08 第七流星 居場所を
sideシノハ
「この世界にはね、“不思議のダンジョン”っていう迷路状の構造の場所がいくつも存在しているの。
“不思議のダンジョン”はいたるところにあって、種類も様々。こんな風に水辺があったり、マグマに囲まれていたり、はたまた草原だったり。
だけどね、どれもとても不安定な場所だから…急に崩れてきたりするかもしれないの。ここはまあ大丈夫だと思うけれど、気を付けていてね」
私は今、ハナさんと一緒に海岸にある洞窟に来ている。薄暗くて不気味な洞窟に足がすくんでしまって、でもハナさんはスイスイと進んでいくから、遅れないようについていくのがやっとだ。
ハナさんは歩きながら時々振り向いて、“不思議のダンジョン”について説明してくれる。どうやらここもその不思議のダンジョンのひとつなのだな、と私は理解し、改めて周りを見回してみる。…うぅ、やっぱり不気味だよぉ……。
「不思議のダンジョンはね、入る度に地形が変わるのよ。あ、あと…」
ハナさんの説明は続く。
にしても入る度に地形が変わるって…変な場所。あ、だから“不思議のダンジョン”?
なるほどなるほどと心の中で納得していると、彼女は一度私の元を離れて駆けて行って何かを拾って戻って来た。なんだろう、何かの種?
「ダンジョンに落ちている道具は、みんな拾った人の物になるのよ。色々なものが落ちているんだけど、例えばこれは“睡眠のタネ”。食べたポケモンを眠らせてしまうの」
「えっ?食べただけで、ですか?」
「ええ。不思議よね……あら」
ハナさんは振り向きざま私の後方に技を放った。急に技を使うんだもん、びっくりしたぁ…。それにしても、どうして急に技を使ったんだろう?
そう思って私も後ろを振り向くと、そこには倒れたポケモンがいた。体はキズだらけで、目を回したままピクリとも動かない。
まさか、ハナさんはこのポケモンのことを……
ぽかんと口を開けたまま、ハナさんと倒れているポケモンを交互に見ていると、ハナさんは私に「行くわよ」という風に尻尾を振って歩きだした。
このポケモンさん、全然動かないけど放っておいていいのかな?というか今、ハナさん、このポケモンさんのこと、殺…したの……?
そう思うと内心穏やかではいられなくなって、私は倒れているポケモンさんに駆け寄った。
「ねえ!あなた大丈夫なのっ?!」
すると。
ビシャアッ!!
「きゃあっ?!うぐっ」
私は急に強い衝撃を受け、後方に飛ばされた。飛ばされた先はゴツゴツした洞窟の壁だったようで、激しい痛みに一瞬息ができなくなる。
そればかりではない。視界が真っ暗になって、何も見えなくなってしまった。何か入ったのかと思って目をこすってみても、目がヒリヒリと痛むだけで…。
「イタタタ…ぐうっ?!!」
周りが見えずに右往左往しているうちに、先ほどと同じ衝撃が私を襲い、また飛ばされてしまう。吹っ飛ばされた先には水たまりがあったから、目に入ったものを洗い流すことは出来たけれど、もう、体が動かないや…。
ひたひたという足音に痛む体を無理に起こして目を必死に凝らすと、こちらを睨みつける、倒れていたポケモンとはまた別のポケモンの姿が見えた。
(仲間が殺されちゃったから、怒ってるのかな…。だから、私のことを殺しに来たのかな…?)
──「“冷凍ビーム”!シノハちゃん、大丈夫?」
突然、頭の上を薄水色の細いビームが通過し、そのビームはこちらを睨んでいたポケモンを弾き飛ばした。飛ばされた先でポケモンは力なく崩れ落ちた。
「ごめんねシノハちゃん、私としたことがはぐれちゃったことに気付かなかったわ…」
ハナさんが慌てて駆け寄って来て、私を抱き起こしてくれる。体についていた…泥だったんだ、を洗い流しながら、とっても申し訳なさそうに私を見た。
(ハナさんは、ポケモンを傷付けているのにどうして平然としているんだろう)
さっき容赦無くポケモンを弾き飛ばしたのに、今度は私を優しく労わる。そんなハナさんの態度にモヤモヤして、まともに彼女の顔を見られないでいると、ハナさんは不思議そうに私を覗き込む。
「シノハちゃん?どうかした?」
「あの…さっきの、ポケモンたちは」
思い切って聞いて見ることにして、私はおずおずと切り出した。
「なにかしら?」
「ハナさん、さっきのポケモンたち、もしかして、死んじゃっ…たん、ですか……?」
「え?」
「だ、だから、あの、さっきハナさんが…」
ハナさんはキョトンとした顔をしている。
まさかハナさん、ポケモンを殺すのとか、普通にやっちゃう……?だ、だとしたら私、とんでもない人と…!
