第33話 運命の交差、奇縁を呼びて
「ばっかも〜〜〜〜ん!!!!」
秋の日の昼下がり。閑静な山の静けさを、しわがれた怒鳴り声が打ち破る。
突如響いた大声に、山中で昼寝していたポケモンたちが飛び起き、慌てて声のするほうを見始めた。
彼らの視線が、ある1点に集中する。それは、コータスのいる寺であった。先ほどの怒鳴り声は、この寺の住職のものだろう。
(ううっ……。やっぱり、こうなるか。)
僧堂の中では、この寺に仕えているブリガロンが、姿勢を低くしてうなだれている。
彼の目の前では、いつも以上に顔を真っ赤にしたコータスが仁王立ちしていた。背中の甲羅からは煙が激しく吹き出し、その勢いは全く衰えそうにない。
「バクフーンを野放しにして、どうすんじゃ!あやつが一度街に出れば、いつ戻るかわからんというに!」
「も、申し訳ありません、和尚様!」
「そうでなくとも近頃は、ガミガミガミ……!」
平身低頭していたブリガロンも、コータスの長説教が始まると、次第にうんざりし始めた。
経験上、ブリガロンは知っていた。一旦コータスがこうなってしまうと、山中に響くほどの大声で、数十分はお説教を喰らうハメになってしまうのだ。
しかも、これが自分のせいならともかく、バクフーンの不始末のとばっちりで怒られているので、ブリガロンにとっては迷惑極まりないものである。
(あー……なんか、頭痛くなってきた。)
頭に響くような大声で怒鳴られ続け、ブリガロンの意識は段々揺らぎ始めていた。
瞼が重くなってきた頃。コータスが、大きく息を吸い込む。
「わかったら、さっさとバクフーンを探しに行かんか!!」
「……えっ?あ、はっ、はいっ!!」
半分聞き流していたブリガロンは、若干反応が遅れたものの、追い出されるように寺を飛び出て行った。
「……ふぅ。」
ブリガロンの姿が見えなくなってから、コータスは大きく溜息をついた。
言いたい放題言ったからか、背中から出る煙はすっかり治っていた。しかし、彼の表情は何故か険しいままである。
何か物思いに耽るかのように、コータスは天を仰ぎながら、独り言を呟いた。
「そろそろ、この寺の跡継ぎのことも、本格的に考えんとまずいのう。」
コータスがそんな心配事をしているとは知らず、ブリガロンはただひたすら、山を駆け下りていた。
―――――
時を同じくして。
街中でも、ただひたすらに駆ける者が、もう1匹いた。
「どこだ……どこにいる?さっきのポケモンは……!?」
この街に流れ着いた翡翠色のポケモン、ジュカイン。彼は、街中で見かけた1匹のメスのポケモンを探していた。
彼女の持つ、憂いのある瞳。それを見た瞬間、ジュカインの顔色は一変した。そして、バクフーンと一旦別れ、彼女の行方を追っていた。
曲がり角を折れ、その先にいるはずの彼女の方へ、視線を向ける。だが――
「いない……!?」
既に、目当てのポケモンの姿はなかった。脇に伸びた道から、大通りを逸れたのだろうか。
それとも、そもそも彼女を見た気がしただけで、実は最初からいなかったのだろうか。
(いや、気のせいなんかではない。俺はこの目で、確かにあいつの姿を見た。しかもあの目は――俺の記憶の中にある、あいつの目そのものだった!
少なくとも、この街にいるはずだ。だが……それなら、一体どこに消えた?)
ジュカインは顎に手を当て、俯きながら考え込んでいた。
しかし、考えたところで結論は出るものではない。空しく溜息をつき、ふとジュカインが前を見やった時だった。
(んっ……?何やってんだ、あいつは??)
前方の裏路地入口に、何者かが影に隠れてどこかを覗きこんでいる。
不審に思ったジュカインの足は、自然とそちらへ向いていた。
―――――
「……!」
突如、街中を歩くコジョンドの顔に、緊張が走った。張り詰めた表情で、顔から冷汗が一筋流れている。
その様子に気付いたチャーレムは、コジョンドに声をかけた。
「ん?どうしたの、コジョンド??」
コジョンドの表情は、明るくなかった。落ち着かない様子で、しきりに背後を気にしている。
「いや、その……何というか、誰かに見られているような気がして……。」
前々から、コジョンドはこういうことに敏感であることを、チャーレムは知っていた。妖しい者の気配を感じる第六感、といったところだろうか。武術が得意なコジョンドらしい、とチャーレムは密かに思っていた。
「ふーん。で、どんな感じなの?まさか、命でも狙う刺客とか??」
半分冗談めかしてチャーレムは訊ねたが、コジョンドの答えは、チャーレムの予想を超えたものだった。
「ううん、そんなんじゃないの。何というか、こう……ねっとりと、いやらしい目で見られているような……。」
「はぁ?」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまうチャーレム。暗い顔のまま、コジョンドは続けた。
「うまく表現できないんだけど……何ていうか、下心が見え見えの視線を投げかけられているようで、気持ち悪い感じがするの。」
さすがのチャーレムも返答に困り、唸りながら頭をぼりぼり掻く始末であった。
しばらく言葉に窮していたが、やがてチャーレムは、にやにやしながらコジョンドに話しかけた。
「それってさ、あんたの追っかけじゃないの?あんた、人気者だしね〜。」
「茶化さないでよ、チャーレム!追われる方は、たまったもんじゃないだから!」
コジョンドは顔を赤くして、思わず声を荒げてしまった。
その様子を見て、チャーレムは口に手を当てながら、くすくすと笑う。ムキになるコジョンドを見ることができて、満足したのだろう。
「はいはい。じゃ、今日はさっさと帰りましょうか。人気者の舞姫さんが、変な奴に絡まれないうちにね。」
笑いを堪えながら、上機嫌でチャーレムはコジョンドの手を引いていく。
「もうっ、チャーレムの意地悪!」
コジョンドも、そんな友人にふくれっ面をしながら、チャーレムとともに足早に、稽古場へと戻っていった。
―――――
コジョンドたちが先程までいた地点から、数十メートルほど後方。
建物に挟まれた通路の影には、コジョンドが感じた通り、何者かがそこに隠れていた。
彼は目を輝かせたまま一方向を見つめ続けていた。彼の視線の先には、その場から離れていくコジョンドたち――いや、彼にはコジョンドしか映っていないのだろう。そんな彼女を、彼は顔を赤らめながらじっと見つめていた。
(あぁ、コジョンドさん!ようやく街に戻ってくれたんだ!)
