即興小説
2、一致団結
 ザングース同士の争いは、今日も絶えない。
 何故同種族なのに、争うのか。何故傷を付け合うのか。俺には疑問で仕方が無かった。しかし、その理由は誰も答えてくれない。幼い時に何回も聞いたが、あいつらが憎いからとしか答えなくて、何故憎いのかについて述べる者は、一匹たりともいなかった。
 ザングースは、昔から二つに分かれてある。その二つが、長らく争っている。その二つに、明確な違いは無い。どころか、全く同じであった。
 争いが、単なる喧嘩のレベルであるなら、それは別に構わない。しかしながら、度々殺し合いに発展することがあるから、だから俺は問題だと思うのだ。血で赤く染まった親しい友人が、不敵な笑顔を見せながら、今日は二匹殺したぞと話す様は、背筋どころか体全体が凍る思いをした。
 なんとか争いを止める方法は無いだろうか。考えても考えてもそれは思いつかず、気が付けば俺は諦めかけていた。そして、無意味に争っている奴等を、思いっきり見下すようになった。こいつらは馬鹿だ。もうどうしようも無い。俺は群れを出て行くことも考えていた。ここにずっといれば、俺だって争いに巻き込まれる。俺は争いが嫌いだ。絶対にやりたくない。
 


 争いは終わる気配を一向に見せない。ところがである。ある日、ザングース達の運命を変える、決定的なことが起こった。
 誰かが最初に異変に気付いた。そいつが指を差している方向を見た。すると何やら、ハブネークの群れが、凄まじい形相を浮かべて、こっちに責めてきたのだ。これはいったいどういうことだ。と、思っていたその時だった。全身の血が沸くような感触がした。一回も他人に向けたことが無い鋭利な爪が疼いた。あのハブネーク達を引き裂きたいという感情が、胸の底から湧き上がってきたのである。理由は分からない。考えている暇もない。体が勝手に動く。ハブネークを反射的に睨む。一匹のハブネークと目が合う。そのときに、俺が誰と戦うのか、己の運命を決した。あとはもう、勢いに任せて。そいつの元へと走り、そいつもこっちに向かって走り、やがてその距離が縮まった所で、俺は相手の黒い鱗を剥ぎ取るべく、右手を空高く振り上げた。
 気が付くと、俺はそのハブネークに圧勝していた。意外と自分は強いのだろうか。いや、相手がたまたま弱かっただけであろう。運が良かった。
 周りを見回すと、他のザングース達が懸命に、ハブネーク共と戦っていた。無我夢中でそのことに、俺は全く気が付かなかった。ハブネークと戦闘している彼らは、皆生き生きとしていた。やっていることは殺し合いに違いないのだけれど、それでも傍から見てて不快に思わなかった。同種族のときはあんなに嫌悪感をむき出しにし、挙句の果てに群れから出ていこうとしたのに。いったい何故であろうか。
 戦いは終わった。ハブネーク達は味方が徐々に減ってきたのを見て、そろそろと退散していった。戦争と言うべき争いは、ここにて終結した。生き残ったザングースは、ハブネークが帰っていくのを見届けた後、一気に疲れが来たようで、皆一斉に崩れ落ちた。俺も例外では無かった。体中が激しく傷む。これまで経験したことのない疲労が襲ってくる。
 ザングース達は、傷が酷過ぎて動けなくなった仲間を担ぎながら、それぞれの家路に帰っていった。戦争に勝ったことを喜ぶ元気など無かった。
 それにしても、何故俺は戦ったのだろう。あれだけ嫌がっていたのに。体が勝手に動いた。だとしたらそれは”本能”だろうか。
 俺は調べてみた。仲の良い年配のザングースに聞いてみた。その彼曰く、ザングースはハブネークを見ると、そいつを倒さなくてはいけないとう使命感に駆られるらしい。これは自分の意思でコントロールができない。本能的に、必ずそうなってしまう。
 やはり“本能”だった。なんて厄介な本能だろうか、と感じた。殺し合いとしなくてはいけない本能なんて、そんなもの絶対に要らないと思った。しかし、良く考えてみると、戦っている最中ザングース達は、皆生き生きとしていた。ここでこう言うのが適切はどうか分からないが、楽しそうだった。俺も同じだ。高揚感に満ち溢れていた。ハブネークを倒すことに、無我夢中になっていた。
 ならば、これでいいのだろうか。
 いや、良く無い。これは殺し合いだ。敵も仲間も死んでいくんだ。こんなことがいいわけないじゃないか。しかし、もともと同種族同士で殺し合いしていたのだ。だったらむしろ、この方が。
 などということをずっと考えていた。そうしているうちに、次の波がやってきた。戦争の再発である。ハブネーク達はまたしても攻めてきた。しかも、以前より遥かに多い数で。俺は体が震えた。それは、恐怖からくるでもあるし、武者震いでもあった。
 俺は再び目が合った相手と戦おうとした。しかし、今回はそうはいかなかった。ある一匹のハブネークが、俺の方に向かって、尻尾を叩きつけてきたからだ。もう俺は、そっちと戦うしかない。喧嘩を売られてたのだから。本能がそう告げる。
 そいつはかなりやっかいだった。攻撃の威力はそうでもないが、ねばり強いのだ。幾度なく切り裂いても、また起き上がってくる。相手は必死だった。何故こんなに必死なのか。それは、そいつが戦闘中に俺に向かって、針で刺してくるように睨みつつ、静かに呟いた内容で判明した。
――よくも俺も友達を殺してくれたな。
 こいつは、俺は前回殺した奴の、敵をとろうとしているのだ。必死になるのも、無理はない。だが、俺だって負けるわけにはいかない。俺は手を更に素早く動かし、相手を切り裂きまくった。
 ようやく勝つことができた頃には、俺はもう瀕死寸前だった。ハブネークは尻尾と牙に毒を持っている。俺は二回も噛みつかれ、毒が体中に回っていた。今にも倒れそうだった。体が限界を超えていた。
 辺りを見回す。死んでいるザングースがたくさんいる。まだまだ懸命に戦っている者もいるが、もうじき倒れそうな奴等がほとんどだ。今回はもうこっち側の負けだろう。
 俺だけなく他の奴もそう思ったらしく、あるときを境に皆一斉に逃げ出した。本当は誰も逃げたくなんて無かったのだろう。悔しそうな顔を皆していた。泣いている者もいた。
 


