第三章 焼け焦げた心
第三話:ダイアナ家、ギルドを訪れる
来客はニ階の広間、プクリンの部屋へと通され、そこで依頼についての対談が行われた。
通常の依頼書の引き受け自体ここで行われるのだが、『あの時』のように今回も特殊なケースでそれは厳格に行われた。
理由はその来客者、依頼相手がトレジャータウン全体を軽々と支配できるほどの財力と統治力を誇っているためと、その依頼内容の異様さから来ていた。
来客者は二人いた。
一人はオレンジ色の強い赤色の、巨大な翼を持つ竜の風貌をしたかえんポケモンのリザードン。
もう一人が進化前の姿である同じかえんポケモン、リザードである。
余程家の名が高いのだろう、この二人は体の随所に宝石の装飾品を身に着け、リザードに至っては金とルビーでこしらえられた王冠を被り、いかにも威厳を表しているだろう、炎の刻印を王冠と同じく金で刻まれた、派手な赤いマントを身に纏っていた。
被害を受けた本人はこのリザードであるが、依頼を頼みに来たのは父親であるだろう、リザードンからだ。
プクリンはどんな相手にも裏表なく接する性格であったため、彼だけは気楽な空気を放っていたが、ペラップを含む来客者の三人の間ではビリビリと、空間が鳴っているように感じるほど空気が重くなっていた。

「まず始めに、自己紹介から行うとしよう。ワタシは見ての通り、かえんポケモンのリザードン。本名はグランドル=ダイアナ。元『外陸出身者』であり、現在は住居をこの大陸にかまえている。外陸の財団法人ダイアナグループの務めていた元3代目当主である。こちらのリザードは息子のフレン=ダイアナ。年若くはあるが4代目当主を務めている。」
「フレンと申します。この度はどうぞ、よろしくお願いいたします」
「ははぁ、こちらこそお願いします。ワタクシはプクリンのギルドの副親方を務めております、ペラップです♪そしてこちら隣りにいるお方こそ、我々の親方様、プクリンです」
「よろしくね〜♪」

表面上平静を保っているが、ペラップの鼓動はけたたましく鳴り響いていた。
長年、接客を積み重ねてきて今こそお得意様となっているのだが、今回はそれらの経験を無残に崩すほど力のある相手であるため、極度の緊張をせずにはいられなかった。
外の大陸から来た者を相手にすることが今回で初めての上に、財団法人の元当主と、現当主の二人を相手にするなど、今までになかったことだ。

(こ、言葉に気をつけなければ…。下手に機嫌を損なわれたら親方様と築き上げたこのギルドを潰されるかもしれん!)

膨大な資金源や政治的能力を持った人物というのは恐ろしいものだ。
息子のフレンは見た目状、好青年に見え大人しそうではあるが、父親のグランドルは今にも襲いかかってくるのではないかと思うほど、恐ろしい形相をしている。
機嫌を損ねた暁には、地獄が這い出てきた悪魔のような顔を見せるに違いないだろう。
図体の大きさと種族の特徴ということもあって、それが起きる可能性が高いということを余計に助長させた。
なるべく刺激しないように細心の注意を払いながら、恐る恐るとペラップは対談を始めた。

「それで本日は、どのようなご用件でいらしたのでしょうか」
「どんな依頼なのかな〜?見せて見せて〜!」

ペラップ自身は姿勢を低くして苛立たせないようにしていたが、プクリンはやはりどんな相手でも気に留めず砕けた子供の口調そのままで依頼書を見せるよう言ったのだった。

(ちょっと〜!親方様、マイペース過ぎですよ!)

内心でかなり焦りはしたが、どうやらグランドルはあまり気にしていなかったようだ。
むしろ最初からそういった人物であることを知っているかのように、表情を変えずにいた。
恐ろしい顔つきをしているが、冷静な思考の持ち主であるらしいようで、どうやら語弊があったようだ。

「……噂に聞いた通りの、マイペースな支配者だな。……フレン」
「どうぞ、ご覧ください」

マントの中から一枚の紙を一度反対に持ち替えて差し出すと、それをプクリンとペラップの前へ差し出した。
ペラップが拝見しますと言ってその書面を手に持って、しばらくそれを眺めていたが、内容を理解していく内にその表情を徐々に険しくさせていった。
やがてある一面に目が行くと、そこで眼を大きく揺らしてグランドルに目を向けた。

