11 第十流星 約束の夜明け
side シノハ
「あら、シノハちゃんミイナちゃん、早かった…え?どうしたの?!」
ミイナちゃんのバッジでトレジャータウンに戻り、サメハダ岩の階段を下った途端、あわてたハナさんが飛びついて来た。
まあびっくりするよね、ミイナちゃん黒焦げだし。
「なんか、変なブルーに襲われて…」
「…多分、お尋ね者だと思います。ちゃんと理性があって、話しかけて来たから」
「そう…。ごめんなさい、リンゴの森にお尋ね者がいるって気付かなかった私達のミスだわ。あ、それでそのブルーはどうしたの?」
「えと、急にミイナちゃんが突き飛ばされてから『カバンよこせ』って言われて、」
「シノハを取り敢えず逃してから向き合ったんですけど…負けちゃいました。結構強くて」
ハナさんは、あちゃーという顔でガックリと項垂れる。それからハッとしたようにブルーについて尋ねた。
私とミイナちゃんは、それぞれを補いながらブルーとの戦闘についてハナさんに話す。
それから、誰かに助けられたことについても。なんだか名前を知られたくないみたいだったから詳しい情報は伏せておくけどね。
「その後、私が暫く対峙してたんですけど…つまづいてしまって。もうダメかな、って思った時に、誰かが助けてくれたんです」
するとハナさんは、何やら大きな探検隊バッジの様なものを取り出して操作し始める。
「ん…、これかな?〈バッグを奪う極悪ブルーにご注意!〉確かにリンゴの森近辺って書いてあるわね。で、解決済みになってるわ」
「ハナさん、それ、なんの機械ですか?」
「…ギルドの親方向けの端末よ。ダンジョンごとの依頼リストとか、お尋ね者の目撃証言とか、そういうのが見られるの。…因みにその依頼、解決したのは“イリデサント”って言うチームだって」
ハナさんの操作する機械に興味津々なミイナちゃん。
よく見えないけれど、何かの情報がまとまってる…のかな?
「…ねえシノハ、ホントにその人のこと覚えてないの?」
「うーん…私も怖くて混乱してたから、曖昧で」
「そっかぁ」
ミイナちゃんがこっそり聞いてくる。
でもごめんね。
なんかあのリオルさんには事情がありそう。
だから、私には言えないなぁ…。
「イリデサント…なんか聞き覚えがある様な…?とにかく、助けてもらったんなら一度会ってお礼がしたいわ」
「そうよね、やっぱりお礼をしていないって落ち着かないわよね?」
聞き覚えがある…ってことは、やっぱりあのリオルはミイナちゃんの知り合いなのかな?
ミイナちゃんは一瞬考え込む様な顔をしたけれど、すぐに元通りの表情に戻ってお礼について話し合い始めた。
やっぱりお礼もしなきゃだよね、助けてもらったワケだし。
でも、どんなものあげればいいのかなぁ…
うー、久しぶりに頑張ったからか、眠くて頭が働かない…。
「あ、2人とも、疲れてるでしょ。ササっとご飯食べて今日はもう寝たらどう?」
「ふぁい…」
「…んー、あたしもなんか疲れちゃった…。お休みなさい、ご飯は今日は大丈夫です」
ふわぁ、とかすかに欠伸をした私に目ざとく気付いたハナさんがベッドに入る様に促してくれたので、私たちはありがたく自室へと引っ込む。
ミイナちゃんはかなり疲れていたみたいで、ふらふらとベッドまで歩いて行きぽすんと倒れ込んだ。
「はぁ〜〜〜〜。…シノハ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
長い長い溜息とともにおやすみを吐き出し、そのままミイナちゃんは眠ってしまったようで、もう規則正しい寝息が聞こえてくる。
…。
あのリオルさん、イリデサントってチームなのか。
私には聞き覚えがない単語だけど、あの感じだと、ミイナちゃん、知ってるよね。
(まあ、私にはどうしようもない、かな)
なんて考えながら、寝返りをひとつ。
眠れそうなんだけど、倒れたミイナちゃんだとか、ブルーの怖い目つきだとか、助けてくれたリオルさんとその訳ありな感じの態度だとか…そう言うのがぐるぐる頭を回ってて、どうも眠れないや。
まだ興奮が抜けきってない感じ…。
いやいや!
