第19話 略奪
『大悪党』の嫡男、ガバイト。
彼の名を聞いた瞬間、場の空気が一瞬にして凍った。
「うそだろ!?あのガブリアスの子かよ……!」
「『大悪党』は滅んだんじゃなかったのか!?あの息子が、生きていたのかよ!!」
村民たちが、怯えながら口々に噂をし始める。それほどまで彼の名は、私たちにとっては脅威だった。だが――
「『大悪党』の息子だぁ?それが何だと!?」
ただ1匹、怯まずに進んで前に出る村民がいた。
手には太い棍棒状の骨を持ち、頭にも何者かの頭蓋骨を被っている、2足歩行のポケモン――ガラガラだった。
彼は、手に持つ骨を、さっとガバイトに向けて大声を上げた。
「俺たちは今まで、自分たちでこの村を護りながら暮らしてきた。それは後先にも、変わりはねえ!
俺らはお前の指図なんか受けない!とっととこの村から出ていけ!」
彼の威勢の良さに勇気づけられたのか、そうだそうだ、と口々に村民が叫び始める。
ガバイトの側に控えていた配下、ワルビルは、大勢から罵声を浴びせられて怯んでしまい、カブトプスは、ちっと忌々しそうに舌打ちしてそっぽを向いていた。
――だが。
突如、ガバイトが顔を上げて村民たちを、きっと睨みつける。
「ひっ!?」
その瞬間、ガラガラ以外の村民が恐怖で固まった。ただならぬ殺気に、配下のワルビルですらも震え上がる。
『大悪党』として名を馳せた父親を彷彿とさせる、殺気の籠った、鋭い睨み。これには当時の私を含め、村民たちに恐怖を植え付けた。
しかし、ただ1匹、ガラガラだけは、真正面から彼の視線に立ち向かった。
ガバイトとガラガラの、鋭いにらみ合いが続く。その様はまるで、2匹の間に激しい火花が散っているようだった。
……三秒。五秒。ほんのわずかの時間ではあるが、見守ることしかできない私たちにとっては、長い時間のように感じられた。
そして、十秒ほど経った時。
「ふん。その度胸は認めてやろう。気に入らんというのなら、力ずくで俺を止めてみろ。」
ガバイトが、ふっと笑ったかと思うと、片手を差し出して、くいっと自身の爪を内側に寄せる。明らかに、ガラガラを挑発していた。
「言われずとも……そうさせてもらうぜ!!」
その言葉と共に、ガラガラが駆け出す。
骨を持った手を高く掲げ、雄たけびを上げながら、ガバイト目がけて突進していった。
「くらいやがれ!『ボーンラッシュ』!」
その距離、あと数歩。
ガラガラが手に持つ骨を振り回し、技を繰り出そうとした瞬間。
一瞬、ガバイトの目が見開く。瞬間、殺気を放ちながら、ガバイトは右腕を一振りした。
――ガキン!
村中に、鈍い音が響き渡る。
村民たちは、音に驚き、一瞬目をつぶってしまった。
音は一瞬で止み、私たちはゆっくりと目を開けた。その視界の先には――
傷一つ追ってないガバイトと、武器の骨を自身の体ごと弾き飛ばされていたガラガラが映っていた。
「がはっ!」
ガラガラはそのまま成すすべもなく吹き飛ばされ、村の入口付近に生えていた大きな木の幹に激突した。
その場にガラガラは力なく倒れる。それと同時に、攻撃を受けてヒビが入ったガラガラの武器が、地面に突き刺さった。
「う……ぐっ。」
激痛に顔を歪ませながら、ガラガラは地面に突き刺さっている骨に手を伸ばす。
「母さんと……約束したんだ。この村をずっと、守っていくって……。お前らなんかに、この村は……。」
残った力を振り絞り、なおも彼はガバイトに立ち向かおうとした。
伸ばす手は、少しずつではあるが、骨に近づいていく。
しかし――あと数センチというところだった。
突然、ガラガラの手が力なく降りる。それは骨を掠め、空しく地を叩いた。
目を閉じ、手も体も動かない。すんでのところで、ガラガラは気を失ってしまったのである。
「次は、誰だ?」
右腕の爪を舐めつつ、不適な笑みを浮かべながら、ガバイトが村民たちに目を向ける。
恐れをなして、皆の顔はすっかり青ざめていた。恐怖で、足が一歩も動かない。
怯えきった村民を前に、ガバイトはつまらなさそうに溜息をついた。
「はぁ〜あ。どいつもこいつも、腰抜けばかりだな……カブトプス!ワルビル!」
ガバイトに呼ばれ、配下の2匹がすばやく彼の下に駆け寄る。
「この村の物資を、根こそぎ奪い取れ。万一逆らう奴がいれば、処分して構わん。やれ!」
「御意!」「おうさ!」
ガバイトの号令を皮切りに、2匹が飛びかかる。
悪党の略奪が、始まった。
―――――
ガバイトたちが行動を起こした直後。ガルーラおばさんは、あの場にいては危険だと判断し、私たちはおばさんの家まで一時避難することにした。
恐ろしさで、コジョフーは体の震えが止まらなかった。建物が崩される轟音。道中で聞こえる、逃げ惑う村民の声……今でも、私の耳にこびりついて、離れない。
一方、ガルーラおばさんはというと……
窓越しに荒れていく村をしばらく見つめていたけど、やがて何かを決意したかのように、呟いた。
「これ以上、見ていられない。もう、あたしゃ我慢できないよ!」
おばさんは、拳をぎゅっと握り、視線の先にいる悪党どもを睨んでいた。
「――コジョフーちゃん。」
「はい。」
おばさんが後ろを振り向き、コジョフーを呼んだ。
