想いは篝火となりて








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第5章 中秋 ―波乱を呼びし風斬り―
第32話 不思議な商売人
住み慣れたはずの街。コジョンドたちは、約1ヶ月ぶりにその地へ足を踏み入れていた。
過日の火事で、焼け崩れた跡は目立つものの、大通りには見覚えのある店が、既に立ち並んでいた。

「いらっしゃ〜い!こちらカクレオン商店ですー!タネにリンゴからわざマシンまで、お安くしてますよー!」
「ヒェッヒェッヒェッ!お客さん、ピッカピカな金塊持ってませんかねぇ?珍しい物、交換しますぜ?」
「おくってうれしい、もらってうれしい!素敵なギフトは、いかがですかー?」

道具屋のカクレオン、金塊交換所のデスカーン、ギフトショップのチラチーノ、などなど。
商売に勤しむ様々な声が、大通りにかつての活気を呼び戻していた。

「知らないうちに、賑やかになっていたものねぇ……あっ、あそこで売ってる飾り、いいわね!」

感心していたチャーレムは、何かお目当てのものを見つけたのだろう。
コジョンドそっちのけで、装飾品を売っている店のほうへと走り去っていった。

1匹ぽつんと取り残されたコジョンドの横を、さっと秋風が通り抜ける。彼女はふと、顔を横に向けた。
いつの間にか、活気を取り戻しつつある街。チャーレムも言っていたけど、知らない間に皆、街を復興させようと頑張っていたんだ。

そう思った矢先、コジョンドの目線が、ある1点で止まる。
視線の先には、周囲とは明らかに異質な商売人が、佇んでいた。

影が差す裏路地への入口に、何者かが目を閉じて、静かに座している。
そのポケモンは、カクレオンたちのように客を呼び込む様子は一切見せず、ただ自分の前に桔梗色の風呂敷を広げて、腕組みしながら微動だにしていない。
さらに妙なことに――そのポケモンの前には、売り物が無い。普通ならば、風呂敷の上に売り物を並べ、客に見せながら販売していそうなものだが、この者の場合は違っていた。

(あの方……一体、何をしているのかしら?)

コジョンドはそのポケモンを少々薄気味悪くも思ったが、それと同時に興味もわいてきた。
吸い寄せられるように、コジョンドは、その不思議な商売人へと歩みを近づけていった。

―――――

近づくにつれて、影に隠された商売人の姿が、露わになってくる。
まず目につくのは、手と一体化した、竜の如く大きな翼である。頭部には大きな耳がついており、華奢な漆黒の体は、蝙蝠を彷彿とさせる姿であった。首周りの白いふさふさとした毛が、その者の優雅さを更に際立たせている。

どことなくミステリアスな雰囲気を醸し出すそのポケモンに、メスであるコジョンドも思わず身を乗り出し、覗きこんでしまうほどであった。
その時――ぱちり、とそのポケモンの目が開く。

「あら。アタシが気になるのかしら、お嬢ちゃん?」

目の前にいたポケモンが、コジョンドに話しかけた。
声を聞いた直後、コジョンドの頬が、ぴくりと一瞬引きつる。彼女は思わず、一歩後ずさりしてしまった。

このポケモン、口調こそメスのものであったが、声の高さが明らかに低い。
妙なのは口調だけではない。しなやかに体を傾けて、こちらを見つめてくる仕草は、女性的に感じられるほどだった。しかし――

(どう見てもこの方、オスだわ……。これって、もしかして……。)

やや顔を青くしながらも、コジョンドの思考回路が一つの結論を導き出そうとした、その時だった。

「ちょっとぉ、初対面でそんな目向けるなんて、失礼じゃない?今、アタシのことを『オカマ』って思ったでしょ?」

ぎくり。
コジョンドの体が、機械のように大きく揺れる。言うまでもなく、図星であった。
とりあえず謝ろうと、コジョンドが口を開こうとした矢先。目の前の商売人は、少しムッとして口を尖らせながら、コジョンドに言った。

「アタシ、そう言われるの嫌いなのよ。せめて、『オネエ』って呼んでちょうだい?」
(え〜……?いや、それはそれで、どうかと思うんだけど……。)