多分、目をずっと閉じてたら寝られるよね?
明日に響くのもごめんだし、とりあえず今は寝なきゃ。
そう自分に言い聞かせて、私は真新しい藁のベッドに顔を埋めたのだった。
「ん…?」
ごそごそ、という音で目がさめる。
外は…まだ暗いね。やっぱりあんまり深くは眠れてなかったみたいだ。
音の正体はなんだろう、とぼーっとした頭で考えていると、隣のベッドで寝ていたミイナちゃんが起き出していくのが見えた。
「ミイナちゃん?」
そのまま部屋を出ていくので、私はなんとなく気になって彼女の後をそっと追った。
*
side ミイナ
「ハハ…なんなのあたしってば…。あんだけ啖呵を切ったってのに、全然、守るどころじゃなかったじゃない」
そっとベッドから出てサメハダ岩の先端にやってきたあたしは、乾いた笑い声をあげた。
…誰も、いないよね?
(かっこわる……)
何に悩んでるかって?
…昼間のこと。
昨日、シノハに「運命のパートナー」だの「あたしが守る」だの威勢良く言ったのに、結果的にあのブルーにあたしは倒されて、シノハをひとり、取り残してしまった。
今回はたまたま助けてもらえたからよかったけど、誰も通りかかっていなかったら、あたしもシノハももしかしたら……。
そう考えると、凄く…怖い。
「やっぱりあたしには向いてないのかしら」
───「なにが?」
ふと後ろから聞こえた声に、びっくりして振り返る。
いつの間にか、後ろにシノハが立っていた。
先ほどの言葉は、どうやらシノハが発した様だ。
なんだか気まずくて顔を背けてしまったけど…丁度いい、昼間のことを謝っておこう。
「ぁ…うう、ん。なんでもないわ」
「…そう?」
「それよりシノハ、昼は、ごめんね」
「えっ?」
「ほら、あたし、あのブルーに倒されちゃったから…。シノハのこと、守る、って言ったのに、守れなかった、から…」
「そ、そんな、謝らないでよ!」
語尾を震わせながら言葉を紡ぐあたしの背に、シノハがそっと手を触れた。
そして寂しげに笑っていう、
「私が、弱いのがいけないんだよ」
「でも、あたしのせいでシノハに迷惑…シノハを、危険な目に合わせちゃった…!」
「ミイナちゃん、そんなに自分を責めたらダメだよ。だって私たち、結局助かってここにいるじゃない」
優しい声に、視界がどんどん滲んで、堪えていた涙が目の淵から溢れた。
ああ、シノハはなんて優しい子なんだろう。
「でも、もし…ぐすっ、もしだれもたすけてくれなかったらっておもうと…!ひぐっ…、やっぱりあたしみたいな、せんとうのへたなやつには、うぅ、たんけんたいなんて、むいてないんだ…!!あたし、もうやめたい…」
その優しさに甘えちゃ申し訳ない、シノハにこんなところ見せたくない、とは思うけれど、一度堰を切った感情は止まらなくて、心の中のぐしゃぐしゃなモノを載せた大粒の涙が、数滴、自分の前脚を濡らした。
その場にその場に突っ伏したあたしに、シノハが遠慮がちに話しかける。
「…ねえミイナちゃん、私ね、ここのところ暫くミイナちゃんの戦いを後ろから見てたけど、凄く…カッコいい!って思ったんだよ?」
「…えっ?」
「ミイナちゃんは私なんかより全然強いじゃない。だからね、もっと、自信を持って!」
自信…を、持って……?
