即興小説
1、人の上に立つ者
 人の上に立つ者。それは、周りより力が優れていると、普通は思うだろう。例外もいくつかあるだろうが、しかしながら最低限、人の上に立つ者は、周りよりも威厳が強くなくてはいけない。それだけは絶対条件である。では、威厳とは何であろうか。 



 ここに一人、いや一匹のピジョットがいた。彼は群れのリーダーを務めていた。群れのリーダーは皆をまとめ上げ、同種族同士の小競り合いを静め、敵対する異種族の攻撃から守らなくてはいけない。なので、並大抵のピジョットでは務まらない。
 しかしながら彼は、並大抵以下であった。実力なんて何も無かった。力も対して強く無く、戦闘に至ってはてんで駄目である。飛ぶスピードも微妙で、高度も低い。狩りもあまり上手ではなく、自分より遥かに弱い生物が命を懸けた悪あがきに、思わず体をびくっとさせ、そして逃がしてしまうこともあった。
 そんな彼だが、周りからの支持は高い。彼は皆から称賛され、尊敬の眼差しを向けられている。彼が飛んでいると自然と道を開ける。彼の言葉を真剣に聞く。いったいなぜであろうか。普通なら、そんな弱いピジョットなんか、リーダーから落とされるだけでなく、皆の笑い者になったりもするのだが。
 答えは単純。彼の父親のおかげである。
 彼の父親は非常に強かった。群を抜いて強かった。そして、見かけも威厳があった。羽が通常よりも遥かに大きく、毛並は見とれるほど美しかった。また、彼は性格も良かった。自分で捕えた獲物を、病気で動けない者に分け与えたり、苛められているひ弱なポッポの子供を、苛める側を諭すことで救ったりした。
 このように、彼の父親は非常に優秀であった。周りから尊敬の念で見られ、やがて群れのリーダーになった。しかしあるとき、彼の父親は病気で死んでしまった。そして群れのリーダーは彼が受け持つことになった。彼は特に深く考えず、まあ大変なこともあるだろうがなれるのであればなっておこうか、というあまりにもいい加減な心情をもって引き受けた。彼がリーダになることに関しては、誰も反対しなかった。皆、こう思っていた。父親がこれだけ優秀ならば、その息子もきっと優秀であろうと。誰もがそう思った。いや、そう思っていない者もいたかもしれない。けれども周りに流されて、とても反対意見なんて述べられない状況であった。
 父親が優秀だからというだけで、息子も優秀だと思うのは、あまりにも安直すぎると思う人もいるだろう。しかし、彼らはポケモンであり、人間よりも幾分知能が低いのだ。だから、そんなふうに単純にしか考えられない者が大半でも、仕方のないことであろう。
 群れのリーダーになると、いろいろな特権がある。まず、獲物を自分で取ってこなくていい。刈りが苦手な彼にとって、これは多いに助かった。自分の醜態を晒さずに済むのだ。更に、周りから尊敬の眼差しで見つめられる。彼はこれが非常に気持ちが良かった。これが彼の馬鹿な自尊心を満たしてくれた。そしていよいよ、彼は調子に乗り始めた。
 彼の本当の姿を見抜かれそうになる。そのようなことは幾度となくあった。彼の容姿がしょぼいことに関しての指摘は、「見た目で判断してはいけない」という常套句を持って制圧されるのだが、彼がたまにする失態に関しては、もはや擁護のしようが無かった。彼は飛んでいるときに誤まって、木に思いっきりぶつかるという派手な失着を犯し、それを見ていた子供達の目から若干光が消えて行く。そのようなことが、何度もあったのである。
 けれども、それでも誰も彼を疑おうとはしなかった。時折見せる無様な失態は、たまたまであると考えた。親が優秀なら子も優秀。彼らに内在した先入観の粘着力は尋常では無かった。
 やがて、彼は浮かれに浮かれた。本当は実力が無い。けれども周りから称賛され続け、自分は本当は実力があるのではないかという錯覚が起こった。
 しかし、ここにきてようやく、彼を疑うものが一匹いた。一匹の小さなポッポだった。そいつはひどく体が弱く、もうずいぶんな年なのに進化できずにいた。そいつは浮かれている群れのリーダーの姿を見て、このままではいけないと思っていたのだ。
 


