想いは篝火となりて








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第4章 立秋 ―災禍の炎、転じて―
第27話 禁破りし共犯者
月が高く昇る真夜中。コジョンドは、僧堂でバクフーンと相対していた。
土下座の姿勢から顔を上げるコジョンドと、部屋にいたバクフーンは、しばらく互いに見つめ合っていた。

今の状況がばれると、取り返しのつかないことになる。
その危険を承知の上での、面会であった。バクフーンもしばらくは、コジョンドの急な来訪に驚いていたが、しばらくすると、ようやく落ち着きを取り戻していった。

「……何であんたが、ここにいるんだ。」

バクフーンは、視線を外さず見据えたまま、目の前にいるコジョンドに訊ねた。
目の前にいる彼を真っ直ぐ見つめながら、コジョンドは答える。

「今夜しかないんです。この機会を失えば、次はいつお逢いできるかわかりません。だから……。」
「馬鹿か、あんたは!」

思いもよらない言葉を叫ばれ、コジョンドはびくりと体を震わせる。
真夜中なので、声の大きさは落としていたものの、バクフーンは無謀な行動に出るコジョンドに、眉をしかめて叱っていた。

「自分が何をしでかしているのか、わかってんのか!?ばれる前に、さっさと御堂に……」
「嫌です!」

バクフーンの言葉を、コジョンドが遮る。
その声には力が籠っており、思わずバクフーンも口を止めてしまった。

「嫌です。このまま貴方に想いを伝えられないまま、戻ることなんてできません。」

灯火に照らされるコジョンドの瞳から、すうっと涙が一筋、流れ落ちる。
それに気づき、バクフーンは再度驚いた。そして、後悔した様子で横に目を逸らし、そのまま黙りこくってしまった。

「わかっています。私がここにいることが知られれば、もはや皆さんの前で舞うことはできなくなるでしょう。ですが……。」

一度、そこでコジョンドは言葉を止め、目も少し伏せがちになった。
恥ずかしさからか、ほんのりと頬は赤くなっているように見える。

口に出せば済むこと、と言われれば、そうかもしれない。
だが、胸の奥底に秘めた想いを当人に直接伝えるというのは、どうしてこんなにも勇気がいるものなのだろう。

(迷っている場合じゃない。何のために、ここまで来たっていうの……!)

コジョンドは再び顔を上げると、バクフーンに向かって一心に想いを伝えはじめた。

「ですが……それでも、貴方を想わずにはいられないのです!貴方を、お慕いして……」

それ以上の言葉を、コジョンドは続けることができなかった。
話す途中でコジョンドは、急に体を掴まれる。コジョンドの体は吸い込まれるように、バクフーンの許へと抱き寄せられていったのだ。

「――悪かった。」

バクフーンが、コジョンドを抱きかかえながら優しく声をかける。
コジョンドは、呆然としたまま虚空を見つめていた。まさか、バクフーンに抱き付かれるとは、ゆめにも思わなかったからだ。

「正直、驚いたぜ。まさか、あんたがここまで信念の強いやつだったとはな。」

バクフーンが、コジョンドの背中をそっと撫でる。
コジョンドには、それが心地よく感じられた。バクフーンに撫でられて、コジョンドの目が緩む。

「あんたとは、仲の良い友達でいられれば、それでいいと思っていた。……いや、互いのためにも、そうしなければならないと思っていた。」
「……。」
「そうやって無理に言い聞かせて、納得したつもりでいた。だが――あんたが今日来てくれたおかげで、ようやく目が覚めた。」

バクフーンが一度、抱きかかえたコジョンドを離し、正面からコジョンドの顔を見つめる。
心の奥底まで届きそうなその視線に、コジョンドはただ見惚れるばかりだった。
バクフーンは、普段とは別者に思えるほどの真剣な目で、コジョンドに、きっぱりと言い切った。

