【単発もの】悪党の涙
悪党の涙
本編
許してくれとは、言わない。
オラに、そんなことをほざく資格は、もとから無いんだど。

オラはこの世界を、虚無にする。
多くのポケモンたちを石に変え、世界を絶望に陥れる。

ユズハ……。
オラの計画を邪魔して、世界を救うというのなら、オラはユズハと戦うど。

それでも……。

あの時だけは、自分の気持ちに正直でいたかったんだど。

―――――

「ええっ!?オーベムたちが村の近くまで来てるって!?」

ユズハとおだやか村で共に暮らし始め、ユズハが学校生活にも慣れてきた、ある日。
思い詰めたような顔をしたユズハから、相談をもちかけられた。

ユズハの話によれば、オーベムたちが村の近くまで来ているそうだ。
このまま自分が村に留まれば、いつかオーベムたちがやってきて、村の皆に迷惑をかけるかもしれない。
最悪の場合、村を荒らされる危険もある。ユズハにとって、それが心配でならないらしい。

(――まぁ、配下のオーベムをうろつかせているのは、オラの指示なんだがな。)

泉の封印を解いた暁には、本格的にポケモンたちの石化を始めることになる。
そのためには、オーベムたちにも動いてもらわなければ困る。

先日、ユズハたちと共に、オラはテンケイ山を訪れた。
元人間であるユズハを、テンケイ山に誘い出し、泉の封印を解かせる。そして石化を解く力を持つ水を枯らし、この世界を虚無に陥れる。
それが、オラの目的だ。

だが――オラの予測は、甘かった。
テンケイ山の奥部の警備が、思ったより厳重だったのだ。泉に近づくことすらままならず、オラの計画は失敗に終わった。
近いうちに、あの忌々しい警備を突破できる、腕っぷしの良い奴でも雇ったほうが、いいかもしれないな……。

「それで、その……。」

ユズハの目が、左右に揺れる。
言うべきか、言わざるべきか。彼は迷っているように見えたが――
やがて、オラの方に向き直り、申し訳なさそうに、本題を切り出した。

(――え?)

一瞬、オラは耳を疑った。
聞き間違いでなければ――確かに、ユズハはこう言った。

この村を出ていく、と。

「みんなに迷惑をかけたくないから……ユズハは、ここを……?」

再確認するように、オラはおずおずと、ユズハに訊ねる。
ユズハの答えは――無言の頷き。
やはり、空耳などではなかったのだ。

(……。)

オラは、ユズハの決意を聞いた瞬間――
何かこう、言い知れぬ感覚を覚えた。

何と表現したらいいんだろう。
こう、胸の内がモヤモヤするというか、スッキリしないというか……。自分でも、正直よくわからない。

ただ、「ユズハが自分の側を離れる」ということを意識した時。
そんな感覚に襲われた。

(何でオラは、こんな……。)

何故、胸のつっかえが取れないのか。いくら考えても、納得できる理由が浮かばない。
記憶を失くしている今でこそ、彼はすっかりオラの手の内にあるが、もともと彼はオラと対立していた。
つまりユズハは、本来オラの敵なのだ。向こうから離れてくれるなら、むしろ気が楽になってもおかしくないはずなのに。

(……いや、待て!)

本来の目的を思い出すんだ。
そもそもオラがこいつを騙そうと思ったのは、何故か。泉の封印を解かせるために、テンケイ山へ誘導するためのはずだ。

そうだ。オラの計画を達成するためには、ユズハが側にいなきゃ駄目なんだ。
その前提が崩れそうだから、こうやって変な気分になるのであって……

(――違う。)

何故だ。
これが一番しっくりくる理由のはずなのに、胸の不快感は消えない。
何故オラは、こんな気持ちになってしまったんだ……?

「……?」

気が付くと、ユズハが首を傾げながら、オラの顔をのぞき込んでいた。
――まずい!さっきからオラ、どんだけ考え込んでしまっているんだ!ここで勘繰られて、ユズハの信用を無くしたら、厄介なことになる!

「わかった……が……。」

まずは、答えなければ。
ユズハを安心させるためにも、答えなくてはならない。
賛成か、反対か。状況から考えるなら――こっちだな。
あとは、なるべく平静を装って、ユズハに余計な心配をかけさせないように、っと……。

「村を出ていくのは、オラ反対だど。」

オラの演技、決して悪くはなかったと思うが……。
さぁ、ユズハ。どう出る?

