
「いえいえ!めっそうもない!!」
「…ならばよし。で、ハナにリンネ。何の用かね?大した用が無いのならワタシは仕事に戻らせてもらうが…」
「ええと、ちょっと頼みがあってですね。はい」
怖い?!この人エスパー?なんであたしが考えてたことがわかったの?!!
スコアさん恐るべし…。
「うぅ?…はっ」
「あ、シノハ起きた〜」
「おはようシノハちゃん!ギルドついたよ!!」
「ミイナちゃん?え?あれ、ここは…」
ここでようやくシノハが気が付いた。
彼女は戸惑ったようにキョロキョロあたりを見回してから、自分を覗き込んでいるスコアさんに気が付いて慌てて立ち上がった。
「ワタシの名はスコアだ。先ほど一応紹介してもらったが、お前がシノハだな?」
「あっ…はい。あの、初めまして…」
「ほう。どこかのイーブイと違って随分と礼儀正しいのだな」
シノハってちょっと人見知りなのかな。少し緊張した面持ちでスコアさんに挨拶したシノハは、落ち着かなげに星型の尻尾を震わせている。
そんなことよりも、あたし、今睨まれた気がする。やっぱりこの人心が読めるんじゃないかしら??
ぞっとするあたしに、リンネさんがそっと耳打ちしてきた。
「…ミイナちゃん、さっきね、全部口から出てたよ」
「え」
「ミイナ。目上のポケモンには口を慎むものだぞ」
まさかとは思ったけど。あーあ、そりゃ睨まれるわけだ…うぅ、失敗した…。
*
sideシノハ
「ここが親方様の部屋だ。…親方様、スコアです。入りますよ?ってうわっ?!またこんなに散らかして…親方様ー?」
ハシゴを下ると、右手に立派なドアが見えた。どうやらここがこのギルドの親方、プクリンの部屋の様だ。
スコアは軽くノックをしてドアを開け、中の様子を伺ったのちに私たちに向けて手招き(羽招き?)をした。
それに従って恐る恐る部屋に入ると、まず目に入ったのは巨大なリンゴが転がっているところだった。多分、1つが私くらいあるんじゃないかな?
(こんなに大きなリンゴ、見たことないよ…。昨日ミイナちゃんと食べたリンゴの5倍近くあるかもしれないな。なんて言う種類なんだろ?)
なによりもまずリンゴの大きさに驚いた私だったが、不意に部屋の奥で何かが動いたのを発見した。
不思議に思って覗き込んでみると、そこではピンク色でふわふわとした大きめのポケモンが、なんとも幸せそうな表情でリンゴを齧っていた。驚くべきはそのスピード。私ほどもあるそのリンゴの半分を、なんと5秒で平らげてしまったのだ!
そのスピードに私が圧倒されていると、気配に気づいたのかポケモンがこちらを見た。いきなりだったので、思わず硬直してしまう。
「ひっ?!」
「あれ?キミだぁれ??」
そんな私に、リンゴの彼は屈託無い表情で話しかけて来た。すぐには答えられなくてオロオロしていると、
「あーーっ!!やっっぱりまたセカイイチを盗み食いしておられるのですか!?もう!」
「きゃっ?!」
びっくりしたぁ…。
私たちの声を聞きつけたのかやって来たスコアさんのうるさい声が耳元で聞こえ、思わず電気を少し漏らしてしまった。
もう10歳になるのに、ホント情けないなぁ。
私はどうもエネルギーの扱いが下手で、驚くと未だに電気を漏らしてしまう。本当は、10歳だと10まんボルトの練習を始めていてもおかしくない年頃なのに、実は私は電気ショックさえ習得できていない。
自身の情けなさに落ち込んでいる間にも、リンゴのポケモンさんとスコアさんの言い合いは続いていた。
「ごめんごめーん、お腹すいちゃって〜」
「探してくるの大変なんですから!そのセカイイチも!!とくだいリンゴも!!全く、ワタシらの苦労も考えてくださいよ…」
「ごっめーん、次から気をつけるよ〜〜」
「ホントにわかってます!?だいたい…」
「あのースコア?そろそろ本題に入っても平気?」
