第18話 一時の平穏
「え、えっと……。」
過去の私、コジョフーは今、非常に戸惑っていた。というのも……
「……。」
目の前にいる赤ちゃんが、無表情のまま何も反応してくれない。
あれからコジョフーは、ガルーラおばさんに引き取られることとなり、一緒に生活することとなった。
おばさんには、お腹の袋の中にメスの赤ちゃんがいた。おばさんがどこに行くときも、いつも一緒にいるのだが、おばさんと同居するまでは、まともに話しかけたことはなかった。
そのため、これを機に、お腹の中にいるガルーラおばさんの赤ちゃんにも挨拶したのだが……。
「……。」
くりっとした2つの目をこちらに向け、じいっと見つめているだけだった。
口を少し開きながら、茫然とした様子でこちらを見ている。
いや、確かにかわいいんだけど、せめて何かしら反応してくれないかなぁ?
向こうからすれば「誰このポケモン?」って思われているのだろうか。だが、それにしても、訝しがるでもなく、不思議そうにしているでもなく、ただ呆けたように見つめられるだけだと、この子が何を思っているのかよくわからない。
こんな時、私、どうすればいいんだろう?コジョフーは、助けを求めるかのように、おばさんの方を向いた。
「……あっはははは。」
さすがのガルーラおばさんも、後頭部に手を当てて、気まずそうに笑っているだけだった。
予想外の娘の反応に、おばさんも困惑してしまっているようである。
このまま興味もってもらえないのはマズい。コジョフーは、思い切った行動にでることにした。
「いないいない……ばぁっ!」
一度顔を両手で隠し、叫んだ瞬間に両手を除けて、思いっきり変な顔をして子供を驚かせる。
昔からある、子供を喜ばせる伝統的なやり方である。だが……
(うう、やっぱり恥ずかしいわ……でも、これでどうかしら?)
顔を真っ赤にしながら、ちらりと赤ちゃんに視線を向けつつ、赤ちゃんの反応を伺うコジョフー。
相変わらず数秒固まったままだったが、突如、赤ちゃんの顔が動き始める。
(おっ?)
僅かに期待を寄せるコジョフー。ガルーラおばさんも、娘が何かしら反応したことに気付いた。
赤ちゃんは、顔を私のほうに……向けもせず、そのまま母親であるおばさんのほうへ向けた。そして――
「ママ、お腹空いたー。」
わ、私のことなど眼中に無いのか……。
恥を捨てたコジョフーの努力も空しく、赤ちゃんは抑揚のない声で母親に言った。
これにはコジョフーだけでなく、ガルーラおばさんもがっくりと肩を落とす。
「あっ、あぁ、それじゃ、おやつの時間にしようかね。あはははは……。」
気まずさに耐えきれなかったのを誤魔化すように、ぎこちない笑いを浮かべながら、おばさんは台所へと向かっていった。
「はぁ……。」
いくら私でも、ここまで何も反応がないのは流石にショックよ……。
―――――
数分後。コジョフーはおばさんのお手伝いをするため、台所にいた。
おばさんは慣れた手つきで、材料を切り、混ぜ合わせていく。ふんふんと鼻歌を鳴らしながら、テキパキとこなす、この余裕ぶり。さすが、おばさんだ。
その横で、コジョフーは木の実を洗っていた。手こそ動かして淡々と作業をしているものの、赤ちゃんに興味を持ってもらえなかったのが余程悲しかったのか、表情は暗い。
「おばさん……私、何がいけなかったのかな……。」
ついには、悲痛な表情のまま愚痴まで零してしまっていた。
おばさんが手を動かしながら、ふとこちらを振り向く。浮かない顔をするコジョフーに、おばさんは明るい声で話しかけてきた。
「あはは。まぁ、あの子と関わることもあまりなかったし、最初はそんなもんさね。落ち込むことはないよ。」
「でも……。」
おばさんにそう言われても、コジョフーの顔は晴れない。
昔から私は、こうだった。1度落ち込むと、そこから抜け出すのに時間がかかってしまう。
いつまでもウジウジしていちゃダメだっていうのは、わかっているつもりなんだけど……。
「コジョフーちゃん。」
それでもおばさんは、ふんと鼻で溜息をついた後、優しく声をかけてくれた。
先程まで下を向いていたコジョフーの顔が、ふと上がる。
「氷は、一瞬で溶けないよ。誰かとの関係も同じ。
誰とでも初対面で打ち解けるなんて、そうそうあるもんじゃないよ。お互いが気を許せるようになるには、大なり小なり、時間がかかるものさね。」
そう言いつつおばさんは、コジョフーが洗っていた木の実をひょいと手に取り、食べやすい大きさに切っていく。
「だから、興味をもってもらえなかったからと言って、自分を見失っちゃいけないよ。あんたには、あんたの良さがあるんだ。それを常に忘れないこと。」