―――――

あの時のユズハの顔が、頭から離れない。

彼は、とても驚いていた。
目を丸くして――まるで、自分に引き留められるのが、意外であったかのように。

――どうしてだ?
ユズハの立場からすれば、こんな胡散臭いオラの元に、長居したいとも思わないはず。
今思えば、反抗されてもおかしくはないはずだ。それこそ……

「バッカモーーーーーーン!!村の外は危険だと言うとるじゃろうが!!」
「それでも、行きたいんだ!ボクは村の外に出て、本物の調査団に入りたいの!おじいも何でわかってくれないのさ!!」

――びっくりした。誰の声かと思えば。
近所に住むアバゴーラのおじいと、ケロマツのハナダ――ユズハの友だったか。
隣の家まで聞こえてくるってことは、相当揉めているようだな、あの二人。

結果的に、アバゴーラとハナダの言い争いは、次の日の朝まで続くことになったが……
当時のオラに、そんなことがわかるはずもなく、ただ溜息を吐くしかできなかった。

(……やっぱり、ユズハが素直にオラの話を聞いてくれて、助かったど。)

あの後、適当に理由をつけて説得して、それでユズハもおとなしくなったが……
これで、良かったのかもしれない。

……それにしても。

(隣であれだけギャーギャー揉めて、ぐっすり寝ていられるユズハも、これはこれで図太いど……。)

彼の純粋な寝顔を見ていると、オラは苦笑いせずにはいられなかった。

―――――

それから、2日経った。
オラの心中とは裏腹に、この村はいつも変わらず、名前の通りおだやかだ。
晴れた日の夕方。そろそろユズハたちも、学校から帰ってくるはずだが――

『コノハナさん……コノハナさん?聞こえますか?』

……んっ?頭に直接響くように、声が聞こえる。
この声は確か……

『突然ごめんなさい。ユズハの同級生の、ニャスパーです。今、テレパシーを使って、コノハナさんに話しかけています。
 それで、コノハナさんに話したいことが――』

そういえば、聞いたことがある。
ニャスパーは、離れていた場所に居ても、テレパシーで通信できるそうだ。
……あれって、本当にどういう原理なんだろうな?

『……それで、話って何だど?』

念じるように、オラはニャスパーに訊ねた。
彼女から告げられたのは――信じがたい、事実だった。

『ユズハとハナダが今夜遅くに、この村を密かに出ようとしています。』

―――――

頭の中が真っ白になるというのは、こういう感じなのだろうか。
ニャスパーとの通信が切れた後、オラは暫く呆然と、虚空を見つめていた。

どうしよう。どうすればいい?
このまま放っておけば、ユズハは本当に、自分の許から離れてしまうだろう。

……何としてでも、阻止すべきか?

(――いや。その必要は、ないど。)

どのみち今は、テンケイ山に入ることのできる状況ではない。
それよりも、執拗に引き留めて、ユズハに不審に思われることの方が問題だ。今はまだ、ユズハに自分のことを、信じてもらわなければならない。

幸い、今のオラは、ユズハの信用を得ている。
それだけでも、十分だろう。あとは、確実にテンケイ山の泉に行けるよう、策を練ればいい。

(やはり、このまま送り出すのが最上、なの……か……?)

思索に耽っていたオラの目元を、何かが滑り落ちる。
目から溢れるものの正体を探るように、オラはそっと、目元をなぞった。

――濡れている?
オラ……泣いて、いるのか……?

「あれ……えっ……?オラ、そんなはずじゃ……。」

止まらない。
止めようとすればするほど、溢れ出してくる。

目元からだけではない。
胸の内からも、何かが溢れ出そうな感じがする。

(……ユズハ。)

頭の中で、ユズハと過ごした日々が思い浮かぶ。
成り行きで、彼と共におだやか村で過ごすことになったが、今思えばそう悪いものでもなかった。

ユズハは元々、自分にとって敵だった。
そんな彼を利用する策として、自分は善人の振りをし、彼の保護をしてきたが――
今はそのことが、たまらなく苦しい。

こんなことをする必要も、あったのだろうか。
最初から逢わなければ、良かったとさえ思う。

(もしオラが、ユズハと敵同士じゃなかったら、もっと楽しい日々になっていただろうか?)

こんなにも悩み、苦しむこともなかったのだろうか?
今だけは、運命の悪戯というものが、恨めしくてならない。

(――こんな時、オラは、どうすればいいのだろう?)

