第12話 育ての親
花火大会が終わり、コジョンドは自室で眠りについていた。
瞼を閉じ、真っ暗な闇の中にいた。しかし――
突如、遠方から見えてきた、微かな光。
視界の真ん中にできた穴から零れるように、白い光が差し込んできた。
(……?)
コジョンドが不思議に思っていると、その光は徐々に大きくなっていき――
やがて、視界があたり一面、真っ白になっていった。
―――――
ここは……どこだろう?
意識が戻った直後、真っ白な世界から徐々に色が付き始める。ぼやけていた視界が、徐々に形を成していった。
稽古場のある街とは対照的な、山中の盆地に広がる小さな村。私はその中の、とある家の中に佇んでいた。
――あれ?この部屋、見覚えがある。私の過去の記憶にある光景とそっくり。
家具の1つ1つが、どれも懐かしい。家の裏側には、私がよく遊んでいた森が広がっていた。
あぁ、懐かしい。ここは、私が幼い頃に暮らしていた家だ。
以前は、今の稽古場よりもずっと遠方の小さな村で暮らしていたんだっけ。
ふと、窓の方に目を見やると……
そこには、「私」がいた。
幼き頃の、私。
まだ進化すらもしておらず、コジョフーの姿だった。
過去の私――コジョフーは、窓際でやわらかい陽光に包まれながら、昼寝をしていた。
あぁ、そうか。
ここにきて私は、ようやく気付いた。私は過去の夢を見ているのだ。
昔あった出来事がそのまま再生されていて、私は誰にも見えない幽霊のように、その場にいながら過去を傍観しているのだ。
そう、私が納得していた矢先。家の奥から、足音が聞こえてきた。
玄関の方から、誰かがやってくる。思わず身を隠そうとしたが、すぐにそれは意味がないと思い直した。
しばらくそのまま見ていると、部屋の扉が開き、その者が寝ている「私」に声をかけた。
「コジョフー。コジョフーよ。」
歳のせいか、やや声が枯れ気味であったが、やや無骨さがあって男らしい声。
あぁ、まさか、この声をもう一度聞くことができるなんて……!
声の主は、私が唯一家族と呼べる方で、誰よりも大切なお義父様(とうさま)だった。
「起きなさい。客人だぞ。」
お義父様が、腕を私の方に伸ばし、頭を撫でてくる。
肘までは細いながらもがっちりとしているけど、腕から手は鳥の足のような形をしている。掌は思ったよりも大きく、私の頭がすっぽりと収まるくらい。広げられた3本の指が、私の頭をくすぐる。
燃え盛る火のように赤い体と、頭から髪のように伸びる白い羽根。
優しくも強い、1匹のバシャーモ。それが、私のお義父様。
「んん……。」
寝ていたコジョフーが、ゆっくりと目を開ける。
まだ少し寝ぼけているのだろう。虚ろな目をお義父様に向けながら、コジョフーは体を起こした。
……私って、小さい頃から、こんなに寝起き悪かったかしら?
「お客さん?誰か、来たの?」
未だに眠そうな重い声で、コジョフーはお義父様に訊ねた。
「ああ。先程、ジュプトルが訪ねてきてな。遊びに来たといっておったぞ。」
「お義兄様(にいさま)が!?」
客人の名を聞いた途端、コジョフーの顔色がぱっと明るくなった。
これまた懐かしいお方だわ。
ジュプトル。彼は私とも、お義父様とも血はつながっていないんだけど、近所に住んでいて、よく私の遊び相手になってくれていた方だった。
そんな彼のことを私は、「お義兄様」と呼んでいたっけ。
「うむ。近くの森で待っているそうだから、準備したら行ってやりなさい。」
「はい、お義父様!」
お義兄様と遊ぶ時は、家の裏に広がる森が、よく遊び場になっていた。
うきうきしながら、コジョフーは顔を洗ったりしながら準備を進める。お義兄様と遊べる時が、私の楽しみの1つだった。
「お義父様、いってきまーす!」
「あまり山奥まで行くんじゃないぞー!」
元気よく手を振るコジョフー。お義父様も手を振りながら、笑顔で見送ってくれていた。
―――――
「コジョフーちゃん、本当に明るくて良い子よねぇ。」
お義父様の後ろで、誰かが感心したように頷きながら呟いた。呟いたと言っても、通る声をしていたため、傍から見れば大声で言っているようにも聞こえるが。
お義父様が振り返ると、そこには別のポケモンがいた。メスだけど体は恐竜のようにがっしりしていて、頭が固い殻で守られている。お腹には、子供が袋の中に入っていた。
「これはこれは、ガルーラさん。ここは、俺の自慢の娘だ、と言ってやるべきかな。はっはっは。」
