第1話 迷い火の風来坊
ここは、ポケモンたちが住む街。
春になり、木々には花が咲き乱れ、ポケモンたちが一斉に外へ出始める。
街の中心の広場では春の訪れを皆で喜びあおうと祭が開かれ、賑わっていた。
青く澄んだ空の下、広場には大舞台が組まれ、様々なポケモンたちが演舞を披露していた。
今は数匹のキレイハナたちが一斉に踊り、花が咲き乱れる広場にさらに彩りを添えている。
祭りの喧騒の中を、2匹のポケモンが喋りながら走って行く。
「おい、そろそろ始まるぞ。急ごうぜ!」
そう急かすのは、額に角を持つ、サイのような大柄なポケモン――サイドンである。
「そんなに急がんでも……まだ、キレイハナたちの演舞は終わってねぇっつの。」
サイドンの後を追うのは、トサカのような赤いモヒカン状の頭と黄色い頭巾が特徴的な、ズルズキンである。
「早くしないといい場所で見れねぇだろ!今日は超美人な舞姫のデビューだってのにさぁ。
あぁもう、待ちきれないぜ!どんなカワイ子ちゃんなのかなぁ!」
「……お前なぁ。」
勝手に頭の中が花畑になっているサイドンに、ズルズキンはもはや呆れ返っていた。
(ふぅん、新人の美しい舞姫、ねぇ……。)
2匹が走り去った後、その広場に、ポケモンがもう1匹足を踏み入れた。彼らの知り合いではないようである。
彼は背に深緑、腹に黄色のふさふさとした体毛で覆われており、どこか鼠を思わせる姿をしていた。首の後ろには、赤い斑点が3つあり、目も炎のごとく紅かった。
先程の2匹の会話を聞いたそのポケモンは、フッと少し鼻で笑いつつも、興味は示したようだ。
(ま、話のタネにはなるだろうな。)
そう思いながら、彼は広場の大舞台へと足を運んだ。
「ん?あいつは……『迷い火の風来坊』じゃねぇか?」
「さては、メスの噂でも聞きつけてふらりとやってきたか。まったく、修行をすっぽかして現を抜かすとは、けしからん野郎だぜ。」
彼の姿に気付いた者が、陰で噂する。どうやら彼は、街の者からあまり良い印象を持たれていないようである。
そんなことはお構いなしに、風来坊は歩みを進める。
一方、こちらは広場の大舞台。
表でキレイハナたちが華やかに踊る中、その裏では、次の演舞の準備が進められていた。
1匹のポケモンが、鏡の前で化粧をしたり毛を整えたりと、身だしなみを整えている。
「あのー、コジョンドさん?そろそろ、出番なんですけど。」
彼女に1匹のポケモンが申し訳なさそうに声をかけた。葉を頭に付けた、鼻の高い茶色のポケモン――コノハナである。
「わかりました。今、参ります。」
先ほどまで鏡を向いていた、コジョンドと呼ばれたポケモンが立ち上がり、こちらを振り向く。
薄桃色の体に紫の紋様を添え、化粧で艶めかしく品を備えた姿。そこに彼女は透明な羽衣をまとい、さらに淡く桜色に染められた扇を2つ手に取った。
彼女は、キュウコンが開く街の稽古場で、踊り子の見習いとして修行を積んでいた。その上達はめざましく、師匠のキュウコンからも一目置かれた彼女は、日が浅いながらも舞台での出演が決まったのである。
顔を隠す扇の隙間から、妖艶な視線が零れる。そのあまりの美しさに、声をかけたコノハナも顔を赤らめ、うっとりと眺めてしまうほどだった。
「そんなに、じろじろ見ないでもらえますか……。」
凝視されて恥ずかしそうに、コジョンドは目をそらした。
「あっ、はい、も、申し訳ございません!!」
我に返ったコノハナが、慌てて詫びをいれる。
「では、どうぞこちらへ!」
そう言ってコノハナは、舞台へコジョンドを誘導した。
待ちに待った初めての舞台。コジョンドは胸の高揚を抑えきれずにいた。
(私、上手く皆さんの前で舞えるかしら。あぁ、緊張するわ……)
舞台ではキレイハナたちの演舞がちょうど終わったところで、キレイハナたちは歓声を受けながら、舞台裏へと掃けていくところであった。
舞台に誰もいなくなったところで、司会者のフライゴンの声が響く。
「さぁ、ではでは皆さんお待たせしました!お次はこの街に舞い降りた絶世の美女、コジョンドさんによる舞を披露していただきます!ではコジョンドさん、どうぞこちらへ!」
フライゴンの一声で観客は歓声をあげて沸き立ち、舞姫の登場を待ちわびていた。
(大丈夫よ。練習通りやれば、上手くいくはず……)
コジョンドは自分にそう言い聞かせ、舞台へ足を踏み出した。
天女と紛うほどの美しさを誇る舞姫の登場に、観客からわあっとさらに歓喜の声があがる。
その声にコジョンドは笑顔で応え、深呼吸をして心を落ち着かせる。
歓声は次第に弱まり、そして舞台は、静寂に包まれた。
静寂を、楽器の音が打ち破る。
その刹那、コジョンドは手にした扇をばっと広げ、ぐるぐると体を回転させながら優雅に舞を始めた。
桜色の双扇を手に、華麗に、力強く舞う。舞台に、大輪の華が咲き乱れるような光景であった。
その姿に観客は、「おぉ……!」と歓声を漏らしながら釘づけになった。
(これなら、いける!)
調子に乗ってきたコジョンドは密かにそう思った。だが、一瞬の気の緩みは、時として命取りとなるものである。
舞いながら舞台の前方へと動き、跳躍して着地したその瞬間――
まとった羽衣がするりと体から滑り落ち、次の一歩で羽衣を踏んでしまう。コジョンドは足を滑らせ、体制を崩してしまった。
「ああっ!」
ぐらりと急に傾いた体を、自分ではどうすることもできなかった。コジョンドはそのまま舞台前の観客の方へと倒れこんでしまう。
このままでは怪我をしてしまう、危ない!
誰もがそう思っていた、その瞬間。何者かが舞台の真下へと滑り込んでいった。
「……大丈夫か?」