想いは篝火となりて








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第3章 回想 ―舞姫の過去―
第17話 寄る辺無き者たち
『コジョフー、おいで。』

見渡す限りの、一面の紅い花畑。その中で、お義父様の優しい声がする。
過去の私、コジョフーは、何のためらいもなくお義父様のもとへ駆け込んだ。

『どうしたの?お義父様。』

目の前にいるのは、私の大好きなお義父様、バシャーモ。
無邪気な笑顔で、コジョフーはお義父様に答える。

『今日はお前に、いいものをやろう。ほうら!』

そう言ってお義父様は、後ろに回していた手を出し、何かを見せてきた。
それは、レンゲのような赤い花で作られた、花の冠だった。

器用に編まれた緑色の茎に、丸く小ぶりな赤色の花が彩を添える。とても上手に作られていて、コジョフーは顔を綻ばせながら見惚れていた。

『素敵!お義父様、これかぶってもいい?』
『ああ、いいぞ!』

お義父様は微笑みながら、頷いてくれた。それを合図に、コジョフーはもらった冠を頭に載せる。
それはコジョフーの頭にすっぽりと填まった。何だか、お姫様みたいな気分になって、とても嬉しかったなぁ。
上機嫌になったコジョフーは、近くに池で自分の姿を見てみたり、冠をつけたまま花畑をスキップしながら歩いていた。

『お義父様、ありがとう!これ、とても気に入ったわ!』

満面の笑みで、コジョフーはお義父様にお礼を言った。
その時にお義父様がしていた、すごく幸せそうな顔が、今も頭から離れない。

『無双の炎脚』として激しく戦っていたことが想像できないほど、お義父様は花が好きで、繊細な心の持ち主だった。
お義父様が闘士を引退したのも、戦って誰かを傷つける日々に嫌気がさしたからだという。
百戦百勝。だが、それは誰かを傷つけ、倒し続けた果てに得たもの。それを悟ったお義父様は、闘士としての生き方に疑問を持ったらしい。
そして、穏やかな暮らしを得るため、己が力を別のことに生かせないか探るため、流浪してこの村に流れ着いたそうだ。

そんな優しいお義父様だったからこそ、私もお義父様のことが、大好きだった。

―――――

私はお義父様ほど器用じゃないから、冠なんて作れないけど……
あの時の赤い花。近くで咲いていたから、とってきたの。
お父様、喜んでくれるかな。

コジョフーは、手に持っていた赤い花を5,6本ほど、地面にそっと置いた。
その先には、当時の私が両手でやっと抱えられるくらいの大きな丸い石が、1つ置いてあった。お義父様は、この下で眠っている。

小さな火のように赤い花が、穏やかな風にゆらゆらと揺れている。
それは私の代わりに、お義父様の眠る石を微かに撫でていた。

(素敵よ、お父様。)

コジョフーは、にこりと微笑みながら、花で飾られた石をしゃがんで見つめていた。

お義父様とのお別れを済ませたコジョフーが立ちあがって後ろを振り向くと――
いつの間にか、そこにフーディンさんがいた。初めて会った時と同じように、険しい様子で、表情を崩さずにコジョフーを見つめていた。
彼は、恭しくお辞儀をした後、申し訳なさそうにコジョフーに話しかけた。

「私は、貴方になんとお詫びしたら良いのやら……。結局、皆様に無駄に手間をかけさせた挙句、お義父様をお救いすることができなかった。よりにもよって、私の不手際で……。」

フーディンさんはその場で膝をつき、無念の涙を流しながら、コジョフーに深々と頭を下げた。
いわゆる、土下座の体制だった。これには、当時の私も驚いてしまった。

「申し訳ありません、コジョフー殿……!」

あまりに突然の行動で、一瞬どうすれば良いか戸惑ったが、コジョフーは姿勢を低くして、フーディンさんに慌てて声をかけた。

「そんな……顔を上げてください、フーディンさん!」

フーディンさんの顔が地を離れ、こちらを向く。しかし、手と足はついたままだった。
彼の目を穏やかに見つめながら、コジョフーは話を続ける。

「フーディンさん、毎日一生懸命、お義父様を治療してくれたじゃないですか。
フーディンさんだけじゃない。みんな、できることを全部、全力でやりました。それでこの結果ですから、誰も責めることなんてできません。」