スコアさんの声と苛立ちがどんどん大きくなっていくのが分かる。
これは自分が情けないとか考えている場合じゃないな…なんて思った時、なにやら緑色の物体が伸びて来て、スコアさんのトサカのあたりをキュッと引っ張った。
それでスコアさんは静かになったんだけど…痛そうだなぁ…あはは……。
振り向けばハナさん、リンネさん、さらにミイナがこちらに歩いて来ていた。
先ほどスコアに、くれぐれもこれから会う親方様の前では失礼なことを考えないように、とそこそこの剣幕で叱られたミイナはそっぽを向いてツンとしている。
「痛い痛い痛い!やめろリンネ離せ!!」
「じゃあ話聞いてくれますかー?」
「聞く!聞くから!!抜けると困るんだよ!」
「はーい」
リンネさんがスコアさんのトサカを引っ張っていた緑色の物体…いや、つるのムチを引っ込めると、スコアさんはかなり痛そうに頭を羽でさすった。それからハナの方を向いて話とは何かという風に首をかしげた。
リンゴのポケモンも、キラキラした目で続きの言葉を待っているようだ。うーん、それにしてもこのリンゴさん誰なんだろう?
「昨日、カフェでこの子達と出会ったんです。その時に気になる話をしていたので声をかけてみて、その日はサメハダ岩に招待してお泊まり会をしたんですけど…」
「ほう。ところで2匹はどんな話をしていたんだ?そこがきになるんだが」
「えぇと…美味しいきのみの食べ方について、だったわよね?」
「ちが……「はい!」えっ?」
ここでハナさんは私たちに同意を求めた。でも私たち、きのみの話なんかしてたっけ?
そう思って声を上げようとしたところ、ミイナちゃんが遮るようにハナさんの話を肯定した。
私が覚えていないだけかな?うーん…
首をかしげてミイナちゃんを見ると、ミイナちゃんはそっと口に指をあてた。
これは…黙ってろってことなのかな?
でもどうして?
「で、翌日…つまり今朝なんですけど。どこから来たのか聞いてみたら、2匹とも身寄りがないっていうんですよ!」
私が悩んでいる間にも話は続く。
「サメハダ岩に泊めてあげようかとも思ったんだけど、ちょっとスペースが狭くてさー。だから、ここに来たらどうにかしてもらえるんじゃないかなーって思って。スコア、どうにかしてもらえない?」
「成る程な。久し振りにこっちに来たと思ったらそんな理由か。あぁ面倒ごとを持ち込みやがって……」
「そ、その言い方はないんじゃない?この子達に罪は無いんだし」
「そうだよ!もースコアってば変わってないね。それにドケチなのが合わさって物凄い悪い奴になってるからみんなに嫌われるんじゃない?」
「なっ……言わせておけば!!誰が育ててやったと思ってるんだい!」
「ちょっと、ねぇリンネ、スコアさんも!やめよう?ね?」
そっか、ハナさん達は私達の住むところをどうにかしてくれようとしてるんだね。
でもなんか、揉めてるな。リンネさんとスコアさんが言い合いを始めてしまった。ハナさんが止めに入ってくれているけど、2匹とも聞く耳持たずーって感じ。終わりが見えない…。
「あっれーいいのかなー?このまま1週間くらい氷漬けにしちゃってもいいのかなー?」
「…寒っ!」
あの、ハナさん?殺気が凄いんですけど?そして怖いんですけど?!
ハナさんから物凄い殺気が出ているのがわかる。
それだけでなく、急に部屋の温度が低くなってきた。なんというか、氷の山のそばにいるみたいな底冷えのする感じ…。私は思わずそばにいたミイナちゃんと体をくっつけあった。
「リンゴさんの持っていたリンゴの芯、もしかしてあれ凍ってる?」
「ほんとだ、確かに…」
リンゴの芯も凍るほどの冷気と殺気を帯びたハナさんは物凄い迫力なのだが、リンネさんもスコアさんも構うことなく言い合いを続けている。ねぇなんか嫌な予感がするんだけど!
