即興小説
6、わるあがき
 夜空に輝く星達は、体を燃やして輝いて、それでも悲鳴を一切上げず、ひたすら無言で点在する。いや、違う。彼らの悲鳴は、ここまで届かないだけだ。本当は激しく喚いていて、周りの燃えていない星共から、憐みを視線を浴びされている。同情するなら火を消して。そう言いたいのは山々なのに、彼らは言うことを許されない。だって、そんなことを言ったら、途端に視線の色が反転し、批難の視線を向けられるから。星は光を届かせるのに果てしない時間を使うから、その星は既に消えている。死んでいる。なんて報われない死に方だろう。星が綺麗だなんて、あれは嘘だ。彼らの苦痛までは知らないから、みんなにっこりと笑いつつ、人差し指で正座を結べるのだ。
 もうすっかり夜だ。早く帰りたい。暗いとあいつらの、姿が見えずらい。夜は危険だ。どのくらい危険かと言うと、それは明確に数値化できない。分からない。そんなに心配しなくでも実はいいような説も、自分の中で立てている。しかし、用心するに越したことはない。私は、歩く速度を少し早めた。走りはしない。そこまでじゃない。私は中途半端に心配症であった。
 しかしながら、だった。どうやら帰るのが遅くなりそうだ。と言うか、それどころでは無い。目撃してしまった。白一色である筈の雪のカンパス。しかしそれの数カ所が、濃い赤でべっとりと塗られているのを。赤い絵の具の正体が血であることは、誰の目から見ても明らかだ。束の間に感じた絶望。平穏な日常をまた破壊される。私は駆けた。血が続いている方向へ。あふれる汗を飛ばしながら。暴れる心臓を抱きかかえながら。
 不意に、痛い程冷たい風が吹いた。丁度その時、見つけた。血によって創造された道。その行き止まり。そこには、予想通りの光景があった。寸分の狂いも無く、呆れる程に。不幸な予想はだいたい当たる。感覚的にも。種族の特性的にも。それでも、予感を裏切ることが起きて欲しい。そう願わずにはいられない。
 率直に言うと、仲間が倒れていた。息の無い状態で。
 体中は切り傷だらけ。特に足の傷からは、激しく流血。血は今も止まって無く、雪を只管に溶かしていく。白い毛皮はぼろぼろで、顔は醜い痣だらけ。そして、種族の象徴であり、惨劇の元凶でもある長い角。それは丁度真ん中で、ぽっきりと折れている。今まで何匹もの、仲間の死体を見てきた。けれども、これだけ悲惨なのは初めてかもしれない。痛め付けられて殺されたか。あるいは激しい抵抗の結果か。どちらにせよ、酷い。目を背けたくない。死体からも。現実からも。


 
私たちの種族の名は、アブソルという。
 結論から言うと、アブソルは人間に嫌われてる。しかも、尋常でないレベルで。人間はアブソルを見つけたら、すぐさま殺してしまう。何も躊躇も情けもない。彼らは残酷だ。彼らは怪獣だ。彼らは銃を持っている。遭遇したら、それで殺す。哀しむ余裕もないほどすぐに。
 なぜアブソルが、嫌われているのか。アブソルは、災害を余地する力を持っている。地震や津波などの災いが起こると、角が勝手にピクピク反応する。昔、とある一匹のアブソルは、災いが起きるのを人々に知らせていた。人々は、山から降りてきたアブソルを見て、慌てて避難を開始する。そうして人々は、被害を最小限に抑えられた。それは、何回か繰り返された。彼は災いが起きる度に、人間の集落に行って吠えた。いかなるときでも、それを怠ることはなかった。彼には良心があった。彼は良心の塊であった。
 問題はここから。惨劇の前兆を伝えたアブソルは、人間たちから称えられる。普通ならそうなると考えるだろう。しかし、そうならなかった。人間は勘違いをした。アブソルのせいで、災いが起こったと思った。アブソルには、災いを起こす能力があると考えた。そして、彼らは災いの元を消そうとして、アブソルを殺し始めた。知らせたアブソル意外も。やがてアブソルは、全滅した、と人間は思った。けれども、まだ残っていた。生き残ったアブソルは、山の中でひっそりと繁殖し続けた。
 それから、百年も経った今。まだ誤解は解けていない。人間たちは依然として、アブソルを殺し続けている。それでもたいぶ、落ち着いてはきたらしいけれど。
仲間が殺される度に、次は我が身なのでは無いかと、怯える気持ちが倍増する。しかしそれと同時に、もうどうでもいい。死んだってかまわないという気持ちも芽生えてくる。何をやっても無駄だ。仮に生き残れたとしても、逃げ続けるだけの生き方なんて、死んだ方がましだ。じゃあ人間を倒せばいい? どうやって人間と戦えばいいのだ。私一匹の力ではどうにもならない。仲間と協力? アブソルは連帯感の弱いポケモンだ。一匹オオカミだ。強力なんてできるわけがない。
 どうしようもない。もうどうでもいい。こういう感情を、虚無と言うらしい。一種の病気見たいなもので、心の中が空っぽになり、周りの景色が灰色に見える。そして死にたくなる。
 恐怖と虚無。この相反しているようなしていないような二つの感情が、自分の中でひしめき合っていた。
 

