06 第五流星 追憶の夢
ん………?
…ここはどこなの……?
なにか見える?
あれは……私?
もしかして、私の昔の記憶…?
『…シノハっ、大丈夫か?!』
『……んっ、あっちへ行ってよ』
『だけど…あ、おい!待てよ!!』
『いいの!放っておいてよ!…ラ…なんて嫌いだもん!』
私ともう1人…声しか聞こえてこない、あれは一体誰?
あれ、薄くなってる?
待って、待ってよ、
お願いだから、もう少し見せて…っ
*
鮮やかな茜色の朝日が、サメハダーの様な岩の内部に差し込む。その光が、まだ寝ていた1匹のポケモンの顔を照らした。
「んんっ…?」
そのポケモンはやがて目を覚まし、ぼんやりと辺りを見回した。
部屋の様子やそばで寝ているイーブイやエネコ、チコリータを見て、彼女……シノハは漸く自分の置かれている状況を思い出した。
「そっか、私、昨日…」
余り表には出さなかったが、シノハはかなり動揺していた。目が覚めたら記憶をほぼ失っていて、知らない場所にいたら誰だってそうなるだろう。だがシノハには、それ以上の動揺材料があった。
(さっき、何かの夢を見ていた様な……。そうだ、私と誰かが、会話している夢だったな。きっとあれが、記憶を失う前の私なんだよね。で、相手はなんて言う名前だったのかな)
もう一度夢の中の感覚を呼びさまそうと、シノハは目を閉じた。
(多分男の子で、名前の中に、“ラ”が入る。…優しい声だったなぁ。なんで私、拒絶してたんだろう。馬鹿みたいじゃない)
自嘲気味に少し笑い、また感覚を辿っていく。
(ラ……ラ?なんだろう。こう、忘れたらダメな気がするんだよね。どうしても、思い出したい)
シノハは目をぎゅっとつぶり、更に夢の中の感覚を思い出そうとする。
(………………。ダメだ、目が覚めてきちゃって分かんなくなってきたよ…)
「シノハちゃん?」
頭を抱えたところで別の声が聞こえてきて、シノハは驚いて振り返った。
「は、ハナさん…おはようございます」
「おはよう。どうしたのよ、朝から随分げんなりした顔だけど…。具合でも悪いの?」
シノハに声をかけたハナは、心配そうにシノハの額に尻尾で触れた。
シノハはなんでもない、と言うように首を振って笑顔をつくった。
「いいえ…ちょっと、変な夢を、見ましてですね…」
「夢?…もしかしてだけど、それって失う前の記憶なんじゃない?」
「私もそう思ってて。でもなんだか曖昧で全部は見えなかったから、すごくモヤモヤしているんです。自分の姿しかみえないのに、自分の他にもう1つ、懐かしい声が聞こえて」
「一部分だけでも昔の自分が見られるなんて、幸運だと思うわよ?フフフ。……あ、そうだ」
ハナは意味有り気に笑うと、何かを思いついたように部屋の隅へ行ってゴソゴソと始めた。
シノハは先程のハナの発言に首を傾げ、うーん、と考え込んだが、結局気にしないことにしてハナを見守った。
ハナはしばらく経って、何かを持って戻ってきた。
「ハイ、これをあげるわ」
「これは…?」
「ノートと鉛筆よ。これにあなたの夢を書いておいたらどう?何かの役に立つんじゃないかしら」
「あ、ありがとう…ございます」
「さ、まだ覚えているうちに書いちゃいなさいよ」
ハナはニコリと笑った。
シノハは早速、夢で見たことを覚えている限り書いていくことにした。
〜〜〜
不思議な夢を見た。
ハナさんはそれが昔の私の記憶だと言うし、私もそうだと思っている。これから、ハナさんがくれたノートに夢について書いておこうと思う。
そこにいたのは、私ともう1匹で、その子はたぶん男の子。
私はその子に心配されている。それなのに私はその子を拒否してその場を去った。
これが夢の概要。
私は1度その子の名前を呼んでいるけれど、名前の部分だけノイズが入ってしまっていて『ラ』という一文字しか聞き取れなかった…
それが名前なのか、愛称なのかはわからないけれど、なんだか忘れたらいけない名前な気がする。
今後の夢に期待しよう。
〜〜〜
「これでよし、と」
書き終えたシノハは、満足気に文章をなぞった。
*
「身寄りがない?!それは大変だね…」
シノハとミイナは、朝食時に身寄りがないことをハナたちに相談した。彼女らならば、なんとかしてくれるのではと思った末の行動だ。
「そうね。でも…ここはちょっと4匹住むには狭いし、かといって追い出すのも可哀想だし…どうしましょうか」
「うーん…うーーん……」
「あっあの、やっぱり自分たちで…
「あー!」
しかし2匹はあまり良い案が浮かばないようでうーんうーんと唸るばかり。
見兼ねたミイナが自分たちで探すと言おうとしたとき、リンネが何かに気付いたように大きな声をあげた。
「リンネ煩いわよ。…何か思いついたの?」
「プクリンのギルドに行ってみない?あそこならなんとかしてくれるんじゃないかな?」
「プクリンのギルド?って確かあの有名な、世界を救った探検隊を輩出した…。もしかしてお二人、探検隊なんですか?」
ミイナが首をかしげて聞くと、ハナは首肯し、リンネはニコリと笑った。
「そうよ。……チーム名は、“Frost”って言うの」
その名を聞いたミイナの瞳が、はっと見開かれる。
「なんか見たことあるような組み合わせだと思ったけど…やっぱりあの探検隊のFrostさんだったんだ…!ファンです!大ファンです!!」
ミイナは顔を輝かせてハナとリンネを交互に見ている。
シノハには、Frostの何がすごいのか、そもそも探検隊とは何なのか全くわからない。そのためしばらくは、状況が飲み込めずに、3匹の顔を順繰りに見ることしかできなかった。
*
(結局、なんにも聞けなかったな)
私はそんなことを考えて、小さく溜息をついた。
(私ってば、前からこんな引っ込み思案な性格だったのかなー…はは)
自分の今の性格が本当に嫌になってくる。
といっても性格はそうそう変わるものではないだろうし、記憶を失って此処に来る前もこんな性格だったのだろう。
さて、どうにも話がわからなくてまごまごしているうちに、いつのまにか一夜を過ごした家を出て歩いていた私たちは、【プクリンのギルド】という(らしい)所にやって来た。
長い長い長ーい階段を登って、辿り着いた先には…。
なんだろうこのテント。プクリンの顔が大っきくデザインされてて…なんだか趣味が悪いなぁ…なんて考えていたら隣からミイナちゃんの「趣味悪っ」という声が聞こえて来た。
ハナさんたちもそれは聞こえていたんだろうけど、こっそり苦笑いをしているところを見るに2匹も同意見らしい。
「このテントがギルドなんですか?」
「まあ、そうよ。厳密には少し違うけどね。この下…高台の地下にギルドがあるのよ。それじゃ行きましょうか」
探検隊の集まるという場所にしては小さいな、というのはミイナも思ったらしく、彼女はハナさんに怪訝な声で話しかける。
対してハナは悪戯っぽく笑って、そのテントに向かって歩き出した。リンネさんがそれに続く。私とミイナも顔を見合わせて慌てて後を追った。