「いい加減に………
しなさーーーーーい!!!」
「うわっ?!」「ひゃっ!!」
ハナさんが怒鳴るとともに、何本もの氷の柱がリンネさんとスコアさんを固定するように地面から生え出た。す、すごい…。
あれ当たったら痛そうだな。というのはおいておいて、どうにか2匹が静かになったところでハナさんは話を戻した。
殺気は嘘のように無くなり、部屋にも暖かさが戻ってきて、氷柱は消えた上リンゴの芯も解けてきていたけど、私たちはびっくりして動けないままだった。
((ハナさんって、怒らせちゃダメな人だ…))
「うん。で、シノハちゃんとミイナちゃんをここに泊めてもらうことって出来ますか?」
「あ、あぁ…しかし」
「天空祭が近いせいか、ギルドに入りたいってコ達が増えてて、部屋が不足気味なんだよね〜」
「親方様の言う通り。…さっきも3人組の入会希望者が来て、それで部屋がいっぱいになってしまったんだよ。そういうことだから諦めて帰んな」
「そんな…親方様、」
話はまた進んでいく。けど、あんまり良い方向には行かないみたい。
でも、天空祭ってなんだろう?
「ワタシ、スコアがそんなに冷たい奴だったとは思わなかったよ。ハナ、帰ろう。おばちゃんにでも聞いてみよ?」
リンネさんはピチリとつるのムチを地面に打ち付けてからスコアさん達に背を向けた。
ハナさんもいやいやながら従って背を向け、私たちに向かって申し訳なさそうな表情で口を開き、
「2人とも、ごめんなさい…」
「あっ!ハナ、リンネ、ちょっと待って!!」
そんな2匹を引き止めたのは、リンゴさんだった。リンゴさんは2匹を制止すると、部屋の奥にあった本棚をゴソゴソやりはじめた。
「親方様…?」
怪訝そうにその様子を見ていたスコアさんも手伝いはじめ…やがて、リンゴさんは封筒を1つ持って戻って来た。
あれ?今スコアさん、リンゴさんのことを『親方様』って呼んだよね?
ということは…このリンゴさんが親方なの?!
うわぁ、そうだったんだ。
ちょっと失礼だけど、(意外だな………)なんて思ってしまった私だった。
バレてない、よね?
*
sideハナ
シノハちゃんとミイナちゃんに謝ろうと思って後ろを向くと、親方様の声に引き止められた。親方様は何やら探している様子だったが…1つの封筒を持って戻ってきた。
「ハイ♪開けてみて♪」
そう言って渡された封筒には、探検隊バッジのあしらわれたマークが描かれている。これは確か探検隊連盟のマークよね?
それから宛名は…『Frost様』かしら。リンネにこの世界の足型文字を教わってはいるけど、やっぱりまだ自信がない。
「リンネ、これ…読んでくれる?」
私が封を切って中の紙をリンネに渡すと、彼女はハッと気付いた顔をして声に出して読み上げてくれた。
…シノハちゃん達には、変なポケモン、って思われたかしら?昨日のこともあるし、早めに言った方が良さそうね…。
「えーと、じゃあ読むね…
『表彰状
探検隊Frost リーダーのハナ・アイビー様
貴殿の探検隊は、定められた期間の間探検隊ランクを落とす事なく、更に半年あたりの依頼の解決数も常に規定を超えるという優秀な成績を修めているため、これを表彰致します。』
だって。…表彰状もらったのなんて、初めてだね!ワタシ凄い嬉しい♪」
「そうね!私も嬉しいわ」
「ハナさんリンネさん、おめでとうございます!」
表彰状だったのね。道理でしっかりした紙だと思ったわ。
…あら、まだもう一枚紙が入ってるわ…?