「あ、……そうだったわ。1番大事なことを話していなかったわね。“不思議のダンジョン”にはね、何らかの原因で理性を失ったポケモンたちがたくさん住んでいて、彼らは私たちのことを襲ってくるのよ」
「えっ?」
理性を、失ったポケモン?
えーと、ということは、さっきハナさんが蹴散らしたポケモンたちはその類のポケモンってこと?
「で、襲われた時にどうするかっていうと、そのままじゃやられちゃうじゃない?だから、はっ!!」
ハナさんの手から、先ほど拾った“睡眠のタネ”が飛んだ。それはまっすぐ飛んで行って、私たちの方にやってこようと…ううん、私たちを襲いに来ようとしてた、茶色いカニみたいなポケモンに命中した。
動かなくなった…いや、先ほど聞いたこのタネの効能は『相手を眠らせる』。だから、眠ったのかな。…ところに、ハナさんは下げていたカバンから木の枝を一本取りだしてさらに投げつけた。ポケモンは飛ばされて水路に落ちて消えた。
それを確認したハナさんはこちらに笑顔で振り向いた。か、可愛い…じゃなくて、……どう言うことだろう?
「だから、ダンジョンを進むときはこうして彼らを倒しながら行かなきゃいけないのよ!」
そういうことか。
だけど、なんか可哀想だな…。自分の意思で理性を失っちゃってるんじゃないんでしょ?
私はそう思って曖昧な顔をして下を向いた。
「…可哀想って思う?……そうよね」
「え…」
ハナさんがぼそりと呟いた言葉に、私は驚いて顔を上げた。もしかしてハナさんも、私と同じことを考えてるの…?
「だって、この人たちはもともと、自分の意思でここにいるんじゃないんでしょうし。ただ巻き込まれてしまっただけで」
ハナさんは物憂げな顔でため息をつき、それから私を振り返った。
「私だって、最初は戸惑ったわ。戸惑ったし、それ以上に怖かった。でもね、あるときに気付いてしまったの…“この世界で”暮らしていくにはそうするしかないって。私はもう諦めたわ」
彼女は弱々しく笑い、また前を向いた。
「殺しているわけでもない。一度気を失わせれば、次に目覚めた時には正気に戻っているかもしれない。そう思って割り切るといいんじゃないかしら。それに、修行にもなるし!」
「そう、ですね」
少し気が楽になった私は、また歩きだしたハナさんの後についていくのだった。
ハナさんの言葉の裏になにかが隠されていることに、今の私は気付かなかった。
そこらにあるアイテムを拾って、時々襲ってくるポケモンを吹っ飛ばして、階段……なんであるのかはよくわからないけれど、をいくつか降って。
しばらくそうやって歩き続けていると、洞窟っぽい地面が消えて、砂地が広がる場所に着いた。奥の方には波が打ち寄せている。1番奥に見える岩の壁には大きな穴が空いていて、そこから見える空と海の青色がとても綺麗だ。今は正午を過ぎてすぐぐらいかな?
