即興小説
7、連帯責任
 薄暗くて汚い所で、僕は目を覚ました。
 ゆっくりと辺りを見回してみる。どうやらここは、ゴミ捨て場のようだ。思わず鼻をつまみたくなるぐらい臭いごみ袋が、電池が切れかけている蛍光灯に照らされている。後ろを振り返るとごみ袋の回収日が書いてある看板があった。
 自分の体を見てみると、全身真っ黒だった。口にチャックが付けられている。一・.五頭身くらいの大きさだろうか、。手足は短く、尻尾は黄色い。
 僕の頭の中には、何故このような姿になったのか、それに関する知識が自動的にインプットされていた。僕は昔人形で、人間に扱われていた。しかしあるとき、人間に捨てられてしまった。ごくまれに捨てられた人形は、ジュペッタへと姿を変え、意識を得ることがあるのだ。
 ジュペッタになった僕の心に最初に蹲った感情は、捨てた人間に対する恨みの感情だった。すぐさま人間に復讐する行為に出ようとした。記憶の深みを探ってみた。人形であった時期の思い出が、徐々に引っ張り出されていく。やがて僕は、誰が捨てたのかをはっきりと思い出した。僕は一人の女の子に扱われていた。その子の父親の会社が転勤になり、引っ越すことになった。そのときに、引っ越すときの荷物をなるべく減らそうとし、僕は捨てられることになったのだ。既に僕という存在に飽きていた女の子は、特に反対することはなかった。
 僕の中に負の感情が泉のように沸き上がり、復讐を躊躇う気持ちを掻き消していった。僕はシャドーボールが使えた。これを使って復讐しようと決めた。人間を痛め付け、あわよくば殺してしまおうと思った。
 一度決めたらもう揺るがない。迷わない。まっさきにゴミ捨て場から出て、その家に向かった。道のりは全て覚えている。人形であったときの記憶は、既に完璧にインストールされていた。
 歩いていくこと五分。家が見えてきた。現在夜ということもあり、家の周りは静かで人気もポケモン気も全くない。集中して復讐ができる環境が整っていた。復讐する人間以外には、被害を出したくない。悪いのはあいつらだけなのだ。
 家の前に立った。ジュペッタの身長ではドアノブに捕まることはできず、しかたなくドアを破壊することにした。脳と手に集中を混めて、黒い球体を作り出した。それをドアに思い切りぶつけてやった。
 しかしながら、それはわずかな爆風を巻き上げるのみで、ドアを破壊するには至らなかった。どうやら僕のシャドーボールは、そこまで威力がないらしい。
がっかりしている暇は無く、すぐさまどうするか考えた。ここでしばらく待っていようと決めた。朝になれば、人間は向こうからドアを開けてくる。
 僕はそのままドアの近くで眠ることにした。本来夜行性であるがゆえ、あまり眠りたくなかったが、少しでも体力を蓄えとこうと思ったのだ。



 夜明けより少し早く目覚めた僕は、待ち伏せを開始した。さあ早く来い。我が復讐心は頂点に達している。
しかし、いつまで経ってもドアは開かない。家の中から声もしない。おかしい。
 太陽が真上まで上った頃、僕は自らの恐ろしく間抜けな過ちに気が付いた。奴等は引っ越していたのだ。ここにはもういない。出て来ないのは当然だ。何故今まで気が付かなかったのだ。アホか。アホだろう。時間を大幅に無駄にしてしまった。
 困った。これでは復讐することができない。非常に悔しく感じ、負の感情が更に高まる。このままでは収まらない。負の感情をどこかで吐露しないと苦しい。そこで僕はあることを思いついた。
 別にこの人間でなくても構わない。誰でもいいのだ。僕がこうして捨てられたのは、物を大切にしない人類全体のせいだ。すなわち、僕は人類であれば誰に対してでも復讐する権利がある。そうだ。そうに決まっている。
 僕は隣の家の前に行った。その家の人達に復讐しようと決めた。ドアが開くまでしばらく待った。数分経過し、いよいよ現れた。一人の人間が。その人はひょろりとした男性で、明らかに弱そうだった。これならたやすく倒せるだろう。僕は再び、脳と手に集中を込めた。
 数分後、ボロボロの体を引きずりながら、僕は暗い夜道を歩いていた。死んでもおかしくなかった。明らかに奴は殺すつもりだった。目が本気だった。
 シャドーボールを放とうとした瞬間、僕の存在に気付いた人間は、瞬時にボールからポケモンを取り出した。ヘルガーというポケモンで、そいつは口から灼熱の炎を吐いた。僕は焼かれた。黒こげになった。元から黒いから、色は変わっていないが。次にヘルガーは僕の体を噛んだ。鋭利な歯は僕の体に深く食い込み、僕は凄まじい苦痛により叫んだ。もうやめてくださいと懇願した。けれどもヘルガーは止めなかった。一瞬の隙を突き、なんとか僕は逃げ出せた。奴等は追ってきたが、しばらくたって諦めたらしく、家に帰って行った。 
 駄目だ。人間は強すぎる。否、彼らが強すぎるのではない。彼らのポケモンが強すぎるのだ。
 どうしよう。これでは人間に復讐できない。このままでは膨れ上がった負の感情に潰されてしまう。そこで考えた。別に人間じゃなくてもいいのではないだろうか。復讐の対象をポケモンに切り替えるのもありか。そうだ、それもいい。だってポケモンは、人間のいいなりになっているのだから。ポケモンは人間の仲間なのだ。僕が捨てられたのは人間のせいであり、人間の仲間であるポケモンに復讐するのは、決しておかしいことではないだろう。そうだ、そうに決まっている。
 