「こ、これは……」

ペラップの目には、未知の存在を目撃してしまったかのように、明かな恐怖が見えていた。
それはそうだろう、このような規格外の依頼書を渡されたのも、久々のことだった。
まず一つ目に、

『外部の協力者がこのギルドよりも先に捕らえた場合は報酬の支払いは行われない。』

と、記載されていて、どうやらこのギルドだけでなく外部にも依頼を出しているらしく、こうまでしてそのお尋ね者を捕えたいという節が見えていた。
二つ目は報酬が20万ポケという、破格の金額であるということ。
そして最後に最も衝撃を受けたこの依頼の内容、お尋ね者の逮捕であったが、問題はその相手の犯罪経歴と、写真に写り込むその姿だった。
その男はたった一人で窃盗罪320件、強盗罪208件、暴行罪31件、公務執行妨害罪45件もの事件を起こしていた。
前代未聞、世紀の大悪党の名がよく似合う、大犯罪者だった。
そして写真に写る姿はといえば、ペラップにとっては恐怖が一つの形になったのかと思い込んでしまうほど、恐ろしく見えた。
全身の体毛がだらしなく伸びているせいで風で舞ってところ構わず虫食い状にボロボロ、目は深く暗い僅かな眼光が種火のように灯され、まぶたには黒いクマが浮かび上がり、表情は虚ろに染まり切っていた。
もし日光が後ろから照らされ影を伸ばしていたのなら、その姿は一塊の実体化した影、または闇と見えてしまっても違和感はないだろう。
そして、このような無残な姿をしているせいか、かの悪名高い襲撃事件を起こしたポケモン、『ダークライ』を脳裏に想起させられた。
個人名としてジャックという名がある、かみつきポケモンのグラエナがそれの対象だった。

「なんて恐ろしい!こんな相手を捕まえてほしいと!?」
「そうだ。現在、多くの腕利きの探検隊にこいつを探させている。この男はワタシ達と同じ大陸の出身でな、そこでも随分事件を引き起こしていたらしい。これだけの罪を積み重ねた奴は早々出てくることはないであろう、歴史上に名の残る大悪党といったところであるな。現地の保安官と逮捕協力者を全投入させても捕らえることは叶わなかったそうだ。もっとも、その経歴自体ワタシはどうでもいいのだがな」
「へ?と、言いますと」
「それはワタシからではなく、息子から話してもらおう。フレン、良いな?」
「はい、父上」

ペラップはてっきり、このような危険な男を発見したためにここを訪れたのだと、そう捉えていたが違っていた。
グランドルはその事よりも、身内に降りかかったものしか関心を持っていなかったようで、相手が大犯罪者だからということで目を向けていなかったのだ。
ところで、これからフレンがグランドルの本命を発表する時だというのに、プクリンは依頼書を見たその時から、なぜそうなのかずっとそれしか見ていない。
彼は依頼書を見つめたその時から、ずっと黙ったままでいた。
肝心の依頼内容の説明などは、まるで眼中になかったらしい。
話し合いにのめり込んでいるペラップとグランドルは彼の様子に気がつかず、唯一フレンがだけそれに気づいた。

「プクリン親方、どうかしましたか」
「えっ…?あ、ううん、なんでもないよ。さあさあ、話してよ♪」

心配そうに聞かれたことに対して、やや慌てた様子で平静を取り戻した。
だんまりとしていたプクリンの様子に、今しがたきづいたペラップは僅かな間に疑問符を浮かべたが、なぜそうしていたのかはまた後で聞くことにした。
今はこちらのほうが先なのである。
プクリンに話すよう促されたフレンは、その場の全員が聞き耳を立てたのを確認して依頼の本命を離し始めた。

「三日前の事です。私が許嫁と共に日課の散歩をしていた時に、突然ハスブレロとマタドガスの二人に絡まれてしまいまして、その時に家宝の腕輪と、いくつかの装飾品と、所持金を盗まれてしまいました。許嫁が素早く父上に連絡を入れてくれたおかげで、その二人を後に捕らえることができましたが、その時には既に、盗まれたもの全てが消えていたのです。理由を問いただしてみると、風貌だけで気味の悪さを感じる奇妙なグラエナに盗まれたらしいのです。そこでいざその写真を見せると、二人はコクコクと頷いていました。その男で間違いない。私の腕輪を持っているのは、間違いなくジャックなのです」