そう、オラが思った時。
真っ先に、ある者の顔が浮かんだ。

「……。」

無言でオラはその場を立ち、家を後にする。
オラの足は、先程思い浮かべた者の許へ、自然と向かっていた。

―――――

「ワシに、相談じゃと?」

あれから数分後。オラは、とあるお宅にお邪魔していた。
家主が自分の顔を覗きこみながら、コップを差し出す。

大きな手と共に差し出されたのは、オレンの実のジュース。
この家主が農園で育てているオレンの実を使った、搾りたてのジュースであり、家主と同じく、澄んだ青色をしていた。

「ああ。アバゴーラさんなら頼りがいもあるし、相談役にピッタリと思ったんだど。」

オラはジュースを一口啜りながら、重い口を開いた。

「ニャスパーから聞いたんだが……ユズハとハナダが、この街を出て行こうとしているらしいんだど。」
「ああ、知ってるとも。ワシも、ついさっき聞いたぞい。」

――え?
アバゴーラさんも、知っていた?

「先日、ハナダからも街を出ていくと言われてな。ワシも大反対したんじゃが……
 そこまでするということは、本気なんじゃろうな。もはや、ワシとて止められることはできまいて。」

――何故、そんなに落ち着いていられるんだろう?

アバゴーラさんはオラと違って、ハナダのことを生まれた時から見ていたと聞く。本物の家族と言っても、いいぐらいだろう。
それほどまでに、我が子と同等に可愛がっているのなら、尚更手放したくないと思う気もするのに。
……何故なんだ?

「ワシにできるのは、夢を貫こうとするハナダを、応援してやるぐらいじゃよ。
 ……コノハナさんは、どうするつもりかね?」
「……オラは……正直、わからない。」

それが分かっているなら、こうして相談に来たりしない、とも言いたかったが……
オラはそれを口に出さず、飲み込むことにした。

「今でこそオラは、ユズハと共に暮らしてきたが、それも成り行きみたいなものだど。
 小さい頃から面倒みていたわけでもないし……ユズハがオラのこと、どう思っているかもわからない。

 教えてほしいんだど。こんな時、オラ、どうすればいいんだど……?」

オラの悩みを打ち明けている間、アバゴーラさんはずっと、オラの話を真剣に聞いてくれた。
ひとしきり聞いた後に、ふむ、とアバゴーラさんが一度、鼻で大きく息をする。

「……そうじゃな。」

やがて、一度頷いた後、オラの方に向き直った。

「手紙でも書いてみるのは、どうかの?」
「手紙……?」

思わぬ提案に、オラはつい聞き返す。
ぽかんとしていたオラに、アバゴーラさんは、うむうむと頷いてみせた。

「そうじゃ。想いのたけを素直に書きおこして、手紙にするんじゃ。
 実はワシも、そうしようと思っていたところだったんじゃ。良ければ、一緒に書くか?」

手紙、か。
気恥ずかしいけど、たまにはこういうのも、いいかもしれない。

今だけは、素直になっても、いいかな。

「……はい!」

オラは、腹の底から力強く、返事をしてみせた。

―――――

『がんばるだど、ユズハ。
たまたま出会って オラの家に暮らすことになったが……。
ユズハとの生活は とても楽しかっただど。
心配はつきないが……オラも 応援している。元気でな。
    - コノハナ -』

―――――

後で聞いた話だが、ユズハは村を去る時に、オラの手紙を読んでくれたらしい。
そして、オラの手紙を泣いて喜び、街の子供たちに見送られて出発したんだとか。

まったく。
子供と言うのは、どこまで純粋なのだろう。
オラが黒幕側にいると、少しでも疑わないのだろうか。

(――でも。)

ああいうのも、悪くはなかったな……。

「……さて。」

拳を強く握り、感傷に浸り始めた己を、現実へと呼び戻す。

オラの予測だと、今頃はワルビアルが、封印された泉への突破口を開いてくれるはずだ。
もう間もなく、ユズハたちも、おだやか村に帰ってくる頃合いだろう。

「ユズハに逢うのも、久しぶりだど。そして――

 この手で、ユズハの希望を、打ち砕いてやるんだど。」

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■筆者メッセージ
初めましての方は、初めまして。
そうでない方も、こんにちは。ミュートと申します。

先日、超ポケダンが1周年を迎えたと聞きまして。
真っ先に思い浮かんだキャラが、コノハナさんでした。

今回の作品で、かなりの重要キャラになっていましたが…
主人公と一緒に過ごしていた時も、実はかなり、苦悩していたのではないか?と、個人的には思っています。

この場を借りて、あらためて…
超ポケダン1周年、おめでとうございます。
ミュート ( 2016/09/18(日) 09:11 )