03 第二流星 困惑、混同、混乱
──………あれ…
───不思議な音に途切れていた意識が、ふと覚醒した。真っ先に感知したのは、全くもって嗅ぎ慣れない香りで、先ほどの音と合わせ、『ここは自分の知らない場所だ』とぼんやりした頭の奥で思う。
目を開けてみると、やはり見覚えのない場所にいた。
足元は白い砂に覆われ、目の前には青い塊。
寝起きで目がうまく見えないけれど、私の知っているどんな場所とも似つかない。
でも、どうして知らない場所にいるんだろう。意識を失う前、私は何をしていた?何をされた?
自分の名前も…種族も……使える技も覚えているみたいだけれど…
私はまだ感覚が戻りきらない頭をふるふると振って目を覚まそうとした私は、
「ねえ」
一瞬、息が止まった。
未だ覚醒しきっていなかった頭は一気に目が覚めた。
ここには自分しかいないと思って安心していたのに。
──少し離れたところに、1匹のポケモンが、真っ直ぐこちらを見て立っていた。
*
光る竜が残したタマゴは、やがて形を変え、はじけた。
中からは1匹のポケモンが姿を現した。
あたしと同じ4足歩行の、水色と黒の体躯。
ぴょこんと立った可愛らしいたてがみ。
黄色い星型の尾に、同系の模様がついた耳。
やがて目を開けると現れる、黄金色の2つの光。
竜が残していったタマゴからやってきたのは、コリンクという種族のポケモンだった。
少し小柄な彼…彼女?は、不思議そうにあたりを見回した。
あたしは何故か、そのコリンクに声を掛けなければいけない と思い、恐る恐る一歩を踏み出す。
「ねえ」
「きゃ?!」
声からして女のコかしら。コリンクはいきなり声を掛けられ相当びっくりしたようで、飛び上がってから怯えたように数歩あとずさる。
それから彼女は、かなり警戒した様子で、
「………あなたはなに」
と聞いてきた。
「なに」って…。フツー「誰」って言うでしょ。
まあ悪いコではなさそうだけどね。
でも、油断させていきなり襲ってくるかもしれないから、一応疑ってカマをかけてみようかしら。
「見ず知らずのアンタに教える義理なんてないわ。だってそうでしょ?」
高圧的に言い放ったあたしは、コリンクの彼女に顔近づけて軽く睨む。
「だいたいさぁ?あたしなんかよりアンタの方がよっぽど怪しいと思うよ?だっていきなりここに現れたし。違う?」
「ひっ?!」
あ。やりすぎた、かなぁ?
彼女は目にうっすら涙を浮かべ、さらにあとずさる。
「わ、わかんないよっそんなっ……知らないよっ!!」
「ふーん…」
この様子を見るに、別に悪い子ではなさそうね。まぁそうだろと思ったんだけれど…悪い事したなぁ、謝らなくちゃ…って、ああ、泣かせちゃった…。
「うぁ……えーと…怖かった、よね、ゴメンなさい!あたしはイーブイのミイナっていうの。あなたはなんて名前なの?」
「あ…え?」
ん?失敗した…失敗したよね、態度変え過ぎたよ!!!もう!
*
さっきまで私を威圧していた茶色いポケモン…イーブイの、ミイナさんは、急に申し訳なさそうな笑顔を浮かべた。
「あー、さっきのはカマかけただけで…。最近、悪いポケモンが増えてるからさ。怖がらせてほんとごめん!」
「わ、私は…コリンクのシノハっていうんだ…。ミイナさん、よろしく…」
「あなたは何歳?」
「10歳なんだ。ミイナさんは…」
「実を言うと、あたしも10歳。だから、あたしのこと‘ミイナ’って気軽に呼んでくれて構わないからね、‘シノハ’!」
「あ、うん、ミイナ…ちゃんっ」
本当にさっきのイーブイとミイナちゃんは同一人物なのかな…そんなことを思って、私は少し苦笑いを浮かべる。
だって、あまりにも違いすぎて、ねえ?
当の本人は、私がそんなことを思っているとはつゆ知らず、呼び捨てでいいのに〜、なんて言いながら、カラカラと笑った。
そういえば、彼女のトレーナーはどこに行ったのだろうか。確か、ニンゲンに人気の種族だったような…かわいいし、進化するととても強いとかで。
野生のイーブイなんて、聞いたことないもんなぁ。
もう夜も近いし、ミイナちゃんは家に帰った方がいいんじゃないかなぁ…
「ミイナちゃんは、どんな人に名前をつけてもらったの?」
「確か、お父さんとお姉ちゃんだけど…なんで?」
「あっ、ううん!特に意味はないんだけれど…可愛らしい名前だったから、つい、ね」
「そお?シノハってのも、かわいいよ!」
「おばさんがつけてくれたの…。じゃあ、トレーナーからはなんて呼ばれている?」
「え…?トレーナー??」
(あれ、この反応…もしかして)
そんな私の予感は彼女の次の言葉で見事に当たってしまうのであった。
「トレーナーって、なぁに?」
心底驚いて、頭の中が一瞬真っ白になった。
彼女、トレーナーを知らない…??
だけどそんなはずないよ?だって今じゃ、どこにでもいるもの。うじゃうじゃとね。
「おーい、シノハ?どうしたの?」
「あ…ううん。なんでもないから気にしないで。大丈夫だよ」
おかしい。どう考えてもおかしい。
「ならいいけど。あたし世間知らずで賢くもないし、語彙も少ないの…あはは」
「そ、そうなの?でも、私も里から出たことないから似たようなものだと思うよ」
「里かぁ…どんなところなの?」
おかしい…
もしかして、ここは別の世界で、ニンゲンなんて存在しない!…とか?まさか、ね。
どうしよう、もしそうだったら、いやそうでなくとも早く帰らなきゃ。絶対勝手に抜け出したって怒られるに決まっているもん…
あ、でも、どうやったら帰れるんだろう?
「えっとね、」
困ったなぁ…
ミイナちゃんには悪いけれど、あんまり素性は話したくないのがホンネ。だからごめん。
悪いけれど頑張って話題逸そう…。
*
シノハは里について話してくれる。
里には、コリンク系統をはじめとして、パチリスやムックル、ポニータなど様々なポケモンたちが一緒に暮らしているらしい。
いいなあ、なんだか楽しそう。
それにしても、トレーナー、ねえ…聞きなれない言葉だけど。
あの現れ方とか、さっきから何か悩んでいる感じとか、どうもシノハは普通のポケモンじゃない気がするのよね。
でも、あんまり聞いてほしそうじゃなかった。まあ、ほんの数分前に会ったばかりのあたしになんて身の上話したくないわよね…。
「あれ?」
「どしたのシノハ?」
「………ううん、なんでもないよ〜。それより、お腹すいたから何か探してこようと思うんだけど…」
今度はどうしたんだろう。一瞬だけど、何かを落とした時のような焦った表情が見えた。
かと思えば、笑って空腹を訴える。
「ちょうどあたしもお腹すいてたんだ。さっき町があったから、そこに行って何かないか見てみない?」
「いいね!行こっ?」
こうしていると、やっぱり普通のポケモンに見えるけれど…。
ねぇシノハ。
あなたは一体、何者……?