ダイヤモンドダストガァァァァァァル
彼女のパルシェンはしおふきを使うことで有名だった。
「ここがキッサキジムか」
一人のポケモントレーナーが、シンオウ地方の最北端に位置する町、キッサキシティのキッサキジムを訪れていた。目的はもちろん、ジムリーダーとのポケモンバトルだ。早速トレーナーはジムの中へ立ち入る。
「こんにちはー」
「待ってたわ!」
現れたのは、このキッサキジムのジムリーダー、スズナ。ミニスカートをはいたぷりっぷりの女子高生スタイルの美少女だ。トレーナーはその愛らしいスズナの顔を見て、少しどきっとした。
「あなたね、今日私にポケモンバトルを申し込んだ挑戦者っていうのは」
「はい。楽しみにしていましたよ、スズナさんとポケモンバトルをするのを」
「私もよ。それじゃあ、奥の部屋まで案内するわね」
トレーナーはスズナに案内されるがままに、キッサキジム内を進んでいった。
通されたのは、部屋の真ん中にダブルのベッドが置かれた、証明の薄暗い部屋だった。
「へぇ〜、ここでやるんですか」
「そうよ。何?ポケモンバトルは初めて?」
「まさか。ジムリーダーに挑戦するのに初めてってことはないでしょう」
「それもそうね。じゃ、早速始めようかしら。ルールを確認するわね」
今回のポケモンバトルの使用ポケモンは互いに一体。相手のポケモンを戦闘不能にするか、相手のトレーナーを降参させたら勝ち。実にシンプルなルールだ。
スズナとトレーナーはスタンバイする。スズナは自分のミニスカートのすそに手をかけ、たくしあげた。
「私の使うポケモンは、“パルシェン”よ」
スズナのパルシェン。それを目にしたトレーナーは一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、すぐに落ち着きを取り戻した。流石ジムリーダーのポケモン、よく育てられているのが一目で分かる。このパルシェンは、相当な戦いを乗り越えてきたパルシェンだ。トレーナーは生唾を飲み込む。
「何?怖気づいたの?」挑発的なスズナ。
「いえ、楽しみになってきたんですよ。オレのポケモンも、早くやりたいって、疼いてます」
「そうでなくっちゃ。じゃ、あなたのポケモンを出して!」
「オレのポケモンは、こいつだ!」
男が繰り出したポケモンは“トランセル”だった。それを見たスズナは眉を顰める。
「へぇ〜、まさかトランセルとはねぇ。そのポケモンで私のパルシェンとやりあえるかしらね」
「侮らないでくださいよ。このトランセルはキャタピーの時から大事に育ててきた、オレのパートナーです。絶対に、退屈させませんから」
「そ。それじゃ、バトル開始ね!」
戦いは始まった。スズナは初手をトレーナーに譲る。トレーナーはトランセルに指示した。
「トランセル! “てっぺき”!」
「!!」
トランセルは硬くなった。それもただ硬くなったわけではない。てっぺき、トランセルが通常覚えるかたくなるの上位互換のわざ。これにより、トランセルの硬度は急上昇した。
「びっくりしたわ、まさかてっぺきを使ってくるなんて。よく見たらあなたのトランセル、随分大きいわね」
「そりゃ勿論、自慢のトランセルですから」
「それじゃ次は私の番ね。パルシェン、“からではさむ”!」
スズナのパルシェンはトランセルをからではさんだ。挟まれ、圧力をかけられるトランセル。これにはトレーナーも驚かされる。
「なっ、なんて強いしめつけなんだ! 流石ジムリーダーのパルシェン、伊達じゃねぇ!」
「ふふ。からではさむは数ターン相手を拘束し、ダメージを与え続けるわざ。あなたのトランセルが耐え切れるかしら?」
「侮ってもらっちゃ困りますね。トランセル、“たいあたり”!」
トランセルは物凄い勢いでパルシェンにぶつかった。トランセルの攻撃が、パルシェンにダメージを与える。強い衝撃に流石のパルシェンも反応を示さざるを得なかった。
「やるじゃない……!」
「言いましたよね、このトランセルはキャタピーから育てたって。たいあたりを覚えていてもなんら不思議ではない」
「そうね。でも、私のパルシェンはただ正面からぶつかっていくだけじゃ攻略できないわよ」
「だったら、これでどうですか? “いとをはく”!」
トレーナーの指示で、トランセルを白い糸を大量にパルシェンに浴びせかけた。からではさむを使用中で密着していたパルシェンは、殻の内側の本体にもろに糸を食らってしまった。糸がパルシェンにまとわりつく。
「ふぅ、この糸の量、尋常じゃないでしょう。キャタピーから育てたオレの自慢のトランセルの糸です!」
「そうね。まさかもういとをはくを使ってくるとは思ってなかったわ。パルシェン、“からにこもる”!」
「無駄です! トランセル、また“たいあたり”だぁ!」