 
次の日。太陽の日差しが眩しい昼ごろ。何やら外が騒がしかった。雪道を激しく駆けて行く音が、幾多にも重なって聞こえてくる。早くしろ! と誰かが叫んでいた。私は住んでいる洞窟から出た。すると仲間がみんな、北へ向かって必死の形相で逃げていた。何があったのだろう、と単純な疑問を持つことなく、私は状況を瞬時に理解した。人間が襲ってきたのだ。予想はしていた。そのうち人間はやると。アブソルを一斉に駆除してくると。
 つい最近、大規模な地震が発生した。この地震では津波が発生し、多くの家が流されていた。山の上から見て、思わず息を飲んだのを覚えている。仲間のアブソルの一匹は、ざまあみろと笑っていた。流石に私は笑えなかった。笑うのが正しいのかもしれないけれど、笑えなかった。そして、また別のアブソルは、ひどく不安気な顔をしていた。人間たちはいずれ、この地震をアブソルのせいにし、やがて一斉駆除をしてくるかもしれない。彼は仲間たちにそう言っていた。彼の言葉に、みんなが震えた。笑っていたアブソルも、表情を急に引き締めた。
 私も同じく不安に思った。最近、殺される数が増えてきたのは、その前兆であることは分かっていた。試しに何匹か殺してみようと思ったのだろう。だから、今日までそれなりに用心してきた。でも、それなりの用心だった。徹底はしなかった。
 後悔しても、もう遅い。
 すぐに私は逃げた。みんなに合わせて、北の方角へ逃げた。こっちに逃げるのが、最善なのだろう。人間は、南から追ってくるのだろう。いよいよか、と思った。体がぞくぞくした。心もぞくぞくした。果たして私は、生き残れるだろうか。
 人間は、すぐ近くまで来ているようだ。その証拠に、銃を打つ音が聞こえてくる。しかも音が大きい。逃げる途中、全身から汗が滝のように沸く。怖かった。これまでに一度、似たようなことが起こったことがある。しかしそのときは、私は早めに逃げており、人間は遠くの方にいたので、死への恐怖は小さかった。それに、私はそのとき幼かったので、死というものを良く知らなかった。今回はまずい。死が近くにあり過ぎる。今は死について良く知っている。いや、まだ大丈夫。このまま逃げ切れば大丈夫。人間は足が遅いから。そう自分に言い聞かせ、恐怖から逃れようとした。果たして効果はなかった。やっぱり、怖い。私は足が震えないことを心から祈った。私の恐怖感は、足に伝わりやすい。足が震えたら、走ることなんてとてもできない。
 しばらく走った。すると、何やら不可思議なことが起きた。銃の音がうっすらと、北の方から聞こえてきたのだ。まさか、もしかしたら。嫌な予感がした。その後すぐに、何匹かのアブソルが、北からこっちに走ってきた。しかも、必死の形相で。
 どうしてこう、嫌な予感は的中するのか。
 人間は、北からも追いかけてくることが判明。私はパニックになるのを、必死でこらえた。板挟みになってしまった。逃げる場所がない。数匹の仲間たちは、既にパニックに陥っていた。同じ場所を、行ったり来たりしている。無視をして先に進んだ。今度は、西の方角に逃げた。東はなんか嫌な予感がした。西から人間が来る可能性。それも十二分にある。だとしても、もはや運命に委ねるしかない。
 しかし、だった。運命は信仰を遮った。数匹のアブソルが、道端に倒れていた。血だらけの状態で。そのほとんどが、死んでいた。助けて、と掠れる声で言ってくる者も一匹いた。
 いよいよ、絶望の淵に立たされた。死はもうすぐ隣で遊んでいる。東に逃げればよかったか。自分はもう、囲まれている。どうやって脱出しようか。
 数秒経つこともなく、一人の人間が現れた。同時に、私の恐怖が頂点に達する。人間が手に持っている物は銃。それは、黒一色に光っていた。恐怖感に拍車を駆ける色合いだ。
 即座に逃げようとした。けれども、それはできない。できないできない。恐れていた事態が、きた。私の足は、震えていた。私は、銃口を見上げられるだけ。一歩も動けない。
 私は泣き叫んだ。泣けば人間は、見逃してくれる。そんな、馬鹿な期待をした。もちろん人間は容赦ない。すぐに私に銃を向けた。迂闊な迷いも見せなかった。
 いやだ。いやだ。いやだ。死にたくない。死にたくない。死にたくない。私は死を覚悟出来なかった。最後まで見っともなくもがいた。泣き叫んだ。そして、弾を打つ音が聞こえた。
 