窓に背を向け、おばさんがこちらに近づいてくる。そして、コジョフーの目の前でしゃがむと、真剣な表情を崩さないまま、決心したかのようにコジョフーに言い放った。
「あんたは、この村から逃げな。」
「そんな!おばさんは、どうするつもりなの!?」
おばさんが一度、窓の外を見やる。
そこには、ガバイトたちにより、次々と家が壊されていくのが見えた。どこかで飛び火したのだろうか、火災で燃え始める家もある。おばさんは、その惨状に眉をしかめて言った。
「あたしは、あの悪い奴らを全力で止めに行く。あんたは、巻き込まれる前に、どこか安全なところまで逃げ延びるんだ。」
「でも、でも……そんなの嫌!お義父様もお義兄様もいなくなって、おばさんまで離れるなんて……!」
もうこれ以上、大切な方を失いたくなかった。
泣きながら、コジョフーはすがるように、おばさんに寄りかかる。
その様子に、さすがのおばさんも辛そうな表情を見せたけど、すぐにまた真剣な顔に戻り、コジョフーの両肩に手を添えた。
「いいかい、コジョフーちゃん。あたしの言うことをよくお聞き。」
おばさんの瞳が、まっすぐこちらに向けられる。
ただならぬ様子に、コジョフーも駄々をこねることもできずに、おばさんの方を見つめていた。
「あんたには、未来がある。独りで生きるのは大変かもしれないけど、あんたはここで倒れちゃ駄目なんだ。自分でやりたいことを見つけて、自分の人生を踏み出さなきゃなんない。その道を護ってやるのが、親の役目ってものさね。」
「でも……それじゃ、おばさんが危険な目に……」
ガラガラをあっさりと倒したガバイトの強さは、相当なものだろう。
しかも彼には、配下が2匹もついている。彼らに単騎で立ち向かうのが無謀なくらい、当時の私にも察しはついた。
不安を隠せずにいた私に、おばさんはにこりと笑ってみせた。
「あたしのことなら気にする必要はないよ。あたしが馬鹿みたいに気丈なのは知っているだろ?あんな悪党共、ちょちょいと片付けてやるさ!
だから、この村のことは任せな。それとも、あたしじゃ信用できないかい?」
この状況で、こんなにも堂々としていられるなんて。
おばさんの肝の太さには、本当に驚かされる。その様子に、コジョフーは何も言うことができなかった。
「コジョフーちゃん……。」
そしておばさんは、ぎゅっと私を抱きしめてくれた。
優しく抱きかかえながら、手を後ろに回し、背中をトントンと軽く叩いてくれた。
――また、おばさんにこうやって抱いてもらえる時は、来るのだろうか。これで終わりじゃないって、思いたいけれど……
「何があっても、しっかり生き抜くんだよ。いいね?」
コジョフーは、目に涙をためながらも、しっかりと頷いた。
「おばさん……今まで、ありがとう。」
「ああ。さ、急いで行った、行った!」
ガルーラおばさんがそう言うと同時に、コジョフーは手で涙を掃い、家の扉へ向かう。
戸を開けた直後に、コジョフーは一度、後ろを振り向いた。
ガルーラおばさんが、口角を少し吊り上げた後に、こくりと頷く。
コジョフーもそれに合わせ、小さく1度頷いた。
そして扉を閉め、村の外へと駈け出していった。バタン、と戸の閉まる音が、家の中で寂しく響く。
「ママ……。」
ガルーラおばさんの赤ちゃんが、お腹の袋から見上げて、心配そうにおばさんを見つめる。
おばさんは、その場で下を向いて、目を合わせながら赤ちゃんにも声をかけた。
「何があっても、ここから出るんじゃないよ。あんたはまだ、外を出歩くのもままならないんだからね。
あんたはママが護ってあげる。ママが出てもいいって言うまでは、袋の中にいるんだ。わかったね?」
おばさんは、そう赤ちゃんに言い聞かせると、戦禍の中へと果敢に飛び込んでいった。
―――――
「おい、ワルビル。」
「何でしょう、親分。」
一方、略奪により荒らされている村の中心では、ガバイトがワルビルを呼んでいた。
ワルビルが手を止め、ガバイトに近づいてくる。
「お前、この村で『無双の炎脚』の墓を見たと言ったな?……案内しろ。」
「へい、お安い御用でさあ!」
そう言って、ワルビルは愛想のいい笑いを浮かべながら、ガバイトを先導していった。
崩れた家の瓦礫、すすの舞い上がる黒い煙。足場が悪い中を、彼らは進んでいく。
「この奥でございやす、親分。」
しばらく進んだ後、ワルビルはガバイトに声をかけ、指をさした。
そこには木でできた粗末な家が1軒――かつて私が、お義父様と暮らしていた家があった。
家の裏庭には、やや大きい石が1つ置いてある。ワルビルが言っていた墓は、このことだ。
「長かった……父の仇を追い続け、ようやくここまで来れたのだな。」
『無双の炎脚』が故人となった今、直接倒すことはできないが、墓石を壊してでも復讐を果たす。それが、ガバイトの望みだった。
墓に近づこうと、彼らが2,3歩進んだ、その時だった。
「どこ行く気だい?あんたたち。」
突如、彼らの横から何者かの声が聞こえた。
ガバイトが眉をしかめ、声の正体を見定めようと、そちらへと顔を向ける。
そこには――腕を組んで仁王立ちしていた、ガルーラおばさんの姿があった。