からにこもったパルシェンに対し、トランセルはたいあたりを叩き込んだ。が、ダメージは全くといっていいほど与えられなかった。それどころか、トランセルはふにゃふにゃになって戦闘不能になってしまった。
「と、トランセル!」
「残念ね。どうやら、いとをはくの使いどころを間違えたみたいね。いとをはくでエネルギーを使い果たして、駄目になっちゃったのよ」
「くっそーっ! 立ち上がれ、もう一度立ち上がるんだトランセル!」
トランセルから反応はない。トレーナーはその場に跪いた。そして、目の前が真っ暗になった。
スズナはティッシュでパルシェンにまとわりついた白い糸を綺麗に拭い取ると、パルシェンをしまった。
「あなたとのポケモンバトル、悪くなかったわ。また挑戦しに来て。いつでも相手になるから」
「……はい」
トレーナーはトランセルを戻すと、キッサキジムをあとにした。
――――――翌日。
「今日の挑戦者はあなた?」
「えぇ、ソーロと申します」
ソーロと名乗る男は、なかなかの美男子だった。スズナは少し微笑む。
「楽しませてくれそうね。このバトルフィールドの上で、私達にしかできないポケモンバトルを繰り広げましょう」
二人は既にバトルフィールドであるベッドの上だった。ソーロは早速ポケモンを取り出す。
「私のポケモンはこれです! いけ、“カメックス”!」
「ちょっと、ポケモンを出すのが早すぎるんじゃない?」
「ふふ、早くバトルしたくてたまらないんですよ」
それにしても、とスズナは思う。立派なカメックスだ。このソーロのパートナーとして、数々の戦いを勝ち抜いてきたのだろう。スズナも何度もポケモンバトルを経験してきたジムリーダーなので、見ただけでわかる。この男はできる、そして楽しませてくれる。
「じゃ、私もポケモンを出させてもらうわ。パルシェンよ」
「えぇ、よく存じております。スズナさんのポケモンとは一度手合わせ願いたいと思っておりました」
「それじゃあ、バトル開始よ!」
「カメックス、“てっぺき”!」
ソーロのカメックスはてっぺきを使用した。ぐーんと一気に硬くなるカメックス。
「なるほどね。昨日のトレーナーも初手はてっぺきだったわ」
「常套手段ですから」
「それじゃあこっちも常套手段でいかせてもらおうかしら。パルシェン、“からではさむ”!」
スズナのパルシェンがソーロのカメックスを殻で挟んだ。ソーロは目を剥く。
「ほうっ!」
「興奮してるのね?」
「感謝します、あなたとあなたのポケモンに巡り合えたことに。カメックス、“れいとうビーム”!」
「!」
カメックスは白い光線を発射した。光線はもろにスズナのパルシェンに命中する。これにはスズナは驚かさざるを得なかった。れいとうビーム、いくらなんでも早すぎやしないか。まだポケモンバトルは始まったばかりだというのに。
「私のカメックスはスピードが売りでしてねぇ。カメックス自身もせっかちでして、すぐにれいとうビームを使いたがるんですよ」
「お陰でビームまみれよ。だけどまだまだ、パルシェン、“からではさむ”!」
引き続きカメックスをしめつけるパルシェン。強い刺激にカメックスはダメージを負う。微笑するスズナ。
「どう?」
「素晴らしい! 流石ジムリーダーですね。では、少し変化球で攻めさせていただきましょう。“あなをほる”!」
カメックスはあなをほるを使った。突然の攻撃に、スズナのパルシェンは対応し切れなかった。まさか、そんな攻め方をしてくるだなんて。完全にスズナは意表を突かれた。しかもこのあなをほる、今までにない衝撃だ。
「おや? どうやらあなをほるを食らうのは初めてのようですね」
「えぇ、びっくりしたわ。だって、いつも正攻法ばっかり受けてたから」
「世の中は広い。色んなトレーナーがいますよ。さぁ、あなたのパルシェンはこの激しい攻撃に耐え切ることができますかね? “あなをほる”!」
再びソーロはあなをほるを選択してくる。スズナはこれに対して、はっきりいって成す術がなかった。パルシェンがどんどん消耗していく。まさか、こんな攻撃の仕方があっただなんて。パルシェンはもう限界に近かった。
「もう一度いきますよ! “あなをほる”!」
「くっ……! パルシェン、“しおふき”よ!」
スズナのパルシェンはしおふきを使った。パルシェンの放った潮が、バトルフィールド上に飛散した。パルシェンは、戦闘不能になった。
「おやおや」
「……はぁ、はぁ……私の、負けよ」
スズナはその場に崩れ落ちていた。仕方がない。パルシェンがしおふきをつかった以上、スズナは負けだ。己の吹き出した潮でびしょ濡れになったパルシェンを見下ろしたままのスズナ。しかし、このポケモンバトルを終えたスズナは、これ以上ない清々しさで満たされていた。
ソーロはカメックスをしまう。そして、スズナに近づいてくる。
「やはりジムリーダー、今までで最高のポケモンバトルでした。機会があれば、また是非もう一戦交えましょう」