「お疲れ様、シノハちゃん。ここがこのダンジョンの1番奥よ。…もう襲われることもないから、身構えなくて大丈夫よ?」
ずっと少し緊張した様子で私の前を歩いていたハナさんが、緊張を解いたのか随分無邪気な顔で振り向いた。
ハナさんが言うことには、ダンジョンの1番奥には敵も罠も存在しないらしい。要するに安全地帯なんだって。稀に、だけど、お宝の入った箱が置かれているダンジョンもあるらしいけど、そう言うところは難易度が結構高めらしいから、私にはまだまだ未知の領域だね。
少し安心した私は、恐る恐るハナさんの影から出た。
そうだ、ハナさんはダンジョンについて色々教えてくれたし、何よりずっと私のことを守ってくれていた。
「ハナさん…っ」
お礼を言わなければ、そう思い口を開いたところ、急に視界がぐらりと傾いた。目の前がすぅと暗くなり、体の力が抜けてしまう。
「シノハちゃん?ちょ、ちょっと、大丈夫?!」
どうやら私の体は、滅多にしたことのない運動に耐え切れなかったようだ。ハナさんが慌てたように私の名前を呼ぶのと、砂のひやっとした感触とをぼんやり感じながら、私は意識を手放した………。
*
sideミイナ
「大体の木の実は熱加工しても効能は変わらないんだけど、カゴの実は熱すると働きが失われてしまうんだよー」
「そうなんですか?!うわぁ、寝る前はカゴの実のお菓子は食べない!って気を使ってたあたし、バカみたい…」
「まあでも、あんまり知られてないことだしね。気にすることないって、ふふふ!」
サク、サク、サク。
リズミカルな音がキッチンに響く。リンネさんが木の実を輪切りにする音だ。
なにをしてるか、というと、ハナさんがシノハを連れ出しちゃって暇になったから、リンネさんに料理を教わっている。
あたしは料理が好きだ。家にいて暇になった時は、昔から母に料理を教わっていたものだ…ああ、もう!家のことは考えないのよ、ミイナ!
…あー、そんなわけだから、必要最低限より少し上のレベルで料理はできるのだ。料理というよりお菓子作りの方が近いかもしれないけどね。
それにしてもリンネさんは料理が上手だ。昨日頂いたクッキーなんて今まで食べたどんなクッキーより美味しいくらいだった。もうお店開いた方がいいんじゃないの?って感じ。
「ミイナちゃーん、その棚にハニーミツあると思うんだけど、取ってくれない?」
「ええと、ハイ、これですか?」
「うん!ありがとー!…よし、これで“アロマセラピー”っと」
ああ、なにを作ってるかっていうと、木の実のハニーミツ漬け。甘くて香り高くて、そのまま食べても勿論美味しいんだけど、紅茶に入れても美味しいのよ。
あたしは甘党として、漬けた残りのハニーミツをゴクゴクと行きたいけどね!…っと、失礼、なんでもないわ。
リンネさんはスライスした木の実を早速ハニーミツシロップに漬け込んで、それから何故か“アロマセラピー”を使った。
キッチンに、柑橘系の清々しい香りが広がる。
「わぁ…!いい香り!」
「そうでしょー?ワタシね、昔からアロマセラピーの新しい使い方を考えたりしてるんだけど、料理の香り付けにピッタリなんだ!」
リンネさんは、しばらく香りを振りまいてからビンの蓋を閉じた。
「今回はミイナちゃんが手伝ってくれたから美味しく出来そうだよ〜♪何日か経ったら、味見をしてみようね!」
「はいっ♪楽しみです!」
なんだか、あなたはここにいて良いって言われたみたい。そう思ったら無性に嬉しくなって、あたしは大きく頷きながら返事をする。
…あたしにはずっと、居場所がなかったから…。
すると、ぐぅ、と可愛らしい音が2つ鳴った。
「…そういえば、時間も時間だしお腹空いたね。なんか食べる?」
時刻はだいたい午後の0時、ちょうどお昼時ね。うぅ〜、お腹、ペコペコ…。
リンネさんが困ったように笑いながら言ったことに、目を輝かせながら先ほどよりも大きく頷いたあたしは、ふと不思議な気配を感じて振り返る。
「あっ」
見えたのは黄色い光の柱だった。
見たことあるな…確か、探検隊バッジを使った時の光よね。うわぁ、こんな近くで見るなんて初めて!
なーんて思っている間にそれは段々細くなって……中から現れたのはハナさんとぐったりしたシノ…えっ?シノハ?!