それを聞くとフーディンさんは、深く嘆息した。
彼は、感心したかのようにコジョフーを見つめていた。

「ああ、コジョフー殿……。貴方は、お強いのですな。
 私も、二度とこのような過ちを犯さぬよう、また己の力量を高めるため、修行に出ようかと思います。この失態は、より多くの方々を救うことで、返上させていただきます。」
「そうですか……わかりました。どうか、お元気で。」

そして、フーディンさんは再度礼をした後、治療用の器具を詰めた箱を手にして、そのまま旅立っていった。
私もそれに合わせて会釈をする。そして顔を上げると――
入れ違いでやってきたのか、そこには別のポケモンの姿があった。

「コジョフーちゃん……あんた、大丈夫かい?」

――ガルーラおばさん。
ごめんなさい。心配してくれるのは嬉しいけど、こんなみっともない顔、おばさんにも見られたくないの……。
思わず目頭が熱くなるのを感じたコジョフーだったが、振り切るように首を振りながら、平静を装うとした。だが――

「ええ、私は大丈夫で……」
「嘘をつくのはお止し!」

答える途中で、おばさんが涙を流しながら、コジョフーをぎゅっと抱きしめてくる。

「こんな時まで我慢する必要なんてない!誰だって親御さんいなくなったら悲しいし、子供のあんたがそれを抱え込むのは重過ぎるよ!
 あたしじゃ役不足かもしれないけど、構うこと無いよ。自分の気持ちに素直になりな。」

そこまでおばさんに言われた時、私の中で何かが弾けた。
奥底に秘めていた想いが、どっと溢れ出す。

お義父様には、もう会えない。そんなの嫌だ――認めたくない。
ずっと側にいてほしかった。もっと、お義父様と楽しい時を過ごしたかった。でもそれも、もう叶わないなんて!
お義父様に逢えなくなる悲しみに、耐えるだけで精一杯だった。

「おばさん……おばさん……っ!!」

コジョフーはガルーラおばさんに抱き付いて、涙が枯れるまでずっと泣き続けていた。
どれくらい、ずっとそうしていただろう。数分なんてものじゃない。もっと長い時間泣き続けていたと思う。
でもおばさんは嫌な顔一つせず、泣き止むまでずっと抱いていてくれた。

泣いている私には気付かなかった。
近くの草むらがガサリと揺れ、密かに何者かが付近を通っていたことに……。

―――――

ここは、村から離れた荒野。
荒れた土地に点々とそびえ立つ岩山には、洞穴が作られていることも多く、そこにならず者が住処を作っていることも、珍しくなかった。
ガルーラおばさんも前に言っていたけど、村の外はお世辞にもあまり治安が良いとは言えない。このあたりを子供が歩いていれば、奴らの餌食にされることは明白である。
だから村の子供は、必ず1匹で外に出てはならないと、親から厳重に注意されていた。

その洞穴の1つに向かって、1匹のポケモンが駆け込んでいった。急いでいるのか、全速力で走っている。
荒野の岩と同じような色をした、ワニのような姿をしていた。腹部は赤いが、体全体に黒の横縞の模様が入っている。目つきから醸し出す雰囲気は、悪人そのものだった。

「親分!旦那!大変ですぜ!!」

彼は洞穴に入るや否や、大声で叫んだ。あまりにも大きな声だったので、洞穴内のズバット達が驚いて一斉に飛び出すほどであった。
その瞬間――バサッと音がしたかと思うと、そのポケモンの顔をめがけて砂が飛んでくる。

「うげっ!?ぺっ、ぺっ……何っすか、旦那!?」

突然『すなかけ』をやられて怯んだポケモンの前に、旦那と呼ばれた者が姿を現す。

「洞穴の中で大声出すなと言っただろう、ワルビル。響いて煩くてかなわんだろうが。」

ワルビルと呼ばれたポケモンが、顔を掃いながら前を見た。
目の前にいるのは、体全体が茶褐色の装甲のように固く、両手が1対の鎌になっているポケモン――カブトプスだった。
声が若干しわがれている。ワルビルよりも、立場も年齢も上のようだ。先程の大声で、苛立ちながらワルビルを睨んでいる。