「たとえ許されないことだとしても、自分の気持ちに、嘘はつけねえ。――愛してるぜ、コジョンド。」

――その、直後だった。

「……!」

不意に口元で感じる、甘美な感触。
最初、コジョンドは何が起こったのか、わからなかった。

驚きで目を見開くこと、数秒。ようやく今の状況を、ゆっくりと理解し始める。
自分の視界のすぐ前には、バクフーンの顔があった。彼は目を閉じ、自分の口をコジョンドの口に、優しく重ねている。
コジョンドの後頭部には、彼の手がそっと添えられていた。バクフーンは、コジョンドを抱き寄せながら、口付けをしていたのである。

程無くして、コジョンドはその行為を受け入れる。
己の愛を口に刻んでいく彼に、コジョンドもそれを求めるように、口を動かしていた。

2匹は静かに抱き合い――
そのまま、寝床へと静かに倒れていった。

――

灯りの火が、ふっと消える。
部屋の中には、入口の襖戸から零れる月の光だけが差し込み、時折そよぐ風の音だけが響き渡っていた。

コジョンドは、その部屋の寝床で、横向きに寝る姿勢をとっていた。
彼女の目の前には――同じような体勢で、こちらを向かい合うように寝そべっている者がいる。

「夢では、ないんですよね?バクフーン様。」

コジョンドは、その存在を確かめるかのように、その者へと手を伸ばし始めた。
首を滑らせ、その後ろへ。さらに手をまわし、背中をそっとなぞる。
自然と近づく自分の体が、彼の体に密着する。彼の柔らかな毛の感触を、体全体で感じることができた。

その一方で、彼もまた手を伸ばし、コジョンドの体を撫で始める。

「ああ、夢じゃねえ。あんたの感触を、こうやって直に感じ取ることができる。」

甘く囁くバクフーンの声が、コジョンドの耳をくすぐる。
その声に誘われるかのように、コジョンドは彼の方へさらに身を寄せた。バクフーンは少しだけ手に力を込め、横になりながら彼女を優しく抱きしめていた。

「いつから、俺のことを考えていた?」

コジョンドはそんな問いかけを、彼の胸に顔を当てながら聞いていた。
心音の脈打つ音が、聞こえる。普通よりも少し、早い間隔だろうか。力強い脈の音を聞きながら、コジョンドは答える。

「最初に、助けていただいた時です。あの時から、何故かバクフーン様のことが度々頭に浮かぶようになって……。それで、手紙を交わすうちに、居ても立ってもいられなくなってしまって……。」
「そっか……俺もだ。」

バクフーンは、少し顔を赤らめるコジョンドを見下ろした。
程無くして、2匹の目と目が合う。それに合わせバクフーンは、にやりと口角を上げながら、少し笑った。

「初めて会った時から思っていたんだが……何かあんた、危なっかしくてな。事あるごとに何か、やらかしていないかって、気が気じゃなかったぜ。」
「ちょっと、どういう意味ですかそれ!?」

意地悪なバクフーンの発言に、コジョンドは思わず声が大きくなってしまった。
しーっ、と言いながら、バクフーンは鼻のあたりに指を立てる。コジョンドは仕方なく黙ったが、まだ笑みの抜けきらないバクフーンの口元を見ると、思わず不貞腐れた色が顔に現れてしまう。

「はは、悪い悪い。……けどな、だからこそ俺が側で守ってやりたいって思った。」

それまで、冗談めかすように話していたバクフーンの声の、トーンが変わる。
暗がりのなかでも、表情の変化が感じられるようだった。

「わかっていると思うが、こうして俺に逢いに来た時点で、互いに戒律を破ってしまっている。これから先、俺たちは常に危険と隣り合わせで、互いの道を進むことになるだろう。」

バクフーンが、コジョンドの顎に手をあて、少し顔を持ち上げる。
それまでバクフーンの胸に顔を寄せていたコジョンドは、真正面でバクフーンと向き合う形になった。
バクフーンの、真剣な2つの眼が、コジョンドをじっと覗き込む。

