第4話 籠絡
目の前にいた相手は、小柄な茶色のポケモンであった。
鼻が天狗のように高く伸びており、頭には葉がついている。
彼は、何者かと問われて少し口ごもったが、チャーレムに目線を向けながら答えた。
「あ、えっと……僕、コノハナと言います。以前、コジョンドさんにお世話になった者でして……」
「え?あんた、コジョンドを知っているの?」
そう、声の主は過日のお祭りで、舞台裏でコジョンドと出会った、あのコノハナであった。ただ、チャーレムはそのお祭りで舞台に出ていなかったため、コノハナと出会うことはなかった。なので、チャーレムとコノハナは、これが初対面となる。
チャーレムの反応を見て、コノハナは脈ありと思ったらしい。
ハッと気づいた素振りをしたかと思うと、チャーレムにさらに顔を近づけて訊ねた。
「もしや貴方は、コジョンドさんのお知り合いでしょうか!?」
「そ、そうだけど?何か用でもあるわけ?……ってか、もうちょっと離れてくれない?」
あまりにもコノハナが詰め寄って、必死に尋ねるため、チャーレムは思わずコノハナの頭に手を押し当て、離そうとした。
チャーレムが理由を聞くと、コノハナは顔をぱあっと明るくして、活き活きと話し始める。
「はい!舞台でお会いしてからというものの、どうしても忘れられなくて、居てもたってもいられず来てしまいました!
少しだけでもいい、どうかお会いしてお話をしてみたいのです。願わくばそのまま……あぁ、これ以上はいけません!」
話が進むほどに力が入り、ついには脇目もふらず妄想の世界に入り始め、顔を赤くし両手を頬に抑えながら、うっとりとしてしまうコノハナ。
(な……何を想像しているのよ、コイツは。)
チャーレムでなくとも、目の前で勝手に自分の世界に入られて恍惚とされてしまえば、傍から見れば気持ち悪いと思われても、無理からぬことであろう。
チャーレムが口元をひきつらせて呆れていると、急にコノハナは真面目な表情に戻り、チャーレムに向き直って頭を下げてきた。
「お願いします、どうかコジョンドさんに逢わせてください!少しの時間だけで構いません、逢って話ができればそれでいいんです。どうか、どうかお願いします!!」
(やっぱりそうくるわよねぇ。もう、面倒くさいったらありゃしない……)
必死に何度も頭を下げ、懇願するコノハナだが、チャーレムはあまり良い印象を持てずにいたのと苛立っていたこともあり、すぐにでも追い返したい気分だった。
横を向いて溜息をつき、頭をぽりぽりと掻いていたチャーレムだったが――
(待てよ。ひょっとすると、かえって好都合かもしれない。こいつを上手く使えば……。)
どうやらチャーレムは、一計を思いついたらしい。
少し考えた後、チャーレムは先程の態度が嘘であるかのように一転して、上機嫌でコノハナに話しかけた。
「あのねぇ、コジョンドさんは今、お稽古で忙しいのよぅ。だからぁ、夕方くらいにまた来てもらえるかしら〜?
