10 第九流星 はじめてのたんけん
天翔る流星
第九流星
sideミイナ
頭上から“翼で打つ”を繰り出して来たムックルを避け、すかさず一発殴る。旋回してからもう一度“翼で打つ”を発動させて向かってきた所に“体当たり”をかますと、ムックルは倒れて気を失った。
「シノハ、もういいよ」
「…お見事。それにしても、ミイナちゃんはよく怖くないよね」
ムックルに繊維がないことを確認したあたしが振り返って岩陰に隠れていた依頼主、もといシノハを呼び戻すと、シノハはまだ怯えているのかビクビクと辺りを見回しながら歩み寄ってきた。
「まあ、ダンジョンなら小さい頃から家族とよく入ってたからね。戦うこともそれなりにやってきたつもりだし。それに、」
ニヤリと笑って右前脚を掲げる。
そこには日の光を受けて輝く、丸に羽が二枚ついた形の──探検隊バッジが握られている。これは今朝届いたばかりの新品だ。
昨日の夜、設立許可願が連盟に受理されてハナさん達のギルドが正式に開かれた。
あたしはすぐさま入門手続きを済ませた。そして今朝に探検隊セットが届いて今に至るというわけ。
「いざとなればこのバッジで脱出出来るしね!」
「そっか!…ありがと」
「ま、依頼主を安心させるのも探検家の務めですから!さ、行こ?」
「うんっ!」
次の部屋に階段らしきものを発見したあたしは、安心したのかふわり微笑んだシノハと共に駆け出した。
「ここが頂上ね…よし、依頼主さん、目的の場所に着きましたよ!」
「おお〜。ありがとうございます、ミイナさん!…ふふ」
「なんか変な感じ!ふふふ」
階段を抜けると開けた場所に辿り着いた。敵意も感じないし、ここが頂上で間違いなさそう。
今は“探検家”と“依頼主”という立場にあるあたし達は、会話が少し他人行儀になった事がおかしくて、互いに顔を見合わせて笑いあった。
え、どうしてそうなったかって?
まあ説明するってば。
シノハに「探検隊を組まないか」って言ってみた後のこと…
「私…私ね、あの……」
「?」
「…やりたいけど、私には無理だよ」
か細い声で下を向きながらそう言った彼女を、あたしはぽかんとして見つめた。
ハナさんとリンネさんが顔を見合わせる。
多分、あたしも同じ様な顔をしていると思う。
「どういうこと?」
「やってみてもいいかなって思うの。だけど昨日、海岸の洞窟まで行った時にね、探検するには戦わなきゃいけないって気付いて。だけど私、戦えない。戦うのが、怖い」
「はぁ」
「それに、わたっ……あ、なんでもない!とにかく…ごめんね、ミイナちゃん」
戦う事が怖い?
…寂しそうに笑った彼女になにか声をかけたかったけれど、何もいう事ができない。
と。
「ね、シノハちゃんは探検に興味はあるの?」
「はい…」
唐突にリンネさんが言う。すると、彼女の意図を汲み取った様にハナさんが後を引き取る。
「だったら1つ提案があるんだけど…要するに戦うのが怖くなくなればいいわけで」
「はぁ」
「依頼完了〜!」
「あ、お礼なんだけど」
「んーん、それはいいよ!実質非公式な依頼なんだし」
申し訳なさそうなシノハを尻尾で軽く叩く。
まだ申し訳なさそうだ。あたしとしては運命の人とは仲良くなりたいし、はやく遠慮なく笑いあえる関係になりたいな。…いやあたし何言ってんだろ。あたし重っ!!