お義父様は、冗談めかして笑いながら、そのポケモンに答えた。
ガルーラさん。近所に住んでいるお方で、女手一つで子育てをこなしていた。けど、皆には疲れを一切見せず、いつも元気で明るく振る舞っていて、時には良き相談役にもなっていた。
そのためか、村の皆からも「ガルーラおばさん」として親しまれていた。
「もう、実の娘と言ってもいいんじゃないのかい?こうして見てると、あんたたち本当の親子みたいよ。」
ガルーラおばさんも、笑いながらそう言った。
おばさんの言うように、お義父様と私は、血がつながっていない。後で聞いた話なんだけど、産まれて間もなく捨てられていた幼い私をお義父様が拾って、養子にしたらしい。
物心ついた時には、私はお義父様とともにこの家に住んでいた。
「今じゃ懐かしいねぇ。どこで拾ったのか突然あの子を引っ提げて、あたしを訪ねてきた時はどうしようかと思ったよ。そんで何かと思えば、子育てのやり方教えてくれって泣きつくもんだから。思い出す度に、可笑しくてたまんないわ。」
「そ、その話はやめろよ。恥ずかしいからさ……。」
ガルーラおばさんに過去の話を持ち出され、お義父様は思わず顔を真っ赤にしながら、そっぽを向いた。
お義父様も、そんな一面があったんだなぁ。
最初のうちは慣れずに、子育てでおどおどするお義父様。いつも堂々としていたから当時は思い付きもしなかったけど、想像したらかわいいかも。
「けど、あんたが拾ってあげて、こうして育ててくれたから、今のあの子があるようなもんだからねぇ。」
「これでも感謝しているんだぞ。ガルーラさんがいろいろ助けてくれたから、ここまでやれたようなもんだ。」
そっぽを向いたまま、ちらりと目線だけガルーラおばさんに向けて、照れくささを隠しきれないまま、お義父様は礼を言った。
「お
止しよ。照れるじゃないのさ。」
後頭部に手を当て、照れくさそうにぽっと顔を赤らめるガルーラおばさん。
おばさんは、裏表のない性格だから、思ったことがつい仕草に出てしまう。でも、だからこそ、皆がおばさんに親しみを持っていたのかもしれない。
「――あの子には、幸せな道を歩み続けてほしいと思っている。たとえ、俺がいなくなったとしても、な。」
急にお義父様が真剣な顔になって、そう言った。
おばさんは、怪訝そうな顔をしてお父様に向き直った。お義父様が後事のことを言うことは、滅多になかったからだ。
それに、この言い回し。いつも強気でいるお義父様には珍しく、どこか弱気な感じにも聞こえる。そのことにガルーラおばさんは、違和感を覚えずにいられなかったのだろう。
「何、縁起でもないこと言ってんのさ。2匹で幸せな家族として暮らす。そうでしょう?」
再確認するかのように、おばさんはお義父様の肩をぽんぽんと叩いた。
真剣な顔をしていたお義父様の顔が、少し緩む。そのまま、お義父様は再び笑い始めた。
「……ははっ。そうだな。俺としたことが、柄にもないことを言ってしまった。」
お義父様は、ふっと笑いながら、いつもの口調に戻りつつ前を向き直った。
「さてと。俺も家の片づけをしないと……」
そう言った途端、お義父様の動きが止まった。
急に黙りこくり、険しい表情をして、片手で頭を抱え始める。
「ん?どうしたんだい、バシャーモさ……」
異変に気づき、ガルーラおばさんがそう声をかけた、直後。
突如、お義父様の体がぐらりと傾く。
「えっ?」
戸惑うおばさんを余所に、お義父様はそのまま体制を崩し――
どさり、とその場に倒れてしまった。
「ちょっと……?バシャーモさん!?どうしたんだい、しっかりおし!!」
急な出来事に、おばさんも慌ててお義父様の体を揺する。
お義父様も、思うように体を動かせないらしい。意識も朦朧としており、額から汗が噴き出していた。
「あぁ、なんてこった!どうすりゃいいんだよ……っと、動揺しても何も始まんないわね。」
しばらく冷静になれず、おばさんは、その場でまごついていたけど、このままではいけないと思い直したのだろう。一度目を閉じて深呼吸しながら落ち着くように言い聞かせる。
目を開けると、ここぞという時に頼りになる、ガルーラおばさんの真剣な顔になっていた。
「とにかく、早くお医者様を呼ばなきゃ。コジョフーちゃんたちにも、知らせてあげないと!」
ガルーラおばさんは、お義父様を楽な体勢にすると、足早にどこかへと走り去って行った。