どこまでこのポケモンは、変わり者なんだろう。
今まで付き合ったことのないタイプの強烈な性格に、コジョンドはただただ面食らうばかりである。

「あらやだ。アタシの方こそ自己紹介もしないで、失礼しちゃったわねぇ。」

混乱するコジョンドを余所に、蝙蝠のような見た目のポケモンは、再び口元を緩めて魅力的な微笑を向けながら、コジョンドに名乗り始めた。

「アタシの名前はオンバーン。この街では、『華麗なる何でも屋』って呼ばれているわ。……貴方のお名前、伺ってもいいかしら?」
「え、えっと……コジョンドと、いいます。」

未だにどんな顔をして、この方と話すればいいのかわからない。
そう思いつつ、コジョンドはぎこちない笑顔で、どうにかオンバーンに名乗り返した。
その名を聞いた瞬間――オンバーンの目が、ぱあっと明るくなる。

「まあ!では、貴方が噂のコジョンドさんなのね!!あの、キュウコン率いる舞姫で無類の美しさを誇る、ナンバー1の天女と間近でお逢いできるなんて、光栄だわ!!」
「あぁ、まぁ……どうも……。」

心底喜んでいる様子で、オンバーンはコジョンドの手を握り、上機嫌に握った手をぶんぶん上下に揺らしていた。
一方、オンバーンに合わせるだけでも精一杯のコジョンドは、もはやされるがまま、である。

「ふふふ……ところで貴方、さっきこう思ったでしょ。『アタシが、ここで何をしているか』ってね。乙女の切なる疑問には、答えてあげなくちゃねぇ。」

それにしてもこのオンバーン、何故にこうも自分の心中を的確に読み当ててくるのだろう。
まるで読心術でも心得ているのかと思うほどである。その点に少し不気味な思いをしながらも、コジョンドはオンバーンの話を聞いていた。

「さっきも言ったように、アタシは『華麗なる何でも屋』なの。普通なら、お店が予め何か品物を用意して、その中からお客さんが気に入ったものを選ぶってスタイルだと思うけど――アタシがやるのは、その『逆』よ。」

妙に『華麗なる』を強調してくるオンバーンの口上は気にしないようにしていたが、『逆』という言葉に、コジョンドは思わず首を傾げた。
その様子を見て、オンバーンは得意そうに、ふふんと鼻を膨らませる。

「つ・ま・り、先にお客さんの方から、欲しい物を提示してもらうの。もちろん、物じゃなくても構わないわ。アタシにやってほしいこと、持ってきてほしい物を、お客さんが用意して提案するの。それに対してアタシが、見合う報酬を交渉して、互いに合意したら売買契約成立ってわけ。」

あれだけ強烈な個性を言葉の節々で感じさせる割に、商売内容は意外とまともに聞こえて、コジョンドは正直驚きを隠せずにいた。

「ちょっと長くなったけど、わかるかしら?アタシが風呂敷に何も置いていないのは、そういうこと。品物を並べるのは、あ・な・た。そしてアタシは、物でもサービスでも、貴方が望みのことを、基本的に何でもやってあげるってこと。」

ただし死者を甦らせてとか、常識で考えて無茶なのは御免だけどね、とオンバーンは添えて、妖しげな笑みをこちらに向けていた。
どうにも胡散臭さが抜けきらず、コジョンドは腰が引けたままであったが……。

(ん?ちょっと待って。物でもサービスでも、基本的に何でもやれる、か……そうだわ!)

コジョンドの頭に、何か閃いたようである。ここで初めて、コジョンドは身を乗り出しながらオンバーンに訊ねた。

「それじゃあ、オンバーンさん。例えば、誰にも見つからずに、あるお方に伝言をお願いすることは、できますか?」

それを聞いたオンバーンは、満足そうに頷いた。

「勿論よ!隠密行動は、アタシの十八番。それくらい、たやすいことだわ!で、どこの誰に伝言をしてほしいのかしら?」
「街から北にある寺で修行をしておられる、『迷い火の風来坊』――バクフーン様に、お願いできますか?で、内容が……。」