事をかいつまんで説明すると、要は腕輪を盗まれたから取り返してほしいのだ。
もしこの程度のことだけなら、いつもの典型的な逮捕依頼だけで済まされたのだろう、しかし今回は相手が全く違う。
それだけにこの経緯の重さは『あの時』のように計り知れない重圧となって、ペラップの背にのしかかった。
正直彼はこの依頼を受けたくはなかったが、断って相手の踵を返すような真似をさせることはできないために、引き受ける他なかった。
第一、依頼の相手が相手であり、はした金で走らされるのではなく破格の報酬を用意してくれているというのに、それを断ると言ってしまうというなれば、信用を尽くへし折ることとなってしまう。
だが、それらよりもグランドルの怒りを買うことになるのが、断ることにできない一番の理由なのだ。
なるほど、こいつを捕えて腕輪を取り返せばいいのですね、と表に出さないよう淡々と、しかし内心渋々了承をするとプクリンに目を向けて確認を取る。
今度はしっかりと話を聞いていたようで、プクリンはうん、と頷いた。
しかしその直後、プクリンはとんでもないことを口にした。

「わかったよ、この依頼を引き受けるね♪でも、報酬金はこんなにいらないよ」

プクリンを除く三人がそれに呆気を取られてる間にも、彼は淡々と報酬に関しての提案を提示した。

「20万なんて、とんでもないお金は必要ないよ。多くても2万で充分♪」

彼の報酬金の引き下げの提案は、通常の客なら諸手でも上げて喜ぶのだろうが、グランドルの場合はその逆だった。
露骨に表情を出してこそはいないが、目からはハッキリと何かしらの不満を感じ取れる。

「…この金額の良さは、ここのギルドの実力を信用して買っているからだ。世紀の大事件二つを見事解決したここを、な。わざわざこちらの良心を切り捨てる真似は控えるべきだと思うのだがね。それに財政難なのだろう?得られる時に得るべきであろうに」
「そうですよ親方様!こんなチャンスは滅多にないですって。ここは素直にグランドルさんの条件を呑みましょうよ!」

ばたばたと翼を上下に振ってペラップは抗議したが、プクリンの意思はがんとして揺らぐことはなかった。

「このギルドはね、お金儲けのためにあるんじゃないんだよ。探検隊になろうと目指す弟子をね、その夢っへ向かっていけるだけの力をね、育てるところなんだ。みんなと一緒にボクは探検をしたいし、成長した姿を見たいんだよ。そこにお金が深く絡んでくる必要はないのさ、だから要らないんだよ。夢を掴むのにお金は要らない♪」

プクリンのギルドというのはビジネスを、金を必要とはしない。
そこを探検したいという夢を、ロマンを追う者達が集う、同士の集まりなのだ。
いわばここは、単に熱意の強い趣味が目的となっているだけで、本来からそもそも金が要らないのである。
財団を築いてビジネスを主として行うグランドルと、夢を追う力を育てるためにギルドを築いたプクリンは、お互いが違う立ち位置にいたがために、途中まで意見が合っても最後まで合うことはなかったのだ。
だが、意見が合わないからといってすぐに怒り出したり、条件を呑むよう脅迫をする程度の安い人物ではないらしく、仕方がないとグランドルは落ち着いた様子でプクリンの提案を受け入れた。
だがそれでも、今一度彼の意思を確認するためにもう一度言葉を掛けた。

「本当に、報酬2万ポケを支払う方針でいいのだな?」
「うん♪だって2万でも凄い大金だもの」

こうして商談、依頼の引き受けは成立し、翌日にお尋ね者の掲示板に掲載されることとなった。



商談が終わるまでプクリンを見ていたペラップは、解散して部屋から出た時に、プクリンの言っていた言葉を再び思い出してふけっていた。
やはり彼は、昔から全くブレることがない。

(ブレないなぁ……親方様は。まあ、だからこそワタシも傍らにいられてるんだよな)

きっと彼が、もし自分の意見と完全に合ってしまうような安い人物であれば、彼のことを心から慕うなんてことはなかっただろう。
それに、ああいう成りだからこそプクリンは、弟子からも良き存在として好かれているし、大きな信頼を寄せられている。
そんな彼をペラップは支えねばと誓うと、食堂に足を運ばせた。

(そういえば、親方様はあの時なぜだんまりしていたんだ?少ししか見てなかったけど、確かに依頼書を持ってボーッとしていたな。……いや、それよりもやることがあるし、深く考えるのはやめよう)

これから弟子に、今日あった事を伝えなければならないのだ。
明日から、いや、今から現在進行形で忙しい事になる。
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フルメタル ( 2013/07/29(月) 23:25 )