──『自信を持て。大丈夫、お前なら出来るぞ』
『ワタシにもできたんだし、ミイナにもできるよ!』
───『また、ダメだったのか。…何?自信なら持った?っ、笑わせるな!』
『自信を持つだけじゃ、どうにもならないのよ!それに、昔の、まだワタシ達が小さい頃の話じゃない。まだそんなの信じてるの?』
『お前は本当に、何をやらせてもダメなやつだな』
「っ…!」
「ミイナちゃん…?私、なにかいけないこと言ったのかな…」
忘れようとしていた記憶が、サッと頭をよぎった。やっぱりあたしは、何をやってもダメなんだ。
そう気付いて、愕然とした。どうして気づかなかったんだろう?家を出てくれば何か変わると思ってたけど、あたしはあたし。結局のところ同じじゃない。シノハがどんなに平気だって言ってくれたって、所詮彼女を守れなかったことに違いもない。
幼い頃から積み重ねて来た傷が痛んで、思わず体を強張らせたあたしのことを、シノハが怪訝そうな顔で覗き込んだ。
「…あたし、たんけんたいやめる」
ボソッと呟いた言葉に、シノハが目を見開いて言う。
「そしたら、私はどうすればいいの?!ミイナちゃんが探検をやめちゃったら、私は誰と探検するのさ!」
「だけど、依頼、失敗したし…」
「ねえ、まだミイナちゃんは探検を始めたばっかりなんだよ?失敗したって、それは当たり前のこと!これから頑張ればいいの!!」
必死に語りかけてくるシノハの言葉に、一瞬遅れて、ん?と思う。
「シノハ?さっき、」
「…ミイナちゃん。私、探検隊になる」
「え?」
「私ね、一緒に探検したい人ができたの!だから、怖いけどやってみようと思う」
びっくりして目をパチクリ。
一緒に探検したい人…?
誰だろう?というか、あたしコレシノハにも見捨てられてない?
「そうなんだ…頑張ってね」
痛む胸を無視してシノハに向けて微笑む。
するとシノハはキョトンとした顔をした後で、ニッと笑った。
「何を言ってるの?ミイナちゃんと探検したいってことだよ!」
「…え、」
「今日のことでね、やっぱり頼りっぱなしじゃダメだって思ったの。ずっと、守られてばっかりだったのも、申し訳ないと思って…」
「それはっ」
「あと、あんまりよく覚えてないけど、助けてくれたのは私たちとそんなに年が変わらないひとだったの。同い年なのに、すっごい鮮やかな戦いで…。すごいな、って思った。それと同時に、悔しいとも思ったんだ」
「もちろん、まだ怖いよ?だけど、今ミイナちゃんの言葉を聞いて、それ以上にこう思ったの」
シノハは一度言葉を切り、スーハーと深呼吸してから、顔をキッと引き締めて言った。
「私、強くなりたい」
「!!」
「出来たら、なるべく、ミイナちゃんと一緒に!」
「シノハ…」
シノハが片脚を私の方に出す。
あたしがあわあわしながらその脚とシノハの目を交互に見る。
「ミイナちゃん、私と一緒に探検しようよ!ううん、して、下さい!お願い!!」
目の前が、自分の前足が滲んでくる。
絞り出す声が震えているのが分かった。
「いいの?ホントに、いいの………?」
「勿論!それに、強くなったら夢のことも何かわかるかもだし、イリデサントの人達にも会えるかもよ?…だめ、かな?」
「っ!…ダメな訳、ない。ありがとう、シノハ!」
心の中がブワーッと暖かくなって、さっき外に出た時とは全く違う涙が溢れて頬を濡らした。
(涙って、ホントに嬉しい時にも出るのね、なんて)
あたしは、シノハの片脚に自分の片脚を重ね、どちらからともなくハイタッチをした。それから、2匹ともひどい顔をしているのに気付いて吹き出した。
しばらく笑い続けていると、東の空が白んで来た。
まもなく空が紫に色付き、すぐに朱に変わった。そして、真っ赤な太陽が顔を出した。
…なんだか、あたし達の門出を祝福してくれているみたいね。
「わあ…!綺麗だね、ミイナちゃん!」
「そうね。…シノハ、本当にありがとう。これから、よろしくね?」
「うん!色々迷惑かけると思うけど…頑張ろうね!」
「よーし、まずは目指せゴールドランク!」
「うんっ!…ゴールドランクってなーに?」
「ズコー!!」
てな訳で、あたし達の記念すべき1日になるであろう今日は、盛大なズッコケでスタートを迎えた。
…なんか、カッコ悪いけど…これはこれで、いいかも?ふふっ。
前途多難っぽいけど…シノハ、頑張ろうね!
「て言うかなんのランク?」
あ〜……うん。まずは、お勉強からね!
第1章─星が降ってきた日──完結