コジョンドが、オンバーンの大きな耳に、伝言の内容を囁く。
それに対しオンバーンは、うんうんと頷きながら、コジョンドの話す内容を聞いていた。

「ふーん、中々ロマンチックじゃない。好きよ、そういうの。
 で、報酬の話なんだけど……そうね、伝言するだけだし、20ポケでどうかしら?」

「ポケ」というのは、この街における、お金の貨幣単位である。
参考までに言えば、カクレオンはリンゴを20ポケで販売している。オンバーンが提示した額はそれと同等の金額であった。
コジョンドは大きく頷き、オンバーンの条件を飲むことにした。

「ええ、それでお願いします!」
「契約成立ね。じゃ、また報告しにくるから、よ・ろ・し・く!」

そう言ったかと思うと、オンバーンは自分の前に広げていた風呂敷を手に取り……
自分の体全体を覆うように、ばさり、と大きく振り回した。

「きゃっ!」

風呂敷を回すことで風が起こり、思わずコジョンドは目をつぶってしまった。
風はすぐに止み、恐る恐るコジョンドは目を開ける。

(……?)

そこには既に、オンバーンの姿はなかった。いや、今までそこにいたという気配すら感じないほどであった。
裏路地への入口とはいえ、ここは街の大通りにも面している場所。他のポケモンも多く行き来しており、たとえ彼の存在に気付かずとも、先程の強風で誰かが振り向いてもおかしくなかった。
だが、付近を通り過ぎるポケモンたちは、何食わぬ顔でその場を通り過ぎて行った。まるで、初めからそこにオンバーンは、いなかったかのように。

(私は……幻でも、見ていたのかしら……??)

時間の流れに取り残されたかのように、コジョンドはただ茫然と、その場に立ち尽くしていた。

「あっ、いたいた!」

不意に後ろからかけられる友人の声で、コジョンドにも時の流れが戻った。

「もう〜、急にいなくなるからびっくりしたじゃん!せめて、一言くらい言ってよ〜。」
「ご、ごめん、チャーレム……。」

そう言ってコジョンドはチャーレムに手を引かれ、再び街中を歩いて行った。

――――

「ふぅ〜、大体こんなもんか。」

一方、こちらは街中の別の場所。バクフーンは、ひょんなことから出会いを果たしたジュカインを連れて、散策していた。
主要な場所を一通り回ったところで、バクフーンが気の抜けた声を漏らす。

「けっこう、案内してもらったな。礼を言うぞ。」
「良いってことよ。それより、腹減ってねえか?どっかで、メシ食おうぜ。いい店知ってるからよ。」
「ふっ……本当にお前は、何でも知っているんだな。どこだ?その店とやらは。」

すっかりバクフーンと打ち解けたジュカインは、乗り気になって共に駈け出そうとしたが――
一歩踏み出した時、ふとジュカインの動きが止まった。

彼の視線は、街の大通りの先。
奥の方で、2匹のメスのポケモンが、共に歩いている姿を捉えていた。

そのうちの1匹が視界に入った時。
ジュカインの目が、はっと見開いた。

両腕から揺れる、振袖のような、しなやかな毛が目を引く。
細身の体に、口元から伸びる毛が優雅さを際立たせる。
だが、ジュカインの目を最も惹いたのは、憂いを含んだような彼女の瞳だった。

(まさか……!?いや、そんなはずが……!)

信じられないというふうに、ジュカインが首を振る。
誰かを見つけた、という割には、あまりに過剰な反応ぶりであった。

「おい、ジュカイン?どうした??」

態度を急変させたジュカインに、バクフーンが心配になって声をかける。
ジュカインは、視線が釘付けになったまま、彼に答えた。

「悪い。少し、待っていてくれないか。すぐ、戻る。」
「え?お、おう……。」

何かに憑りつかれたかのように歩みを進めるジュカインを、バクフーンはただ、見送るしかできなかった。


■筆者メッセージ
こんにちは。ミュートです。

ジュカインに引き続き、今回の話でも新キャラ、オンバーン登場です。
書いてる自分でも「実際にこんな奴目の前にしたら引くだろうな」ってくらい個性強めにしてみました。
でも、個人的には割と気に入ってて、執筆しながらニヤニヤしてたのは内緒。
ミュート ( 2015/11/12(木) 23:39 )