 ある日のことだった。平和な日常を揺るがす集団が現れた。オニドリル達である。彼らはピジョット達の陣地を荒らそうとしてきた。領土を横取りしようとしてきたのである。
 昔からオニドリルたちは、自分達の領土の狭さに不満を抱いていた。そしてオニドリルは気性が激しく、他者を容赦なく攻撃することで知られている。そんな彼らがピジョットの領土の広さに目を付け、攻め入ってくるのは時間の問題だろうと誰もが考えていた。だから皆戦う準備をしていた。懸命に技を磨き、領土争いに負けないようにと頑張っていた。
 さて、群れのリーダーを務める彼が、この戦いから逃れるわけにはいかない。リーダーだからと言って、指示だけするというわけにもいかない。ちゃんと自らも戦ってこそなのだ。彼は困ったことになった。戦うのは嫌いであるし、何より弱いところを晒したくないと思っていた。これから戦いになれば命の危険が伴うのに、彼はそれでも世間体を気にした。これまで積み上げた自尊心が崩れるのを、最も恐れていた。
 彼は技を磨いていなかった。浮かれすぎてて、怠けていた。ただでさえ弱かった彼は、現在更に弱くなっているだろう。
 迷う暇も無く、オニドリル達が攻め入ってきた。ピジョット達は戦った。実力はほとんど拮抗していた。けれども、ピジョット達が少し押されていた。
 彼は戦場に来ていたが、まだ誰も倒していない。彼は逃げることも考えていた。けれども、そんなことをしたら周りになんて思われるか、想像に難くない。そこで彼はあることを思いついた。
 彼は敵の群をじっと見つめた。彼は探した。弱そうな奴を。彼は自分が弱い分、どのような奴が弱いのかを見分けることができた。おどおどしている奴。周りをきょろきょろしている奴。無駄に高く飛んでいる奴。羽がぶるぶると震えている奴。とりあえず周りに合わせて掛声をしている奴。何か無駄に飛び回っている奴。後ろの方で隠れている奴。彼はそいつらを狙った。
 一応最終進化までしているだけの力はあるので、多少苦戦をしつつも、何とか倒せた。周りからどっと歓声の声が上がった。流石だと誰かが言っていた。群れのリーダーである彼が倒したことにより、周りの士気がいっそう高まった。
 彼はその後も弱い敵を見抜き、次々と倒していった。彼は徐々に乗ってきた。
 両軍ともに数が少なくなってきた。そしてついに、向こうのリーダーが動き出した。そいつは、周りよりも体が一回り大きく、硬化の翼をばさばさと激しく揺らしながら、スピアーの針のような鋭い目付きをこっちに向けた。そして、そいつは大声を出して言った。向こうのリーダーを出せと。
 一対一の対決をしようと言うのであった。睨まれた彼の体は震えていた。出来ることなら逃げたかった。けれども、周りの声援がえげつなく激しくなっており、引くに引けない状況となった。
 彼はしぶしぶ前に出た。連戦に続く連戦により、既に彼の体はぼろぼろであった。体中に回転して嘴で傷付けられた跡があった。空を飛ぶのも苦しい状況であった。そんな状況でさらに、相手が群れのリーダーときたもんだ。彼は絶対絶命であった。どう考えても勝てるわけがない。
 それでも、引くに引けないので、彼は攻撃を繰り出した。相手の腹部に向かって、翼で殴ろうと思った。助走を付け、懸命に最大限のスピードを出して、相手の方へ向かった。しかし、だった。何時の間にかそこに相手はいなかった。彼は後ろを取られていた。
 その後、彼は渾身の一撃を喰らい、真っ逆さまに落ちて行った。彼の完敗であった。当然の結果であろう。
 その後、ピジョット達はオニドリル達に敗れた。彼が敗けたことにより、士気が下がってしまったのだ。
 この戦いによる被害を損失は大きい。領土の半分を取られることになってしまった。更に、戦闘による死傷者の数も多かった。



 彼は大けがを負ったが、まだ生きていた。そしてまだ、群れのリーダーを続けていた。あれだけ無様な姿を晒したのに、である。誰も彼を責めなかった。あれだけ戦った後だったのだ。疲労が相当溜まっていたのだ。一撃でやられても無理はない。そう言って彼を擁護した。彼に対して不満を抱くものは少なからずいたが、そいつらも結局世論に流された。
 彼は自らの名誉が守られたことに安堵し、そしてまたしても調子に乗った。
 しかしながら、だった。ここで彼の伸びきった鼻を、たやすく圧し折るものが現れた。一匹の弱い、あの小さなポッポである。ポッポは皆に知らせた。あいつは、オニドリルとの戦いで、ずるいことをやっていたと。
 はじめは誰も信じなかった。しかし、ポッポの話ぶりには、妙に説得力があった。ポッポは力が無い分、話術に更けていた。知識も相当あり、観察力も人並み外れていた。ポッポの地道な努力による成果であった。弱い敵は具体的に、どのような奴かを知っていて、その特徴を話した。そして、あいつが弱い敵ばかり狙っていたことを話した。
 始めは数匹だけ信じた。そして、どんどん彼が弱いことが広まって行った。こうなってしまえば、後は早い。噂はどんどん広がる一方。彼の仮面が剥がれていく。
 やがて、話が殆ど全員に広がった。そして彼らは皆、同じ結論を出した。
 あいつは卑怯。
 その結論から、別の結論も導かれた。
 あいつは弱い。 
 彼は皆に責められた。すぐに群れのリーダーの権利をはく奪された。それだけでは、彼らのいかりは収まらなかった。彼を群れから追い出した。
 彼は必死に言い訳をした。しかし、誰も聞く耳を持たなかった。彼は最後の足掻きで、暴れようとした。しかし、すぐにやり返された。彼はぼこぼこにされた。
 彼は最終的に、群れから追い出され、行くあてがなくなった。自尊心を激しく傷付けられ、死ぬよりも苦しい思いをし続けることになった。

 彼は自分より、弱い奴に敗けたのだった。


逆行 ( 2013/10/11(金) 21:32 )