即興小説
5、迷信とこじつけ
 この橋から食べ終わったポケモンの骨を流すと、肉体を付けて戻ってくる。すなわち生き返る。そんな話を聞いた。しかし、そんなこと本当にあるのだろうか。死んだ者が生き返るなんて、普通に考えればありえない。だが、普通が通用しないのがポケモンだ。私はそれを、これまでの旅で身を持って体感した。だが、肉体を付けて戻ってくるとして、その場合魂はどうなるのだろう。それは依然と同じものか。あるいは別か。肉体がどうやってまた付加されるのか。自己再生の上位互換的なものが、ポケモンには使えるのだろうか。流石にそれは無いか。
 考えても分からない。分からないことを何時までも考えていても仕方が無い。見たいものは見れた。さっさと帰ろう。そろそろ日も暮れる。このあたりは野生のポケモンも多い。暗くなると、どこから襲ってくるか分からない。手持ちの体力も残り少ない。出来るだけ逃げ続けてここから去りたい。
 

 
 ポケモンセンターまで戻った。かなりお腹が空いていたので、ポケモン達をいったん預けた後、直ぐに食事をとった。知っている人が多いと思うが、ポケモンセンターでは無料で食事が食べられる。ただしトレーナーに限る。これには反対の声も多かった。そこまでトレーナーに税金を回すなと。しかし、結局反対の声は黙殺された。私としてはもちろんうれしい。
 少し経って、コイキングを使った魚料理が出てきた。それは美味しそうなにおいを出している。眼玉はあらかじめ取り除かれていた。赤い皮膚は非常に柔らかく、箸がすんなり通った。詳しくは知らないけれど、コイキングは元々固くてとても食べられなかったらしいが、しかし最近は何らかの方法で柔らかくしているらしい。その方法が広まってないことを考えると、あまり気持ちのいいことではないのかなと思われる。
 それはさておき、いつからだろうか。ポケモンが普通に、食事として出されるようになったのは。昔はそんなこと有り得なかった。昔は料理にポケモンは使われず、木の実などの植物を使ったものばかりであった。それではタンパク質が不足してしまうと心配する人もいるかもしれないが、そこはご安心。大豆というたんぱく質豊富な植物がある。肉を食べないので今より少し痩せている人が多かったが、それでも特に問題は無かった。誰も不足していなかった。
 そしてその時代にも、ポケモンは食べられていた。しかし、また一般的はとても無かったのだ。ポケモンを食べていた人達は基本的に嫌われていた。ポケモンを食べない人々にとっては、彼らが残酷な存在に思えたのだろう。とは言え、彼らを文字通り喰い止めようとするものはいなかった。一般の人々は彼らを毛嫌いしつつ、自分は自分、他人は他人と分別を付けていた。
 しかし、ここで転機が訪れた。少し前、プラズマ団という組織が、ポケモンを解放させようとしていた。具体的には、人の集まる場所で演説を行ったり、ある者はチャンピオンを倒して自分達が正しいことを証明させようとしたり、あるいはもっとストレートに、ポケモンをトレーナーか奪い取って逃がしたりしていた。私は何を馬鹿なことを、と彼らの行為を冷めた目で見ていた。しかし、プラズマ団の思想に共感し、やがてその通りにする人も多かった。
 こんな状況の中で、あることが大きく問題になった。ポケモンを食べることについてだ。プラズマ団は、ポケモンを戦わせたり、ボールに閉じ込めたりするのがかわいそうだから、解放しろと主張していた。だったら、食べている人達なんかどうなるのだ、ということである。それはもっと悪なことではないかと。プラズマ団の思想に毒されていた人達は、そう考え出したのだ。ポケモンを食べるのを法律で禁止しようという話も出てきた。世の流れは、確実にそっちへ引っ張られていた。ポケモンを食べる人を嫌うだけでなく、完全に弾圧しようという流れになったのだ。
 ところがである。プラズマ団がポケモンの解放を諦めた。そして解散してしまった。そうなれば、民衆の中に動きが起こる。やっぱりポケモンは人間の傍にいるべき。ポケモンを戦わせることの何が悪い。そんな思想が戻ってきた。しかし、戻っただけでは終わらなかった。ここで新たな思想が湧き出た。
 ――ポケモンを自由に使っていいなら、ポケモンを食べることだって悪くはないだろう。
 これは開き直りというべきか。それとも思想のからくりというべきか。プラズマ団のやったことは、最終的に人々のポケモンに対する憐みの心を、逆方向へと引き伸ばしたのである。
 こうなってくるとそこからは早い。ポケモンを食べても構わない。そう考える人は次第に増えていく。食卓にポケモンの死骸が堂々と並ぶ。そしてついにはポケモンセンターというポケモンを回復させるための施設でも、ポケモンを使った料理が出されるようになったのだ。
 そして私もポケモンを食べるようになった。始めは抵抗があった。箸で刺すことさえ躊躇した。しかし、今では何も考えず食べることができる。私は意外も適応が早かった。私も世に流されやすいタイプなのかもしれない。プラズマ団の思想に洗脳された人々を軽蔑していたが、結局の所私も同類なのかもしれない。
 ポケモンを川に流すと、骨を付けて戻ってくる。色々考えたが、たぶんそれは嘘だろう。しかし、それを本当のこととしたい気持ちも、分からなくはない。ポケモンを食べる罪悪感を少しでも減らすためには、そう考えるのが最適だ。昔の人はそう思ったのだろう。ポケモンと共存すると同時にポケモンを食べる。その矛盾しているんだがしていないんだか分からない行為を正すために、いくらでも迷信を作製する。そしてそれを信じる。それは今でも変わっていない。
 
 


逆行 ( 2013/10/11(金) 21:36 )