こっちはなんだか、何かの届け出みたいに切り取り線が付いているけれど、なにかしら。読んでもらいましょう。
「リンネ、もう一枚有ったからこれもお願いしていいかしら?」
「わかったー!何々…えっ?!」
紙を読み始めたリンネが目を見開いた。相当驚いているけれど、何が書いてあるのかしら?
連盟から手紙なんてなかなか来ないし、想像付かないわね…。
「? リンネさんどうしたんですか?」
「あ、ごめんごめん!読むね…うぅ、
『ギルド創設許可願について。…」
えっ………?!
今、リンネ、なんて…?!?!
「『ハナ・アイビー様、貴殿並びに貴殿の探検隊Frostには、ギルド設立に十分な力があることを認め、ギルドの創設を認める。創設にあたっては、下の創設許可願に必要事項を記入し、連盟本部へ提出すること。
あっ、余裕が有るなら是非本部に来てね!お話ししたいこといーっぱいあるんだぁ♪それじゃ!
探検隊連盟会長』」
「創設許可願…嘘じゃないわよね?」
「嘘じゃないよ、ちゃんと書いてあるよ…ハナ!」
「リンネ!!」
私達は思わず手を取り合った。リンネの顔が喜びに輝いている。そしてそれはきっと私も同じだろう。
だって、私達にギルド創設の許可が出たのよ?思いがけない形だけど、頑張りが認められたのよ?喜ばずにはいられないわ!!
…、
ひとしきり喜んだのち、私達は親方様とスコアに向き直った。
「親方様のお陰です、本当にありがとうございます!」
「ボクは何にもしてないよ〜?」
「ううん、親方がワタシ達のことを…うぅっ、ぐす…」
リンネってば感動のあまり泣いちゃって、言いたいことがなんなのかわからないわ!
「り、リンネ…。もう、泣き過ぎよ…ぐすぐす」
「ハナだって似たようなもんだぞ」
「もう、スコアは黙ってよっ!!」
あ、私も泣いてた。人の事言えないわ…。
そんな私達に、親方様が問いかける。
「それで、どうするの?♪」
答えはもちろん決まっている。私とリンネは声を合わせて答えた、
「「やります!」」
「うんうん♪Frost、頑張ってね!」
親方様は優しく笑って私達の頭を撫でてくれた。
「さ、帰って書類を書かなくちゃね!」
「うんっ!ミイナちゃんシノハちゃん、とりあえずサメハダ岩に帰ろう?…って、あ!」
今度こそ帰ろうとした時、リンネがまずい!という顔をした。なにかあったのかしら?
…あぁっ!そうよ!肝心のシノハちゃん達が住む場所、どうにもなってないじゃない!!
はぁ、私としたことが。でも、サメハダ岩でもなんとか4匹でいられるでしょうし、いっそのことこのままでもいいかしら?
もちろん彼女達さえ良ければ、だけど。
「シノハちゃんミイナちゃん、申し訳ないけれど、しばらくサメハダ岩で生活することになっても平気かしら…?」
「あ、ハナさん達が良いならあたしは構いませんよ!リンネさんに料理とかも教わりたいし。シノハは…」
「私も!ハナさんとリンネさんのご迷惑にならないのならそれで」
快い返事。2人ともいい子ね…
「あと…ハナさん達がギルドを作るなら、あたしのこと、そのギルドに入れてもらえないでしょうか……?」
えっ?!
そ、それって、
「そ、それは、ワタシ達のギルドの弟子になってくれるってこと?」
「リンネさんたら〜、それ以外に何があるっていうんです?それに、こうしたら合法的にハナさんとリンネさんと暮らせますよね?」
「ミイナちゃん、ありがとう!」
ミイナちゃんは自慢気に尻尾を震わせてニカッと笑った。
それから、後ろで黙って話を聞いていたシノハちゃんを振り返った。
「シノハ、一緒にハナさん達のギルドに入ってみない?それで、もしよかったら、あたしと探検隊になってよ!」
「あ、えと、その……ギルドとか、探検隊…って、なぁに?」
その言葉に、その場にいた全員がずっこけたのだった。