「で?何が、大変だというのだ?」
「あぁ、そうだった。聞いてくださいよ!」

――反省の色も見せんのか、こいつは。
カブトプスは呆れて、溜息をついた。しかし、それにも構わずワルビルは、興奮した様子で報告をはじめる。

「あの『無双の炎脚』が、病気でくたばっちまったみたいですぜ!」

「何だと!?それは、確かなのか!?」
カブトプスの目の色が変わった。どうやら彼にとっては、衝撃的な情報だったらしい。
目を見開いて驚きながら、ワルビルに訊ねた。

「へへっ、そこは抜かりなく。この目で、奴の墓を見てきやしたぜ。間違いありません。」

自信満々に、鼻を膨らましながらワルビルは言い放つ。
そこまで言われては、反論の余地もなかった。

「ふむ、俄かには信じ難いが……若殿、どういたします?」

カブトプスは後ろを振り向き、奥で座していた者の指示を仰いだ。
カブトプスから「若殿」、ワルビルから「親分」と呼ばれたそのポケモンは立ち上がり、2匹のもとに歩み寄ってきた。

藍色の体をしており、鮫のように鋭い目をしていた。頭には突起のようなものが両側についており、手の鋭い爪はまさしく戦闘のために進化したようなものだった。
この付近のごろつき共で、彼――ガバイトを、知らない者はいなかった。彼は鋭い目つきのまま、何か考える様子で配下の2匹に近づく。

「『無双の炎脚』……父の仇が倒れたか。できることなら、俺の手で倒したかったが……。」

そう、彼はかつてお義父様と決闘して敗れた『大悪党』、ガブリアスの息子だった。
ガブリアスが倒れてから、彼の悪党の組織は衰退の一途を辿り、息子のガバイトの側には、父の腹心の1匹であるカブトプスしか残っていなかった。
その後、ワルビルを配下に加え、父の仇を追いかける日々を送っていた。そして数日前にようやく宿敵の居所を見つけ出し、この洞穴に潜伏して復讐の機会を伺っていたのである。

「だが、好機でもあるな。もはやあの村に、脅威となる者はいない。」

ガバイトは、カブトプスとワルビルの横を通り過ぎて、洞穴の入口で足を止めた。
その場で、ガバイトは顔を上げる。視界の先には、荒野に囲まれた村が見えていた。

しばらくその村を見つめていた後、彼は急にカブトプスとワルビルのほうに向き直る。
そして、彼は配下に号令を下した。

「他の奴らに先んじて、村を急襲する。急いで仕度をしろ!」

「若殿!いよいよですか!」
カブトプスが、目を輝かせて身を乗り出す。ガバイトは大きく頷くとともに、目をギラリと光らせながら言い放った。

「ああ。『無双の炎脚』には、あの世で悔しがってもらおう。くくっ、奴が愛した村は、俺たちの手で跡形もなく崩されるのだ。これ以上の屈辱はあるまい。」

ガバイトの言葉に、熱が入ってくる。口元は意地悪そうに、さらに吊り上がっていった。

「そして俺たちの悲願、『大悪党』の復活は、あの村を拠点にして始めることにする!ここが、俺たちの伝説の幕開けだ!」
「おお……!!」

ガバイトが高らかに放った宣言に、カブトプスとワルビルは歓声を上げた。

(先代よ、見ておられるか!若殿はここまで頼もしくなられましたぞ!
 我らが黎明の時――どうか、見守ってくだされ……!)

ガブリアスを「先代」と呼び、畏敬するカブトプスは、感涙に浸りながら出陣を喜んでいた。彼の先代に対する想いと忠誠心は、並み以上のものだった。
一方、ワルビルはというと、若き大将の決起に、冷汗を垂らしながらも不敵な笑みを浮かべていた。

(さすがは『大悪党』の息子。力こそ先代には劣るが、このカリスマ性と頭の回転の良さは、親譲りだぜ。
 末恐ろしい奴ではあるが、こいつらに付いていりゃ、俺は安泰だな。へっ、へへへっ……。)


■筆者メッセージ
こんにちは。ミュートです。

周囲の環境は、人格を形成する上で重要だとつくづく感じる今日この頃です。
本作でも、コジョフーとガバイト――同じ、親がいなくなった者同士でも、真反対に成長してしまったということが示せれば、と思います。
ミュート ( 2015/07/05(日) 11:57 )