04 第三流星 失われた記憶?
「このリンゴ、とっても大きくて、しかも美味しいね!」
「そう?喜んでもらえて嬉しいな♪」
「ごめんね、私、お金持ってなくて……」
「気にしないで。お近づきの印とでも思ってよ」
あれから砂浜を後にしたあたし達は、町─トレジャータウンの店でリンゴとモモンの実を買った。
あたしが奢ると言ったらシノハはひたすら恐縮していたけれど、大丈夫だって、そんなに気負わなくても…。
ちなみに今は、店のカクレオンさんに、良いカフェがあると聞いたのでそこにいる。持ち込んだ食材を、店主のパッチールがドリンクにしてくれるという、なんとも……なんとも…あ、エコ?な商売!素晴らしい!!
今飲んでいるのは、買ってきたモモンの実のジュースとモーモーミルクを混ぜたモモンミルクだ。なんでも店主が大好きだそうで、モモンジュースを頼まれるとついついおまけでモーモーミルクをつけてしまうそうだ。
…大丈夫なのかしら、儲けとか。
リンゴの方は、シノハがそのままがいいみたいだから軽く切ってもらうだけにとどめた。
「そういえばミイナちゃんはどこから来たの?」
口いっぱい頬張っていたリンゴを飲み込んだシノハが不意に聞いてきて、危なく口の中のモモンミルクを吹き出しそうになってしまった。
「あたし?……あたしは…」
「?」
「…っ、ちょっと、色々あってね。家出、して来たの」
「家出…か。ごめんね、変なこと聞いちゃった、よね…えと、無理して、話さなくて、いい、から」
「ありがと、シノハ」
「ううん。話したくないなら話さなくて全然いいから。私だって、人に言いたくないこともあるしね」
気、使わせちゃったかな。ごめんね。
でも、あんまり気分のいい話じゃないから…
「あっ、そうだ!」
暗くなってしまった空気を打ち破る様に、とちょっとだけ明るい声を上げたあたしは、最後の一切れのリンゴに手を付けようとしているシノハに声をかけた。
「シノハの里のこと、もっときかせてよ!」
「うぇっ?…あ、そのことなんだけど…」
あら?どうしたのかしら……?
「思い出せないの」
「え?」
「里のことは嘘じゃない。だけど、それ以外には何も覚えていないの…思い出そうとするたびに、少しずつ遠ざかっていくみたい」
「そ、んな……」
シノハは途方に暮れた顔で、リンゴをシャク、と少し齧った。
なんだか浮かない顔だと思ったら、想像以上にすごい事情ね。
「私ね、ここに来る直前、すごく悲しいことがあった気がするの。大事な人とお別れしたみたいな、簡単には消えない悲しみを感じた気がする…でも、何があったのかが全然わからない!とっても、とっても大事な事のはずなのに、何も、思い出せないのが辛い…帰り方もわからないし、一体どうしたらいいの……?」
「シノハ…」
彼女はうっすら涙を浮かべて目の前のカウンターに突っ伏した。
──「あなた、ちょっといいかしら?」
突然、誰かに声をかけられた。びっくりして振り向くと、声をかけてきたポケモンはシノハの反対の隣の椅子に飛び乗った。
薄桃色とクリーム色の体に、花の蕾を連想させるふっくらした耳と尻尾。このポケモンは…
「あ、いきなりでごめんなさい。あなた達の話が聞こえて、ちょっと気になったの」
えーと、そう、エネコっていうのよね。
エネコさんはふわりと笑い、静かな声で話しだした。
「はぁ……」
あたし達が曖昧な表情をしていると、彼女は話を続けた。
「もう、そんなに強張らなくても大丈夫よ?通りすがりのエネコだけれど、決して怪しいポケモンじゃないから。家に帰る前にこのカフェに寄るのが日課なの」
「そうなんですか…」
「ねぇ2人とも、私の家に来ない?どうせ行くところなくて困ってるんじゃない?」
エネコさんの狙いがわからずに首を傾げていたあたしとシノハは、その言葉にパッと顔を輝かせたが、次の瞬間になんでわかったんだろう、とあたしは少々警戒する。
なんか怪しい感じがするけど、近くにいる店主のパッチールや、こちらに注目している他の客らが何も言わないところを見ると、大丈夫なのかもしれない。
ええい、もういい!どうされたって構うもんですか!
あたしは覚悟を決めてシノハに声をかけた。
「シノハ、行こ?…あたしはこの人を信じるよ」
「…私もそのつもりだよ。なんか、似たものを感じるんだ、あのエネコさん。何かつかめるかも」
あら、あたしが心配するまでもなかったかしら。
すでに彼女の心は決まっていたらしい。
「…決まりね!そうと決まれば、早く行きましょう?」
「はいっ」 「ええ」
あたし達はエネコさんのあとについて、カフェを出て行った。
*
「あれからもう5年か…全く、時間が経つのってホント早いったら……」
そこから大して離れていない場所では、1匹のポケモンが特徴的な大きな葉をフリフリと振りながらオレンの実を刻んでいた。
「海岸であの子と出会って…あの時の2人組はどうしてるのかしらね」
そのポケモンはそう呟いてからそっと笑い、少し実を刻む手を…葉を速めた。
「早く帰ってこないかな♪」
彼女は家の戸口をチラリと見て、また作業に戻っていく。
*
「むぅ…遅いなぁ……お腹すいたよ〜」
一応夕飯の準備を終えたワタシは、今はベッドでゴロゴロしている。
んー、、気持ちいい……。
こうしていると、5年前にあんな事件があったなんて嘘みたいね。
こんなに平和で…ありふれた毎日がやってくるなんて、あの頃は想像もしてなかった。当たり前といえば当たり前だけどね。
こんな平和な毎日が、ずっと続いてくれますように。誰も、あの時のような絶望を味わいませんように。
──そんな幻想を抱いていられたのは、このひとときだけだった。
不意に吹き抜けた湿っぽい風にゾッと鳥肌が立つ。
「な、に………?」
昔から感がよく当たるワタシが感じた嫌な予感は、また現実のものとなるのかもしれない。
「怖い…怖いよっ、早く帰ってきてよ、ハナ………!!」
ワタシは身震いして、この歳にもなって恥ずかしいけれど、怯えて丸くなった。