いつの間にか、おばさんの前には焼き菓子が乗った皿が置かれており、そこにコジョフーが洗った木の実が盛り付けられていた。
手際の良さと、説得力ある言葉に、コジョフーはガルーラおばさんの方を、ぼうっと見つめるばかりだった。
「そうすりゃ、自分を理解される時がくる。自分を理解してくれる人は必ず現れる。だから、大丈夫だよ。」
「そういう、ものなのかな……。」
おばさんは、ウインクしながら私の肩をぽんと叩く。コジョフーは、顔色は先程よりも少し明るくなっていたが、声の調子はまだ低いままだった。
その様子を見て、おばさんは大笑いし始める。ダメ押しするかのように、おばさんはコジョフーの肩を、ばんばんと強く叩いた。
「あっははは。チャランポランなあたしにだって、旦那ができたんだから!良い子のあんたなら、もっといい殿方に恵まれるよ!あたしが保証する!」
痛いくらいだったけど、コジョフーは気が付いたら笑顔になってしまっていた。
そういえばガルーラおばさん、旦那さんがいなくなってから久しいんだったっけ。それなのに……
「まっ、少なくとも、あたしはいつでもあんたの味方だかんね。何たってあたしゃ、今じゃ義母になっちゃったんだからねぇ。」
辛さを感じさせない、屈託のない笑顔を、私に向けてくれる。
どうしておばさんは、ここまで強いんだろう。
どうやったら、あんなに精神強くなれるんだろう。
でも、そんなガルーラおばさん、憧れちゃうな。
私も、こんなお方になりたい。
「さてと、お菓子もできたし、おやつにしようね。」
おばさんが、お菓子の乗った皿を両手に持ち、机に運んでいく。
皿を置いた、その瞬間。
突如――ドーンと、爆発音が響き渡る。
あまりにも大きな音だったので、私たちは思わず目を丸くした。
「えっ、おばさん……そんな、乱暴に皿を置かなくても……。」
「いくらあたしでも、皿置いたぐらいでそんな音は出さないよ!!」
今考えれば、恥ずかしすぎるわね……。
爆発音のタイミングが絶妙過ぎて、思わずコジョフーは、とんちんかんなことを言ってしまった。
突拍子もないことを言われ、おばさんの声もつい、荒くなる。
「ママ、あそこ。」
ただ、ガルーラおばさんの赤ちゃんだけは、こんな状況にも関わらず冷静だった。コジョフーとおばさんの視線が、赤ちゃんが指差す方向に向けられる。
見ると、窓の外で爆発が起きたようだ。村の入口の方で黒い煙が上がり、爆発が気になった村民たちが、続々と外に集まり始めている。
「一体、何かしら……。」
「ここじゃよくわからないねえ。あたしたちも、行ってみようかね。」
コジョフーとおばさんも、周囲の村民とともに村の入口へ、走っていった。
―――――
爆発があったところには、既に多くの村民たちが集まっていった。
皆、落ち着かない様子で、ざわざわと不安の声を漏らす。浮かない顔、不審がる顔と、様々だった。
群がる村民たちの隙間から、コジョフーたちは爆心地のほうへと首を伸ばす。
そこには、爆発の跡と思われる黒い痕跡と――
意地悪そうに笑みを浮かべる、3匹のポケモンたちがいた。
1匹は、黒の横縞が特徴的な、土色の鰐のようなポケモン。
もう1匹は、茶色の固い装甲で体を覆われ、両手が鎌のようになっているポケモン。
そして奥に控えている1匹は、両手から鋭い爪を伸ばし、鋭く睨みをきかせる鮫のような藍色のポケモンだった。
「なんだ、お前ら!?」
村民の1匹が、3匹衆に向かって怒鳴りつける。
その声が聞こえた瞬間、鰐のようなポケモンが、目元をぴくりと動かした。明らかに機嫌を悪くした様子で、こちらに近づいてくる。
「おいお前、無礼だぞ!誰に向かって生意気な口をきいていると思っている!?この方はなぁ、腐れきった世の中に革命を起こすため、お前らが知らんような辺境の地から、わざわざここまでやってきたんだぞ!
だが、今の俺たちの勢力はあまりに貧弱!だからこそ、お前らの村を……ほげっ!?」
残りの2匹が、先程から延々と演説を続ける鰐のポケモンの頭を、同時に肘で殴りつけた。
明らかに苛立っているのが、顔色を窺わずともわかる。おそらく、これ以上話をさせても冗長になる上に、余計なことばかりしゃべって恥晒しになりかねんと思ったのだろう。
(い、一体何しに来たんだ、こいつら……)
村民たちから、レンズに光が集まるが如く、白けた視線が1点に集中する。
茶色のポケモンが、ごほんと咳払いをした後、奥に控えた藍色のポケモンを指しながら、低い声で村民たちに言った。
「お前らの新しい支配者となる、『大悪党』の御嫡男、ガバイト様だ。覚えておけ。」