びっくりして駆け寄ると、ハナさんにつめ寄る。
「シノハ!!ななな何が!有ったんです?!お尋ね者にでも襲われたんですか?!」
そんなあたしにハナさんは困ったように笑って、リンネを呼んでくれる?と言った。
*
sideシノハ
「あっ、シノハ!ハナさん、シノハが起きましたよー!」
意識がふと浮上して目を開けると、すぐそこにミイナちゃんがいた。近さにびっくりしているとハナさんとリンネさんも駆け寄ってきた。
「よかったー。もうっ、心配したんだからね!ほら、ラムの実食べて」
「あ、ありがと…私、」
ミイナちゃんはニッと笑って私にラムの実を差し出す。私はそれを受け取ってから、説明を求めるように3匹の顔を順繰りに見た。
「…きっと、慣れないことして疲れちゃったのね。大丈夫よ、さっきのダンジョンの奥で倒れて寝ちゃっただけだから」
「もー、戻って来たときびっくりしたんだよ!」
「うぅ、やっぱり迷惑かけちゃった…」
「最初はワタシたちだってそんな感じだったんだもん。ゆっくり慣れていけばいいよ」
みんな、本当に優しいなぁ。
優しいから、私はここにいていいんだ!って思えるけど…思っちゃうけど、いい、よね…?
少し安心して、でも迷惑をかけてしまったという情けない思いに顔を伏せながら、私はミイナちゃんのくれたラムの実を齧った。
その香りが口いっぱいに広がった瞬間だった。
ズン
急に頭が痛んだ。手から離れたラムの実が藁のベットに転がる。
そして転がる実を見た瞬間、再び、今度は頭が割れるかと思うくらい痛む。
あまりの痛さに目を瞑ると、そのまま体が奇妙な浮遊感に襲われた。
慌てて目を開けてもあたりはなぜか暗闇で、さっきまで居たはずのサメハダ岩も、ハナさんもリンネさんも、すぐそばに居たミイナちゃんさえも見えない。
焦って手を伸ばしたけれど、私の手は何も掴むことができなくて、
また、意識が遠のくのを感じた。
──目が覚めた。…体中が痛い。
そっか、またみんなに怪我を負わされて気絶していたのかな。
そんなことを考えていると、ふいに聞きなれた足音が聞こえた。
『おら、ラムの実持ってきてやったぞ。早く食え』
目の前に緑色の木の実がふたつ転がってくる。すべての状態異常を治癒する事が出来る木の実で、火傷を負わされた私には、今何よりも欲しい木の実。
手に取るため前脚を伸ばそうとしたけれど、先程負った傷が痛んでそれは叶わなかった。
そんな私の様子に、木の実をくれた人は溜息をついて、その場に座り込んで一度置いた木の実を手にとって皮を剥き始めた。独特の香りが漂い始める。
『…?』
『シノハ、口開けろ』
しばらく経って声をかけられ、指示に従って口を開けると、体を仰向けにされて支えられ、何かが口の中に押し込まれた。取り敢えず咀嚼して飲み込むと、火傷の痛みが少し和らぐのが分かった。
『ったく…世話焼かせやがって。俺の身にもなれっつーの』
『…何よ…別に、助けてくれなくたってよかったんだし』
彼が剥いて口に入れてくれたラムの実のお陰で痛みが引いて、元気を多少取り戻した私は、彼の腕からよろよろと抜け出してツンとそっぽを向いた。助けて貰って嬉しいのだけれど、どうにも気恥ずかしい。
私を支えてくれていたその人は困ったように頬を掻き、ぶっきらぼうに言う。
『そうかよ。………じゃ、俺はもう行くから。お前も早く帰れよな。そうだ、オレンの実も置いといてやるから食っとけ』
『…なによ、今日は妙に優しいじゃない』
『んだよ、悪いか?…じゃあな』
いつもと違う態度に率直な感想を口にすると、彼は怒ったように早足で歩き出す。
(どうしたんだろ、………もさっきまでみんなと一緒になって私も意地悪してたのに…。)
不思議に思いつつ、彼を見送る。
見送る…あれ?
今のは、誰だったのかな…?
さっきまで姿が見えてたのに、名前だって覚えてて口にしてたのに、
どうしてなんだろう…今は、貴方が誰なのかがわからないよ…?
《待って…!
貴方は、誰?》
まだ近くに聞こえる足音に向けて、そう口にしようとしたのに、私は声を出すことが出来なくて。
焦ってた私が、痛む身体に鞭打って動かそうとすると、頭に再び激痛が走り、意識がまたもや黒い闇に飲み込まれていった…。
まって、まってよ
わたしをおいていかないで
ひとりにしないでよ
わたし、こわいよ
おねがい、まだ、いっしょにいて…?