 その刹那。
 白い影が現れた。
 それは、私を突き飛ばした。
 私の変わりに、銃弾を喰らった。
 
 何が起きたのか。すぐには、理解できなかった。私は生きている。そして、私の上には、一匹のアブソル。そこで分かった。私は庇われたのだ。
 そのアブソルはまだ死んでいなかった。弾はかすっただけで済んだらしい。しかし彼の腕から血がポタポタ垂れている。彼はすぐに立ち上がって一言、
「早く逃げろ!」
 私はそのとき、何て思ったのか。嫌だ、逃げたくない。庇った人を見捨てて、私だけ助かりたくない。そう思うのが、普通なんだろう。しかし、そうは思わなかった。

 白状。
 卑怯者。
 私は逃げた。

 逃げる途中で私は、凄まじい罪悪感に襲われた。せめて逃げてもいいから、もう少し悩むべきだった。私はすぐに決断してしまった。怖かったから、反射的に逃げた。それだけだった。
 その後私は、罪悪感に耐えきれず、すぐにあの場所に戻った。しかし、少し戻ってまた逃げようと思っていた。少し体ごと迷わせることで、多少罪悪感を減らそうとした。やっていることは、結局同じである。
 彼はいた。まだ人間と戦っていた。はひどく雄叫びを上げ、勇敢にも銃という危ないものを持っている人間に立ち向かっていった。彼は凄まじかった。もう死ぬ直前なのに、体の至るところから血が噴き出しているのに、彼の闘争心は消滅しなかった。最後まで、銃で打たれ体が完全に動かなくなるまで、抵抗していた。体が動かなくなってからも、彼は叫んだ。徹底的に、最後まで、人間に、いや人間達に抵抗した。
 私はそれに感銘を覚えた。文字通り覚えた。目に焼き付けた。
 私がやるべきことが分かった。最後まで人間に足掻く彼は美しかった。彼のようにするべきなのかもしれないと思った。
 私に内在していた、虚無感が消えた。彼には助けてもらっただけでなく、大事なことを教えてもらった。 
 
 

 数日後、私は人間から逃げていた。
 目の前の人間は、凶暴な獣型のポケモンを数匹つれながら、自らも銃を所持していて、私を容赦なく殺そうとしていた。途中足を撃たれてしまった。今もなお体に激痛が走っている。体力も尽きてきた。
 逃げ場が完全に無くなった。周囲を囲まれた。人間は銃を構えている。私は人間を睨み付けた。思いっきり睨み付けた。そして吠えた。精一杯の憎み、哀しみ、辛さ、全ての感情を篭めて吠えた。全力の悪足掻き。人間はそんな私に躊躇がない。私はまた打たれた。今度は腕だ。あまりの痛みに思わず悲鳴を上げる。しかし、まだ抵抗はやめない。最後の力を振り絞った。流血している足に力を入れた。全身の毛を余すこと無く逆立てた。鼓動が嘗て無い程速くなった。風を切るように思いっきり、人間の顔面に向かって飛び掛かった。


逆行 ( 2013/10/11(金) 21:48 )