数日後、ようやく傷が治った僕は、いよいよ復讐を実行しようとしていた。街から飛び出し、草むらの中をひたすら歩き回った。復讐がしたい。その一心で、目を鬼のようにして、ポケモンを探し続けた。そして、ようやく見つけた。
 コラッタという小型のポケモンがいた。よし、これなら僕にも勝てそうだ。心の中でガッツポーズをとりつつ、いつものように脳と手に集中を込め、シャドーボールを放った。復讐心が限界まで溜まっていたせいで、以前よりもシャドーボールは大きなものになっていた。そのままコラッタの所まで飛んで行った。
 しかしだった。
 予想外の事態が起きた。
 シャドーボールはコラッタをすり抜けた。そのまま飛んで行って、やがて木に衝突して爆風を起こした。コラッタは、ダメージを受けたような素振りは見せない。ただ不安そうな表情をしつつ、体を震わしている。僕は目を丸くした。チャックが開いていたら恐らく口がポカーンと開いていただろう。
 違う技も試してみた。ナイトヘッド。舌でなめる。全部駄目だった。何故だ。何故だ。何故だ。
 とうとうコラッタは逃げ出してしまった。僕は途方に暮れていた。
 気が付くと、大勢のポケモン達に囲まれていた。その中には、さっきのコラッタも含まれていた。皆、攻撃的な目をこちらに向けてきた。僕には逃げ場がなかった。一斉に攻撃を受けた。僕は目の前が真っ暗になった。



 目を覚ました。僕はなんとか生きているようだった。体を見るとひどい傷だった。しかし痛みを感じない。恐らく、もうすぐ死ぬのだろう。
 溜まりに溜まった負の感情は、涙となって外に溢れだしていた。もう屈辱しか残っていない。僕は完全なる敗北者だ。
 捨てた人間に復讐しようとしたけどできず、別の人間に復讐しようとしたけどできず、別の生き物に復讐しようとしたけどできず、まったく散々である。
 このまま死ぬのは嫌だった。誰でもいい。誰でもいいから、復讐がしたい。ここから動くことはできないが、まだなんとか、最後にシャドーボールを放てる力は残っている。
 僕は考えた。最後の手段を思いついた。ポケモンに復讐できないのなら、自分に復讐すればいい。僕だってポケモンの一部なのだ。僕が捨てられたのは人間のせいであり、人間の仲間であるポケモンに復讐するのは、決しておかしいことではなく、そしてそのポケモンの一部である自分に復讐することもまた、おかしいことではないだろう。そうだ、そうに決まっている。
 僕は残った力を振り絞り、脳と手に集中を込めて、黒い球体を作り出した。それはひどく小さかったが、瀕死の獲物に止めを刺すには十分過ぎる代物だった。
 さあ、シャドーボールよ。愚かなこの生き物に征伐を加えてやってくれ。そして僕の復讐心を存分に満たしてくれ。
 シャドーボールは放たれた。すぐに真近の獲物に直撃した。

 効果はばつぐんだった。
 


逆行 ( 2013/10/11(金) 21:38 )