「俺たちは、共犯者だ。だが、あんただけに危険な道を渡らせはしない。たとえ行き先が地獄だとしても、悔いはない。
俺も、共に行かせてもらう。いいな?」

トクン、と強く自分の心音が鳴るのを、コジョンドは感じた。
収まりかけていた涙腺が、再び緩み始める。

(私のために……そこまで……。)

また一筋、涙を頬に伝わらせながら、コジョンドはゆっくりと頷く。
2匹の顔が、どちらからという訳でもなく、少しずつ近づいてくる。やがて、コジョンドとバクフーンは再度、深い口付けを交わした。

戒律を破り、共に過ごす禁忌の夜。
一夜限りではあるけれども――いや、一夜限りだからこそ、今を悔いのないように過ごしたい。
そう、2匹は思うのだった。

月は徐々に雲で隠されていき……
短い夜は、儚くも終わりを迎えようとしていた。

―――――

翌朝。
外では、しとしとと雨が降り続け、すっきりしない天気であった。

「うーん……もう朝か……。」

御堂の中で、1匹のポケモンが目を覚ます。コジョンドの親友、チャーレムである。
チャーレムは、気怠そうに体をゆっくりと起こした。まだ眠気が抜けないが、ブリガロンが朝食を準備してくれているので、いつまでも寝ている訳にはいかない。

「寺の生活も慣れてきたけど……やっぱり、眠いものは眠いわね……。」

ふわぁ、と大きなあくびをしながら、寝床周辺を簡単に片づけ始めた。
そして彼女は、隣の寝床へと顔を向ける。そこは、コジョンドが寝ているはずの場所であった。

「コジョンド〜。顔洗って、朝ごはん食べに行きましょ……って、あれ?」

いつもならコジョンドがいて、一緒に朝食へ向かうはずなのだが……返事がない。
いや、そもそも姿が見当たらない。彼女の寝床は、もぬけの殻であった。

「何よー、あたしを置いて先に行くとか、ひどくない?ほんっとに、しょうがないんだから……。」

コジョンドがいない理由をそう解釈して、チャーレムが溜息をついていた、その時だった。

「きゃー、きゃー、大変ですわ!!」

聞き覚えのある、甲高い叫び声。目覚めた直後に大声を聞かされ、チャーレムの眉間にしわが寄せられる。
ドタドタと大きな音をたてて、部屋の戸が開けられる。そこには案の定、キマワリが立っていた。急いで走ってきたのだろうか、キマワリは息を荒げている。
チャーレムは、明らかに苛立っている様子で、キマワリに顔を向けた。

「朝からうるっさいわねえ。何よ、また火事でも起こったっての?」
「違いますわ!こんな雨の中で火事なんて、有り得ませんわ!」

あぁ、そうか。
キマワリにツッコミを入れられたことを、若干歯がゆく思いつつも、チャーレムはキマワリの話を聞いていた。

「それより、コジョンドさん見かけてません?どこにも、いないんですもの。きゃー!」
「……えっ?」

コジョンドが、どこにもいない?
チャーレムが嫌な予感を覚えた、その直後である。

「何の騒ぎです!?朝から喧しい……。」

キマワリの背後から、凛とした声が響く。その声の方へ、チャーレムとキマワリは振り向いた。

そこには、ご機嫌斜めのキュウコンが、2匹を見下ろしながら立っていた。


■筆者メッセージ
どうもこんにちは。ミュートです。

シルバーウィーク、いかがお過ごしでしょうか。
自分もこの期間に、山の中を探索したり、ふらりと旅に出かけたりしておりました。
現実世界で冒険ってのも、良い物ですよ。

そういえば、ポケモン超不思議のダンジョン。満を持して発売されましたね!
この前手に入れてから、奮闘しております。……が、特に後半から難度もかなり上がって、なかなか厳しいですね。
既にクリアしたという報告もちらほら聞きますが……何故皆さん、そんなに上手いんだ……。
ミュート ( 2015/09/24(木) 21:45 )