目を輝かせるそのポケモンは、頭に1枚の葉がついており、鼻が天狗のように伸びている茶色のポケモンであった。
春にコジョンドに一目惚れし、夏では衝動のままに手を出そうとして追い出された、コノハナである。
(夏のあの日、僕は決めました――コジョンドさんに、ずっとついていくって。
あれから、逢うことも叶わないまま時が経ってしまったけど……やっぱり僕は、コジョンドさん以外に考えられません!一度は僕の想いを拒絶されてしまったけど、それで諦められるわけ、ないじゃないですか!
コジョンドさん、僕の想いをわかってくれるまで、ずっと待っていますから。そして、いつかは二人きりで……あぁ、駄目ですコジョンドさん、そこは――!)
「おい。何やってんだ、そこのお前。」
妄想に入り始めるコノハナの後ろで、不意に何者かの荒っぽい声が聞こえた。
「はっ!?」
驚いて我に返ったコノハナは、反射的に背後を振り向いた。
そこには、2匹のポケモンが立っていた。1匹はがっしりとした大柄なポケモンで、頭にはドリルのような角が伸びている、犀のような姿のポケモン――サイドンである。先程コノハナに声をかけてきたのは、この者であろう。
「あんた、大丈夫?さっきから、顔崩れまくりなんだけど。ハッキリ言って、めちゃくちゃ気持ち悪いっつーの。」
もう1匹は、相方と比べると小柄ではあるものの、トサカのついた頭と生意気そうな目つきから、いかにも悪そうな人相のポケモン――ズルズキンである。
「ところでよぉ。てめぇ、誰の許可得てそこにいるってんだ、あぁ??ここは俺の縄張り――しかも、俺の特等席なんだぞ?」
サイドンが腕組みをしつつ、上からコノハナを睨みつけてくる。
その威圧感に圧倒されそうになったが、コノハナも負けじと言い返した。
「し、知りませんよ、そんなの!大体、ここは僕が先に目をつけていたんです。コジョンドさんを見守る絶好の場所、譲る訳にはいきません!」
「な〜〜〜にぃ〜〜〜〜〜!?」
コジョンドの名を聞いた瞬間、サイドンの目の色が変わった。
「お前、俺のコジョンドさんに手を出す気か!?――許せん!てめえみたいな不埒者は、この俺が許さんぞ!」
「なっ!?貴方に言われる筋合いはありませんよ!!
そこまで言うなら、どっちがコジョンドさんへの想いが強いか、決めようじゃないですか。コジョンドさんの好きなところを、どれだけ多く挙げられるか、勝負です!」
「面白ぇ!その勝負、受けて立とうじゃねえか!!」
いつの間にか、2匹は互いの意地を賭け、勝負をする流れになってしまった。
公衆の面前であるにも関わらず、双扇で舞うのが素敵だ、優しいところがいい、などと、コノハナとサイドンは周りを憚らない大声で、互いのコジョンドの長所を挙げ始めて行く。
そんな2匹を、氷よりも冷めた目で見つめている、1匹のポケモン。
「……あんたら、ガキかっつーの。」
終わりそうにない、低レベルな勝負を続ける2匹に聞こえないように、ズルズキンが呆れ果てた目をしながら呟いた。
彼は頬杖をつきながら、盛大な溜息をついた。もはやコノハナとサイドンを見る気も起きず、ズルズキンは2匹から思い切り目を逸らしている。
(はぁ、誰かこんなくだらないバトル、止めてくんねえかなぁ。)
ズルズキンが眠そうな目で、諦め半分にそう思った時だった。
「成程、話は聞かせてもらった。」
「どわぁっ!?」
突如響く、聞き慣れない声に、コノハナとサイドン、そしてズルズキンまでもが、その場に転げ落ちた。
3匹が体を起こすと、そこにはこの街で見かけない、蜥蜴のポケモンが立っていた。翡翠色の体、腕や尾から突き出る鋭い葉、背中に並ぶ黄色の球……どの特徴をとっても、3匹にとっては見慣れない姿だった。
「ななな、何なんだよお前!」
「ってか、誰ですか貴方!?」
サイドンとコノハナが、未だに動揺を抑えきれず上ずった声のまま、同時に突っ込みを入れる。
「俺の名など、どうでもいいだろう。それより、そこの坊主。」
突如現れたポケモン、ジュカインは、そんな2匹をふっと鼻で嗤ったかと思うと、コノハナの方を向いて訊ねた。
「そのコジョンドとかいう奴――先程この付近を歩いていた、2匹のメスの片方か?」