数日前にシノハがあたしの頼みを断った直後にハナさんがした提案とは、『暫くあたしの探検に同行してみる』ことだった。
そんな事が出来るのかと思わず訊くと、ハナさんは少し考えてから、シノハを探検家ミイナへの依頼者として同行させる事ならばそこまで不自然ではない、と言い切った。
そうして経験を積めば、怖くなくなるんじゃないかとFrostの2匹は言う。
シノハも「それなら…」などと呟き、アレヨアレヨと言う間にその旨を示した依頼書が出来上がって…今に至るってわけ。
最初は緊張してたけれど、もう5日目ともなればだいぶなれてきた。
それに、行くのもハナさん達が選んでくれた易しいダンジョンだしね。今日はトゲトゲ山だった。ニドリーナにはちょっと苦戦したけれど、かなり早く頂上までたどり着く事が出来たわ。
さ、帰りましょうか。
シノハに触れながら探検隊バッジを掲げて「帰還!」と言うと、黄金色の光に包み込まれた。
*
sideシノハ
「シノハどう?楽しかった?」
「うん。それにミイナちゃんが守ってくれるから安心だしね!」
「ならよかった。…出逢うべくして出逢ったとか言っちゃったから、やっぱりちゃんと守らなきゃだし。あ、リンゴ食べる?」
「食べるっ!ありがと」
ミイナちゃんが小声で言ったことには、聞こえないふりをした。なんだか恥ずかしいし、それを聞くと私が一緒に探検隊をやっていないのが尚更申し訳なくなって来ちゃうから。
トゲトゲ山から帰って来たあと、私たちはハナさんに頼まれたお使いをこなすべくトレジャータウンに出向いていた。
ミイナちゃんが今日の探検で拾ったリンゴを半分こしてくれて、私たちはそれにかぶりつく。
ギルドに入ってから、ミイナちゃんはなんだか生き生きしている気がする。きっと、探検がすごく楽しいんだね。まあ私も楽しかったんだけど。
ここの所探検に同行してみて、やっぱり探検っていいなぁとは思うようになったんだけど、ミイナちゃんは私なんかよりよっぽど強いし、足手まといになっちゃうんじゃないかと考えると、なかなかやりたいとは言い出せない。
もっと強くなれたらいいんだけど…。
私は溜息を隠すように、リンゴをもう一口齧るのだった。
「よし、今日も頑張ろうね!」
「うん!よろしくね」
「任せて、絶対守ってみせる。なんて!ふふ」
「そんなこと言ったらなんか恥ずかしいよぉミイナちゃん」
「ごめんごめん…そうだ、お宝、持って帰ろうね!」
ミイナちゃんが随分張り切っている。
それもそのはず、今日はリンゴの森に行って、と言われたのだが、一番奥にハナさん達が予めお宝を置いておいたらしいのだ。私を守りつつそれを持って帰ってくる事が今日の課題らしくて、ミイナちゃんは「やりがいがある!」と鼻息を荒くしていた。
時折毒の粉や眠り粉を撒き散らしながらこちらに向かってくるバタフリーを、ミイナちゃんはひょいひょいとさけ、時折尻尾で叩いたりしている。そのうちしびれを切らしたのか、向こうの方から逃げて行った。
得意げに胸を張るミイナちゃんは本当に楽しそうで、少しいいなぁ、やってみたいなぁとは思うんだけれど、やっぱり戦うのは怖いな。
あーあ…怖がりなの、どうにかならないかなぁ。
ミイナちゃんの鮮やかな戦いに舌を巻きつつ進む事数十分。このフロアでは結構すぐ階段が見つかったので登る。そろそろ真ん中くらいかな?
…降り立った瞬間、ドン、という音とともにミイナちゃんが吹っ飛んだ。
「ぇ?」
「…バッグの中身を出せ」
ミイナちゃんを突き飛ばしたのは、目つきが悪くて威圧感のあるポケモン…ブルーだった。
ブルーが私を睨みつけると、体が固まって動かなくなってしまう。
(ど、どうしよう…怖い)
「…ていっ!!シノハ、逃げて!」
吹っ飛ばされていたミイナちゃんが戻って来て、強烈な体当たりをブルーにぶつけた。
そして動けない私を軽くブルーと逆方向に押す。そうされる事で、やっと我に帰った私は辛うじて後ずさり、闇雲に走り出した。
背後では、ミイナちゃんとブルーの戦う音が響いていた。
*
sideミイナ
これは手強い。そう感じたあたしは、すぐにシノハに逃げるよう指示した。
呆然と固まっていたシノハが逃げるのを確認し、ブルーに向き直る。特性の適応力で強化した体当たりを当てたから、少しは動きが…っ?!
「ふん、大した事ないな!」
「きゃっ」
うそ…?!効いてない?