「えぇ。私も、久しぶりに熱くなれたわ。これだからやめられないわね、ポケモンバトルって」
スズナとソーロは握手を交わした。
――――――翌日。
「こんちー」
「あれ、あなた、もしかしてナギサシティの……?」
「デンジだ」
今日キッサキジムに現れたのはデンジだった。デンジといえば、ナギサジムのジムリーダーだ。彼が一体何の用なのだろう。
「ポケモンバトルを挑みに来た」
「え? でも、ジムリーダー同士でポケモンバトルだなんて」
「オレはな、ジムリーダーはやめたんだ。結構前に挑んできたトレーナーに完敗しちまってな。それで、また一からスタートしたんだよ。ナタネ、スモモ、メリッサ、色んなジムリーダーを攻略してきて、で、で今日はお前に挑戦したいってわけだ」
「なるほど、そういうことね。まさかあなたとポケモンバトルできるだなんて、ジムリーダーやってて良かったわ」
「オレもだ」
二人はすぐに奥の部屋へと進んだ。準備するスズナとデンジ。
「言っておくが、オレは再スタート切ってから999人のトレーナーとポケモンバトルして勝ってきた。お前でちょうど1000人目だ」
「何の脅し?」
「忘れられないポケモンバトルにしてやるってことさ」
二人はほぼ同時にポケモンを繰り出した。
「出てきて、パルシェン!」
「出番だ、“オクタン”!」
デンジの使うポケモンはオクタンだった。スズナは訝しげな表情を浮かべる。
「オクタン? でんきタイプ使いのあなたがオクタンを使うのね。私とのポケモンバトルでオクタンを使う人は初めて見たわ」
「何、こいつがオレの切り札だからな。びっくりすんなよ」
「楽しみね。それじゃ、先手をどうぞ」
「オクタン! “ギガインパクト”!」
デンジのオクタンはギガインパクトでパルシェンに突っ込んだ。物凄い衝撃だ。こんなに威力の高いわざを初っ端から叩き込んでくるとは、流石元ジムリーダー。パルシェンの受けたダメージは大きい。
「やるわね」
「当然だ。まだこんなもんじゃねぇ」
「次は私、“からではさむ”!」
パルシェンはオクタンを殻で挟んだ。強い締め付けで、デンジのオクタンはびくっと動く。
「うほーっ! なかなかだなお前も。こんなにパワーがあるとはな」
「さぁ、どうする? 私のパルシェンはちょっとやそっとじゃ攻略できないわよ」
「わかってるさ。“ギガインパクト”!」
またしても同じわざの選択。デンジのオクタンがパルシェンに凄まじい突撃を食らわせる。スズナは思わず歯を食いしばった。
「ぐっ……! 滅茶苦茶ね。でも、そんな無茶な攻撃を続けていて、あなたのオクタンは大丈夫なのかしら?」
「なめんなよ。色んなポケモンにぶつけて鍛えてるからな。それに、まだオレのオクタンは本気なんか出しちゃいねぇ」
「えっ?」
「オクタン、“タネマシンガン”!」
強烈な勢いで大量のタネをパルシェン目がけて発射するオクタン。至近距離から放たれたタネは、パルシェンにクリーンヒット。こうかはばつぐんだ。あまりにも強い刺激に、スズナのパルシェンは大ダメージだ。
「うっ……!」
スズナの額に汗が滲む。あまりにも激しい戦いに、呼吸も荒くなってきていた。デンジ、全く手加減をしていない。流石999人のトレーナーを攻略してきただけある。的確に、パルシェンが最もダメージを受け易いポイントを狙ってきている。
「熱い、熱くなってきたわ」
「オレもだぜ。こんなに楽しいポケモンバトルは久しぶりだ。胸が躍る」
「たまらないわ。あなたと会えて良かったわ、デンジ」
「オレもだ。……なぁ、スズナ。こんなポケモンバトルが、この一回限りだけじゃなく、いつまでも何度でもできたらいいのにな」
「え……?」
「お前のからではさむ、最高だぜ。“ギガインパクト”!」
今一度、強烈な衝撃をスズナのパルシェンに与えるデンジのオクタン。もうスズナのパルシェンは限界だった。
「パルシェン! “しおふき”!」
盛大に、パルシェンから潮が飛び散った。バトルは終了だ。
スズナは力尽きて仰向けに倒れ、天井を見上げていた。今まで経験したことのない達成感と心地良さが、彼女を包み込む。凄い、ポケモンバトルでこんなに熱くなれるなんて。デンジも満悦の表情をしている。
「いいもん見れたぜ。お前のパルシェンのしおふき、すげーな」
「デンジのお陰。私のパルシェンがここまで凄いしおふきを使えるだなんて、思ってなかった」
「あぁ」
デンジはオクタンをしまい、立ち上がる。スズナも起き上がった。
「待って!」
「なんだ」
「あの、最高だった、あなたとのポケモンバトル! 今まで色んなトレーナーと戦ってきたけど、その、私、デンジが一番だったよ! だから、その、私と……!」
そこまで言うと、デンジはスズナを抱きしめた。
「オレもだよ。これからも、ずっと一緒に、ポケモンバトルしよう」
「……うん」
こうして、二人は一日に何度もポケモンバトルをする、仲睦まじい関係になった。