 ハブネーク共は、それから長らくこなかった。どうやら最近攻めてきたのは、この辺に集落を映したところ、たまたまザングースの群れを発見したかららしい。ハブネークの群れが移動しない限り、恐らく戦争は終わらない。そしてたぶん、ハブネークの群れは移動しない。
 ハブネークが来る間、誰かが集会を開いた。どうやったらあいつらに勝てるのか、皆で懸命にそこで考えた。あれこれと意見を出し合った。爪をもっと手入れしようとか。新しい技を練習したらどうかとか。その間、実に皆生き生きとしていた。
 この頃、ザングースの間では、争いは全く起きなかった。小競り合いすらする者はいなかった。皆ハブネークを倒すために、”一致団結”していたのだ。
 それは確かに、俺の望んでいたことであった。しかし、本当にこれでいいのだろうか。犠牲者の数は、激しい戦闘によって、同種族同士で争っていたときより遥かに増加している。傍から見れば、明らかに今の方が悲惨であろう。
 しかしそれでも。きっと、これで良いのだ。これがザングースとしての、”正しい”生き方なのだ。そうだ、そうに決まっている。俺はここで考えを固めた。ハブネークとの戦いを肯定することにした。
 作戦が固まった後、皆で肩を組んだ。今度は絶対に勝とうと誓い合った。

 

数日経って、あいつらがまたやってくる。
 皆必死で戦った。ある者は仲間が殺された恨みを混めて、ある者はだた勝ちたいという本能に任せて。引っ掻くしか使えなかった者は、切り裂くを使えるようになっていた。ただやみくもに攻撃していた者は、相手の攻撃を見切ることを覚えていた。この戦争によって、明らかに皆”成長”していた。ザングース同士で戦っていたときは、こんなことは無かった。あるいは、俺から見て”成長”では無かっただけか。
 一方で俺は、ある大物のハブネークと戦っていた。こいつは明らかに他よりも体が大きく、爪も立派であった。仲間の援護はこっちにこない。俺は一匹で、戦っていた。
 やがて相手の尻尾の一撃が、俺の腹を思いっきり抉る。凄まじい苦痛と共に、俺は地面にひれ伏す。ここらで俺は覚悟していた。俺は今日死ぬのだと。
だがそれでも、絶対に諦めない。死ぬ直前まで、粘ってやる。
 俺は最後の力を振り絞り、思いっきり高くジャンプして、そして右手を振り上げた。そこに、相手の止めの一撃。太い尻尾によって、俺は地面に叩きつけられる。
 もう体が完全に動かなかった。意識が徐々に薄れていく。どうやら俺は、ここで終了のようだ。
 死ぬ間際に、今までの思い出が、走馬灯のように蘇る。ザングース同士で戦っていた日々。ハブネークがやってきて戦っていた日々。比較したときに、後者の思い出の方が明らかに色鮮やかだった。やはり、これでいいのだろう、これが正しいのだろう。俺が死んでも、正しいのだろう。ザングースとして、俺は死ねるのだ。なんの未練もない。これが当たり前なのだから。
 今も皆は懸命に戦っている。今回は勝てそうだった。どうやら、あの作戦会議が役に立ったようだ。皆生き生きとしている。勝つために全力を尽くしている。仲間通しで力を合わせ、敵と戦っている者もいる。
 一致団結している。
 これは俺が望んでいたことだ。
 俺は涙が出てきた。嬉しかった。もう思い残すことは何もない。
 後はザングース達がハブネークに、無事勝利することを願う。
 
 


逆行 ( 2013/10/11(金) 21:33 )