ブルーは平気な顔で向かって来て、あたしに冷気を秘めた牙で噛み付こうとしていた。“氷の牙”か…厄介ね。
前脚で強く地面を蹴って、ブルーを掠めるように背後に移動した。そして、
「もう一度体当たり!」
「ぬるい」
踏み込んで上からのしかかるように体当たりを繰り出す。それは確かに当たったけれど、ブルーはたいしてよろめきもせず、逆にその場から離れようとしていたあたしの尻尾に噛み付いて投げ飛ばした。
…つっ……受け身をとったからダメージはそこまでではないけれど、噛み付かれたところがジンジン痛む。結構体力を持っていかれちゃったかも…。
「さあさあ、諦めて有り金全部置いていきな!“頭突き”!」
ブルーは凄い勢いで此方へ走って来た。
これは多分食らったらマズイ気が…!
気合いで立ち上がり、咄嗟の判断で“穴を掘る”で地面に逃げ込む。
マズイ…非常にマズイ!
あのブルー、かなり手強い。
あたしじゃ敵わないかもしれない。
だけど、此の儘逃げ続けていたらシノハに危険が及ぶかもしれない。それだけは…!
穴を掘るなら避けられにくいから、それでダメージを与えていけばどうにか倒せるかしら?
とりあえず、外に出て…
「っはぁ!」
「出て来たな?さあ、俺様にカネをよこせ!」
「さ、させないわ!」
再び向かってくるブルーは、口元に炎を蓄えていた。今度は“炎の牙”か。
飛び上がってかわす。
「炎の牙だと思った?残念!」
え?
「火炎放射でした!」
ダメだ…避けられない…!
空中で身動きが取れなかったあたしに、ブルーの口から吐き出された火柱が命中した。視界が真っ赤に染まり…そして、体に力が入らなくなって………
シノハ、逃げられたよね?
ごめんね、あたし、シノハのこと、守れない……。
*
sideシノハ
「はあっ、はあっ、はあっ……。ミイナちゃん、大丈夫かな…」
あの場から逃げ出した私は、階段を見つけたのでその部屋の隅で小さくなっていた。
幸いにも敵ポケモンは現れず、だけどミイナちゃんも現れず。不安な気持ちのまま、数分が過ぎただろうか。
不意に、火柱が上がるのが見えた。
嫌な予感がして、戸惑いながらもさっきミイナちゃんと別れた部屋の方へと走り出した。
「…ぁ」
そこで私が見たのは、倒れたミイナちゃんと、ミイナちゃんのトレジャーバッグを奪おうとする先程のブルーだった。
(どうしよう…あれ、取られちゃったらダメだよね?)
ミイナちゃんが心配だけど、とりあえずバッグを取り返さなくちゃ。
そう思うけれど、彼女が敵わなかった相手に自分が敵うとは思えない。
それでも…
『あたしね…シノハとは出逢うべくして出逢った気がするの』
『任せて。絶対守ってみせる』
(ミイナちゃんはそう言ってくれた。だから…)
「だめ、待って!」
私はブルーの背後へと歩み寄り声をかけた。
ブルーは振り返り、ニヤリと笑う。
「なんだぁ?此奴は俺の獲物だ。コレが欲しけりゃ俺様を倒してからにしな!」
「……」
「来ねえのか?ならこっちから行くぜ!“頭突き”!」
や、やっぱり怖い!!
正面から睨めつけられて、覚悟は決めたはずなのに体に力が入らなくなる。
それを気合いで抑え込み、なんとか転がってブルーの頭突きをさけて距離を取る。
「まだまだ!」
今度は“氷の牙”か…一度避けられたことで少し心に余裕が出来たので、次は冷静に見切って避けることができた。
「ちょこまかと…!これでも喰らえ!」
そんなことが何度か続いたけれど、私の体力にも限りがあるわけで。
ついに脚がもつれて転んでしまった。
ブルーはそれを好機と見てか、口元に炎を蓄えた。
(さっきの火柱は火炎放射だったんだ…!遠距離技も持ってたのか)
なんて気付いてももう遅いか。
あーあ…息が苦しい。もう動けないよ…。
(やっぱり私なんかじゃ無理かぁ…。ミイナちゃん、ごめん………)
火柱が吐き出されるのが見え、私は心の中でミイナちゃんに謝りながら目をつぶった。
…
……?
あれ…?