そうすれば、あたしが手引きして、あ・げ・る♪」
後にも先にも、ここまでチャーレムが語調を変えるほど気分よく話をすることはそうそうないほどの、態度の変わりようであった。
一方でコノハナは色好い返事を聞けて、心の底から喜んでいた。
「ほ、ホントですか!わかりました、じゃあまたその頃に来ますね!!」
念願のコジョンドとお話できることとなり、余程嬉しいのであろう。
コノハナは普段でさえも高い鼻をさらに膨らませながら、有頂天で帰っていった。
「さてと。私も色々動かなくちゃね。」
コノハナが見えなくなった頃。チャーレムは口元にニヤリと笑みを浮かべながら、どこかに出かけて行った。
―――――
「あぁ……」
一方、稽古場の中では、師匠であるキュウコンに花火大会へ出かけることも許してもらえず、意気消沈としているコジョンドがいた。
正直、キュウコンの仕打ちはあまりに酷であるとは思っている。しかし、今の自分にはそれを言い返せる状況でもない。花火大会はコジョンドにとっても楽しみにしていただけに、見に行くことができないのは、やはり残念なようである。
そんな、部屋の空気すらも重苦しくなるような状況を、友人の陽気な声が打ち破った。
「コジョンド、安心して!あたしが花火大会に連れて行ってあげるわ!」
外に出たはずのチャーレムが、コジョンドを見つけるやいなや、うきうきした表情で話しかけた。
「えっ?でも、お師匠様からは禁止されたのに、どういうことなの?」
不安に思うコジョンドだが、チャーレムはふふんと鼻を鳴らしながら、堂々と答える。
「その裏をかく、素敵な計画を思いついちゃったのよ。ここじゃ人目に付くから、詳しい説明はあんたの部屋で!」
チャーレムのこの自信は、一体どこから湧いてくるのか。
そう疑問に思う間もなく、チャーレムはコジョンドの背中に手を当て、そのままぐいぐいと自室へ押し込んでいった。
「ど、どういうことなのチャーレム?ちょっと、訳わかんないんだけど……」
コジョンドは意味がわからず、困惑しながら文句を言いはしたものの、チャーレムのされるがままに自室へ連れていかれることとなった。
―――――
夕方。あたりがすっかり朱に染められる中。
稽古場の入口では、キュウコンとその門下生がずらりと並んでいた。キュウコンは先頭で玄関の真正面に佇み、目の前には玄関からこちらを向いて頭を下げるコジョンドがいた。
「ではコジョンド、後は頼みますよ。」
温かい夕焼けに包まれ、キュウコンの体はより鮮やかに輝く。しかし、彼女から発せられた言葉は温かみもなく、非常に素っ気ないものであった。
「かしこまりました。いってらっしゃいませ。」
そんなキュウコンに対し、顔色一つ変えることなく、コジョンドは師匠たちを見送った。
キュウコンは見送りの言葉を聞くと、こくりと1度頷き、コジョンドに背を向けた。
「皆の者、行くぞ。」
キュウコンが弟子たちのほうへ向かって歩き出す。すると、弟子たちが真ん中の列からさっと左右に分かれ、師匠のための道を作った。
師匠がそれを渡りきると、再び弟子たちが動いてその道を閉じ、ぞろぞろと一斉に師匠の後をついていった。
キュウコンたちの姿が見えなくなった頃である。
「さて、これで邪魔者はいなくなったわね。」
チャーレムが稽古場の中から玄関へとやってきた。チャーレムは、急に気分が悪くなったと言い、後からキュウコンの一行に合流することになっていたのである。
「いい?手筈通りに頼むわよ。」
「……本当にそれで、上手くいくのかしら?」
念を押すチャーレム。それに対して少し表情を曇らせるコジョンドだが、チャーレムは少し笑った後、ポンとコジョンドの肩を叩いた。
「何言ってんのよ。あんたも花火大会に行きたいんでしょ?だったらあたしの言うとおりにして。」
「はぁ。……わかったわ。」
チャーレムの後押しでコジョンドは渋々承諾すると、稽古場の中へ戻っていった。
一方で、チャーレムはそのまま玄関先に残る。
(これで万事整った。あとは、アイツさえ来れば……)
自信を持ち、凛とした姿のチャーレムが、夕焼けに照らされる。
程なくして、遠くから軽快な足音がこちらに近づく。それに合わせて、チャーレムの表情が緩んだ。
「チャーレムさーん、チャーレムさーん!!」
前方から自分を呼びかける声。果たして声の主は、昼時に会ったコノハナであった。
コノハナは太陽よりも明るい表情で、走りながらこちらに向かってくる。そんな彼を、チャーレムは笑顔で出迎えた。
「あらコノハナさん、いらっしゃ〜い!約束通り、コジョンドのところに案内してあげる。」
「よ、よろしく頼みますよ?ふふっ、楽しみだなぁ」
昼での別れ際と同様、上機嫌で応対するチャーレム。
コノハナは、念願の舞姫と出会えることに胸を高鳴らせながら、チャーレムと共に稽古場に入っていった。
この後、とんでもない目にあわされるとも知らずに……