予想した衝撃と熱がいつまで経ってもやって来ないことに驚いて私は恐る恐る目を開けた。
緑色の半透明な壁と、青と黒の二本足のポケモンが見えた。
そのポケモンは、火炎放射を防ぎきると“守る”を解除し、びっくりしているブルーに向かって行った。
「お尋ね者ブルー、覚悟!ブレイズキック!」
「ぐっ……まさか、探検隊!?」
「はっけい!」
「うっ……丁度いい、貴様もまとめて始末してや…」
「遅いね、電光石火!」
「がはっ……うぐぐ……」
鮮やかに3連の技を放った彼は、私たちの苦戦したブルーを難なく倒し、何やらタネを口に放り込んでからバッジでどこかへ転送した。
そして、私の方に駆け寄ってくる。
「君、大丈夫?!」
「あ……はい」
彼の強さに呆然としていた私は、声をかけられてハッとする。ブルーを倒した彼が、私をのぞきこんでいた。
慌てて姿勢を正して返事をする。すると彼は安心したように笑い、大きなケガはなさそうだね、と呟く。それからキリッと顔を引き締めて聴いて来た。
「君の名前は?他に仲間はいる?」
「シノハと言います。仲間は…そこのイーブイが」
「シノハちゃんね。えぇと、シノハちゃんは探検隊なの?」
青と黒のポケモン──リオルの彼は、背負っていたトレジャーバッグをごそごそ探りながらミイナちゃんに近付き、その体を持ち上げてこちらに戻って来た。
「いいえ…あの、その子が探検家で、私は依頼者なんです」
「…そっか。あ、悪いんだけど、これからまだここに用があるからもう行かなきゃ。これ、復活のタネね。ダンジョンの外までこれで出られるから、そしたらこれをミ…この子に飲ませてあげて。そこからはこの子のバッジで帰れると思うから」
彼は私のところにミイナちゃんを連れてくるなり、私に何かのタネと不思議な青い玉を押し付けた。それからすぐさま立ち去ろうとするものだから、私は慌てて立ち上がって頭を下げた。
「あのっ…助けて頂いて、ありがとうございました。なにかお礼を」
「気にしないで。それより、その子のケガが酷くならないうちに帰った方がいいよ」
リオルさんは、なんだか不自然なくらい焦っていて、目を合わせてくれない。
ここにまだ用があるって言ってたけど、もしかしたら急ぎの用事なのかもしれない。
だったら、引き留めて悪いことしたな。そう思って、では、と言うと、彼は私に渡した青い玉にそっと手を触れて「じゃあ、また」と安心した様に笑った。
次の瞬間、目の前が青白く光ったかと思うと、リンゴの森の入り口にいた。
(さっきのリオルさんは誰だったんだろう?)
なんだかミイナちゃんを見た瞬間に焦りだした様な気がするけど、知り合いだったのかな?
そう思いながら、言われた通りに貰ったタネをミイナちゃんに飲ませる。
しばらくすると、ミイナちゃんが目を覚ました。
「…シノハ?あれ、ここはどこ…?あたし達どうなったの…?」
取り乱すミイナちゃんに、誰かに助けて貰ったことを話しながら、私たちは取り敢えずサメハダ岩のギルドに戻る事にした。
結局、ミイナちゃんには、リオルさんのことは話さない事にした。
*
階段手前で2匹と合流する1匹。
「ドジ。どこ行ってたの」
「ごめん、ボーッとしててさ」
「ったく、気を付けろよ。このダンジョンはまだ簡単だからいいけど、難しいところだったらどうするつもりなんだよ」
「えへへ…でも、はぐれた先で、2匹!救助出来たんだよ」
「あら。じゃあまあはぐれたのも無駄ではなかったってわけね。こっちは大迷惑だけど」
「お前は相変わらず手厳しいな」
「ホントホント。僕ね、もうちょっと評価してくれていいと思うよ。…そうそう聞いてよ、」
「いやよ」
「酷い?!」
「あー、俺は一応聞いとく」
合流した1匹は、少し黙った後に小さな声で言う。
「ありがと。…えっとね、助けた1匹、ミイナだった」
「………」
「………」
「…せめて何か言って!」
「そっか…あの子もトレジャータウンに来たんだ。うーん、出来れば会いたくないわ…」
「でも、やっぱり会っといた方がいいんじゃないか?」
「僕も、そうした方がいいと思うけど」
「はぁ…うっさい、ちょっと黙ってて」
「ハイハイ」
少しの間立ち止まっていた3匹はまた歩き始め、ダンジョンのさらに奥へと消えていった。